第25話 効率重視メイド

 私の名前は、一位元いちいはじめ。21歳。

 職業はメイド。


 夏の暑い日である今日、私はご主人様に頼まれて、おつかいをしている。

 買ってくるのは今日の夕飯に使うためのにんじん、じゃがいも、お肉、カレー粉。そして補充品のトイレットペーパーと洗剤。

 以上の6点。


 予算は1万円。

 今日は私とご主人様、奥方様、それから食べ盛りの息子様の4名なので、1万円もあれば十分に買えるでしょう。


(しかし、ちょっと待てよ、私)


 と、歩きつつ考える私。

 その間も歩く速度は変えない。

 立ち止まって悩んでいては効率が悪いからだ。


(トイレットペーパーと洗剤はそれぞれ1本ずつで良いとは言われているが、どこが一番安かったでしょう)


 私はそう思う。


 1万円は余程高価な物を買わなければ、十分にお釣りが余る金額だ。

 しかし、かといってお金を散在させるために私に渡した訳ではない。


(……これは試練です)


 いかにこの1万円を残して使うか。


 今、私はそれを問われている。


「なら、トイレットペーパーはあちらですね」


 と、私はそのまま薬局へと足を運ぶ。

 行く場所を決めたから足取りも速くなり、背中が熱くなるほど速く走って店へと入る。


「計算通り……」


 と、案の定効いていたエアコンの涼しさを感じつつ、私はお目当ての他の店よりも28円安いトイレットペーパーを1つ取り、購入する。

 その際、溜めておいたポイントと携帯に来ていたクーポンを見せて安くする。

 勿論、レジ袋だと5円の損になってしまうので、エコバッグを使ってだ。


「ふぅー……」


 これでトイレットペーパーは確保。

 次は洗剤だ。


 食材を買いに行くのは後にすべきだろう。

 今買ってしまうと、この暑い太陽のせいで鮮度が落ちてしまう可能性があるからだ。

 ならば、先に洗剤を買い、その後で食材を買うべきだ。


「だ、だれか捕まえてー! ひったくりよー!」


 そう考えて、スーパーへと向かおうとしていた私の耳に、そんな声が聞こえてくる。

 振り返るとこちらに迫ってくるバッグを持って逃げる不審者の姿があった。


(ひったくり……。逃がすと面倒ですね)


 追いかけると、無駄な体力を使ってしまう。

 かと言って、逃がしたら逃がしたで追いかけろと言われてしまうだろう。

 それに、ここで見捨てると、ご主人様の立場が危うい。


「効率的に倒しませんと……」


 私はそう言って、エコバッグからあれを取り出す。


「どけぇ! 女ぁ----!」

「……逃がすと効率が悪いので、一撃でしとめます」


 私はそう言って、リサイクルに出すために持っていたペットボトルを握りしめる。

 その中には水が入っている。

 リサイクルに出すまでの間、水筒代わりに使っていたからである。

 外で水を買うと高いため、リサイクルに出すペットボトルに水を入れていたのだ。


 水を入れたペットボトルを構えて、そのまま私は


(ここっ!)


 と、アンダースローでひったくりにペットボトルを投げつける。

 投げつけられたペットボトルは狙い通り、ひったくりのむこうずねに命中する。


「痛っ!?」


 あまりの痛さに、涙目でその場に倒れるひったくり。

 頭に当たると病院沙汰になる可能性がありますし、胸に投げると取られる可能性がありました。

 ですので、あの武蔵坊弁慶むさしぼうべんけいなる大男が叩かれて子供のように泣いたとされる、むこうずねに投げた。


 足は咄嗟には庇いづらく、なおかつ当たれば一撃で相手が痛さで倒れると計算したからだ。

 まぁ、一発で当たって良かった。

 2発、3発と投げると効率が悪いですので。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「いえ、大丈夫ですよ。では、これにて失礼」


 そう言い私はスーパーへと向かい、ペットボトルの水を捨ててリサイクルに出す。

 ペットボトルをリサイクルせずに家でゴミとして出すと、色々と手順があって効率的ではないのだ。


 後はカレー用の材料だけだ。私はそう思い、デパートへと向かう。


 そしていっぱいある食材の中からすぐりの物を選び取る。


(にんじんは全体的に色が濃く鮮やかで、肌がなめらかでつやのあるもの。頭部の切り口を見て、中芯の直径が小さなものが良い。

 じゃがいもはふっくらと丸みがあって皮にシワや傷がないものを)


 値段が一律な以上、美味しい物を選ぶのが効率的だ。

 そして後、りんごを買っておく。

 りんごとじゃがいもを一緒に保存すると、じゃがいもが芽を発芽しにくくなるからだ。

 それにりんごはカレーならば隠し味として使うのは可笑しくないし、買ってもいいだろう。

 

 りんごもまた美味しいりんごを選んでおいた。

 色の良くついたものほど甘みが強く味も濃い、中くらいの大きさのりんごが一番美味しいので、それを選別して。


 こうして、私は効率的に買い物を終えた。後は帰るだけだ。


「あの、すいません! 先ほどひったくりを捕まえた方でしょうか?」


 えっ?

 私がデパートを出ると、そこにはマイクを持った女子アナウンサーとテレビカメラ。


「先ほど、颯爽さっそうとひったくりを倒したメイドさんの事がここいらで話題になったのです。よければお話を」

「え、えぇ。かまいませんよ」


 顔をひきずらさせながら、私は心の中で叫んだ。


 これは効率的じゃない!

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