第三十五話 クレイトス帝国第18代皇帝
ちょっと待って欲しい。怒る前に俺の言い訳を聞いて欲しい。言い訳って言ってる時点で非を認めている? ……うるさいよ。
俺だって、皇帝に直接会ってなんやかんやするつもりはなかったし、それが非常識なことだというのはわかっている。
でも少し想像してみて欲しい。
あなたはターブラで情報収集をしていました。フローティングアイのアイちゃんが頑張ってくれていたんですね。そして、アイちゃんが何かを見つけました。偉いですねー。しっかりと褒めてあげて、情報を確認に行きます。
するとそこには、洗脳――じゃなかった友愛魔法よりも強力な効果を持つ、"従属魔法"を受けた少女がいあるではありませんか!
これは大変だ。
従属魔法とは本来はテイマーが魔物に使用するもので、一部の意識や性格も変化させる魔法だ。凶暴な魔物なんかを安全にテイムするために使われる。MFOでは人間相手には使えなかった。
こんなものが少女に使われているなんて見過ごせないでしょう?
で、魔法を解除しました。
そしたら、皇帝でした。
ね? 俺は(あんまり)悪くないでしょう?
皇帝が少女の姿をしているのは有名? 銀髪は皇帝の象徴? 少女がいた場所が皇居? ワタシ、イセカイジンダカラ、ヨクワカンナイ。
この話はアクリティオ様にだけは共有してあるのだが、話を聞かされたアクリティオ様は頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。肩に乗っていたカーバンクルのクルちゃんは、慌てて回復魔法をかけてアクリティオ様を癒しつつ、俺に非難の念を送ってきた。
本当に申し訳ない。
そういう経緯で出会った俺と皇帝だが、ここまでは魔法を解除しただけで直接対面したわけではない。こっそり魔法を解除して、こっそり逃げ出せればよかったんだけど――
「誰かそこにおるのか? 姿を見せよ。見せぬなら……、襲われたと言って今すぐ服を脱ぎ散らかして騒ぎまわるぞ? 良いのか? 頭がおかしくなったと判断されて隔離されるかもな。姿を見せなかったばかりに、一人の少女の人生が終わってしまうぞ?」
なんてひどい脅し方なんだ。このまま部屋を去ると、あの少女はどうなったんだろう、と一生気になって魔法の研究を楽しめない。
そうは言っても、さすがに実行することはないだろうと少し様子を見ていると、服に手をかけて大きく息を吸い込んだ。いやちょっと待って。
「ちょっと待ってください。一生を棒に振る必要はありませんよ」
「おお。まさか本当に出てくるとは驚きだ」
「いると思ったから脅してきたのでは?」
「ははは。私の頭もついにおかしくなったかの。サーレの使徒が出てくるとは。幻覚にしてははっきりしておる。それに……、ふぅむ、このような顔が私の好みだったか」
俺の今の姿は、サーレに見せたものとは少し変化を加えた、神の使徒スタイルだ。見た目の性別が女性から男性へと変わり、羽が2枚増えて2対4枚になっている。誰かに会う可能性があるときに、マーリンやマー君の姿ではまずいという考えはきちんとあったのだ。
「あなたの幻覚ではありませんから。それより、現状は理解できていますか? 記憶に抜けはありませんか?」
「幻覚に心配されるとは、新鮮な体験であるな。いや、私の考えを反映しているとしたら当然かの? まあよい。記憶ははっきりしておる。何某かに操られておった間は疑問にも思わなかったが、私は良いように使われておったのか」
