第三話 二日目
リリーナお嬢様に引き取られた次の日。俺はあてがわれた部屋で目を覚ました。
基本的な物品は地球とほとんど大差ない。ベッド、お風呂、トイレ、机、クローゼット、などなど。ただ、ひとつひとつの性能が地球よりも高いのだ。
体にフィットするジェルベッド、一瞬でお湯が溜まるお風呂、汚れが自動的に分解されるトイレ、立体映像を映し出す机、クローゼット……、は普通だった。
なまじ地球の記憶がある分、そのギャップで疲れてしまったような気がする。
逆にこの世界からすると俺の方がビックリ箱のようなものなのかもしれないが。
というのも、俺が着ていた服。これはMFOの初期装備である『布の服』だったのだが、この世界で天然の繊維といったら貴族の服というイメージなのだ。
それを雑な縫製で『布の服』に加工するなんて許せない!ってな具合で、お嬢様専属のお針子さんに奪われた。ついでに下着も靴も奪われた。
これらも疲れた原因だと思う。
布の服の代わりに支給されたスーツを着て、さあ部屋を出るぞというところでマリーさんとは別の侍女さんがやってきた。
「マーリン様、おはようございます。朝のご支度にまいりました。あら」
「おはようございます」
「おひとりでお着換えされたのですね」
「ああ。こればっかりは認めてほしい」
「承知いたしました。では朝食はどちらでお召し上がりになりますか?」
「食堂だっけ? そちらに行くよ」
「ご案内いたします」
というように、俺の扱いというのが少し問題、というか面倒なことになっている。
俺の戸籍は、お嬢様の実家であるサイオンジ公爵家が治める星の民(星民)ということになっているのだが、マーガリン魔法大国の宗主という説明もしてしまったせいで下に置きすぎてもまずいのではとなった。
結果的に、お嬢様の客人っぽい何か、という感じになった。実にふわっとした感じである。正式なところはお嬢様の御父上が決めることになるだろう。
そして、客人であるならばお世話しなければならないと、侍従が付けばよかったのだが、この邸宅にはお嬢様しかおらず、侍女しか用意されていなかった。
きれいな女性を侍らすことに憧れはあれど、それを実行に移すかどうかは別問題。着替えや入浴くらいはひとりでやりたいものである。
「おはよう、マーリン。よく眠れたようね」
「おはようございます、リリーナお嬢様。初めてみたベッドでしたが、大変良いものでした」
「そんなにかしこまる必要はないって、昨日言わなかった?」
お嬢様は魔法にかなりの関心があるらしく、昨日の話し合いの後、いろいろな魔法を見せることになった。
俺としてもMFOとの違いを検証できるいい機会になったので良かったのだが、ずいぶん気安くなったものである。
こちらも気安くすれば侍女のマリーが顔をしかめ、かといって断ると今度はお嬢様が顔をしかめる。なんとも辛い立場だ。
「わかりました、リリーナ様。これで許してください」
「今はそれで許してあげるわ」
マリーさんの視線が刺さる刺さる。
朝食は、完全栄養食のなんかよくわからない物体X!とかではなく、いたって普通のパンとベーコンエッグとスープだった。
普通過ぎて逆に感動するという謎の感情が生まれた。
「本日のご予定を確認いたします」
朝食の後マリーさんが教えてくれた。
午前中は昨日落札した棺桶が邸宅に納品される。俺にはそれを確認してほしいとのこと。
午後は、昼食をとったらすぐに邸宅を出て、リリーナ様の実家惑星へと移動する。ハイパーレーンで3つ先らしい。
ハイパーレーンですってよ、ハイパーレーン。地球の感覚としては高速道路で3つ先の出口って感じ? そんな印象を受けた。
移動する際に使用するのは、リリーナ様個人所有の宇宙船。宇宙船って個人所有できるんだね。あとは護衛の宇宙船が3機。
夕食前にはリリーナ様の実家へ到着する予定である。
「ありがとうございます、マリーさん。それじゃあ棺が到着したら呼んでください」
棺が到着するまではお勉強の時間だ。
クレイトス帝国の勢力圏は、12の恒星系と1つのパルサー、そして1つのブラックホールからなる。
暦や時間についてはほぼ地球と同じ。厳密にいえば違うのかもしれないが、どれだけズレているかがわかったとしても意味はない。ゆえに気にしない。
