第31話 自由の魔法使い

「私はもう縛られない! 私は私の信じることを為すんだ!」


 眼の前ではツァウがフルーホに杖を向け啖呵を切る。

 どうやら俺たちの作戦は成功し、ツァウは正気を取り戻したようだ。


「剣士君、お疲れ様。立てるかい?」


「ああ。もちろんだ!」


 頭に直接届いたイルジィの言葉に俺は力強く頷く。

 電撃で受けた傷の痛みを無視して立ち上がる。

 この状況で俺だけが倒れているわけにはいかないだろう!


 俺はツァウの隣に並び立つと剣を構える。

 最初の想定とは大きく変わってしまったが、ツァウ、イルジィ、そしてユンガや王都の兵たち、みんなの力を借りてここまで来たのだ。

 今度こそフルーホを打倒し、奴のばらまく悪意を止める!




「おかしいな。どうしてツァウさんは僕に杖を向けるんだい? 僕たちは仲間じゃないか!」


 声を聞いただけで怖気が走った。

 俺たちと向かい合うように立つフルーホは冷たい笑みを浮かべていた。

 ツァウはフルーホを睨みつける。


「全部思い出したのよ。ハイリゲスが私の仲間だってことも。フルーホ、あんたが私の宿敵だって事も」


 ツァウはチラリとこちらに視線を向けると「ありがとう、助けてくれて」と、短く礼を口にする。

 すぐに視線をフルーホへ戻してしまうが、思いは十分に伝わってきた。


「『不明の呪い』に、『封印の呪い』……うん。呪いは解けていないよね。ならどうして記憶が戻っているのか。不思議だね」


 フルーホの視線が俺へと移る。

 睨まれただけで感じる圧倒的な威圧からはフルーホの怒りが伝わってくる。


「ハイリゲス、君の仕業なんだろ? いったいどうやってツァウの記憶を取り戻したんだ」


「想定外の事態に焦っているのか? 敵にむざむざと教えてやるわけがないだろ!」


 俺はフルーホを睨み返すと、気持ちを奮い立たせるべく笑みを浮かべる。


 ツァウが正気を取り戻したからくりは存在する。

 ツァウはフルーホに掛けられた『封印の呪い【聴】』により、フルーホにとって不都合な情報が聴こえなくされていた。

 そこで俺達が仕掛けたのは、呪いの影響を受けない無意識の状態でのツァウの説得だ。


 そのためにはツァウを夢の中に引き込む必要があった。

 だから俺は戦闘中にツァウへと接近を図り、反撃を受けてでもツァウへ触れたのだ。

 そしてイルジィの『感覚共有』により今イルジィが感じている眠気をツァウにも体感させることで、連日の戦いでの疲れと合わさりツァウを眠らせることに成功した。

 あとは眠ったツァウの夢にターピーアを入りこませればイルジィはツァウと夢を繋ぐことができる。


 説得自体も綱渡りの賭けだったが上手くいったようだ。

 『不明の呪い』により封印されたツァウの記憶をイルジィの『感覚共有』により追体験させることでツァウは正気を取り戻してくれた。


「さあ、フルーホ。これで二体一……いや、俺たちはみんなの力でここに立っているんだ。皆の力でお前を倒す!」


「フルーホ! あんたは絶対に許さない。もう復活できないようにここで決着をつけるわ!」


 杖の先をフルーホに向けたツァウの魔力が膨れ上がる。


「『舶刀風斬カトラスカッター』」


 ツァウが剣を振るように杖を振るうと、杖の先から風の刃が飛んでいく。

 フルーホは片腕を振るうと、風の刃は見えない壁に阻まれたかのように霧散する。


「残念だよ。ツァウ! 君なら僕の望む通りの道化を演じてくれると思ったのに」


「私は誰にも縛られない! 私は自分の意思で力を振るうわ!」


「そうかい。ならば君は用済みだ」


 フルーホの纏う空気感が変わる。

 見ていて寒気を覚えるほどの悪感情がフルーホからあふれ出している。


「さようならツァウ。やはり演者が退場するなら派手に見送らなくちゃね。『自爆』」


「ぐ、うう。いやああああああああああ!」


 突然ツァウが叫びを上げる。

 見ればツァウの体からは青い魔力があふれ出し、輝いている。


「かははははは! かははははははは! 僕が自由を愛する君を自由にさせると思っていたのかい!? 君が僕を裏切った時に発動するように『自爆』を仕込んでいたんだよ。僕を落胆させた罰だ。そのままハイリゲスと一緒に爆死しろよ!」


 高笑うフルーホ。

 ツァウの体からは漏れる魔力が増大していく。

 この魔力が暴発すれば俺も無事で済まないだろうし、ツァウは肉片すら残らず吹き飛ぶだろう。

 だが、そうはさせない!


