第3話 柴山柴郎の立候補
東京に戻ってきた翌朝、まだ7時台だというのにインターフォンを鳴らす者がいた。
「勘弁してよ……」
ニューヨークから帰ってきて時差がきつい。夜だか朝だかはっきりしない中で、何とも言えない眠気を抱えながら玄関へと向かう。
ちなみに魔央は寝ている。
彼女はどこででも、どういう状況でもすやすやと眠れるのだ。
そして当たり前だが、彼女の安眠を妨げるようなことは許されない。
ファンタジー世界で「我の眠りを妨げたのは貴様か。許さんぞ」と偉そうに語るドラゴンとか封印された者達は多い。
魔央はそんな悠長なことはしない。
「我の眠りを妨げるなら、世界そのものをなくして永遠に眠る」だ。
とにかく、僕は玄関ドアを開けた。
「おはよう、時方悠」
入ってきたのは、身長147センチの小柄な少女だった。キャップを反対にかぶっていて、背は小さいけどボーイッシュな雰囲気のある娘だ。
ただし、このシチュエーション、普通の人は小柄な少女が入ってきたとは思わないだろう。
何故か。
彼女がマウンテンゴリラのヤスオの肩に乗っているからだ。
体高174センチ、体重236キロ。
世界でも最大クラス、威風堂々としたヤスオを見れば、人はそれだけで戦慄を覚える。
しかし、マウンテンゴリラは実は心優しい。
ヤスオはその中でも、一際気高く、心が広い。
僕が知る限り、彼ほど正義を愛し、悪を憎む者はいない。
違法駐車があれば、簡単に運んで捨ててしまうし、道を渡れない老人がいれば進んで乗せていく。
ウータン(オランウータン・オス)とともに世界の善を体現する存在だ。
あぁ、ヤスオの話に夢中になって、乗っている彼女の話をしていなかった。
彼女こそ節制の七使徒・
その能力はあらゆる動物との完璧なるコミュニケーションだ。
「時方悠、黒冥さん。ちょっと頼みがあるんだけど、いい?」
「何なの? あと、魔央は寝ているから」
「今度、
「むむっ?」
いきなり政治の話か。
僕達は日本で、しかも東京で生活しているけれど、MAO王国の国民という立場になった。だから、東京都知事選で特定候補を応援するということは外交行為になりかねない。
できれば関わり合いになりたいことではない。
「うーん、でも、せめて柴山さんの話を聞いてよ」
難色を示しても、堂仏はしつこく頼んできた。
まあ、話を聞くくらいならいいだろう。
承諾したので、後ろから柴山柴郎が入ってきた。
「……」
「……どうしたの? 時方悠」
「彼が柴山さん?」
「そうだよ」
「僕には柴犬にしか見えないんだけど」
誰がどう見ても、犬だ。日本伝来の柴犬だ。
「それが何?」
「柴犬は都知事にはなれないよ」
「えぇっ!? 時方悠、知らないの!? 国籍法と公職選挙法は二年前に改正されたんだよ?」
堂仏が言うには、二年前、国籍法に「日本にルーツを持つことが明らかな動物は日本国籍を得ることができる」という条文が追加されたらしい。
「それで、柴山さんはすぐに帰化申請をして、去年認められたんだよ。ほら」
と、堂仏が戸籍謄本を見せてくれる。
確かに『令和四年八月四日、柴犬シバロウより、帰化』とある。
そうか、うっかりしていたけど、柴犬や土佐犬は日本人になることができたのか。
言われてみれば日本人より日本ぽいから、反論できない。
当然、被選挙権も有しているから、立候補もできる、となる。
年齢に関しては動物毎に判断するらしい。四歳の柴山は十分立候補できるようだ。
「動物が公職選挙に立候補する初めてのケースだから、応援したいんだよ」
「ワン!」
そう言って、柴山は前足で文字を書き始めた。
『僕には五つの公約があります。空き家解消、治安の改善、運送業の補助、高齢老人の孤立阻止と見廻強化、都内電線の地下再敷設』
随分と具体的な公約だ。
本当にできるのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます