第五話 いざ、リリーナ様の家へ
「本当に最高だったわ!」
リリーナ様は、昼食の時間になっても興奮冷めやらぬといった状態で、如何にもふもふが素晴らしいかを語っている。
うんうん、とマリーさんを含めたあの場にいた全員が同意するものだから、リリーナ様の興奮が収まらないのだ。
「はい、大変すばらしいです」
そう言うマリーさんの腕の中には、ウサギ型の小妖精が一体。
もふもふを堪能した後、小妖精を送還するというと、めちゃくちゃ抵抗にあった。もうめちゃくちゃ抵抗にあった。2回言うほど抵抗にあった。
昼食の時間だというのに折れないリリーナ様たちに、一体だけ残すという妥協案をとってやっと昼食となった。
召喚魔法は永続する魔法ではないので、このウサギ型小妖精も半日程度で自動的に送還されるのだが……。そのときにはまた召喚させられるかもしれないな。
少し時間をかけつつも昼食が終了した。地球の感覚でも違和感のない料理ばかりなのでありがたい。
昼食を終えた後はリリーナ様の実家へ移動の準備。俺は荷物も何もないので特にすることはない。リリーナ様の方も、事前に準備は終わっていたようで、着替えを済ませたらすぐに出発となった。
オークション会場から移動したときのように2台の車で移動する。違うのは、俺がリリーナ様と同乗していることだ。そしてそのリリーナ様の膝の上にはウサギ型小妖精が一体。優雅にウサギを撫でるリリーナ様はまるで悪の女帝……とは言い難いな。ほのぼのが過ぎる。
「アリスの手触りは本当に最高ね」
よほど気に入ったのか小妖精に名前まで付けちゃった。まだ自動送還されることは説明できていない。あとでこっそりマリーさんに話しておこう。直接リリーナ様に伝える勇気は俺にはない。
しばらく車に揺られて――揺れは全くなかったが――宇宙船の発着場に到着した。ちなみにこの発着場はサイオンジ公爵家の所有物だ。言うなれば、プライベート宇宙港。すごい。
その発着場に駐機されているのは、全長40メートルはありそうな4機の宇宙船。1機は、「はんぺん」だとか「ざぶとん」とかの呼び名が付けられそうな宇宙船で、リリーナ様と俺はこの機体で移動する。
他の3機は護衛の宇宙船。こちらはハンドガンからグリップ部分を除いたような形をしている。見るからに戦闘用で、実際に戦闘艦だ。
この合計4機でサイオンジ星系へと向かう。正直に言って、めちゃくちゃ楽しみだ。
「宇宙船には初めて乗ります。楽しみですね」
「あら、そうなの。マーリンのいたところには宇宙船がなかったのかしら」
「ええ。空を飛ぶものはありましたが、宇宙まで行けるものはありませんでしたね。なので宇宙へ行く際は生身で行くのですが、これが結構大変でして」
MFOのフィールドにはもちろん宇宙もあった。宇宙を飛びまわる怪生物や異星人とも戦ったこともある。これがなかなか大変な戦いだった。
当然ながら宇宙には空気や足場がない。そして、有害な放射線が飛び交っている。したがってそれらを魔法でなんとかするしかない。
ひとりふたりで宇宙を行くならどうとでもなるが、レイドバトルのような多人数が展開するような戦いでは、確保しなければならない領域が一気に広がる。
そのため、直接戦闘に参加できないレベルの低い魔法使いたちがせっせと空気を調整したり、放射線を弾いたりしていたのだ。
流れ弾がそういった魔法使いたちに直撃して、隊列が崩壊したこともあった。なつかしいな。
「生身で行くですって?」
「行くだけなら、意外と簡単に行けますよ」
「魔法ってとんでもないわね」
「宇宙で何かをしようとすると途端に難しくなりますし、忙しいです。宇宙船ならそういうこともなさそうなので、本当に楽しみです」
「私たちはただ乗っているだけでいいから、部屋でお茶しているのと変わらないのよね……。そうね、初めて乗るのだし、ブリッジでも見学する?」
「いいんですか? ぜひ見学したいですね!」
「あら、ずいぶん熱心なのね」
「宇宙船はロマンですから」
「よくわからないけれど、好きに見学してていいわ」
あまり興味がないのか、すでに知り尽くしているのか、リリーナ様はマリーさんを連れて船室へと入っていった。
俺の方は、朝からついてくれていた侍女さんに連れられてブリッジへ。ちなみに侍女さんの名前はセレナさん。
「ありがとうございます、セレナさん。ブリッジがどういう風なのか楽しみです」
「本当に楽しみにしていらしたのですね。私どもにとっては見慣れたものですので少し不思議に感じます」
「私がいた世界には宇宙船がありませんでしたからね。新しいものには興味が尽きません」
正確に言えば、地球には宇宙船があった。しかし、それに乗れるのは専門の職業の人か、資産家だけだ。さらに地球よりもずっと進んだ科学技術の宇宙船となれば、どんなものなのか気になるというものだ。
「こちらがブリッジです」
軽い作動音をさせてブリッジへの扉が左右に開いた。船内と同じく白を基調としたブリッジ内には、二人の女性が立っていて、こちらを迎え入れてくれた。
二人の所属は、サイオンジ公爵家の航空騎士団。騎士団がどういう組織かは知らないが、リリーナ様の乗る船を操縦するということは、かなりのエリートだろう。
だというのに、下にも置かない対応で、俺の身分がどう説明されているのか非常に気になるところだ。
「準備が整いましたので発進シークエンスを開始します」
発進シークエンス! なんと心躍る言葉だろうか。パチポチと仮想コンソールを操作して、発進シークエンスが進んでいる……、と思う。良くわかんないけどかっこいいからヨシ!