「もう一度いいますが、幻覚ではありません。記憶がはっきりしているなら、どうしてこのような状況になったのか説明してもらえますか? それと、自己紹介をしてもらえませんか?」
「なるほどの。さすがの私でも混乱をしておるというわけか。声に出すことで記憶を整理する、そういう方法もあろう。よし、説明してやるから隣にこい。見上げるのは首が疲れる。ほら、こいこい」
ポンポンとソファを叩くのはいいのだけど、そのソファ、1人用のソファですよ。やや大きめのソファであるので座って座れないことはないが、少女とぴったりとくっつく必要がある。
「幻覚が何をためらっておる。ほれ、早うこい」
「はあ、わかりました。狭いので少し詰めてください」
「おお。羽がさらさらで心地よい。もっとチクチクするかと思うたが、シルクよりも滑らかで温かいのう。だが、ちとバランスが悪いな。うむ、これでよし」
「どうして私の膝の上に?」
「あまり動くでない。手を腰に回せ、そう、いいぞ。後は羽に包まれれば……、おお、なんと心地よい椅子か。このまま眠れてしまうぞ」
「私は椅子じゃありませんよ。眠らないで、説明をしてください」
「仕様がないのう。私の名前はグウェネス・アレキサンダー、18代目の皇帝だ。グウェンと呼んでくれ」
「は?」
「私としてはお主の正体の方が気になるの。さきほどから体内をスキャンしておるが一切情報が得られぬ。DNAもないようであるし、本当に生物か?」
「いつの間に何をしているんですか……。というかちょっと待ってください。皇帝? あなたが?」
「そうであるぞ。なんだ、知らなかったのか? ふむ、羽に血が流れておらぬな。隠れていた時から呼吸はしていたようだが、一体何のために呼吸をしておるのだ?」
「あまり変なことをしないでください。それに、私が隠れていたことに気付いていたんですか?」
「当然気付いておったわ。空気の流れがおかしかったからな。次に隠れるときは空気の流れにも注意することだな」
「そんなことで気付けるのですか」
「まあ、私の下手な演技で姿を見せる迂闊さで、警戒するのも馬鹿らしくなったがの」
ひどい言われようだ。俺は純粋に心配して姿を見せたというのに、皇帝は最初から色々と探っていたのか。変装の魔法で姿を偽っていてよかった。偽りの体なのでDNAもないし羽には血も流れていない。
「それでお主は何者なのだ?」
「そうですね。サーレ教が言うところの使徒のようなものだと思ってください」
「実在したとはな。先日の騒ぎもお主の仕業か?」
「いいえ。あれは別の使徒ですよ」
「ふぅむ、使徒は複数おるということか」
「私のことは置いておいて、あなたのことです。記憶がはっきりしているなら、どうしてあのような状況になったか覚えていますか?」
「切欠はまったく記憶にないな。そうなった時期は1年前になるか。誰の仕業か舐めた真似をしてくれる」
気持ちが昂ったからなのか、羽をモフる動きが激しくなった。
「あまり乱暴にしないでください。どうやって従属魔法がかけられたかわからなければ、対策しようがないですね……」
「従属魔法とな?」
「あなたにかけられていた魔法ですね。対象の意思をある程度操れる魔法です」
「使徒に続いて魔法か。今日は驚き続きで疲れるのう。お主、今日は私のベッドにならんか? そういえばお主の名前はなんという?」
「椅子にもベッドにもなりませんからね。名前は、特にありません」
本当は名前を考えていないだけだ。使徒だから……、ダメだ、使徒って短すぎて俺の名付けパターンが通用しない。無理やり名前にするなら、「シ」か「ト」になる。それって名前なのか?
