第18話 罠

「うおおおおおおおおお!?」


 プラッツゴーレムの巨腕に殴られ、後方へ吹き飛ばされる。

 建物の残骸へと突っ込んだ俺は、四肢で地面を掴みなんとか勢いを殺す。


 危ねえ!

 ゴーレムとのステータス差でダメージこそ無いものの、その重量差は歴然だ。

 殴られれば弾き飛ばされるのはいくら踏ん張ろうと避けられない。


 弾かれた勢いで距離を離されてしまえば、『大物喰い』のステータス上昇効果が切れ、動けなくなる可能性すらある。


 俺は足を踏みしめ体が動くのを確認する。

 体に不調は無く、どうやら戦闘状態は継続していると判断されているようだ。


 空いた距離を詰めるべくゴーレムへと跳躍する。

 迎撃しようと迫るゴーレムの腕を避けるため、進路を横に切り返して回避。

 そのまま振り下ろされた腕の側面を、渾身の力で殴り壊す。


「おっ、当たりだ」


 攻撃してきた腕の付け根。

 そこに青く光る核を発見する。


 俺は再生のため動きを止めたその腕に跳び乗り、更に跳躍。

 核とすれ違いざまに蹴りを見舞い、そのまま離脱。


 核を破壊した手応えに、『自爆』を警戒する。

 来る衝撃に備え体を伏せた。


「あれ?」


 衝撃は来ない。

 核は青白く光を放ってはいるが魔法が発動する際の魔力の膨張は感じられない。


「不発か? それなら良かったが……」


 安堵したのもつかの間のこと。

 体がふらつく。

 しまった。『大物喰い』が解除されている。


 俺は慌てて次の標的を探し、街道の少し先で暴れるゴーレムを発見する。

 体に力が戻る。


 次だ。

 俺は移動前に、もう一度倒したゴーレムの核を振り返る。


 核の残骸は未だ青く輝いているが、『大物喰い』の効果が切れた以上、ゴーレムを倒した事は確実である。


「きゃああああああ!」


「た、助けてくれ!」


 遠くから聞こえてくるのは王都に住む市民たちの悲鳴だ。

 未だ残るゴーレムは多く、被害は拡大を続けている。

 これ以上被害者を出すわけにはいかない。


 倒した敵をいつまでも気にしていられるほど街の状況は優しくはない。

 疑問を抱きながらも、俺は次の標的へと駆ける。



☆☆☆



「はあ、はあ、はあ」


 戦闘を開始してから一時間。

 いくらステータスが大きく上昇したところで、生物である以上カバーすることができない部分は存在する。

 全力での戦闘が続けば息は上がり、判断力は低下する。

 前方には二体のプラッツゴーレム。

 そして後方からも一体が現れる


「くそ。囲まれた」


 攻撃をくらえば吹き飛ばされ、即戦闘不能となる可能性もある相手。

 囲まれた今、一つ判断を誤れば終わりだ。


 俺は前後に意識を割きつつ、狙いを後方のゴーレムに定める。


『ゴララララ!』


 前方左側に位置するゴーレムが俺に向け腕を振るう。

 前後どちらかに避ければ、今度は別の個体に狙い撃ちされるだろう。


 俺は即時の判断で、ゴーレムからの攻撃をあえて正面から迎え撃つ。


「らああああああ!」


 振るう拳がゴーレムの腕とぶつかる。

 腕を殴った反作用で吹き飛ぶ方向を調整。

 狙い通りに俺の体は背後のゴーレムへと急接近する。


 俺は勢いそのまま体をひねると、渾身の蹴りをゴーレムの胴体に放つ。


 破壊音とともにゴーレムの核が現れる。

 当たりだ!


 俺は地面に着地すると反転。

 穴の空いた胴体から覗く核目掛け飛びかかる。


 拳を振り抜き、核が砕ける。

 側方へ離脱後、振り向き確認するが『自爆』は来ない。

 核は残骸になってただ輝くだけだった。


 今まで倒したプラッツゴーレムは十三体。

 その中で自爆が起こらなかったのは三体目だ。

 何か意味があるのか?

