スペース賢者の魔法無双

蟹蔵部

第一話 棺桶からおはようございます?

「21番様500万クレジット! 14番様600万クレジット! 600万クレジットでございます!」


 少し薄暗い室内ホールに良く通る美声が響き渡る。


 唯一はっきりと照らされた壇上には、複雑怪奇な文様が刻まれた直方体が据えられており、その前面にはこの直方体の解説と思しき文章が記されている。


『系外文明の棺 内容物:なし 材質:不明 年代:不明』


 この国、クレイトス帝国の文明圏にはない、まったく異なる文明によって作製された棺と思われる品。その棺のオークションが行われていた。


 脳内インプラントと超光速通信技術によって距離というものを克服した現在において、わざわざ物理的に参集し行われるこのオークションは、クレイトス帝国の首都惑星ターブラの名物ともなっている。


 系外文明の品はたびたび出品されており、その珍しさから収集している好事家も少なからずいる。実用的な面で言えば、こういった品は国によって調べつくされており、珍しいこと以外にはこれといって役に立つものではない。


「21番様650万クレジットでございます!」


 今入札の行われている棺においても、材質や年代、表面の文様の調査は行われていた。その結果はまったくのゼロ。収穫なし。そのためこうしてオークションに出されているわけだ。


「いかがですか! 650万クレジットでございます!」


 650万クレジットの棺というのは、庶民にとっては概ね年収と同じ程度の高価な買い物であろう。しかし、ここに集まる高位貴族にとってはそれほどでもない。


「決まりました! 21番様650万クレジットでございます!」


 落札者が決まり空気が僅かに弛緩したその瞬間、棺の文様がにわかに発光しだした。ざわめきがホール全体へと広がり、光がどんどん強くなる。


 即座に警護部隊が棺を取り囲み、貴族たちの護衛は主人の前へと飛び出した。一触即発の緊張感の中、棺がひとりでに開いた。


 その中には――、


「あっ……、どうも。おはようございます?」


 ひとりの男が入っていた。



    ◇    ◇    ◇



 男の名前は、マーリン・マーガリン。マーガリン魔法大国の宗主を務める人物だ。


「ねえママー、ちょっとレイドボスやるの手伝ってくれなーい?」


「今魔法の改良で忙しいからダメ。あとママ言うなし」


「えー、いいじゃんいいじゃん。ママおねがーい」


「ったく、しょうがないなぁ」


「やった! やっぱママは優しいね!」


「ママ言うなし!」


 もちろんゲームの中の話である。


 男の名前は、照井弥吉(てりい やきち)。このゲーム、マジカルファンタジーオンライン(MFO)の古参プレイヤーだ。


 MFOは特に魔法の自由度に重きを置いたオンラインゲームだ。


 プレイヤーたちは魔法を習得する際、『神言(しんごん)』というワードを手に入れる。この『神言』を組み合わせて魔法を作るのであるが、その組み合わせは膨大にある。


 まず『神言』の数が多い。その数2000超、常用漢字くらいある。そして魔法として使用する際には、それらを複数種類繋げて使用するのである。多いものでは十数種類の神言を繋げた魔法もあると言えば、その組み合わせの数が膨大になるのもわかってもらえるだろう。


「『天上の』『大いなる』『火』よ! 『深淵の』『母なる』『火』よ! 『集いて』『巡り』『我らの』『敵を』『焼き尽くせ』! オリジナルファイア!」


 杖から放たれた魔法は、白色の奔流となって敵へと迫る。触れたはしから敵が燃え上がり、奔流に飲み込まれた後には燃えカスすら残らない。レイドボスもいつの間にか消滅していた。


