第21話 喪失
シュタットゴーレムとツァウの激しい戦いの余波で、周囲には大穴が空き、瓦礫は彼方へと吹き飛んだ。
穴だらけとなった王都の一角で俺はただ、困惑していた。
「おい、冗談だよな?」
ツァウの口から出た信じられない言葉に、俺は怖気を感じる。
なんだ、この、状況は。
「なんで私があんたに嘘を言う必要があるのよ! あんたの事なんて知らないわ! いきなりこんな訳の分からない場所にいるし。その。なぜだか、あんたがわたしに抱きついているし!」
「違う! 抱きついていたわけじゃなくて……」
反射的に反論をするが、言葉が続かない。
まるで俺のことを知らないような反応。
ツァウにいったい何が起きている?
俺は事態に付いていけずに困惑を深める。
「ツァウ、一体どうしたんだ」
「そんなの私が聞きたいわよ! 何も分からないの!」
それは本心からの叫びに思えた。
俺の中に以前感じた引っ掛かりが思い起こされる。
王都で偶然再会したときのおかしな反応。
イルジィの言うツァウの嘘。
肌身離さず持ち歩く赤い背表紙の本。
ツァウは『不明の呪い』を、魔法を使うたびにその魔法に関する記憶が失われ、同じ魔法が使えなくなるのだと説明した。
だが、もし無くなる記憶がそれだけでないのだとしたら……
「あの大きい宝石は何かしら? 光っているわ」
思考の最中、ツァウの言葉につられ視線を向ける。
空いた大穴の底からのぞくのは、地面から先端を出した巨大な青い宝石 。
シュタットゴーレムの核が青白く輝いていた。
「まずい!」
自爆が来る!
シュタットゴーレムの巨体を動かしていた膨大な魔力が暴走したのならその威力はもはや想像ができない。
王都全てを更地に変える可能性だってある。
ゴーレムの核が発光し、世界は白く染まる。
俺は慌ててツァウに手を伸ばそうとして、その手が空を切る。
「なっ!?」
光が消えたとき、俺の目の前に居たはずのツァウの姿は無かった。
「ツァウ?」
俺の呼びかけに応える声はない。
遠くからは喧騒が聞こえてくるが、シュタットゴーレムの吹き飛ばしたこの周辺は驚くほど静かだ。
見晴らしもよく、けれど俺の視界はツァウの姿を捉えることはない。
ツァウは忽然と消えてしまった。
いったい何が起きた。
直前に起きたのはシュタットゴーレムの自爆。
ツァウが消えた原因がその自爆にあるのだとしたら……
「転移魔法か!」
俺が森へと飛ばされたように。
シュタットゴーレムに転移魔法が仕掛けられていたのだとしたら。
自爆による魔法の威力は核の大きさに比例する。
俺の時で王都の外まで飛ばされたのだ。
シュタットゴーレムの核に内包する魔力でツァウが飛ばされているのだとしたら。
いったいどれほどの距離を飛ばされてしまったのか。
「剣士君、これ……」
イルジィの幻影が姿を現し、足元を指さす。
そこにはツァウが肌身離さず持ち歩いていた赤い背表紙の本があった。
俺はそれを手に取ると表紙をめくる。
「えっ……」
魔導書の類だと思っていたそこには日記が書かれていた。
悪いと思いながらもつい、内容に目を通す。
――――――
私はツァウ 正義に生きる最強の魔法使い
これは後からこれをみる私に向けたメッセージよ
もし、あなたに記憶がないのならこの本を読んで
ここには私の大切なすべてが書かれているから
私には『不明の呪い』という恐ろしい呪いが掛けられている
『魔法を使うたびにその魔法が使えなくなる』
皆にはそう説明しているけど本当はそれだけじゃないの
『魔法を使うたびに記憶が消える』
使った魔法は使い方やその習得過程まで全て忘れてしまうし、
それとは別に強力な魔法であればあるほど私の中から大切な思い出の記憶が失われていく
それが『不明の呪い』
最初は事の重大さが分からず、バンバン魔法を使っちゃったせいで今では仲間や家族との記憶も大分なくなっちゃった
でも、メモに残しておけば記憶には残っていなくても私の生い立ちは覚えておける
まあ、そのこともまた魔法を使えば忘れちゃう場合もあるけどね
だから私の半生、そして大切な仲間との記録をここに書き記しておくね
記憶を失っても。私が、私らしく生きられる。それが今の私の望みだから。
――――――
「なんだよ、これ」
手帳に書かれた内容に俺は驚きを隠せない。
ツァウは記憶を失っていた?
