第十八話 ふと浮かんできたんです、新たな神言が
「魔法研究所の方針は、マーリンとカエデを二人っきりにしない、これでいいわね。ストッパーとしてセレナを配置するわ」
「承りました。微力を尽くします」
もちろん冗談だ。半分は。
決められた魔法研究所の大方針は3つ。
一つ、魔法の鍛錬。これは全員で行う。
一つ、行使できる魔法の調査。これは主に俺だな。
一つ、魔法の科学的検証。このメインとなるのはカエデだ。
以上の大方針に従って活動をしていく。今までの活動と特に変りもなく、現状維持とも言う。
活動内容の細かいところはカエデが調整し、ストッパーとしてセレナさんが全体を監視する。何故かカエデと一緒に俺も監視されることになった。どうして?
「今日は予定通り魔法の訓練を行うわよ。マーリンは使える魔法をリストアップしておいて。詳細な効果も記載しておくのよ。それじゃあ始めましょう」
思い思いの方法で魔法の訓練を始めた皆の周りを、カエデが忙しく走り回っている。今後の訓練に活かすため、どのような条件で、どのような訓練をしたのかを記録しているのだ。
今までは大っぴらに魔法の訓練をするわけにはいかなったので、訓練の内容は自己申告だった。魔法研究所が始動したことで、詳細な記録が可能になり、今後の訓練はより効率的になるだろう。
楽しそうな皆に比べて、俺はタブレット型端末に向かって事務仕事だ。
代表的な魔法の名称、神言、効果などを記載していく。フォーマットはカエデが一瞬で作ってくれた。
魔法の訓練のモチベーションになるように、できるだけ熟練度が低い、見習いレベルの魔法を中心に魔法を記載していく。しかし見習いだった頃はずいぶん昔なので、思い出すのが大変だ。ファイアーボールなんて懐かしすぎてしんみりしてしまうレベルだよ。
しんみりしつつ、思い出に浸りつつ、魔法を記載していると、魔法の訓練をしているところからざわめきが起こった。
「マーリン君、すぐに来てよ!」
「どうしたんです?」
カエデに連れられて行くと、ざわめきの中心はセレナさんであった。
「マーリン、そろそろ新しい神言を覚えるかもって話だったわよね。セレナが新しく覚えたみたいなのよ」
「はい。ふと『繋がる』という神言が脳裏に浮かんできたんです」
「もうですか。おめでとうございます。もう少し時間がかかると思っていました」
「ありがとうございます」
「ということは、他の2人ももうすぐ覚えられそうですね」
視線を向けられた神秘魔法組の2人も、それからすぐに新たな神言の『盾』を覚えた。セレナさんと護衛の2人で神言の種類が違うのはおかしなことではなく、想定通りだ。
MFOでもあったことで、それまでの経験によって覚える神言が変化する。例えばアタッカーとして経験を積めば、覚える神言は攻撃的なものになりやすい。
「新しい神言ではどんな魔法が使えるの?」
「そうですね。まず『盾』の方ですが、単体では手のひらサイズの小さな盾を生み出せます。もう少し熟練度が上がれば、おそらく『守れ』を覚えると思うので、そうしたら組み合わせてシールド魔法が使えますね」
「シールドというと、この前の銃弾をはじき返していたあれね」
「ええ。魔力によって強度が変わりますので、どこまで耐えられるかわかりませんが、同じものですね」
『守れ』を覚えるまでは、また地道に『盾』を使い続けるしかない。『光』と『盾』だけの組み合わせでは魔法にはならないしな。
「セレナの『繋がる』はどうなの?」
「こちらは単体では使えません。『光』と組み合わせることで、一定範囲内の2点の光景を相互に映し出すことができます」
基本的に相互に影響を与えるのが『繋げる』の効果なので、こっそり盗み見たりはできない。また、『光』だけなので音声は伝わらない。
「実際に使ってみましょうか。神言は、『光』よ『繋げ』、です。魔法名は自然と理解できるはずですので、それも体験してみましょう」
「ついにちゃんとした魔法が使えるのね。セレナ、やってみせてちょうだい!」
「では僭越ながら」
「これは偉業だよセレナ君! マーリン君とは違う、この世界の人が魔法を使う! くぅー、すごい! すごい、すごい!」
熱気が高まってきた。最初に『光』の神言を使ったのもセレナさんだったし、何かと最初に縁があるな。
『光』が不発だったときの空気を思い出して俺の胃がきゅっとなったが、当のセレナさんは何の不安もなさそうである。少なくともパッと見は。
「セレナさん、魔力を集める感覚は『光』単体の時とそれほど変わりません。いつも通りにやれば成功しますよ」