今いる惑星は、クレイトス帝国の中心、クレイトス星系の首都惑星であるターブラ。ここには、貴族と行政府とそれらの関係者、あとは観光にくる少数の人しかいない。
一般的な国民のほとんどは、首都惑星以外の惑星やコロニーに住んでいる。コロニーといっても、大地も空もあるので、惑星上に住んでいるのとそれほど違いがあるわけではない。
また、惑星上に住んでいる者は、コロニーに住んでいる者と区別して、星民と呼ばれることもある。俺の戸籍がこれだな。
リリーナ様のサイオンジ家が治める星系は、家名そのままにサイオンジ星系という。居住可能惑星は2つ。そのうちひとつは人工的に環境を調整した改造惑星である。元から居住可能だった惑星をカミヤ(またはカミヤワン)、改造惑星をカミヤツーという。
リリーナ様の実家はカミヤにある。カミヤツーにはリリーナ様のお父様の兄、つまり伯父が住んでいる。
「マーリン様、棺が到着いたしました」
「うん、わかりました。ちょうどきりも良いので、このまま向かいます」
「承知しました。ご案内いたします」
勉強がひと段落したところで侍女さんがやってきた。意外と早くに棺が届いたらしい。
案内された部屋には、すでにリリーナ様とマリーさんがいた。部屋の中央にはデデンと棺が置かれており、それ以外には何もない。
科学的な調査は国がやった後であり、この邸宅にある設備では追加の情報は得られないだろうとのこと。
つまりは、俺の魔術的で異世界的な調査が頼りという感じである。
「マーリン、何かわかるかしら?」
「少しお待ちください」
リリーナ様が好奇心を隠しきれずに身を乗り出す。意外と――というほど長い付き合いではないが――クールな令嬢然とした様子より、ワクワクと目を輝かせている方がリリーナ様に似合っていると思う。
「そういえば、この棺はどのような目的で購入したのですか?」
表面の文様を確認しながら問いかけた。文様は、文章というよりかは魔法陣に近い印象だ。
MFOにも魔法陣という技術はあった。主に生活を豊かにするために用いられていた技術で、おおざっぱに言えば魔力で動く機械のようなもの。例えば、光を発する魔法陣は照明として、熱を発する魔法陣は暖房といった具合だ。
攻撃用としての魔法陣もあるにはあるが、威力を求めると魔法陣がとてつもない大きさになってしまう。それならば自分でぶっ放した方が早いし強い。
「ああ、それはお父様の棺として購入したのよ」
「え?」
え、こわっ。気軽に娘が父親の棺を購入する世界観なの? というかお父様亡くなってたの?
「補足いたしますと、サイオンジ公爵様はご存命です。公爵様が購入を希望し、お嬢様が代理で落札いたしました」
「あっ、そうなんですね」
「お父様がどうしてもって言うからね。本当なら今頃は家に帰っているはずだったのよ」
不平を言っているようで、やはり棺への好奇心の方が強いのか、リリーナ様の笑顔はいたずらっ子のようだ。
「お嬢様も公爵様も、系外文明の品に目がありませんから……」
マリーさんの一言には万感の思いが籠っている。
「それより、何かわかったことはないの?」
「そうですね。まず、私が知る魔法体系に一致するものはありません」
「マーリンの世界のものではないということね」
「はい。しかし、類似性はあります。文様を基にした魔法陣という技術です」
MFOの魔法陣についてもう少し詳しく説明すると、こちらにも魔法同様に神言が使われる。神言を特殊なインクを用いて何らかの媒体に書き記すと魔法陣になるのだ。
どのような効果を持った魔法陣なのかを知るには、どんな神言が使われているかを確認すれば良い。逆に言えば、神言の意味がわからなければ、どんな効果かもわからないということだ。
「というわけで、どんな効果を持っているかはわかりません」
「歯がゆいわね……。いっそ、魔力?というのを使って起動してみるというのはどうかしら」
「さすがにそれは危険すぎるでしょう。もし行うにしても、しかるべき設備や人員を用意してからにすべきです。もちろんリリーナ様には、安全な場所で結果を待っていてもらいます」
「マーリン様のおっしゃる通りかと」
「……」
リリーナ様がふくれておられる。超絶美少女はどんな顔をしていてもかわいいね。
「だめ?」
上目遣いでかわいく言っても当然ダメです。
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