第48話 クーデレメイド
平和な暮らしと平凡な毎日。それを望む事がどこか間違っているだろうか?
僕、田舎出の薬売りであるヒューストンが望んでいたのは、そう言った誰もが望むような平和で、平凡な暮らしだ。
べらぼうな金持ちになりたいと望んだ訳でもなく、ただ暮らしに困らない程度にひっそりと稼げれば良いなと考えつつ、ごくごくありふれたような気立ての良い娘を嫁に貰って、夫婦仲良く暮らして生きられればそれで良かった。
間違っても何か特別な暮らしを欲していた訳でもなく、ただ裕福ではないにしても、幸せになれればそれで良かったのである。
それなのに、
「どうしてこうなったんだか」
と、僕は窓の外に広がる、大きくて活気ある城下町を見ながらそう呟いていた。
今、僕が居るのは城である。
そう、眼下に広がる城下町を治める城。
そんな城で僕は一部屋与えられてここに強制的に住まわされているのだ。
いや、強制的って言うといやいやと言う状況になってしまうけれども、飯は美味しいし、ベッドはふかふかで言う事なしと言う感じなのだが。
けれども、
「普通には程遠いよなー……」
と、僕はそう言いながら机へと移動して、作業中であった薬の作成を続けることにした。
薬を作っていると、トントンと行儀良く扉をノックする音が聞こえて、僕は「入って良いよ」と答えると、「失礼します」と言う言葉と共にメイド服を着た銀髪の女性が入って来る。
「先生、お加減はいかがでしょうか?」
銀髪を腕より下まで伸ばした、感情を感じさせない瞳を持ったメイド服を着た女性。
肌も白くて綺麗で、まるで神様が特別綺麗になるように自らあしらえたかのような、とびっきりの美人である彼女、マナは、手に珍しい草花や血抜きされた獣などを持って部屋の中に入って来た。
「先生がご所望された品、全てお持ち致しました」
「あぁ、うん。ありがとう」
「いいえ、先生のお役に立てたなら嬉しいです」
そう言ってゆっくりと、持って来た物を机の上に置いてくれるマナ。
その際、重さの影響なのか机がほんの少し揺れる。
ちょっと持ってみるが、とても女が片手で易々と持てるような重さではなかった。
「いつも……悪いね」
「大丈夫ですよ。先生のお役にたてるのならばそれだけで嬉しいです」
――――マナと出会ったのは、ほんの少し前の出来事だ。
森の中で傷を負って倒れていた彼女を、僕が持っていた薬で看病した。
その事に恩義を感じてか、普通だったら到底手に入らないような薬の材料を採集してくれる。
それに関しては本当に嬉しい限りなのだが、なんか無理させているみたいで申し訳なくなってしまう。
「……これで完成かな?」
と、僕は彼女が手に入れてくれた草花を煎じて入れて、取って来てくれた獣の血と混ぜた物を瓶へと詰める。
「――――それで姫様の病気は治りそうですか?」
「えっ? ま、まぁね。……けれどもマナ、あなたのせいで僕、大変なんだからね」
そもそも僕が自分の身の丈に合わない王城暮らしをしているのも、このメイド、マナのせいであった。
マナは助けて貰った恩義のために、僕が作る薬の材料を取ってくれる。
その上、料理も作ってくれるし、洗濯などの家事も普通に行ってくれる。
まさに至れり尽くせりな生活を送っていたのだが、ある日マナが王城の病気がちな姫様に僕の薬を飲ませた。
その薬は僕が作って置いた、色々な高価な具材をふんだんに使った万能薬に近い高級薬だった。
それで姫様の病気は回復に向かい始め、その薬を作った僕がこの王城に招かれたと言う訳である。
「あの薬は本当に高い薬で、作るのだって大変なんだから」
「薬に居る素材を集めたのは私ですが、別に苦ではありませんでしたよ?」
「……魔王が居る魔界にしか生えない草花に、剣の達人が苦戦するような獣の血を、普通に持ってこれるマナが可笑しいと思う」
本当に……。
