第30話 メイドと聖剣

『大地に深き闇の化身、迫る時。

 人々、阿鼻叫喚と共に恐れ狂う。

 そんな時、戒めの台座から剣を取り外しし者。

 勇者となりて、人々を恐怖から救わん』

(教会聖典勇者関連記述書より抜粋)





「……で、どうしましょうか、これ」


 と、国王である俺は目の前に差し出された聖なる剣を見て、そしてそれを差し出した人物を見て言葉を失った。


「まさか私が勇者になるとは……」


 戒めの台座から剣を抜いたと思われるその女は、本当に困ったような顔をしていた。けれども、それ以上に俺の方が困るばかりであった。


「どうしてお前が抜いてしまうんだ、メイドよ……」


 と、剣を抜いたその女に対して俺はそう言う。


 女は眩いばかりに輝くような金色の髪とそれと同じくらいきらきらと光る宝石のような瞳を持った、スタイル抜群の美女であり、100人中99人は美しいと言うだろうという美人であった。

 残りの1人はロリコンかホモのどちらかだろう。


 しかしその女性がまとっているのは、国に仕える者達が着る、言わば従者のための服装であった。

 聖剣を抜いたこの美女は……この王家に仕えるメイドであった。


 古来より魔王や魔神などの悪しき存在に度々襲われてきたこの世界では、それぞれの国に勇者と呼ばれる魔王や魔神を倒す者を選定する武器が保管されている。

 ある国では弓、またある国では槍と言った風に。


 そして俺が治める国でもまた、その伝承は色濃く残っており、俺の国では剣を保存していた。

 勿論、どの国でも錆びつかないように、綺麗であり続けるようにと、手入れを怠らないために戒めの台座と呼ばれる勇者以外は抜けないようになる台座に入れたまま、綺麗に掃除していた。


「で、どうやったら聖剣の掃除をしていたお前が、その台座から剣を抜いているんだ!」

「いや、ほら。やっぱり剣ですからどうにかして、台座にはまった部分も綺麗にしようと思ったんですよ。

 ……そしてちょっと試してみたら抜けてしまいまして」


 抜けてしまいまして、ではない。

 本来、勇者しか抜けないはずの物を抜くのが問題なのだ。


「メイドのお前も知っていると思うが、魔王や魔神が現れた後、各国では戒めの台座から聖なる武具を抜く儀式が執り行われる。そして見事、武具を抜く事が出来た者を新たな勇者とし、魔王や魔神を倒すために国同士で支えるというのが習わしだ」


 他にも宿屋などの公共施設への割引指示、勇者への仲間への斡旋、魔王や魔神を倒した後は王族や貴族への取り成しなどを行うと言ったルールがある。

 あるのだが、今はそれは関係ない。

 問題は聖なる武具を抜く儀式を行う前に、メイドが台座から抜いてしまったと言う事だ。


「分かっていないから言っておくが、聖なる武具を抜く儀式には2つの意味がある。

 1つは民達にこの武具が選ばれし勇者しか抜けない武具である事を知らしめる事。もう1つは聖なる武具を抜いた勇者の顔を民達に覚えさせる事」


 メイドが自分達の知らない、儀式の前に抜いた。

 それが民達に知られれば、メイドだろうとも抜ける武具であるとか、それに国がきちんと聖なる武具を管理していなかったという事になってしまうのではないか。


「はぁ……今後の事を思うと、頭が痛い」

「で、ですが国王様! 聖剣が抜けるという事は私が勇者であると同時に、魔王や魔神の到来も……」

「分かっている!」


 聖なる武具は魔王や魔神の到来に合わせて抜ける人物を選定する。

 つまりは、魔王や魔神が復活するのも近いという事だ。

 まだ直接、魔王や魔神の配下による被害は報告されてないが、これは事と次第によっては一大事に発展する。


「……他の国には今回の事の顛末を報告し、なおかつ聖なる武具を抜く儀式を速やかに行うよう指示を出す。うちの国は……もしものために用意しておいた魔剣を使うしかあるまい」


 魔剣ライトニング。


 光をまとうこの魔力を帯びた剣は、聖剣ほどではないが自分を持つ資格がある者を選ぶ。

 具体的には魔力と剣技にそれなりの才能を持った者しか。

 これを聖なる武具として戒めの台座(……の偽物)にいかにもな感じで刺しておき、儀式を行い、その者を勇者とする。表向きは。


「そしてメイド」

「は、はい! 国王様!」

「お前は魔剣ライトニングを持つ勇者の仲間として、旅に同行せよ。これは命令である!」

「じゃ、じゃあ、国王様! 私が勇者と言う事でよろしいのでしょうか!」


 まぁ、仕方ない。

 最も裏向きでは、と言う意味での勇者である。

 表向きの勇者と常に行動する事を条件につけるがな、と付け加える。


「で、では例のごとく、魔王や魔神を倒した時はきちんとした報酬を要求してかまわないのですよね!」


 と、今までのナヨナヨした顔とは違い、気迫が籠ったような顔でこちらを見つめるメイド。

 さらさらの綺麗な金色の髪と、吸い込まれそうな宝石の瞳が美しさを感じさせ、思わず喉を鳴らしてしまうが、「あ、あぁ……」と答える。


「例え身分違いの相手で、なおかつ最愛の妻が亡くなった後の者を結婚相手に選ぼうと!

 魔王と魔神さえ倒してしまえば、構わないのですよね! ですよね!」

「まぁ、そうだな。伝承通りならば」


 そう聞くと、メイドは「うおっしゃー!」と喜びの声を上げて、そのまま部屋を出て行ってしまった。


 変な奴である。



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国王

・苦労性の、聖なる剣を保有する国の王

・威厳のあるたたずまいと、民を大事にする心を持つ賢王

・美人な王妃を嫁とするが、早くに嫁を病気で他界で亡くしてしまう。以来、独り身


メイド

・聖なる剣を保有する国の、王家に仕えるメイドの1人

・聖なる剣を抜いてしまい、どうしようかと迷い、接着剤でもくっつかないため国王に相談した

・美しく、メイドであろうと縁談は絶えなかったが、国王一筋なので断り続ける

・勇者になれて良かったと思っている人物

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