じゃあ、忘れていたのか、俺やイルジィの事を。
再会した時の不自然な態度が思い起こされる。
あの時ツァウは本当に俺のことを忘れていたんじゃないか。
本の中にはツァウの生い立ちや、彼女と関係の深い人物の身体的特徴、ツァウとの関係、常識的な事柄まで事細かに記されていた。
俺の項目もある。
『ハイリゲス:白髪 背が高い
いつも馴れ馴れしく話しかけてきて気色悪い
私を子ども扱いしてきてうっとおしい
背には赤い刀身の魔法大剣『ゾンニヒ』を背負っている
かつて一緒のパーティで旅をした 私の大切な仲間
戦うほどに弱くなる『不殺の呪い』を受けている
現在はボーゲンの町で隠居している
『大物喰い』という自分のレベルが相手より低い場合にステータスを強化するスキルを手に入れ冒険者に復帰したらしい
今は呪いを解く方法を探しイルジィとの接触方法を探っている』
俺は記憶を失っていく恐怖を想像し、思わず涙をこぼした。
ツァウはどうしてこのことを話してくれなかったんだ。
俺は心の中で毒づきながらも手帳の続きを確認する。
☆☆☆
私の本名はツァウバー=フリエレン。
ツァウバーって可愛くないから、ツァウって名乗っているわ。
私の生まれたフリエレン家は、優秀な魔法使いを多数輩出してきた家系で、
私はフリエレン家の中でも特に優秀な才能を持って生まれた。
5歳の時には自分の意思で魔法を使えたし、
10歳の時には基本五属性の極大魔法を扱えるようになっていた。
16歳の時には複数の属性魔法の同時展開に成功し、神童と呼ばれた。
それゆえに家族からの期待は厚く、私は箱入り娘として大切に育てられた。
だけど私はいつも退屈だった。
来る日も来る日も魔法の研究ばっかり。
私はいつも思っていた。
私のこの魔法の才能は何の為にあるのだろうと。
ある日、国からドラゴンの討伐を命じられパーティに参加することになった。
パーティでは馴れ馴れしく話しかけてくる暑苦しい剣士と、
いつもニコニコしていて何を考えているか分からない不気味な賢者と一緒になった。
正直言って居心地が悪くて、最悪のパーティだった。
だけど、パーティで巡る外の世界は意外に悪くなくて。
外の世界の探検が、魔物との戦闘が、町の人との交流が。
私にとって初めての経験ばかりだった。
何より嬉しかったのが、私の魔法がみんなの役に立ったこと。
魔物を倒せば皆から賞賛され、傷を癒してあげれば感謝され、
だから私はみんなの為に一所懸命頑張った。
先に進めば進むほど、魔物は手ごわくなる。
ある日、剣士に命の危機を助けられた。
剣士がピンチになった時、助けてあげたら頭を撫でられた。
私が怪我をしたとき、賢者が回復してくれた。
いつも回復してくれるお礼に髪留めをあげたら抱きしめてくれた。
今までに無かった感覚。
私はパーティのことがいつの間にか好きになっていた。
ある日、剣士に相談した。
私の魔法は何の為にあるのだろう。
そうしたら剣士は答えてくれた。
「みんなを助ける為にあるんじゃないかな」
その日から、私はみんなのために、『正義』の為に魔法を使う事を決めたの。
私は自由を愛し、正義に生きる天才魔法使いツァウ。
その生き方は私だけのものだから絶対に貫く、そう決めた。
数々の戦いを乗り越え、遂に到着した決戦の地、霊峰ヴィンケル。
パーティの仲間と挑んだ災禍龍との戦い。
見事フルーホの討伐に成功した私たちは、
フルーホの死をきっかけに発動する不治の呪いを受けてしまう。
討伐の代償に私が受けたのは『不明の呪い』だった。
皆には魔法が使えなくなる呪いなのだと説明をした。
だって、心配を掛けたくなかったから。
でも消えるのは魔法の記憶だけじゃなくて、皆との思い出もなくなってしまう。
魔法を使えなくなるのは本当。その魔法の習得した記憶が無くなるから。
だけど、その魔法を習得した際の周辺情報も消えてしまう。
強力な魔法程、一緒に戦ってきた期間が長い魔法程、大切な記憶が消えてしまう。
しばらくはその事実を認めたくなくて、自由に生きるんだって冒険者を続けて。
それで馬鹿みたいに大切な記憶を失った。
いやだよ。
忘れたくない。私が忘れたのを知ったらみんなが悲しむから。
忘れたくない。この思いを忘れてしまったら、私が私でなくなるから。
だから、ここに記録を付ける。
私はツァウ。
私は私を忘れても、私らしく生きて!
――――――
「剣士君。これは不味いことになったね」
イルジィは真剣なまなざしをこちらに向ける。
俺はしばらく本の内容から目を離せないでいたが、ゆっくりと視線をあげる。
「ツァウちゃんの嘘はこれだったんだね」
「ああ。話してくれればよかったんだ。何か力になってあげることができたかもしれない」
「ツァウちゃんの性格からして一人で抱え込んでいたんだろうね……この話が本当ならツァウちゃんは記憶を失っていることになる。最強クラスの大魔法を連発したんだ。ほとんどの記憶を失っていると考えていいだろう」
イルジィの言葉に俺は事態の深刻さに思い至る。
「つまりツァウは記憶を失ったまま飛ばされたということか」
これもフルーホの狙いなのか?
フルーホの復讐のターゲットは俺だけでなく、イルジィやツァウも含まれていたのではないか。
王都襲撃の目的は物理攻撃に耐性を持つゴーレムを使うことでツァウに戦うように仕向け魔法を使わせ、多くの記憶を失ったツァウをゴーレムの自爆による転移を使い俺たちから引き離すためだったとしたら。
大切な仲間であるツァウ。
彼女の思いに気づいてあげられなかった自分の不甲斐なさ。
底しれないフルーホの悪意。
後悔と憤怒で感情がごちゃまぜとなり、俺の意識を飲み込んでいく。
「助けに行くぞ」
俺は手にした赤い本を握りしめる。
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