第27話 実験させるメイド(前編)

 わたくしの名前は寺田民てらだたみ

 17歳の高校2年生であり、メイドです。仕えている主は坂之上さかのうえ中下なかした様。

 ふざけている様なお名前ですが、主様の名前は一応本名です。


 中下様にお会いしたのは、わたくしが12歳の小学6年生の頃。

 その当時のわたくしは、幼い頃に両親を亡くしたために親戚をたらい回しさせられて、もうそろそろ捨てられるんじゃないかと思われていたような時でした。

 1歳年上の彼はわたくしを見るなり、周りの護衛を振り払いながら一目散でわたくしの元へ現れ、わたくしの手を取り、こう言いました。


『標準的な身長! 標準的な体重! 標準的な3サイズ! まさしく実験に使うのに相応しい女性じゃないか! ここまで完璧なまでの普通さは見た事がない! なんて素晴らしい実験素材だろう! 是非、君が欲しい! どうか私の元に来てくれないか?

 ……何! 住む所がないだと! 大丈夫だ、メイドとして雇ってやろうじゃないか!』


 ……なんともまぁ、異常な告白である事は今からでも分かります。


 彼は亡き母親譲りの透き通るような白い髪や、亡き父親譲りの吸い込まれそうなきれいな宝石のような瞳など目にもくれず、ただただわたくしの体躯が実験に相応しいからと言う理由だけで、わたくしをメイドとして雇おうとしているのですから。

 その瞳にわたくしは狂気さを感じつつも、これ以上親戚に頼ってはいけないと言う自分なりのプライド故、彼の提案を受け入れてメイドになりました。


 中下様は世に言うマッドサイエンティストと呼ばれる人でした。


 マウスやトカゲなどに怪しげな薬品を投与して、マウスが人型の化け物に、そしてトカゲが毒の怪物になるような研究をさも当然のように行うマッドな科学者でした。まぁ、わたくしを実験素材として惚れ込むような人です。

 怪しいとしか言いようがありません。


 勿論、わたくしも彼の狂ったような実験を受けました。


 ある時は腕が触手になったり。

 またある時は胸が大きくなって、そのまま歩けなくなったり。

 またある時は背中から翼が生えた時もありました。


 ……正直、給金が良くなければ止めていたかもしれません。

 幸いな事に中下様は一応の倫理として、わたくしを殺すような実験を行いはしませんでしたし、わたくしをちゃんと元に戻してくれたのも嬉しかったです。

 それにちゃんと実験の説明や、わたくしがどうなるかを言ってからやってくれましたし。


 ……あとどうでも良い事ですが、父と母の形見である髪と瞳はそのままにしてくれた事も、まぁ、嬉しいような気がしなくもないですけれども。


 何年もメイドとしてお仕えさせてもらっているうちに、わたくしを実験以外では自由にしてくらっしゃっている中下様の事が、わたくしはそれほど嫌いではなくなっていました。




 ある日の事。

 いつものように中下様に呼ばれました。


「おぉ、民! メイド服が似合っているな!」

「……! あ、ありがたく受け取っておきましょう」


 は、初めてです! 中下様に服を褒められるとは!


 お仕えして早5年。


 中下様はわたくしの仕事ぶりに対して、「ふーん」とつまらなそうにしているばかりでした。

 ファッションもメイクをしても、彼の対応はいつも通りでした。

 実験に関してはあんなに熱烈的に、わたくしの事を見ているというのに……。


 けれども、メイド服を褒められたのは素直に嬉しいです。

 ようやく中下様にわたくしを実験素材ではなく、人間だと認識されたみたいでとっても嬉しく思います。

 ……最初は「この人、絶対に好きになれない」と思っていたのに、こんな事を思うわたくしは多分、価値観が実験とかで変わってしまってる可能性もありますが。


「さて、民よ。【メイド武闘会】の事は知っているな?」

「はい、勿論存じております」


 【メイド武闘会】。

 メイドの、メイドによる、メイドのための、武闘大会。

 そこでは主のためにメイド達が命を削りつつ、主への勝利のために戦う大会。


「そこに民をエントリーしておいた」

「バカじゃないですか!」


 と、わたくしはそう言う。


 あの大会で戦うのは、メイドの中でも屈指の猛者達。

 対してわたくしは、中下様に惚れられるくらいの平均レディ。

 明らかに勝負になっていません。


「いくら、中下様がマッドサイエンティストで、相手に毒を持ち込もうが無理です!」

「まぁまぁ、落ち着け。何気にひどいことを言っているがな」

「も、申し訳ございません!」


 あぁ、失敗してしまった。確かに中下様はマッドサイエンティストで、相手選手に毒を飲ませるのが普通だとしても言ってはいけない事がある。

 幸い、中下様は怒っていらっしゃらないようだが、先ほどの発言は場合によってはわたくしが大変な目に……。


「まぁ、落ち着いて。コーヒーでも飲め」

「はい」


 わたくしはそう言って、中下様が差し出したコーヒーを一口。


 ゴクリ。


「あ、あれ……」


 いきなり中下様の端正な顔立ちが揺らぎ始め、そして世界も揺らいでいく。


「ごめんな、民。これも優勝するためだ」


 わたくしは主のそんな言葉を最後に聞き、意識を手放した。

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