第二話 お嬢様に引き取られた
俺の精一杯のあいさつ(おはようございます)の後、事態は遅々として進行していない。
会話が可能だということがわかったため、とりあえず俺はホールから出され、別室へと移された。
そこからは、警備責任者風の男と、施設の管理者風の男と、オークションの責任者風の男が、喧々諤々のバトルをしている。
どうやら俺はオークションにかけられていたようだ。正確にいうと、俺が入っていた箱――棺だと思われていた――がオークションにかけられていた。
で、落札者が決まった瞬間俺があらわれたと。
やれ危険人物だ、人身売買だ、私に責任はないだ、好き勝手怒鳴り合っていてもう議論になってないよ。
神様ミスしちゃった? 目の前の三人はとてもじゃないが『いい子』には見えないよ?
「はぁ……」
終わりの見えない口論に辟易していると、侍女を伴った一人の令嬢が部屋へと入ってきた。
身にまとっている黒のイブニングドレスは見るからに高そうな輝く生地を使って仕立てられている。
また、襟元から胸元、手首までを覆っている生地はシースルーになっており、所々に施された刺繍は極めて精緻で全体の印象を引き締めている。
しかし、そのような意匠の凝らされたドレスをしても尚包み切れない美しさが、令嬢にはあった。
圧倒的に粗末な照明でも輝くブロンドヘアーに、引き込まれるような鮮やかなセルリアンブルーの瞳。
「うわ美少女だ」
思わず語彙力を失うほどに美少女だ。
「私が落札したものから出てきたのですから、私が引き取ります。よろしいですね」
「はい!」
ぴたりと静かになった三人を飛び越えて、俺が勢い込んで返事をした。
もしかしたら、ワン!だったかもしれない。
どう考えても、このお嬢様が『いい子』に違いない。神様は間違っていなかった。
「よろしい、ついてらっしゃい」
「はい!」
もしかしたら、ワン!だったかもしれない。
◇ ◇ ◇
お嬢様に連れられて、建物を出た俺の目に映ったのは、近代的な道路と、空中浮遊する車の列。
そこで理解した。ファンタジーっていっても、『科学』の方だったのか。
でも発達した科学技術は魔法と見分けがつかないともいうし、問題はないか。
いつの間にか護衛が増えて、合計10人となった俺たち一向は、侍女の案内で2台の車に乗車し、お嬢様の邸宅へと移動した。
そのあとは、検疫と身体調査のために変なカプセルに入らされたり、ぐるぐるまわるリングに囲まれたり、体液を採取されたりした。
科学スゲー。
「さて、あなたは何者なのかしら」
お嬢様の澄んだ声がとても心地よい。俺が検査を受けている間に着替えたのか、お嬢様の衣装は地球にいても違和感のないようなワンピースに変わっていた。ただしお嬢様が着ているというだけで輝いて見える。
と、ふざけるのはここまでにして真剣に考えてみよう。神様は『いい子』のところに送るから頼れと言っていた……。よし、頼ろう。
なんといっても俺は、戸籍なし、知識なし、職なしの不審人物だしな。この世界で何かを為すための情報が一切ない。ゆえに頼ろう。
「荒唐無稽な話になりますが、お聞きいただけますか?」
「聞きましょう」
とりあえず、地球のことはぼかして、マジカルファンタジーオンライン(MFO)の世界から転移してきたことにした。マーリンの能力を引き継いでいるはずだから、その方が都合がよいと思ったからだ。
「名はマーリンと申します」
「魔法、ですか」
お嬢様が渋い顔をしている。初対面でこんなことを言われたら、たぶん俺も同じような顔になると思う。
「はい、魔法です」
「率直に言えば……」
「あやしさしかないですよね」
100%同意する。
聞けば、この世界の科学技術でも、MFOの初歩的な魔術の真似事のようなことは可能とのことだ。
まあその場合は、なんらかのデバイスが必要となるのだけど。そして、そのデバイスを体に埋め込んでいる人たちが護衛の人たちである。
やってみせてもらったが、指先に火を灯したり、空気中から水分を凝縮したりしていた。
科学ってスゲー!
