第7話 決別

 災禍龍フルーホ。

 最強の龍として君臨し、存在するだけで周囲に呪いをばら撒く最悪の存在。


 俺は咆哮を上げると、龍の巨大な顔を目掛けて跳び上がる。

 紅い刀身を更に魔力で紅く染める魔法大剣『ゾンニヒ』。

 愛用の大剣を大上段に振り上げ、渾身の力で振り下ろす。


 転がる龍の首。

 それが吐き出す言葉は何度も聞き飽きた俺を縛る呪いだ。


『お前たちに、死の苦しみを味わわせてやる』


 もう俺はその言葉に屈しない。


「フルーホ。今度こそ俺の勝ちだ」


 俺は決別の言葉を口に出すと、過去の怨念を剣で断ち切った。



☆☆☆



「師匠!!!!!」


「クボハッ!?」


 胸に突き刺さる強烈な衝撃。

 先程まで夢の中で感じていたはずの感傷は粉微塵に吹き飛ばされる。

 

「師匠! 目を覚まして良かった! 心配したんですよ! 師匠! 師匠! 師匠!」


「何度も叫ぶなユンガ! 聞こえてるぞ! ああ、なんか耳鳴りがする」


 目覚めた俺の眼に飛び込んできたのは鼻水や涙で汚れたユンガの顔だった。


 ……というかここはどこだ?

 ラスタースライムは?

 みんなはどうなったんだ?


 俺が眠っていたのは見慣れた俺の部屋のベッドの上。

 いつの間に俺は部屋へ来たのだろうか。


「ユンガ。戦いはどうなった?」


「師匠、覚えてないんですか? 師匠が全部倒してくれたんです! みんな怪我はしましたが無事です! 師匠は町を救ってくれたんですよ!」


 ユンガの言葉に記憶が蘇る。

 そうだ。俺はラスタースライムを倒して、そして意識を失ったのだ。


 ユンガの反応を見るに、どうやら俺はみんなを守りきれたらしい。

 安堵を感じると同時に、心のそこから喜びが湧き上がる。


「ああ。そうだったな。お前も無事で良かった」


「良かったじゃないですよ! 僕、めちゃくちゃ心配したんですからね! 師匠、三日も寝込んでたんですから」


「はあ? そんなに俺は寝ていたのか!?」


 ユンガの言葉に俺は眼を剥く。

 振り返れば確かに、壮絶な戦いだった。

 一度は死を覚悟し、強敵を打倒したのだ。

 死ななかっただけ奇跡というものだろう。


 周囲を見れば簡単な治療道具や、俺の衣類などがベッドわきのテーブルには用意されている。


「まさか、お前。ずっと俺に付き添ってたのか?」


 ユンガを見れば眼にはクマが出来ており、部屋の隅には誰かが食べたと思しき携帯食料の袋がいくつも捨てられている。


「僕以外にもみんな、師匠を心配して見舞いに来てくれてるんですよ! 師匠は町を救った英雄なんです! そうだ! 早速みんなに師匠が目覚めたことを伝えないと。今日は宴会っすよ!」


 ユンガの弾む声に、俺は自身の勝利を実感する。


 しかし、世の中良いことがあれば必ず悪いことがあるものだ。


 手にした勝利。

 勝利には必ず代償が必要だ。

 それは時に努力であり、犠牲であり、過去の敗北であるかもしれない。

 そのことは災禍龍を討伐し、その代償に呪いを受けた俺が一番わかっていたはずなのだ。

 だが。


「なんじゃこりゃあああああああ」


 俺は驚きに叫び声を上げる。

 本当ならこの衝撃を全身で表現したい所だが、肝心の体が指一つ動かせない。

 唯一動くのは首から上だけ。


 これは一体どういうことだ?

 まさか、新たな呪いか?


 くそ、せめてどこか動かせるところは。

 俺は何とか手に力を入れ動かそうと試みるが、全く動かない。


 ……これと同じ経験をつい最近した事を思い出す。


 それはラスタースライムとの戦闘中。

 何とかシルバースライムを倒し、レベルがマイナスになった瞬間だ。


 全身に力が入らず、指一本動かせない状態。

 あの時は、極限の疲労によるものだと思っていた。

 だが、まさか……


 俺は悪い予感に、ステータスを確認する。




―――――


ハイリゲス


レベル:- 9999


HP :38/100


MP :0/0


筋力 :- 9999


耐久力:- 9999


敏捷力:- 9999


魔力 :- 9999


スキル

『大物喰い《レベルイーター》』


特殊

『不殺の呪い』


―――――



「師匠! どうしたんですか!」


 未だ俺にしがみついていたユンガが俺の身を案じ、掛ける力を強くするが。


「痛えええええええええ!!!!! 死ぬって! 俺ステータスがとんでもないマイナスなんだって!」


 ユンガに抱き着かれた俺の体からHPがゴリゴリと減っていく。

 やべえ。これ、生活するだけで致命傷になりかねねぇ!