「頼むぞ! ターピーア!」


『タープ―!』


 ツァウの腹の辺りからターピーアが飛び出す。

 そして、その鼻に持つ『盲目の兜』をツァウへとかぶせた。

 それだけでツァウの魔力の暴走は収束する。

 暴走直前だったツァウの魔力は大気中へと逃げて行き、魔力を使い果たしたツァウがふらつくのを俺は慌てて支える。


「なっ!? 何が起きた!?」


 フルーホから声が上がる。

 奴は驚いているようだが、行ったことは単純だ。

 『盲目の兜』は装備した者のスキルの発動を封じる。

 フルーホが『自爆』を発動させると同時に、ツァウの夢の中に潜むターピーアが飛び出し持っている『盲目の兜』をかぶせる。

 ツァウは魔法を使えなくなるが、フルーホから呪いを受けることも、自爆させられることも防ぐことができる。


「事前にツァウのステータスはイルジィに確認してもらっていたからな。ツァウに『自爆』スキルが付与されている事は確認済みだ」


「ちっ。対策アイテムを準備されていたか……ならば『直接叩き潰すまでだ!』


 フルーホの纏う雰囲気が変わる。

 相対するだけで冷や汗が噴き出し、反射的に身構える。

 人間の姿をしたフルーホの顔が縦に二つに裂け、その中から鱗に覆われた腕が現れる。

 体や頭、そして現れたフルーホの全身は、巨大なドラゴンへと変貌する。

 忘れもしないあの時に倒したフルーホ自身の姿だ。

 俺は受ける威圧感に押しつぶされないよう奥歯を噛みしめる。

 

『お前たちは我が手ずから殺してやろう』


 周囲の瘴気が急激に濃くなっていく。

 俺はツァウを庇うように前に出る。

 フルーホから感じる威圧に自然と剣を握る手に力が入る。

 『大物喰い』による身体強化は今までで最高の力を俺に与えてくれていた。

 しかし、それは裏返せば相手がそれだけ強大な存在であるということだ。


 『盲目の兜』を被ったツァウは魔法を使えない。

 ここに居ないイルジィ、ただの魔物であるターピーア。

 この場で戦えるのは俺一人だ。


 俺は一人でこの化け物に立ち向かわなければならないのか。


「いいさ、やってやる!」


 俺は剣先をフルーホへ向け全力で突っ込んでいく。

 大丈夫。前も奴を倒すことはできたんだ。

 今はスキルこそ失ったものの『大物喰い』により、ステータスは大きく上昇している。

 奴の放つ呪いにさえ気を付ければ勝利できるはずだ。


「らああああああああ!」


 剣を振り上げ、フルーホの毒々しい紫の鱗で覆われた首を目掛けて斬りつける。

 しかし、剣はフルーホの鱗を穿つことなく阻まれる。


 反撃に振るわれるフルーホの爪。

 俺は距離を取り攻撃を避ける。


「ちっ。なんだ今の感覚は?」


 衝突の瞬間に感じたのは固い鱗に剣が阻まれる手応えではなかった。

 まるで剣の方がフルーホに当たるのを避けるように動いたように感じたのだ。

 そして、その感覚には覚えがあった。


「剣士君。今のは『物理無効』の力だよ」


 イルジィの声が頭に響き、その内容に合点がいく。

 そう、今の剣が弾かれる感覚はゴーレムと相対した時に感じたものと同じだ。

 だが、そうすると別の疑問が浮かび上がる。

 なぜフルーホが『物理無効』を持っている?

 そのスキルはゴーレム種のみが持つ固有のスキルのはずだ。


「フルーホが持っているのはそれだけじゃないよ。ラスタースライムが持っていた『擬態』のスキルまで持っているんだ」


「はあ!? どういう理屈だよ!? いくら何でも反則過ぎるだろ!?」


 俺は思わず声を上げてしまう。

 俺の故郷を襲い、俺を死の寸前まで追い詰めたラスタースライムが所持していた『擬態』スキル。

 そして、王都に壊滅的な被害を出したシュタットゴーレムの持っていた『物理無効』スキル。

 一つだけでも厄介なのに、それを二つも何故かフルーホが持っているというのだ。

 そんな相手をいったいどうすれば倒せるというのだ。


『我のステータスを盗み見たらしいな』


 俺たちの様子を見てフルーホが口元をゆがめて笑う。


「どうしてお前が『擬態』や『物理無効』のスキルを持っているんだよ!」


『ハハハ! 我の持つ呪いは知っているな? 『不滅の呪い』は自身の魂を他の肉体に移す効果を持つ。この呪いの力で我は復活を果たしたが、呪いの力はそれだけではない』


 フルーホの体からスライムのような液状の触手が生える。

 ウネウネとうごめくそれは『擬態』の力により生み出したものだろう。


『魂にはそのもののあり方である記憶、そしてそのものの性質を現すスキルが紐づいている。我が同胞であるラスタースライム、シュタットゴーレムには死後我の肉体に魂を移すように我と同じ『不滅の呪い』を掛けてあったのだ』


