第六話 別に倒してしまってもかまわないんでしょう?
「なるほど。つまりシールドの効果というのは一種の反射なんですね?」
「そうです。特にビームには効果的です」
「実体弾にはどうなんですか?」
「実体弾にも十分な効果があります。しかしビームを受けた場合に比べてシールド飽和圧が高いです」
「シールドが突破されやすいということですね」
「はい。といっても、よほど集中的に狙われない限りは問題ありません。その前に護衛艦が敵を撃墜します」
さて、俺たちが何を話しているかというと、俺が乗っている宇宙船に搭載されている武装についてだ。
この宇宙船、正式名称を「インペリアル キャリアーIV」という。俗称は「クッション」だ。つまり座布団だな。
「クッション」には、ビームレーザーとレールカノンがそれぞれ1門ずつ搭載されている。防御にはシールドとデコイランチャー、装甲は第6世代複合重装甲。防御重視の機体って感じだ。
仮想コンソールに浮かび上がった「クッション」の立体映像を見ながら、騎士団の人と会話していると、瞬く間に時間が過ぎていく。
セレナさんには少し退屈な時間になったかも。こうなるなら事前に小妖精の1体でも召喚しておくんだった。
「そういえば、今どの辺りですか?」
「少し前に2つ目の星系を通過したところです。サイオンジ星系の出口までは30分ほどですね」
「もうそんなにたっていたんですね」
いつのまにか2時間半もたっていた。途中に何度かマリーさんが確認に来ていて気もする。リリーナ様が呼んでいたなら声をかけてくると思うので、俺が暇していないか気にかけてくれたのかな。
「もうこの辺りはサイオンジ航空騎士団の勢力圏ですから――」
問題ないですよ、と続くかと思われた言葉は、突然の衝撃によって中断された。
飛ぶように操縦席に戻った騎士団の人は、浮かぶ仮想コンソールを素早く叩く。漏れ聞こえてくる通信のやり取りからは、これがなんらかの異常事態であることが察せられた。
「マーリン様、こちらへ」
席へ戻るよう促すセレナさんの表情もどこか硬さが見て取れる。
「セレナさん、一体何が起きたんですか?」
「おそらくですが、アンチフィールドジャマーです。ハイパーレーンから引きずり出されようとしています」
ハイパーレーンに入る際、宇宙船を特殊なフィールドで包む、ということは説明を受けていた。今、そのフィールドが消失しようとしているとのこと。フィールドが消えると、ハイパーレーンから宇宙船が弾き飛ばされて通常空間に戻されてしまう。
「技術自体は一般に知られていますが、詳細は軍事機密になっています。利用できるのは帝国軍か騎士団だけのはず。このようなことは……」
「そのジャマーとやらを回避できたりは?」
「フィールドが消えるまでの時間を延ばすことはできても、回避はほとんどできません。このような通知なしでの実行はありえません」
セレナさんの顔色がどんどん悪くなっていく。これは結構まずい状況のようだ。といっても俺にできることは、邪魔にならないように静かに座っていることくらい。
「マーリン様!」
ブリッジの扉が開いて、護衛の人に囲まれたマリーさんとリリーナ様が入ってきた。
「マーリン、まずいことになったわ」
「お嬢様、こちらへ」
リリーナ様が俺の隣の席へついた。やはり表情は硬い。そしてマリーさんの顔色は血の気が引いて真っ白だ。
「マーリン様、魔法を使えば宇宙空間でも安全に滞在できるとは事実ですか?」
「えっ、ええ。ですが、この世界ではまだ試していない魔法です」
「それでも。それでも、もしもの時はお嬢様をお願いいたします」
さすがに俺でもどういう意味かわかる。おそらく、この宇宙船は何者からか攻撃を受けていて、撃墜される危険もあるということなのだろう。
「こんな違法なジャマーをしかけておいて、見逃すってことは考えられないわ。この船だけを狙って、護衛艦が戻ってくる前にスクラップにするつもりでしょうね」
リリーナ様の綺麗な顔が苦痛に歪んでいる。そんな顔は似合わない。
「ジャマーに捉えられます! 衝撃に備えて!」
操縦士が大声をあげて注意を促す。振動は大きくなり、体はぴったりと椅子に張り付いているが、頭がぐるぐると揺さぶられる感覚がする。
「通常空間に戻ります!」
「護衛艦なし! 敵の数は――、攻撃きます!」
「シールド展開、85%! 敵の数は20! 次弾くるぞ! シールド70%!」
外部映像を映したディスプレイに、シールドの反射と爆炎が光る。どこか現実感のない状況で、例えばそう、映画を見ているような気になっていた。
「シールド60%! デコイ射出、ありったけだ! なんとかもたせろ!」
「護衛艦、ハイパーレーンを出ました! こちらまで、5分!」
5分では、おそらく間に合わないんだろう。隣に座るリリーナ様を見た。
「マーリン……」
いろいろな感情が渦巻いて、それでも不安を押し殺している。出会ってまだ二日だけど、そんな顔はリリーナ様には似合わない。
というか、段々とこの状況にムカついてきた。
転生させてもらって、まだまだやりたいこともある。現実になった魔法だってもっと使いたいし、SF世界のことだって知りたい。
それを邪魔しようっていうのか?
