第42話 最期のメイド

「『生きる』って何だろう?

 辞書を開くと、『生命があり活動できる状態にある』と、そう書いてある。つまりは、生命を持っていて、活動していたらそれは全て、生きていると言えるのだろうか?


 例えばの話だけれども。

 何かの事故で寝たきりになって、意識が戻らず、ただただ生かされていくだけの人生でも、『生きる』っていう言葉が使われるのだろうか?

 動かず。

 喋らず。

 ただ、他者の力によって生かされているだけの事が、本当に生きていると言う言葉に繋がるのだろうか?


 地球は丸いと言うが、本当にそうなのだろうか?

 自分自身で地球が丸いと知った訳でもなく、ただただ世間の常識や、世界情勢などで地球が丸いと知っているだけではないのだろうか?


 この地球で一番偉いのは人類。そう思っている人間はこの世界の人類社会の中を探せば、少なからず出て来るだろう。しかし、何故偉い?

 知性があるから? それならば猿だって知性がある。

 文明を持っているから? その文明で世界を崩壊させかけているのに?


 ……ご主人様、最初の『生きる』と言う話に戻りますが、『生きる』には生命があり、活動している状態を指す以外にも、別の解釈があります。


 『あたかも命があるような働きをする』。

 つまりは、生きているかのように見せかける・・・・・

 私達人類は、最初からそうなのかもしれません。


 生きているように見せかけられている。

 生命があるかのように錯覚させられている。

 知性があるかのように思われている。


 この世は虚構と空想の、仮初めの世界。


 ……ご主人様。違うと申されましたが、それはどうして違うと言えるのですか?


 そう習ったから?

 そう教わったから?

 そう伝えられたから?


 その言葉のどこにも、他者の介入が存在せずに、自分自身が感じた言葉だと思いますか?


 ……申し訳ありません。紅茶が冷めてしまいましたね。新しいのを入れ直しましょう」





「所詮は水掛け論です」


 と、彼女はそう語った。

 希望も、望みも、夢も、全てを失ったような、暗い瞳で、じっとこちらを見つめていた。


「ヒーロー番組のように、明確な敵がいる訳でもなく。

 刑事ドラマのように、犯人を見つけたら解決と言う訳でも無い。


 人の心と言うのは、そんな簡単な事で暗く落ちてしまう物では無く、それと同時にそんな容易く光へと舞い戻れるような話ではありません」


 僕は彼女に必死に訴えかけた。


 前のような明るい笑みを見せて欲しい。

 昔みたいに優しく語りかけて欲しい。

 あの時の、希望も、望みも、夢も、全てを持った優しい彼女に戻って来て欲しかった。


 しかし、彼女は変わった。

 メイド服は白かったのが、薄い藍色に変わり。

 髪型も変わった。

 メイクだってあっちの趣味に合わせているのか、くどいくらいに濃かった。


「ご主人様、分かってください。

 所詮、私は使用人。ただのメイド。

 ご主人様が変われば、世界も変わる。


 あなたとこうして喋っているのだって、今のご主人様が知れば怒ってしまわれるかもしれません。

 ですから、会うのはこれっきりです」


「そんな!」


 僕が悲しげな声を上げると、彼女はちょっと残念そうな顔をして、途端にすぐに元の顔へと戻る。


「……最後にこうして喋れて良かったかも知れません。もう会えないかもしれませんから。


 さよなら、ご主人様」


 彼女はそう言って、あいつの元へと戻って行った。




 ----今日、うちのメイドは、あいつの元で記憶をリセットされる。


 愛玩用メイド機体。

 誰からも愛され、誰でも愛す。

 そのために記憶を消す事だって出来るロボットのメイド。


 僕の記憶は今日にでも全部消え、あいつの想い出で埋まって行くのだろう。


 だが、せめて。

 僕の記憶が残っている内に、会えて良かった。


「さようなら、僕のメイド」


 僕はそう言って去って行った。





 ----数日後、あいつと共に歩くメイドを見つけた。

 そのメイドは、僕の良く知るあの朗らかな笑みを、あいつに向けていた。

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