「ありがとうございます、マーリン様。必ず成功させてみせます」
「記録はもう開始しているよ! セレナ君、やっちゃって!」
「ふぅ……、いきます。『光』よ『繋げ』! ライトスクリーン!」
空中に、丸い鏡のようなきらめきが2つ現れた。1つはセレナさんの目の前で、もう1つは部屋の端。
片方の鏡をのぞき込むと、そこにはもう片方の鏡からの光景が映し出されている。
「ふおおお! 光が、違う、地点から! 時間の遅れもない! つまり光速の超越!」
「ちゃんとした魔法を使うときはこんな風になるのね。魔力の高まりのようなものを感じたわ」
「魔法名も神言と同じように、自然と浮かんでくるんですね。まるで最初から知っているようでした」
「マーリン様の導きに間違いはありません」
わいわいがやがや、大変良い。魔法名がつくようなちゃんとした魔法を使えたことで、皆のモチベーションが爆上げだ。
他の魔法も楽しいので、ぜひ頑張ってほしい。
その後は、頑張りすぎてMPを使い切ってぐったりする人が続出してしまった。リリーナ様もぐったりしている。
結果として、召喚魔法組は熟練度3、その他組は熟練度4まで上がったので良かったんだろう。
「皆が新しい神言を覚えるまでは、訓練優先にしますか?」
「そうしましょう!」
他のことに手がつかない様子だったので、訓練優先に切り替えた。
もちろんちゃんとした理由もある。
リリーナ様がサイオンジ星系に帰ってきているのは、基礎教育課程の期末休暇だからだ。残り4週間弱で、首都惑星のターブラに戻る必要がある。完全に失念していた。
リリーナ様が戻ると、当然それについて護衛の人たちも一緒に移動となるので、気軽に魔法の訓練を行えなくなってしまう。その前にある程度魔法の訓練をしてしまおうというわけだ。
俺とカエデ、それと俺付きになったセレナさんはカミヤワンに残る予定なので、魔法の検証などはリリーナ様がターブラに戻ってからでもいい。
活動方針を訓練優先に変えてからは、一日中、朝から夜までぐったりしている人が増えた。
あまりにぐったりしているものだから、アクリティオ様から確認が入ったほどだ。ちゃんと報告はしていたが、それでも確認してくるということは、すごくぐったりしていたんだろうな。
「就寝前を除いて、MPを使い切るのは禁止といたします。お嬢様も当然禁止です」
「え!?」
セレナさんからストップがかかった。さすが魔法研究所のストッパーだ。
俺とカエデを抑えるために任命されたストッパーが最初にストップさせたのがリリーナ様とは、任命した本人すら想像しなかっただろう。
そうして制限されつつも、セレナさんから遅れること二日、リリーナ様が新たな神言を覚えた。
「ついに覚えたわ! 新しい神言は『戻る』よ! 戻る?」
『戻る』は、何らかの存在を術者の手元に"戻す"神言だ。単体でも使える。その場合、召喚体を手元に再召喚し、すでにかかっているバフ・デバフ魔法を解除する効果になる。
「障害物を無視して召喚体を戻すと熟練度が上がりやすいです。次の神言までがんばってください」
「アリスはまだなのね……」
「前にも説明しましたが、もう少し熟練度を上げて初級レベルにならないと召喚できないですね」
召喚魔法の熟練度と召喚体をざっくりわけると、見習いは虫、初級は小妖精、中級は妖精、上級は精霊、超級は大精霊となる。
リリーナ様のお気に入りのアリスは小妖精なので、まだもう少し先だ。
さて、一番熟練度の上がりの悪かった召喚魔法も新たな神言魔法を覚えたということは、その他の魔法組も新たな神言を覚えたということ。
特に見栄えが良かったのは、破壊魔法だろう。覚えた神言は『撃て』で、『火』と組み合わせてファイアーボールの魔法になる。
小さいとは言え、火の玉を飛ばす魔法に一同大興奮で、破壊魔法を覚えた護衛の人は求められるままに魔法を使い続け、MP切れでぐったりになってしまった。
ストッパーであるセレナさんも、致し方なし、と新たな神言を覚えたときは制限を緩めたのも一因だ。
回復魔法の『気力』と強化魔法の『力』は、人体に試すのは一旦保留になった。近々人体実験を実施する予定なので、それまでもうちょっと我慢してほしい。
変幻魔法は地味だった。指先に出した影をちょっと『曲げる』だけ。それでもカエデだけは大興奮だった。
そんなこんなで、熟練度の上昇による、新たな神言の習得は順調だ。このまま鍛錬を続けて、どっぷり魔法沼に浸かっていってほしい。
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