あの時、倒れていたのが何故かと言うくらいマナの戦闘能力は化け物染みている。
「まぁ、この薬を飲ませれば、姫様も無事に回復するだろう」
ほらよ、と僕はマナに今出来た薬を渡して、自分は荷物を片付け始める。
「……お姫様には会わないおつもりでしょうか?」
僕が荷物を片付けていると、マナがそう言う。
「メイドである私としては、ここで姫様に会えば恩義でこれから先遊んで暮らせるほどのお金がもらえると思いますよ? とても魅力的なお話だと思いますが?」
「それはとても魅力的だけど、僕の趣味ではないし」
僕が望んでいるのは――――平和に、穏やかに、日々暮らせるだけの小さな幸せさえあれば十分だ。
病気の姫様を助けて感謝されるような事は、
「――――僕には荷が重すぎるし、似合わないよ」
そう言ってニコリと笑うと、マナは「……そう言う方でしたね」と答えた。
「では、先生。姫様にお薬を渡してすぐさま帰ってきますので少々お待ちくださいませ」
「いや、ちょっと待っ……!」
僕が言い切る前に、マナは姫様の元へと颯爽と走っていた。
「全く……」
せっかく、マナにこの城で雇ってもらえるように王様に約束して貰っていたのに、これじゃあ意味無いな。
僕はそう言いながら笑っていた。
☆
とある国に女勇者マナと言う者が居りました。
かの者の力は恐ろしいまでに強く、その体力なども凄まじかったそうです。
その女勇者は国王に頼まれて魔王を退治しに向かいましたが、国王や仲間達は魔王と言う強大な悪よりも、魔王に一切の恐怖心を抱かない強すぎる女勇者マナの方を恐れていました。
ある者曰く、「かの女が笑う事は見た事ない」。
ある者曰く、「かの者は恐怖すら感じない化け物かも知れない」。
彼女にも感情と呼べる物はあったかもしれませんが、彼女のあまりの無表情さに人々は恐れていました。
そして魔王を無事に倒して国へと戻ろうとしたある日、女勇者マナは罠にはめられました。
意図的に傷付けられた後、麻痺毒を濡らされ、森の中で放置されたのです。
仲間達は女勇者マナがどんなに危険な目に会おうとも、それをものともしない人間とは思えないほどの精神力と、魔王すら倒すほどの強さを持つ彼女の力を恐れていました。
それ故に行った犯行でした。
放置されたマナは自分が他人からどう見られていたのかを理解しました。
自分は確かに無表情で何も怖くないように見えるかも知れないが、それでもこうやって罠にかけられるくらい蔑まれていたのかと。
「もうここで死んだ方が良いのかも……」
マナがそう思った時に、助けてくれたのが薬売りのヒューストンと名乗った男性だった。
彼は見ず知らずのマナの事を助けてくれた。
それに「大丈夫かい? 苦しそうだよ?」とあまり感情が出ないマナの顔色を窺ってくれた。
顔色を読んでくれるなんて、マナは家族以外にされた事がなくて、本当に嬉しくてその日は滅茶苦茶泣いた。
それからはヒューストンのためになるように彼女は働いた。
材料を取る事や、家事を行う事は、彼の恩義に報いるためだと思い、一生懸命行った。
彼自身はそこまでしてくれなくても良いと言っていたが、彼女自身そうする事を望んでいた。
ある日、お姫様が病気で苦しんでいる事を耳にした。
そしてその病気は、前にヒューストンが作っていた高級薬を飲めば治す事が出来るかもしれないと言う事を。
「もしお姫様の病気を治せば、ヒューストン先生は幸せな生活を送れるかも知れない」
そう思ったマナは、お姫様にヒューストンの薬を進めるのであった。
――――お姫様の病気が治った後、マナとヒューストンは城から姿を消した。
娘の病気を治して貰った恩を返したかった国王が色々な手を使ったが、結局2人の行方は分からないままだったと言う。
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