「ふふっ、マーリン様、もうしばらくしましたら発進です。念のため椅子から離れないようお願いいたします」
「ああ、これは失礼しました。少し興奮しすぎました」
興奮で前のめりになりすぎていたようだ。少し気恥ずかしい。意識して椅子に深く座りなおした。
「いえ、お嬢様が夢中になったときに比べれば……。あっ、もう間もなく発進です」
「重力制御開始、発進!」
「おおっ!」
発進の合図とともに体にかかる重力が弱くなるのを感じた。レビテーションに近い感じだ。
「ターブラの重力圏を抜けるまでは重力制御航行で移動します」
「マーリン様、お手元のディスプレイに外部の状況を表示しますね」
セレナさんの操作によって、俺の前面に仮想ディスプレイが現れた。
ぐんぐんと高度を上げる宇宙船、小さくなっていく地上、周りを囲む護衛艦など、分割された映像が俺の手元に表示されている。
青から群青へと変化していく空、青々とした地上、一糸乱れぬ護衛艦。ん~~、最高!
「お気に召していただけたようですね」
「最高ですね!」
「ふふっ、ようございました」
いや本当に最高! セレナさんが微笑ましいものを見ているような顔になっているが、全然気にならないくらい最高!
ターブラがずいぶん小さくなった頃、重力制御航行から通常動力航行に切り替わった。これから、サイオンジ星系につながるハイパーレーンの入り口へと向かう。地球風にいうと高速道路の入り口、インターチェンジだな。
「ハイパーレーンの入り口までは数分で到着いたします。そこからサイオンジ星系まではおよそ3時間です」
「数時間で別星系まで行けるとは、科学技術はすごいですね」
「マーリン様の魔法ではできないのですか?」
「一度訪れた惑星であれば別ですが、行ったことのない惑星へはどれほど時間がかかるかわかりませんね」
「魔法にもできないことがあるのですね」
「できないことだらけですよ」
セレナさんと楽しく雑談している間に、宇宙船はハイパーレーンの入り口に到着していた。
一目見た感想としては、「でっっっか!」だ。とにかく大きい。
ハイパーレーンというのは、入り口と出口の間の空間を歪曲し、実際よりも短い距離に縮めた宇宙船の通り道だ。
入り口や出口と言っているが、ハイパーレーンの中へはどこからでも入ることはできる。実用上、途中で出るということがほとんどないため、入り口や出口と呼んでいるわけだな。
そんな入り口に何があるかというと、空間を歪曲するための装置がある。これがとにかく大きい。
装置の傍に泊まっている宇宙船が、俺の乗っている宇宙船と同じく40メートルくらいだとすると、装置の大きさは直径1キロメートルはありそうな円形をしている。
装置の円周部分は、なぞのメカがぐるんぐるんしており、円の内側はきらきらと輝いている。これは空間を歪曲しているために起こる現象とのことだが、原理を聞いてもさっぱりわからない。
まるで魔法みたいですね、と言ったら、セレナさんから曖昧な笑みをもらってしまったぜ。
「ハイパーレーンに入りました」
「おお……、これといった感覚はないんですね。それに入り口はあんなに光っていたのに中はそうでもない」
「船全体を特殊なフィールドで覆っていますので、フィールド内は通常空間と同じ性質を持っています。明るさについても通常空間と差はありません」
「なるほど(わからん)」
「サイオンジ星系の出口まで、自動航行で3時間弱です。こちらで過ごされますか?」
「ええ。大変興味深いので、お邪魔でなければこのままで」
「問題ございませんよ。ではお飲み物をお持ちします」
外は暗いが、部屋にこもっているよりかはブリッジの方が楽しいだろう。それに航空騎士団の人があれこれ説明してくれるので暇をすることもない。
リリーナ様の方はアリス(小妖精)にまかせて、俺は初宇宙船を堪能しよう。
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