①聖女と天才医師

第6話 信仰に頼ろう

 僕は携帯電話をもち、しばらく迷う。



 昨日の野球の試合結果を確認したけれど、昨日は試合がなかったようだ。


 ならばいいだろう。



『もしもし?』

「川神先輩、おはようございます」



 電話の相手は川神聖良かわかみ せいら


 7使徒の一人で信仰を司る。


 彼女の能力は絶対なる浄化と癒し。仮に腕と足が三本なくなっていたとしても、先輩が全力を出せば治癒することができる。


 そのため、彼女は”一部では”聖女と呼ばれてあがめられている。



 そう、僕の思いついた協力は、信奉者の多い川神聖良に協力してもらおう、という安易なものだった。


 信仰系の人達を選挙に駆り出すなんて何事だ、と怒る人はいるかもしれない。


 しかし、仮に「選挙協力をしなければならない」となった時に、貴方は自分をどこまで犠牲にできるだろうか?


「この人なら、知り合いも多いし、協力してくれればプラスになるんじゃないか」という人に適当に丸投げしてしまう方が楽だろう。


 僕だってそうだ。


 こうして、選挙と信仰はズブズブの関係になっていくのだ。


 それは人間の理だとも言える。




「先輩、柴山柴郎の件は知っていますか?」

『今、テレビで見ているわ。犬も日本国籍をとれば選挙に立候補できたのね』

「彼は堂仏さんの友達みたいなんですよ」

『恐らくそうだろうと思っていたわ。もしかして、彼を当選させたいと思っているわけ?』

「魔央と相談したら、世界魔道士協会に対抗するには日本にいる動物の協力も必要だろうと言われまして」



 ここまで話したら、こう不思議に思う人もいるかもしれない。


 堂仏都香恵と川神聖良は共に七使徒なのだから、直接連絡して協力すれば良いのではないか?


 残念ながらそうはいかない。


 七使徒は各々の美徳を体現している存在なのだが、美徳同士が融和するわけではない。むしろ、とんがった美徳は互いに牽制しあう。


 要は七使徒間の仲はあまり良くない、ということだ。



 例外は誰からも好かれる天見優依くらいだろう。



 電話の向こうで先輩は少し考えている。


『柴山柴郎は、どのチームを応援しているのかしら?』

「……すみません、そこまでは聞いていません」


 やはりその話題になってしまったか。


『そこが最優先課題ね』

「分かりました。確認後、もう一度連絡します」


 僕はそう言って、電話を切った。



 信仰の七使徒で、絶大な癒し能力を持ち、一部で聖女と称えられる川神聖良。


 しかし、彼女にとっての信仰は、横浜AMAボイスターズのことである。


 ボイスターズを応援する者こそ、彼女が救うに値する者で、その他はどうでもいい存在だ。



 ボイスターズファンなら無償で助け、他所のファンなら何億か積まれないと動かない。野球ファン以外ともなるとどれだけ金を積まれても微動だにしない。「今のこの状況は神がお作りになられた状況です。私達は神にすがり、全てを受け入れるのみです」と白々しく言い放つ。


 それが先輩という人間である。


 だから、一部でのみ、聖女として称えられている。


 そんな先輩だから、当然、柴山柴郎の応援するチーム次第という回答は予想されたところであった。


 犬や猫に応援するチームを求めるのはナンセンスと言うかもしれないけれど、相手は信仰の使徒、そんな文句を言うだけ不毛である。



 僕は堂仏都香恵に電話した。



「柴山さんはどの野球チームを応援しているの?」

『柴山さんは野球を見ない犬だよ。SC東京のファンドッグに登録されているから』


 最悪の答えだった。何億積まれても動かないパターンだ。

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