「使徒には名前がないのか? では私が付けてやろう。そうだな、ギデオン、なんてどうかの。それか、ポチ、という選択肢もあるぞ?」
「ポチはやめてください、ギデオンでいいです。話を戻しますよ」
皇帝であるグウェンを放置しておいて、また従属魔法をかけられたら、何のために俺が姿を現したのかわからなくなってしまう。
これを防ぐためには、リリーナ様たちのように魔法使いになってもらうか、アクリティオ様のように魔法の装備を着けてもらうかだ。どちらにしても魔法防御力を上げるというのが目的になる。
「ほう! それならぜひとも魔法を覚えたいの」
「そちらは難しいと思いますよ。魔法の習得には、教師役と生徒役の間に信頼が必要ですから」
「それは随分と感覚的な問題であるな」
「急に部屋に現れた、羽の生えた男を信頼できないでしょう?」
「ふぅむ、信頼か。どれ、ひとつ試してみよう」
おもむろにスカートをまくり上げたグウェンは、太もも辺りに隠されていた短い棒を引き抜いた。その棒からは鋭い刃が瞬時に飛び出し、刃が俺の方へ向いていてちょうど逆手に持っている状態になっている。
「それ」
グウェンの脇から突き入れられた刃を、指でつまんで止めた。
「グウェン、一体どういうつもりですか?」
「なに。信頼できるかどうか確かめておるのよ。まだまだ行くぞ」
刃から棒を分離することで武器を取り戻したグウェンは、俺の膝の上から飛び降りた。その際に、なぜかスカートが俺の膝の上に残されたままで、グウェンの姿を想像して慌てて横を向いた。
「余所見とは余裕だな。様子見はやめだ。信頼を証明してみせよ」
いや余所見させてるのはあなたのせいですよ。棒を2本に増やしたグウェンが、再度生やした刃で流れるように連撃を繰り出してきた。まるで1本の太刀筋のような双剣技が、分かれては合流し、また分かれて別角度から襲ってくる。
体ごと余所見をしている都合上、対処に使える手は片側だけの俺は、苦戦……、することもなく素手で刃をいなし続けている。神様パワーで向上した身体能力はこれくらい軽くこなせてしまう。
ただ、グウェンも大したもので、最初のように刃をつまんで止めようとする俺をうまく回避している。
「皇帝と言っていましたが、本当は剣士なのではないんですか?」
「皇帝とはクレイトス帝国の最高傑作という意味よ。だがそれも少し自信がなくなってきたのう」
「それなら、そろそろやめにしませんか?」
「いやだ。最後に一泡吹かせてやるわ」
一足飛びに距離をとったグウェンが何やら構えをとっている。言っておくが直接は見ていないぞ。
「心せい、フルパワーというやつぞ。ふん!」
込められた力はどれほどのものだろうか。グウェンを銃弾とした銃器のように、破裂音は響かせながらの突進は、後先を考えていないように見える。
衝撃で周囲の家具が壊れないようにシールドを張って、ついでに最近めっきり出番の多くなったエアーコントロールで衝撃波も消しておく。
あとは飛び込んでくるグウェンを優しくキャッチすれば終わりだ。
「ふぅむ、やはり甘い男であるな」
俺の首元にそっと刃を添えながら、グウェンがつぶやいた。別に甘いわけではなく、マップ反応がずっと中立だったから大事にはならないだろうと思っていただけだ。その反応も今は味方を示す青に変わっている。
「それはいいですが、早く服を着てください。横を向き続けるのは面倒ですよ」
「はは、そんなことを気にしておったのか。使徒にも女子に対する遠慮があるのだな。何を想像したのかはあえて聞かんが、ちゃんと肌は隠れておる。別に見てもかまわんぞ」
なぁんだ、そうなのかー、とグウェンの方を見たりはしない。何故わかるのかはあえて説明しないが、グウェンの姿は、肌が隠れているというだけであのぴっっったりボディースーツよりもあれな状態なのだ。
「いいから服を着なさい」
「ふむ。見てはいないが知覚はしているというところか。それならばあの防御も納得であるな」
理解が早い。グウェンが俺の腕から降りたあと、しっかりと服を着なおしたことを確認してからようやく横を向いていた顔を前へ戻した。
「気は済みましたか?」
「そうだな。再確認したと言ったところかの。ほれ、また椅子にならんか」
ソファをぽんぽんするグウェンに、俺は仕方なく椅子役に戻った。
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