第二章 不遇の呪い
第8話 賢者を訪ねて
二頭立ての馬車が四台はすれ違える広い街道が続く。
俺はゆっくりと走り続ける馬車に揺られて、微睡んでいた。
「師匠! 見えてきましたよ!」
御者台に乗るユンガから声がかかり、俺は頭だけを前に向ける。
街道の先、正面に見えてくるのは巨大な街。
周囲を巨大な石壁に覆われ、四方には壁を超えて聳え建つ監視塔が周囲を見渡す。
「ああ。あれが王都オヴァール。俺たちの目的地だ」
「僕、王都は初めてです! めちゃでかいですね! 色々見て回りましょうよ!」
「おい。俺はこの体で動けねえんだ! まずは賢者の捜索が先だろ」
「捜索しながら観光ですよ! いきましょう!」
浮かれるユンガを見て、ため息をつく。
ステータスの低下によりまともに動かすことができなくなったこの体。
今は揺れで転がり落ちないよう紐で座席に固定されている。
ボーゲンから王都までの移動の間も、何とか体を動かせないか試行錯誤してきたが結果は散々な物だった。
レベルがマイナスになったことで偶然手に入れたスキル『大物喰い』。
敵対する魔物とのレベル差が大きいほどステータスが強化されるスキルだ。
これを常時発動できれば、動けない状態から解放されるはずだった。
試しに野生のスライムを捕獲し瓶に詰めて近くに置いてみた。
結果は散々で、敵対状態に無い魔物相手ではスキルは発動せず、馬車の揺れで瓶が割れユンガに助けられるまで俺の上をスライムが這いまわり体中がべとべとになる惨事が起きたのが昨日のこと。
今の状態では一人で移動することも、着替えもできない。
下の世話までユンガに頼り切りの状況はなんともやるせない。
俺たちはこの状況を改善するために、かつての仲間であり、呪いの専門家である賢者を訪ねて王都に来たのだ。
「いざ! 王都オヴァール!」
ユンガの元気のいい声が街道に響く。
☆☆☆
賢者イルジィ=オーン。
最上位の聖職者である彼女は回復魔法のスペシャリストだ。
その本質は善人であり、人々に尽くす聖職者の鑑である。
そんな彼女だから王都に戻った後は、以前のように教会で多くの人に回復魔法を掛けて働いていると考えたのだが……
「ここでも賢者さんの行方、分かりませんでしたね」
「ああ。これは探し方を考えないといけないかもな」
王都の中心地から少し外れた住宅街に建つ教会を出た俺たちはため息をつく。
中心を外れたと言っても人通りは多く、俺たちは往来の邪魔にならない道の端へと移動する。
これで回った教会は五か所目。
しかし、神官の誰に聞いても賢者の情報は得られなかった。
「妙だな。例え神官として復帰していなかったとしても賢者はもともと最上位の回復魔法の使い手だぞ。王都に戻ってその行方がしれないなんてことがあり得るか?」
病気や怪我への対応は、自然治癒か薬草を調合した魔法薬の服用が一般的だ。
魔法薬は治癒魔法と同等の効力を持つが、原料となる薬草は人工栽培が難しく数をそろえるのは困難だ。
そんな時、頼られるのが魔法使いだ。
重い怪我や病気の患者に対し、回復魔法の使い手は数が少なく希少だ。
それも賢者ほどの使い手となれば国に数えるほどしかいない。
賢者の回復魔法であればあらゆる病気や怪我を癒すことができる。
魔法薬であれば病気や怪我に対応するものを服用する必要があるが、回復魔法であればその必要すらないのだ。
国の有力者や貴族が放っておくはずもない。
ゆえに教会に来れば噂ぐらいは聞けると思ったのだが。
「師匠、どうしましょう」
「そうだな……他に考えも無いし、ひとまず王都中の教会を順番に回っていくか」
俺は悩みながら今後の仮の方針を立てる。
しかし、こうなると俺の悪い予感も当たっているのかもしれないな。
復活したフルーホは俺を狙い、ラスタースライムを差し向けてきた。
フルーホの狙いが俺だけでないのだとすれば……
フルーホを死に追いやった賢者や魔法使いも標的に入るかもしれない。
そのせいで何か不測の事態が起きているのではないか。
まあ、それでも賢者の行方が分からない説明にはならないのだが……
「じゃあ、師匠しっかり捕まっていてくださいね!」
悩む俺はユンガに背負われながら次の教会を目指す……
うん。俺だって恥ずかしいんだよ!
大の大人が背負われて街中を移動するなんて!
道行く人からの視線が痛い!
多分酔っ払いにでも思われているんじゃないか!?
自分の姿を顧みて、我ながらがっかり来てしまう。
「師匠、ファイトです!」
「ああ、ありがとな」
ユンガに励まされるが、うん。
俺、背負われているだけだし。
頑張っているのは俺を背負って歩くユンガだけだよね?
その後、俺たちは更に七か所の教会を回った。
しかし結局、賢者の情報は得られず俺たちは途方に暮れるのだった。
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