 俺は疑念を深めながらも意識は戦いに向かう。


 地面を抉るように迫る巨腕。

 辺りに土砂が舞い轟音が鳴るその攻撃は既に至近まで迫っている。


 回避は間に合わないと判断した俺は、迫るゴーレムの腕へ自身の腕を突き刺した。

 そのまま腕にしがみつき、風圧に耐える。

 聞こえる風切り音は凄まじく、景色が目まぐるしく動く。


 強化された動体視力で、腕がゴーレムの頭上に来たのを確認。

 刺さった腕を引き抜くと、頭目掛け飛び降りる。


「はあ!」


 振るう拳がゴーレムの頭部を、そして胴体を破壊する。

 核は見当たらない。


 再生のため動きを止めたゴーレムの左肩に着地。

 腕が俺を潰そうと迫るが、すぐさま飛び降りる。

 地面に着地すると同時に右足を砕く。


 足の付け根に青い宝石が輝くのを発見する。




『ゴララララ!』


 背後から轟音が迫る。

 残る一体のゴーレムの蹴り。

 

 俺は向かい来る足の内側に駆け抜け、攻撃範囲から逃れる。

 そのまま蹴りの軸足を狙い突進。

 勢いに乗った拳で殴りつけた。


 ゴーレムの上体が大きく揺らぐ。

 地面に近づいた頭へ跳躍。

 全力を込めた拳が頭を砕き、首元に隠された核の位置を暴く。


 一度地面に着地し、再度跳躍する。

 狙うは露出したゴーレムの核だ。


 ゴーレムの腕が迫るが、到達は俺の攻撃が先だ。

 核を破壊するとゴーレムの腕は慣性のままに俺の横を通り過ぎていく。


「くっ!?」


 砕けた核に魔力が集まる。

 『自爆』だ。


 至近を過ぎる腕の裏側へ回り込むと同時、爆発が辺りを吹き飛ばす。


 ゴーレムの巨腕により直接爆風を浴びずに済んだ俺は、風の煽りを受けながらも地面へと着地する。

 残るゴーレムは一体。

 既に核の位置も割れている。


 ゴーレムは既に動き出していた。

 両腕を振り上げ地面に叩きつける構えだ。

 

 振り下ろしなら吹き飛ばされる心配は少ない。

 核を直接狙いに行く選択を取る。


 一気に駆け出し狙うのは、右足の付け根に隠された核。

 振り下ろされるゴーレムの腕が地面に付くよりも速くその下をくぐり抜け、足元へ。

  

 振るった拳が硬い表皮ごとゴーレムの核を貫く。




「なっ!?」


 怖気を感じるほどの魔力の膨張。

 核の崩壊に伴う『自爆』。

 しかし、感じる魔力の量は今までの比ではない。

 反射的に駆け出した俺の背後で更に魔力は膨張していく。

 

 魔力が弾けた瞬間、俺の視界が大きく切り替わる。


「なんだ!? 何が起きた!?」


 起きた事態を理解できず、俺は硬直する。

 ……いや違う。

 体が動かないのだ。


 『大物喰い』の効果が切れている。

 俺は自重を支えきれずに、受け身も取れずその場に倒れる。

 

「うっ」


 わずかに動く首を巡らせ辺りを確認する。

 辺りは鬱蒼とした暗い森の中。

 周囲からは戦いの喧騒も聞こえず、静かなものだった。


「まさか……転移魔法か」


 ゴーレムは崩壊時、すべての魔力を消費し核に刻まれた魔法を発動させる。

 核に刻まれているのは何も攻撃魔法だけとは限らない。


「だが、よりによって転移魔法かよ」


 転移魔法は対象によって飛ばせる距離が変わる。

 魔力を持つ生物より、無生物の方が遠くへと飛ばせるし、他人を飛ばすよりも、自分自身を飛ばす方が飛ばしやすい。

 更に他人を飛ばす場合、本人の合意がないと魔法の効力は極端に落ちるのだ。


 それを加味すれば、ここは王都から離れていない場所のはず。

 そうなると……


「イルジィのいた森の中か」


 それなら王都からの距離はそれほどない。

 走ることができればすぐに戻ることができるだろう。


 だが、どうする。

 いくら距離が近くとも俺の体が動かないんじゃ話にならない。

 魔物がいれば『大物喰い』も発動するのだが。


 耳を澄ませるが辺りに生物の気配はない。


 街にはまだゴーレムが。

 そして、ツァウが探しているゴーレムのさらなる上位種も見つかっていない。

 この状況で呪いの影響下にあるツァウだけに戦いを任せることはできない。


「……」


 一か八かだ。

 俺は一縷の望みにかけ、目を瞑る。

 ステータスがマイナスになった影響は体が動かないだけじゃない。

 圧倒的に疲れやすいのだ。


 荒ぶる精神を鎮め、息を整えると徐々に睡魔がやってくる。


 俺の意識はゆっくりと深いところに落ちていく。




☆☆☆



「ハハハ。まさか数時間でまた呼び出されるとは思わなかったよ! モテる女は辛いね!」


「ああ。会えて良かったよ」


 眠れば会える。

 そんな確証は無かったが、どうやら賭けには成功したらしい。

 俺は目の前の女性が浮かべるいたずらな笑みに安堵する。



「イルジィ、助けてくれ」

 

 俺は状況打開の手段を、賢者イルジィに求めるのだった。

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