第7話 演説の専門家

 僕は演説の専門家にアドバイスを受けるために、優依に連れられ、日本政府の職員とともに日本大使館に向かった。


 大使館に入るなり、すぐに「お客様がお待ちです」と応接室に案内される。



 みんなで入った応接室。


 奥のソファにガタイのいい白人と長身の黒人のお爺ちゃんが座っていた。


「やあ、ミスター・ユウ」


 二人は同時に立ち上がって握手を求めてくる。


 が、巨漢二人が同時に近づいてくるとぶつかることになる。


 ぶつかった二人が互いに睨み合っている。


「貴方達は……ミッキー・タロットとジャンク・ミハマ!?」



 そう、まさかのアメリカ大統領経験者二人がいたのである。


 タロットは前回の大統領選挙後にやらかした事件の尻ぬぐいで大分評判が悪くなったけれど、未だに根強い影響力を持っているのは事実だ。


 ミハマは初の黒人大統領ということでノーベル平和賞まで貰った存在だ。彼の演説もまた非常に評価されたものだった。



 演説の専門家というのは、この二人なのか!?



 優依を見ると、えへへ~と照れ笑いを浮かべている。


「ちょっと奮発しちゃったけど、二人ともスケジュールが空いているって言うから、悠ちゃんのために来てもらったの♪」


「それは凄いんだけど……」


 アメリカ大統領経験者を簡単に動かす優依の財力はやばい。


 しかし、この二人を同時に、というのはどうなんだろう。アメリカ政治ではめっちゃ仲が悪そうだけど大丈夫なのか?


「もちろん、ミハマのことは大嫌いだ」、「タロットは最低の大統領経験者だ」


 あ、二人ともそこは否定しないのね。


「しかし、MAO王国に協力しなければいけないということに関しては我々の立場は一致している。だから、私が君に」


「こら、出番を取るんじゃない」


 いい大人が二人して、自分が一歩でも前に出ようと相争っている。


 このパターンだと、どちらから先に教わるかを僕が決めると大喧嘩になりかねない。


 二人にジャンケンでもやって決めてもらう方が良さそうだ。



 二人でポーカーをやった結果、ミハマが先になった。


 タロットは「私は敗者が嫌いだ。必ず這い上がる」とブツブツ言っているけれど、仕方ないだろう。



 ミハマのレッスンを受けることになる。


「いいかい、ミスター・ユウ。演説は一体感を産まなければいけない。だから、私ではなく”We”を使うべきだ。だが、君の名前はYou(ユウ)だから、呼びかけるためにYouを使うのもいいかもしれないね」


 ふむふむ。


 ただ、”Yes,you can!”だと、日本の場合、ある会社の宣伝になりかねない。


 ここは彼のフレーズであるWe canの方がいいのかもしれない。



 20分ほど教わって、次はタロットの番だ。


「いいか、ミスター・ユウ。聴衆はせっかく聴きに来ているのだから、後ろ向きな言葉を聞きたくないものだ。だから、グレートとかプログレスとか威勢のいい言葉を使うんだ」


「なるほどですね」


「一番良いのは、Make MAO great againだ。これを言い切った後、最後に皆の方を指さすと完璧だ」


 そういうものなのか。


 ただ、MAO王国はこれから建国されるのだからagainはいらないんじゃないだろうか。



 レッスンが終わった。


 二人に続けて教えられると、あまり覚えられないや。


 まあ、二人のキャッチフレーズだけ使えばいいかな。


「それじゃ、最後にみんなで記念撮影しましょう」


 優依がニコニコ笑いながらカメラを向ける。



「「むっ! こいつと?」」



 二人は嫌そうだ。


 まあ、確かにタロットとミハマが同じ写真で仲良く肩を組んでいると、みんなびっくりするだろう。


「え~、仲良くやろうよ~」


 優依が悲しそうな顔をする。




 これはまずい!


 七使徒では圧倒的にまともな人格を持っている(弟への偏愛は除く)優依だが、彼女を怒らせたりがっかりさせたりすると大変なことになる。



 彼女は希望の使徒。


 アイドルとして人に希望を与えることもできるが、その逆に希望を奪い取ることもできるのだ。


 もし、全ての希望を奪いつくされると、廃人になる。


 だから、優依を怒らせてはいけない。



 魔央にとっても、最推しの天見優依が悲しむことは許せないことである。ここで優依を泣かせるとアメリカ大統領経験者が廃人になるうえに世界が滅ぶ可能性もある。


「ほら、ほら、世界のためなんだから!」


 僕は呼びかけて、二人を無理やりくっつけて、肩を組んだ。僕が中央で二人が左右にいる。更にその隣に魔央と優依が並ぶ。



『それじゃ撮るわよ。はい、チーズ』



 千瑛ちゃんが部屋の防犯カメラを使って撮影をした。


 記憶に残る大使館での一幕となった。

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