「大丈夫ですよ、リリーナ様」
「マーリン、何を」
「俺が守ります」
そうだ。怪生物の破壊光線だって防いできたのだ。10や20の宇宙船からの攻撃など何するものぞ。
というか――、
「別に倒してしまってもかまわないんでしょう?」
本気だ。本気で魔法を使うぞ。気合を入れた途端に、俺の装備が一瞬で変化した。
手には紅い宝珠が付いた身の丈を超える竜杖、羽織るのは漆黒のローブ。これらは、MFOで愛用していた範囲殲滅特化装備だ。
立ち上がった俺の周囲を高まった魔力が巡り、ローブの裾がはためいている。
まずは防御だ。
「『聖なる』『光』よ! 『我らに』『加護』を『暖かなる』『守護』を! ディバインシールド!」
杖で床を軽く叩いた。そこから光が広がっていく。暖かく、陽だまりのような光が宇宙船を包み込み、敵の攻撃を防いでいる。
ディバインシールドにかかる負荷はかなり弱い。これなら何の問題もない。
「攻撃が、弾かれています! シールドに敵の攻撃が届いていません!」
「何が起こったんだ!」
「マーリン様……!」
「マーリン、これは、あなたが?」
「リリーナ様、魔法はまだこんなものじゃありませんよ」
さて、周囲を飛び回るうざったい敵をやってしまおう。視界の隅に映るマップには、20の赤点がしっかりと見えている。
SF世界よ! 刮目せよ、これが魔法だ!
「『天上の』『大いなる』『火』よ! 『深淵の』『母なる』『火』よ! 『集いて』『巡り』『我らの』『敵を』『焼き尽くせ』! オリジナルファイア!」
杖から放たれた白色の奔流が周囲へと広がっていく。外から見た者がいれば、それは恒星のようにも見えただろう。それほどまでの圧倒的な光の奔流だ。
魔法に触れた敵機は一瞬にして燃え上がり、残骸も燃えカスも残さずにこの世界から消失した。
マップに映る赤点がひとつ、またひとつと消えていく。最後の赤点が消えたと同時に、役目を終えた奔流も消えていった。
「どうですか? 魔法ってすごいでしょう?」
「マーリンあなた……、やりすぎよ」
ふにゃりと笑ったリリーナ様の笑顔は、魔法よりも破壊力があった。
「ああ、マーリン様」
一方リリーナ様以外のみんなは、胸の前で手を組んでうるんだ目で見つめてくる。瞳の色には崇拝だとか崇敬だとかが書いてありそうな感じだ。
「マーリンって本当に人間なの?」
「もちろんただの人間ですよ。検査でもそうでしたでしょう?」
「神様だったりしない?」
「神様はもっとすごいですよ」
俺は曖昧に笑った。
「まあいいわ、マーリンが何者でも助かったのは事実よね……。被害報告を」
「アンチフィールドジャマーにより一部保護機構が作動しましたが、機関各部問題ありません」
「敵の残存勢力は?」
「マーリン様のお力ですべて排除されました。周囲に反応はありません」
騎士団の人の報告を聞きながら考えていたんだけど、宇宙船を消滅させたら当然中の人もお亡くなりになるか、一緒に消滅したよね?
うわー、魔法を使ったときは意識してなかったけど、うわー、まじかー。何の覚悟もなく人の命を奪ってしまった。少し、いやかなり気分が悪い。
「警戒は必要ね。護衛艦が戻ってくるまで注意してちょうだい。マーリン? あなた、顔色が悪いわよ?」
「いえ、はは、少し考え事を」
「ちょっと、大丈夫なの? 魔法を使ったせい? マリー」
「マーリン様、部屋を移されますか?」
「いえ、大丈夫ですよ。……人に向けて魔法を撃ったことがあまりなかったもので、色々と考えてしまいました」
気分は悪いが、後悔はしていない。やるかやられるかという状況だったというのも分かっているし、分かっていても色々と考えてしまう。
「そういうことね。マーリンのおかげで私たちは生き残れたの、それは覚えておいて。それに、私たちを攻撃してきた宇宙船は、おそらく無人機ね」
「はい、お嬢様。違法なジャマーの使用と、捕虜になる可能性を考えれば無人機でしょう」
なあんだー、無人機かー、と素直に受け取れるほど単純ではないが、リリーナ様に気を使わせてしまうほどには俺の顔色は悪いようだ。
「カームマインド。ふぅ……。リリーナ様、ありがとうございます。もう大丈夫です」
魔法を使って精神を落ち着かせた。あんなに頭の中がぐるぐるしていたのに、今はすっきり。魔法ってスゲー! と無駄にテンションを上げてみる。
今はこれでいい。
必要以上に残酷になる必要はないけれど、向かってくる敵には対処が必要だ。そしてその度に落ち込んで、悩んで、魔法を使って元気になればいいんだ。
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