第20話 VSシュタットゴーレム

 戦いの喧騒が聞こえてくる。

 逸る気持ちを抑え森を駆け抜け、視界が開けた先。

 王都を囲う城壁の向こうでは各所で煙が上がり、人々の悲鳴、そして激しく何かがぶつかり合う壮絶な戦闘音が断続する。


 俺は城壁にゴーレムの攻撃で崩れた部分を見つけ、中へ抜けた。


「こっちからツァウちゃんの魔力を感じるよ!」


 視界の端にイルジィが姿を現す。

 その姿は俺の夢に籠もるイルジィが見せる幻だ。


「ツァウ一人に無理はさせられない! 急ぐぞ!」


 俺は瓦礫となった建物の合間を抜け、イルジィの指す方向へと急ぐ。

 進むほど戦闘音は激しくなっていく。


「うおっ!?」


 突如目の前に氷の花が咲く。

 慌てて見上げれば、上空には膨大な魔力を膨れ上がらせ魔法を編むツァウの姿が。


『ゴララララ!』


 ツァウの視線の先には五体ものプラッツゴーレムが集結していた。


「『氷蔓拘縛バインドヴァイン』」


 ツァウは瞬時に詠唱を終え、動き出していた。

 夥しい数の氷の蔓がツァウの動きに合わせその周りに生成されていく。

 氷の蔓は放射状にツァウから伸びると、それぞれが五体のゴーレムの下へ。

 

 振り払おうと動いたゴーレムの腕は蔓に巻き取られ動きを封じられる。

 五体のプラッツゴーレムを覆いつくす大量の蔓が場を支配する。

 そのまま体を覆った蔓は徐々にゴーレムを締めあげていく。


「壊せ!」


 ツァウの合図に合わせ蔓は急速に縮みゴーレムを締め上げる。

 蔓の中からは石の砕ける破壊的な音が。

 それが数秒続いた後、突如五か所で爆発が起こる。

 しかしその爆発も蔓が覆いつくし、そのまま収束させてしまう。


 蔓が退き中からゴーレムの残骸が現れる。

 崩れ瓦礫となったゴーレムは再生の兆しを見せない。




「すげえ……」


 一方的な戦いに俺は思わず感嘆の声をもらす。

 これがツァウの本気。

 俺が苦戦したプラッツゴーレムに対して反撃を許さず、瞬殺してしまった。


「ツァウ! お疲れ様!」


 今にも次の戦場へ飛び立とうとするツァウは、俺の声に振り返る。


「避難所はあっち。ゴーレム討伐の邪魔よ! 一般人は下がってなさい!」


「なっ!? その言い草はねえだろ!」


 ツァウのあまりの言い草に俺は噛み付く。


「忠告はしたわよ」


 俺の言葉に取り合わずツァウは冷たい視線を俺に向けると、そのまま飛んでいってしまう。




「何だったんだ、今のは」


 今のツァウの態度はあまりにも不自然だ。

 まるで初対面の人間に対するような、隔たりを感じる話し方。


 既視感がある。

 王都で出会ったときの態度も、今と同じだ。

 あのときはただ俺を忘れているのかと思っていた。

 ……そうではないのか?


