第四話 魔法使ってみた

 マリーさんと二人でリリーナ様を説得して、棺を起動するにしても安全な場所で待機してもらうことを了承してもらった。現状魔力を扱えるのが俺しかいないので、俺がノーと言えばノーなのである。


 安全のためとはいえ、あまりリリーナ様を責めすぎても可哀そうだ。ということでその後は昼食の時間まで、昨日に引き続き俺の魔法実演と相成った。


 リリーナ様の希望を聞いて魔法を使って見せることにする。


 MFOの世界の魔法、つまり俺の使える魔法の種類とは大きく6つに分けられる。


 すなわち、破壊魔法、回復魔法、強化魔法、神秘魔法、召喚魔法、変幻魔法である。


 破壊魔法、回復魔法、強化魔法は、召喚魔法は、おおむねその名が示す通りの効果を持った魔法だ。バフ系の破壊魔法があったり、敵を攻撃する回復魔法があったり、敵を弱体化させる強化魔法があったりするが、基本はそのまま。


 次に神秘魔法であるが、これはなかなか分類が難しい。というのも、神秘魔法は、攻撃・回復・強化・召喚の大体のことができる。他にもテレポートなどの移動もできる。


 MFO初心者はまず神秘を学べ、とは初心者向けのうたい文句である。


 最後の変幻魔法は、主に物体に作用する変化魔法と非物体に作用する幻影魔法を合わせた魔法である。


 なぜ一緒くたになっているかというと、作用する点が違うだけで、両者はかなり近しい魔法だからだ。形を変える魔法が物体に作用すれば変化魔法で、非物体に作用すれば幻影魔法といった具合に。


「私の用いる魔法は、おおむねこのような分類になっています」


「なるほど、興味深いわね」


「大体の魔法は扱えますので、見てみたい現象を言ってもらえれば、魔法でやってみせましょう」


「そうね。じゃあ、試しに浮いてみてもらえる?」


「可能ですよ。レビテーション!」


 簡単な魔法なので、神言は省略して魔法名だけで発動させた。


 神言を使うのが魔法なのに、その神言を省略するなんて!と思うかもしれないが、これも立派な技術だ。詠唱短縮、または詠唱破棄とよばれるもので、神言への理解が一定値に達すると、その神言を省略することができる。


 もちろんデメリットもあり、MP消費の増加、威力・効果範囲・効果時間の減少などがそれにあたる。メリットは発動時間の短縮や発動するまで魔法の種類を隠蔽できること。


 ちなみにこの魔法名だが、MFOでは神言の組み合わせによって自動的に決まっていた。この世界でも、魔法名が自然と浮かんできたので、マーリンの能力として自動的に決まるようになっているんだろう。


 結局何が言いたいかというと、俺は中二病ではないってこと。


「浮いているわね」


「はい、不思議です。なんの装置もないのに浮いております」


「魔法ですから」


 やや呆けた顔をしたリリーナ様とマリーさんが浮いている俺を見ている。部屋の隅に控える別の侍女さんたちも興味深そうに見ている。


 ちょっと気分がいい。もう少しサービスしたい気持ちがむくむくと大きくなってきた。


「そうですね。少し魔法を体験してもらいましょう」


 声に出すと、良いアイデアに思えた。ぜひとも魔法のすばらしさを体験してもらおうじゃないか!


「マリーさん、お手をどうぞ」


「え、ええ」


 俺の意図がわからないながらも、手をとってくれたマリーさんを魔法の効果範囲に含めた。


 すると、ふわりとマリーさんの足が床から離れ、重力に反して浮かび上がる。


「あっ、足が! うい、浮いてます!」


「手を離さないように。一旦降りますね」


 つないだマリーさんの手がぎゅっと握りしめられたので、すぐに床へと降りた。急に高く浮かんで、恐怖心のせいで魔法が楽しめないなんてことになったらもったいないからな。


「マリー! あなた浮いていたわよ!」


「は、はい。無重力区画でもないのに、浮いておりました」


「手を離さなければ落ちる心配はありませんよ。もう一度浮いてみましょう」


「え、ええ。お願いいたします」


 余計な力が抜けたマリーさんと手をつなぎ、再度浮かび上がる。


「どうですか、魔法は」


「言葉一つでこのようなこと。魔法というのはすごいのですね」


 そうだろそうだろ。魔法はすごいだろ。


 MFOを夢中でプレイしていたころを思い出すなあ。いろいろな魔法を作っては皆で見せ合って、時に失敗したり、成功したり、爆発したり、暴発したり、爆発したりしながら笑い合ったものだ。


