第19話 “秘密兵器”

 夢の中。

 俺は数時間ぶりにイルジィと再会することに成功する。


「まさか、こんなにも早く僕に会いに来てくれるとはね」


「俺もその予定はなかったんだがな。それで――」


「急ぎなんだよね? 分かっているよ」


 俺の言葉を制すと、イルジィは指を鳴らす。


「君はラッキーだね。 “秘密兵器” を用意するといっただろ? ちょうどその用意ができたところだよ。おいで、ターピーア!」


『タープ!』


 空間を破るようにイルジィの隣に現れたのはなんとも奇妙な生き物だった。

 体長は人間の半分ほどで、黒色の体毛が全身を覆っている。

 四つ足で立つソイツは鼻が長く地面に付きそうなほど。

 顔は細長く、目は眠そうに瞬かせている。


「こいつが前に言っていた“秘密兵器”なのか?」


『タープ?』


 なんとも気の抜ける声で鳴くその生き物に俺は肩を落とす。

 コイツこそ、イルジィが用意すると言っていた俺が動けるようになる秘密兵器だというのだが……


「カワイイよね! この子、名前は『ターピーア』っていうんだよ!」


『タープ!』


 イルジィが頭を撫でると、その生き物はイルジィに体を擦り付ける。

 イルジィになついているのだろう、気持ちよさそうに鳴く。


「コイツがどう働けばステータスマイナスの俺が満足に動けるようになるんだ?」


「コイツじゃなくて『ターピーア』ね! この子は見た目の通り愛くるしいだけの、ただの大人しい“魔物”だよ!」


「これで魔物ねえ……」


 イルジィに懐くその姿はどう見てもただの愛玩動物にしか見えない。


 魔物と動物の違いは他の生物への敵意の有無だ。

 動物でも魔力を持つ種は存在するし、捕食する目的や自身の生存域を守るため、他の生物を攻撃することもあるが、魔物は違う。


 生まれた瞬間から同種以外の他の生物への明確な敵意を持ち、理由なく他の者を襲う存在なのだ。


 イルジィにじゃれるターピーアに、攻撃性があるようには見えない。

 イルジィの言に首を傾げながら、その可愛さに思わずターピーアへ手を伸ばす。


『タープ!!!』


「うお!?」


 ターピーアはいきなり振り向くと、俺の伸ばした手に噛み付く!

 慌てて振り払うが思いの外その噛む力は強い。

 俺は両手を使いなんとか口から手を引き抜く。


「言っただろう。この子は魔物だよ。いくら可愛くてもおさわりはダメだぞ!」


「痛え! 手を食いちぎられるかと思った」


「ここは夢の中さ。ダメージは現実に反映されることはないよ。ここでいくら攻撃を受けたところで問題ないんだ……この意味が分かるかい?」


 意味深にウインクをするイルジィ。

 俺はその言葉の意味を考え、首をひねる。


「ええっと、ダメージを与えても死なないんだったらこいつをサンドバックにして殴り放題……」


「怖いこと言うね!? ターピーアが怯えてしまったよ!」


『タープー』


 ターピーアは俺から隠れるようにイルジィの背後に回り込む。


「あっ! そういえば前に会った時はお前と俺の間に壁があって、お互いに触れられなかったはずだよな。なんでこいつには触れるんだ?」


「いい指摘だね! それはこの子のスキルだよ。他人の夢に入り込む『夢渡り』のスキル。ターピーアはこのスキルで眠っている人の夢の中に入り込み精神を内側から攻撃するんだ!」


「怖っ!? コイツの方が圧倒的に怖いじゃねえか! 一見して無害そうな見た目に騙されたが、えげつないスキルをもってるな。というか、そんな危ない魔物なら俺の夢の中に連れてくるなよ!」


 俺はイルジィの発言に思わずツッコミを入れる。


「そう! それが目的なんだよ!」


「どれだよ!?」


 相変わらず説明の足りないイルジィの暴走に、思考が追いつかない。

 なんだその高度な嫌がらせは。


 精神を攻撃する魔物。

 夢の中ではダメージを受けても傷つかない。

 それはつまり……


「戦闘状態を継続できるっていうことか?」


「ご名答! 現実の魔物じゃあ、君は一瞬で倒してしまう。でも、夢の中ならずっと戦い続けることができるんだ! もちろん、痛みは我慢しなきゃだけどね」


 戦闘状態が継続できるなら、『大物喰い』を発動し続けられるはずだ。


「待てよ。夢は俺が寝ていないと見れないぞ。寝ていたんじゃ、結局動けない」


「そこで僕の出番だよ! 剣士君は白昼夢って知ってるかい?」


「ええっと、目が覚めているのに、夢のような非現実的な幻覚が見える事だろ」


「正解。君と僕の夢を繋げることで、君が覚醒していても白昼夢として夢を見ている状態を作り出すんだ!」


「それは……すごいな?」


 イルジィの説明。

 正直半分も理解できていないが、その凄さは想像できる。

 他人の意識に干渉すること自体、高等技術が必要だ。

 それを夢という膨大な無意識に対し行うのだ。


 門外漢の俺では、やり方など皆目見当も付かない。


「僕の力では、夢を維持できて一回に15分が限界だけどね!」


「15分か、十分だ」


 少なくとも王都へと戦線復帰するにはお釣りがくる。

 今回の件では申し分ない。


「早く王都に戻りたい。俺はどうすればいい」


「夢は僕が繋げておくから、君は目覚めるだけでいいよ」


 意識が浮上する感覚に、俺はイルジィを見る。


「王都ではツァウが頑張っているみたい。あの子を助けてあげてほしい」


「ああ。任せておけ!」


 イルジィの祈りに、俺はしっかりと頷く。

 視界が白い光に覆われると、俺の意識は現実へと切り替わる。





「う、うう」


 瞼を開ける。

 視界に飛び込んでくるのは鬱蒼とした森の木々だ。


 どうやら無事目覚めることができたらしい。


『タープ!』


「うお!? なんでお前がいるんだよ!」


 鳴き声に横を見ると、なぜかそこにはターピーアの姿があった。

 こいつは今、俺の夢の中にいるんじゃないのか?

 夢から出てきちまったら、作戦が破綻してしまう。


「大丈夫。そのターピーアは幻影さ」


「イルジィまで!?」


 今度は左から声が掛かる。

 そこにはいたずらに成功した子供のような笑みを浮かべるイルジィの姿があった。


「幻影って、どういうことだよ!?」

 

「言っただろ? 君には白昼夢を見せると。今君に見えている僕とターピーアの姿はただの幻影だよ。夢が現実に落とす影さ」


「つまり、どういうことだ?」


「僕とターピーアは今も君の夢の中にいる。君は白昼夢として現実の景色に夢の中の僕らの姿を重ねて見ているだけだよ」


「うん。意味が分からねえ」


 相変わらずのイルジィの説明を受け、俺は意識を切り替える。

 何にしてもイルジィがこの事態を制御できているというのなら問題はない。

 俺は今自分にできることをすべきだ。


 体を確認する。

 手を握り、放し、動きに違和感がないのを確認。

 ステータスは強化されている。


 俺は片膝を付き立ち上がると、王都へ向け疾走する。

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