第5話 包丁振り回し系メイド

 お、俺の名前は都築祐樹つづきゆうき

 お金持ちの坊ちゃまやお嬢様ばかりが通う財前ざいぜん高校の2年生である。

 成績は極めて優秀、体育はハンドボール投げがちょっと自信がないかなと言うくらいの男子高校生である。


 そんな俺は今、ある女から逃げている。


「祐樹ー!」


 「来た!」と、俺は慌てて逃げ出す。


「なんで、私の愛の告白を受けられないんですか! 祐樹!」

「そんな、包丁振り回すメイドの言葉を信じられるか!」


 と、俺を追いかける女、俺の家のメイドである飯名恵那いいなえなに言葉を返した。


 飯名恵那。


 亜麻色のクルリとした髪の、アイドルよりも可愛らしい彼女。

 学校でも常に制服ではなくてメイド服を着ている彼女が何故、学校で包丁を持って俺を追い回しているかと言うとそれを語るには俺の親父とお袋が関係している。


 俺の親父は小さな町工場の社長をしている男だった。

 業績よりも人情を大事にする親父は人々に慕われる人格者だった。

 俺のお袋も親父と同じくらい優しい人だった。


 昔、そんな親父とお袋の元に、1人の女が訪ねて来たのだそうだ。

 彼女はその日の食糧にありつけるかどうかすら分からないほど危うい生き方をしていたみたいで、今にも瀕死ひんしだったそうだ。


 「助けてください」とだけ言った見ず知らずのこの女性を、何の疑いも持たずに3日3晩看病した親父とお袋。

 そして4日目、目を覚まして事情を聞いたその女は、親父とお袋に大変感謝し、このお礼はいつか必ず返しますと言って去って行った。


 親父とお袋はその時の出来事をコロッと忘れていた。


 親父とお袋にとっては、このような事は日常茶飯事だったらしくていちいち覚えても仕方がないのだとか。


 ----そしてそれから数十年後。


 高校選びを決めかねていた俺と共に、どこの高校が良いか考えていた両親の前に、その女が綺麗なドレスを着て現れた。


 あの後、その女は親父とお袋に救って貰った事を感謝して、一生懸命仕事を行い、数々のヒット作や大ヒット作を生み出してファッション会社の社長となった。

 そして、十分にお金を稼いだ彼女は、親父とお袋に恩返しをするために戻ってきたのだそうだ。

 親父とお袋から俺の事を聞いたその女は、財前学園への推薦書と共に自分の娘、つまり飯名恵那を俺のメイドとして置いていき、去って行った。


 困ったのはその後だ。


 恵那は俺の親父とお袋の事を母親から聞いており、なおかつ俺の事も母親が雇った者から逐一情報を聞いて好きになっていたらしくて、尋常じゃないほど俺の事が好きだった。

 まぁ、俺にしてもこんなに可愛らしい女の子が好きなのは嬉しかったし、両親も反対はなかった。


 だが、問題はその恵那がどれほど俺の事が好きなのかと言う事だった。


 中学からの知り合いの女の子に話しかけても、近所の愛らしい小学生の女の子に話しかけられても、親戚の従姉からの電話に出ても、彼女は嫉妬して包丁を振り回して襲いかかってきた。

 もはやヤンデレである。


 それでも、こうして高校2年生までなんとか暮らしてきた。


 幸い、それ以外は何でも言う事を聞いてくれる、何でもしたい事をさせてくれる従順すぎるほど従順だったので良かったのだが、今日この日下駄箱にラブレターが入っていたのを見られて襲いかかってきたのである。


「私と言う者がありながら! 私が居るのに! 私さえ居れば良いのに! 私が! 私が一番好きなのに!」

「お、落ち着けよ! 恵那!」

「うるさい! うるさーい! あなたを殺して私も死ぬ!」


 そう言いながら、どこに仕込んでいるのか分からないが大量に出してくる包丁を投げてくる恵那。

 ラブレターを貰っただけなのに、いつまでも襲ってきて……!

 周りの奴らは退屈を晴らすための事に飢えているお金持ちの子供ばかりでニヤニヤして助けてくれないし、あぁ、本当に!


 誰か、助けてください!

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