「うわー! やっぱりママの魔法はすごいねー!」


「威力は十分だけど、その分消費もすごいな。今の一発でMPがピンチだ。あとママ言うなし」


「ノリでマーガリンなんて変な国名にするからだよ、ママ?」


 MFOの世界には、三大国と呼ばれる国家がある。どれもプレイヤーが建国した国家であり。マーガリン魔法大国もその一つだ。


 最初は数人のグループ名であったのだが、ゲーム内イベントを経て国名にまでなってしまった。こうなることを知っていたなら、もうちょっと真面目な名前にしていた。


「じゃあ俺は戻るから」


「はーい。また一緒に遊ぼうね!」


「『時空』よ! 『歪み』『捻じれ』『異なる』『地』を『繋げ』よ! テレポート!」


 ――――――

 ――――

 ――


「って感じで、テレポートのバグであなたは死んだんだよ。あっ、バグはもう修正してあるから安心して」


「はあ……。まあこんな状況なので、死んだのは確かなんでしょうね」


 真っ白の空間にポツンと置かれたちゃぶ台に座って、俺は超絶イケメンの神様とまったりお茶を飲んでいた。緑茶には茶柱が立っていて、お茶請けは塩せんべいだ。


「MFOの世界ってさ本当は異世界なんだよね。魂だけ移して遊んでもらってたんだけど……、テレポートのバグで魂がポンッ!って弾き飛ばされちゃってさ」


 真っ白の空間から見える下界では、俺の部屋を訪ねにきた同僚が俺の死体を発見したところだ。死因は心臓麻痺。引継ぎもせずに逝ってしまってすまんな。


「それで。俺はどうしてここにいるんですか?」


「こちらのミスに巻き込んでしまった謝罪と、MFOの世界をいろいろと発展させてくれたお礼に、転生させてあげようかなと」


 マーガリン魔法大国のこと結構好きだったんだよ、他の2つがあれだったし、と言って神様が笑っている。


 ちなみに三大国とは、「マーガリン魔法大国」と「もふっとケモミミスキー王国」と「あつまれ!エルフっ子共和国」の三つである。


 それはさておき、転生。俺もファンタジー好きとして履修している。記憶を保持したまま別のファンタジー世界へ転生できるらしい。


 ファンタジー世界といったら魔法でしょう。俺がMFOを始めた理由も魔法の自由度に興味をひかれたからだしな。


「MFOで使っていたキャラクターのマーリンの能力を引き継げませんか?」


「マーリンかい? うん、いいね。ゲームだったときの制限も解除しておくよ」


「制限なんてあったんですか?」


「結構あったんだよ。魂を移して遊んでもらってたから、魂への攻撃はダメとかね」


 なるほど。ということは、魔法の仕様をしっかりと確認する必要がありそうだ。新たにできるようになることもあるだろうし、楽しみだ。


「容姿は地球の方に寄せてもらえますか? マーリンの容姿は、ちょっとあれなので」


「ああ、マーリンはすごくちっちゃいもんね。ショタ賢者ってやつだ。僕は嫌いじゃないよ」


 別にショタ願望があったわけじゃない。純粋に当たり判定が小さくなるように身長を低くしただけだ。みんな考えることは同じようで、βテストから遊んでいるプレイヤーは小さいキャラクターを使っている人が多い。


「ついでに、現地の公用語も使えるようにしておくよ。他の言葉も覚えたいときは自力で覚えるか、魔法でなんとかしてね」


「ありがとうございます」


「それじゃあ送るね。いい子のところに送ってあげるから、頼るといい。最後になるけど、バグで魂を飛ばしてしまってごめんね」


「いえ、家族ももういませんし。趣味のゲームも、転生先がゲームみたいなものなので大丈夫です」


「そっか。うん、またマーガリン魔法大国を作ってみてもいいかもね」


 それは遠慮したい。偉くなるといろいろと面倒事も増える。それにマーガリンという名前は正直ダサいと思う。


「一瞬で移動するから、びっくりしないように。それじゃあ弥吉くん、ばいばい」


「はい、ありがとうございました」


 まばたきする一瞬で俺の視界は一転した。


 白い空間ではあるが、すごく狭い。具体的に言うと小さいロッカーくらい。あといつの間にか立っている。


「せ、狭い。これどうやって出るんだ……」


 少し身じろぎするくらいしか余分なスペースがない。魔法で吹き飛ばそうかという考えが脳裏をよぎったが、いきなり実践するには少し怖い。


 なんだかんだとぐねぐね動いていると、プシューと空気の抜けるような音が鳴って、前面の壁が僅かに動いた。


「お。これは開いたかな」


 きしむような音もさせずに、滑らかに壁が持ち上がっていく。腰の当たりで分割された壁は、上半分は上へ、下半分は下へと開いているようだ。


 まだかまだかと開いていく壁を待って、ようやく開ききった先に見えたのは、大勢の人。


 まるでコンサートホールのように傾斜のついたホールには、ボックス席がいくつも並んでいる。少し暗くなった席とは対照的に、俺のいる壇上には光が照らされて一層明るくなっている。


 そして、俺を取り囲むように、なんだかメカメカしい鎧?のようなものを装着した体格のいい人たち。


 なんだか、警戒されてる?


 神様ー! ちょっといきなり目立ち過ぎじゃないですかー!


 俺は精一杯の愛想笑いを浮かべながら、なんとか話しかけた。


「あっ……、どうも。おはようございます?」

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