 『大物喰い』は敵と自分のレベル差の分だけステータスを上げるスキルだ。

 つまり、敵がいない状態では何の効果も発揮せず、『不殺の呪い』によるレベル低下により起きたステータスのマイナス分だけが俺にある状態だ。


 ステータスがマイナスという状態をなめていた。

 こんなの、人とぶつかっただけで下手したら死んじまうじゃねえか。


「師匠!!!!!!!! 死なないでえええええ!!!!!」


「だからやめろおおお!!!! 痛ええええええええ!!!」


 その後、ユンガが落ち着きを取り戻し俺を解放するまで、俺はラスタースライムとの戦闘時を超える命の危機と戦うことになるのだった。




☆☆☆


 ラスタースライムの襲撃から一週間が経過した。

 壊され、燃やされた家屋はすでに撤去され、ボーゲンは仮設の住宅と新たな家の建設に人々が行きかっている。


 復興途上の町の外。

 俺は馬車に乗り、ボーゲンから離れようとしていた。


「本当に行くんだな」


 見送りに出てきてくれたギルド長は馬車の中の俺を見て心配げな視線を向けてくる。


「ああ。正直、この体で旅は辛いがそれをどうにかするために王都を目指すんだからな。まあ、何とかなるだろうよ」


 未だ俺のステータスはマイナスのまま。

 体が慣れたおかげか腕は動かせるようになり食事なんかは自分で摂れるようになったが、移動も普段の生活も全て手伝いがいる状態だ。

 今も馬車の座席に体を括り付け、移動の衝撃で椅子から転がり落ちないようにしているありさまだった。


 俺がこんな体で町を離れる決断をしたのは、呪いの治療のためだった。


「イルジィ=オーン様へ会いに行くんですよね! 師匠のかつての仲間に会えるなんて今から楽しみです!」


 馬車の御者台から顔を出したのは、旅装束を身にまとったユンガだった。

 俺が目覚めてからもユンガは俺の身の回りの面倒を見てくれて、今回の旅も御者兼、俺の介助係として同行を申し出てくれたのだ。


「ああ。この呪いをどうにかできるとしたらあいつしかいねえ」


 俺は王都にいるかつての仲間の姿を思い浮かべる。


 賢者『イルジィ=オーン』。

 かつて俺が所属していたパーティ『ネーベン』の仲間で、俺が知る限り最強の癒し手ヒーラーだ。


 俺と魔法使いと共に災禍龍フルーホを倒したメンバーであり、彼女自身も呪いをその身に受けている。

 イルジィは呪いを解析するため、情報の集まる王都に残った。


 あれから三年の月日が経ったのだ。

 聖職者であり、もともと解呪に精通する彼女であれば俺の呪いを何とかする方法の、その一端でも掴んでいるかもしれない。

 どのみちこのままでは生活もままならないのだ。


「今のお前だと、段差に躓いただけで死にかねないからな。ユンガ。ハイリゲスの事、頼んだぞ!」


「はい! 任せてください! 俺が師匠を命に変えても守って見せますから!」


「はは。大げさだな」


 ユンガの調子のいい発言に俺は笑う、が。

 心には一つ懸念があった。

 

 ラスタースライムの言っていた災禍龍フルーホの復活。

 そして、奴が俺を狙っていたという事実。

 

 本来はありえない事だ。

 だが、もしフルーホが復活しているのだとしたら。

 そして、奴が狙っているのが俺だけではないのだとしたら……




「それじゃあ、師匠! 目指すは王都! 出発しますよ!」


「ああ。頼むから安全運転でな」


 俺は一抹の不安を抱えながら、ユンガと共に王都『オヴァール』を目指す。





=====


これにて『レベルマイナス9999の最強剣士』、一章完結です!

新たな力を手にした主人公。

しかし、戦闘時以外は生活もままならないほどの弱体化中で?


今日まで毎日更新で来ましたが、第二章は現在執筆中のためいったんお休みです。

また第二章が書け次第、定期更新を再開します!

それほどお待たせしません!



ここまでお読みいただきありがとうございました!

この先も応援よろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る