 俺は疑問を抱えたまま遠ざかっていくツァウの後ろを慌てて追いかける。


「君も気づいたかな? ツァウちゃんの異変に」


 走る最中、イルジィの幻影が再び顔を出す。


「ああ。イルジィはなにか知っているのか?」


「いいや。君が知っていること以上は知らないよ。ただ、ツァウちゃんは嘘をついている」


「嘘? なんのことだ」


 俺の問いかけに対し、イルジィの幻影は首を横にふる。


「ツァウちゃんとは接触機会が少ないからね。まだ分からないな。一つ言えるとすれば、今のツァウちゃんを一人にしない方が良いと思う」


「……そうだな。追いかけよう」


 ツァウが何かを抱えているのなら仲間として支えたい。

 俺は遠ざかるツァウの背中を追い、駆ける。


☆☆☆


「『氷斬舞葉フリーズリーヴズ』」


 舞うように氷の葉が宙を飛ぶ。

 その動きを操るツァウが腕を振るうのに合わせて、無数の葉はゴーレムへと一斉に殺到し、付着した部位を凍り付かせる。

 股関節部が無理な姿勢で固まったゴーレムはその場に横転した。


 転倒したゴーレムへ向け再びおびただしい量の葉が向かう。

 凍りついた部位を鋭利な葉が削り取っていく。

 右前腕部に核が見つかると、瞬時に切断。

 自爆による爆風すらも葉が集まり抑え込んでしまう。


「さあ、次よ!」


「おい、待て!」


 空を行くツァウに俺は追いつけないでいる。

 ゴーレム相手に戦って移動しているはずなのに、移動速度はツァウの方が俺より早い。


 建物の瓦礫を迂回しツァウに声を届かせようと叫ぶが、ツァウは既に次の交差路辺りまで移動している。


「くそ。これじゃあ追いつけねえ」


 現在『大物喰い』を発動している以上、魔力を含めた全てのステータスで俺の方が勝っているはずだ。

 しかし、これだけスピードに差が付いているのは、ツァウの魔法の技量が卓越しているからだ。


 瓦礫の合間を縫い、ひた走る。

 倒壊した建物を飛び越えようと踏み出した足の裏に力を込めた瞬間、轟音と共に地面に大きな揺れが走る。


「今度はなんだ!?」


 高速で移動していた俺はバランスを崩し、転倒する。


 動きを止めた俺の周りを影が覆う。

 視線を上げるとそこには巨大な山が……いや、違う。


「こいつは、シュタットゴーレム!」


 その巨体はもはや山と表現するに相応しい。

 両手を伸ばせば王都の端から端まで届くだろうその巨躯が日を遮り、王都に暗い影を落とす。


 ゴーレムの最上位種、人々から破壊の化身と恐れられる怪物。

 シュタットゴーレムが突如姿を現した。


「いくら何でもでかすぎるだろ」


 これでは核を見つけたところでそこまでたどり着くことができそうにない。

 俺が絶望を抱いていると、上空を高速で移動する物体が横切る。


「『大樹氷槌ウッドマレット』」


 地面からいくつもの氷が伸びる。

 氷は悠久の時を過ごし成長した大木を思わせる形状へと発達し、その先端を現れたシュタットゴーレムへと叩きつける。


 ツァウにより展開された最上位の攻撃魔法だ。

 本来なら上から敵を押しつぶす脅威の威力を持つ攻撃だが、シュタットゴーレムがあまりにもデカすぎる。

 氷の大樹はゴーレムの膝元にしか届かない。


「ツァウ! 待て――」


 突風が俺の言葉を遮る。

 ツァウの生み出した大樹目掛け、シュタットゴーレムが振るった腕が地盤ごと辺り一帯を吹き飛ばす。


 破壊の跡には大きな穴が空いているのみ。

 攻撃の余波だけで動けなくなった俺は、その光景に愕然とする。


 ステータスだけでは埋められない圧倒的な体格差。

 攻撃がかすりでもすれば地平線の彼方まで飛ばされそうな圧迫感。


 それでも立ち向かわなければならない。

 立ち上がるため空を仰いだ俺は、高速で飛翔する一筋の赤い光を見る。


「『火鳥特攻ファイアーバードストライク』」


 シュタットゴーレムに向け、炎の鳥が迫る。

 羽ばたく翼は人の身長を優に超え、その背にはツァウの姿があった。

 炎の鳥にまたがるツァウはゴーレムへと接近する。


「『雷兜狗頭サンダーヘッド』」

 

 迎撃に巨大な腕が振るわれる。

 生む風圧だけで破滅的な被害をもたらす攻撃が迫る。

 生体電気を強制的に操る雷の魔法で身体強化を果たしたツァウは跳躍。

 攻撃を回避し現れた別の火の鳥へと乗り移る。

 そこはシュタットゴーレムの頭上だ。


「『凶噛土鮫シャークトゥース』」


 土でできた巨大鮫がまるで水中を泳ぐようにゴーレムの足元の地面から顔を出す。

 その鋭い牙でゴーレムに食らいつき、動こうとした右足をその場に食い止める。


「『長槍風刺スピンスピア』」


 渦巻く風が象る二条の巨大な槍が上空に出現する。

 風の槍はまっすぐシュタットゴーレムの左足に突きささり、足底を地面に留める。




「『世界樹氷槌ワールドウッドマレット』」




 両足の動きを封じたシュタットゴーレムの頭上。

 詠唱に合わせ、地面から伸びる氷の樹木は雪の結晶の如く細かく散り、ツァウの手元へと向かう。

 幻想的な氷の渦が集まり、中空で大槌へと姿を変えた。


「はああああああああああああ」

 

 ツァウの内包する膨大な魔力が氷へと変化し、大槌は更に大きさを増す。

 それはすでにシュタットゴーレムの頭部を超えるまでに達していて、更なる膨張をつづける。


 これがツァウの最強の魔法だ。

 すべての魔力を込めた一撃がシュタットゴーレムへと振り下ろされる。


「潰れろおおおおおおおおおおお!」


『ゴララララララ!』


 シュタットゴーレムの拳と、ツァウの大槌がぶつかる爆発音。

 衝撃で地面は爆ぜ、その余波に俺も地面にうずくまる。


「くっ……」


 衝撃が過ぎ、顔を上げた俺の前に広がっていたのは大穴だった。

 慌てて空中を見上げると、自由落下するツァウの姿が。


「ツァウ!」


 俺は慌てて駆け寄り、ツァウを受け止める。

 魔力を使い果たしたのだろう。

 ツァウの体からは魔力を感じられない。


 俺は慌てて辺りを見渡すが、敵の姿は消えている。

 ツァウが倒したのだ、あの怪物シュタットゴーレムを。


「うっ、うう」


 自然と手に力が入ると、俺の腕の中でツァウが呻き声を上げる。


「痛いわよ」


「ああ、すまん」


 眼を覚ましたツァウはゆっくりと立ち上がる。

 いつもの憎まれ口を聞き、体調の心配はいらないようだ。




「それで、あなた誰?」


 空洞の目をしたツァウは首を傾げて俺を見る。

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