俺も同じように魔法を使って見せた。
「何のデバイスもないのよね」
「身体調査ではまっさらな真人間です」
お嬢様の疑問に、最初からずっと付き従っている侍女さんが答えた。この侍女さん、お嬢様の陰に隠れているが、超美少女である。
「そもそも言葉が通じるのもおかしな話よね。脳内インプラントもないのだし」
「おっしゃる通りかと」
「ああ、言葉については翻訳の魔法で対応しています」
実際は神様パワーだが、MFOでマーリンが使えた魔法の中にも同じ効果のものがあるので嘘ではない。
「翻訳の魔法ねえ……。マリー」
「承知しました。 lpmplpypンsh背slsと、sぢls?」
「今の言葉はわかるかしら?」
「わからなかったので魔法を使ってもよろしいですか?」
「ひとつの言葉にしか効果のない魔法なのかしら。いいでしょう。ただし、そちらの計測器の内で使ってちょうだい」
「こちらですね」
運び込まれた計測器は、やはりなにかのリングがぐるぐると周囲を回っている。
さて、この世界で初めてのちゃんとした魔法だ。ちょっと火や水を出すのは魔法未満といった感じ。
使えるという感覚はしっかりとあるけれど、不安はある。失敗しないように詠唱もきっちりしよう。
「『言葉』よ! 『我ら』を『繋げ』よ! トランスレーション!」
まあ三節だけの簡単詠唱なんですけどね。
魔法に使われる『神言』の数を、節で数えたりもする。この節数が増えるとMP消費も増えるし、組み合わせる『神言』によっては効果が不安定になったりする。
さて、この翻訳の魔法は一種のバフ魔法で、効果はログアウトするまで継続する。現実になったこの魔法は、感覚的には解除するまで永続しそうである。
「魔法はかけ終わりました。もう一度話してみてください」
「では……、この言葉はわかりますか?」
「この言葉はわかりますか? と言っているようですね」
「古語もお分かりになるのですか。いえ、魔法ということでしたね」
「古語が何かはわかりませんが、魔法の効果があるうちは、かけられた言葉を理解し、発せられるようになります」
「計測はどうなっていますの?」
「ダメですお嬢様。何も反応していません。簡易計測器では限界のようです」
科学では魔法を検知できないようだ。
これはだんだんとやっかいな状況になってきた。人は理解できないものを恐れるというし、実際問題として検知不能で火をおこせるだけでも十分強い。
「そう……。けれど考えようによっては、これは幸運かもしれないわね」
「幸運、ですか?」
「ええ。どうしてあなたを拾ったのか、ということにも関わってくるのだけど」
それは非常に気になっていたところだ。
俺目線では、「神様の言う通り」なだけだが、お嬢様目線でいうと、不審人物をわざわざ引き取るメリットはないように思える。
「端的に言うと、あなたの技術が欲しいのよ」
補足も交えて侍女のマリーさんが説明してくれたことによると、俺の出てきた箱――棺と思われていた――は、今いる国家の文明圏の埒外にあるものだったらしい。地球でいうところのオーパーツやエイリアンの技術、みたいな感じ。
体系も異なるであろうその技術を欲する気持ちはわかるが、技術を得てどうするのか、それはまだ説明されていない。
あえて省いているような気もするし、聞いていいものか迷うな。
「その棺についてはわかりませんが、私が提供できる技術となると魔法となりますね」
「そうね。申し訳ないけれど、あなたにはしばらく私たちと行動を共にしてもらうわ」
「ええ、それはかまいません。なにせ戸籍もありませんからね」
「戸籍は登録済みよ。うちの星民ということにしておいたわ」
行動が早い! 戸籍ってそんなに簡単に得られるものだっけ?
「もちろん権力で無理やり作ったわ」
俺の疑問が顔に出ていたのか、お嬢様が薄く笑いながら言った。
ちょっとワルなお嬢様も素敵です!
この世界にきて、まだ数時間だというのに、戸籍をゲットしてしまった。タイムアタックなら上位入賞間違いなしだろう。
「というわけだから、これからよろしく。マーリン」
「よろしくお願いいたします。お嬢様」
お嬢様の名前が、リリーナ・イル・サイオンジであるということは、お付きの侍女であるマリーさんから教えてもらった。しかも貴族で公爵家だった。
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