「マーリン! 私も浮かんでみたいわ!」


「かまいませんよ。それではマリーさんと手をつないでください。もしよろしければ皆さんも」


 周りで見ている侍女さんたちも誘えば、ためらいがちにも俺の手をとってくれた。リリーナ様が許可してくれたのも大きいな。


 結局、部屋の中にいた全員が輪になって宙に浮いて、きゃっきゃと嬉しそうにしていた。


 あまりに騒ぐものだから、部屋の外にいた護衛の人が中を確認しにきて、宙に浮いた俺たちを見てギョッと驚いていた。


「おもしろかったわ!」


「楽しんでもらえてよかったです」


 ひとしきり空中浮遊を楽しんで、俺たちは地上へと帰還した。侍女さんたちも嬉しそうだったから成功だな。


「他にも何か見せてほしいわ」


「そうですね……」


 次に見せる魔法について考える。なんとなく部屋の中がそわそわしているから、皆で楽しめるようなものがいいな。ここは腕の見せ所だ。


「では、召喚魔法にしましょう」


「何かを呼び出す魔法だったわね」


「ええ。魔力で実体化した小動物を呼び出してみましょう。何か希望はありますか?」


「うーん、そうねえ……。何種類か呼び出すことはできる? いろいろな生き物が見たいわ」


「ちょうど良い魔法がありますよ。では、サモン・レッサーフェアリーズ!」


 俺が召喚したのはレッサーフェアリーという存在。小妖精とも呼ばれるそれは、小動物の姿をとることが多い。テーブルの上には、リス、フェレット、ウサギ、鳥がそれぞれ数種類いる。


 あまり力を持った存在ではないが、癒し性能は高いと思う。部屋の中の空気もかなりざわついている。


「触っても大丈夫ですよ。純粋な生物ではないので、毛が抜けたりといった生理現象もありません」


「そうなのですね。では、まず私が確認いたしますので」


 そう言ってマリーさんがキリっとした。わかる、わかるぞ。あれは確認のていで一番乗りしたいだけだな。現に、手をワキワキさせながら満面の笑みで小妖精に近づいている。


「マリー、早く確認しなさい!」


「いえ、これはじっくり確認しなければなりません。……んっ、ふわぁ、なんという毛並みでしょう。ふわふわで、生物でないというのに暖かいです。これは、良いものです」


 たれ耳のウサギに手を伸ばしたマリーさんが、うっとりした表情で実況を始めた。それを全員が見守る。


 ひと撫でするごとにマリーさんの目じりが下がっていく。なるほど、これがもふもふ魔法か。


 しかし、マリーさんは小妖精が危険かどうかを確認するという任を忘れて、もふもふに夢中になってしまった。早く結果を報告しろという部屋中からの無言の圧力にも負けず、もふもふしている。


 恐るべし召喚魔法、もといもふもふ魔法。


 ただ、リリーナ様のがまんが限界に達しそうなので、ここは俺が介入しよう。


「マリーさん、もふもふはどうですか?」


「はい、大変良いものです」


「では、他の方にも触っていただきますね」


「はい」


 よし! 小妖精を侍女さんたちの下へGOさせた。リリーナ様の下へは、マリーさんが撫でているのと似たウサギを向かわせた。座っているリリーナ様の膝へジャンプだ。


「わっ、わわっ。こっちへ来たわ! 意外と軽いのね。撫でてもいいのかしら、撫でるわよ。ふわぁ……」


 そこかしこで恍惚の声があがる。当然俺の下へも一体呼び寄せてもふもふしている。俺のはフェレットっぽいのだ。


 大変良いもふもふである!


「マーリン良くやったわ! 最高よ!」


 リリーナ様の無邪気な笑顔ありがとうございます。


 後で確認したことだが、ナマの生き物と触れ合ったのは初めてだったという。ナマじゃない生き物というと、仮想現実での生き物となるが、そこではこんなにもふもふしていなかったらしい。


 この世界のもふもふレベルが低いのか、仮想現実のもふもふ再現度が低いのかわからないが、召喚魔法のもふもふは別格だと。まあそれは、もふもふしている皆の顔を見れば一目瞭然なのだが。


 そして案の定、騒ぎ過ぎた俺たちを確認しに護衛の人たちが部屋に入ってきた。


 いけ、もふもふGO!


 追加召喚した小妖精たちをもふもふして、護衛の人たちも大変うれしそうだ。

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