「じゃあ、お前が『擬態』や『物理無効』のスキルを持っているのは……」


『ああ。死んだ同胞の魂を我が取り込んだからだ』


「お前は死んだ仲間まで利用するのか!」


 俺は激昂するが、フルーホは落ち着いた声色のまま話を続ける。


『勘違いするな。これは奴ら自身が望んだことだ。死んだ後も我と共にありたいという奴らの願いを我が叶えたのだ』


「そんなバカな話があるか!」


『まあ、死んだものの話をしても仕方がない。だが、これで分かっただろう。お前たちに勝ち目はないと』


「そんなことは……」


 いい淀む俺の言葉を遮り、フルーホは喜色を浮かべ言葉を継ぐ。


『剣で斬るしか脳の無いお前は、『物理無効』を持つ我に対して攻撃手段を持たない。そして、スキル『擬態』をもってすれば我はあらゆる存在に擬態が可能となる。さっき人の姿を取っていたのもこの力だ。このスキルがあればお前を倒せる形態を探し変化し続けることができる。お前は我を傷つけることが出来ず、我は無数の攻撃手段を持つ。ハイリゲス! お前は我に成すすべ無く殺されるしか無いんだ!』


 フルーホの体から生えたスライムの触手が一斉にこちらに襲い来る。

 ゾンニヒを振るい触手を払おうとするが『物理無効』の力により阻まれ剣が止まる。

 そのまま触手に殴り飛ばされ、後方へと吹き飛ばされる。


「がはっ」


 背中を岩壁に強く打ち付け口から空気が漏れる。

 しかし、前方からは触手が容赦なくおそってきていた。

 俺は転がるようにその場を脱し、フルーホの周りを大きく迂回するように走りながら触手の攻撃を避けていく。


 くそ。いったいどうすればいい。

 物理攻撃が効かないのだとすれば対抗手段は限られてくる。

 『物理無効』を突破するためには魔法攻撃が必須だが、俺に魔法は使えない。

 魔法大剣ゾンニヒの奥義、『赤光』もツァウとの戦いですでに使ってしまい威力のある攻撃が出せるほど剣身に魔力は溜まっていない。

 そして変幻自在、伸縮自在に俺へと襲い掛かってくる触手にも物理無効の効果が適応されている。

 このままでは攻撃を防御することも出来ず、回避を続けるしかない。 

 

『ははは。逃げ回るばかりか。みじめだな。ハイリゲス!』


 熾烈な触手の攻撃が俺の足が着地する地点の地面を砕き、そこへ足を踏み下ろした俺はバランスを崩し転倒する。

 背後から来た触手の気配を感じ、俺は手で地面を押した反動でその場から回避。

 直後、俺の居た場所の地面を触手が打ち据える。


「はあ、はあ、はあ」


『ちょこまかと動き回られては羽虫のようでうっとおしいな……そうか。いいことを思いついたぞ』


 フルーホはその翼を大きく広げ、何やら詠唱を開始する。

 攻撃魔法か!?

 警戒するが、なぜかフルーホの周りでは魔力が膨れ上がる気配は見られない。

 

解呪ディスペル


「うっ!?」


 突如足がもつれ地面に倒れこんでしまう。

 動きを止めた俺へと触手が殺到し、四肢を拘束される。

 必死に腕をひねるが拘束はゆるまない。

 ……それに体がおかしい。

 先ほどまであふれていた『大物喰い』によるステータス強化の影響が感じられなくなっていた。


 四肢を掴まれ、空中に吊り上げられた俺はフルーホの前に移動させられる。


「俺の体に、何をした!」


『何をしただって? 心外だな。我は貴様の望みを叶えてやっただけだぞ』


「望み? 何のことだ!」


『お前は長い間、我の掛けた呪いで苦しんでいたよな』


 ドラゴンの顔を器用にゆがめフルーホは心底楽しそうに意地の悪い笑みを形作る。

 


『喜べ、ハイリゲス! 我がお前の呪いを解いてやったぞ』





ーーー


あけましておめでとうございます!

本年もよろしくお願いします!


こげお

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