第七話 ゲームシステム能力

 周囲を警戒する俺たちの下へ護衛艦が超スピードでやってきた。


 アンチフィールドジャマーは空間に作用するため、通信の妨害も兼ねているらしく、護衛艦が異常に気付いたのは俺たちがハイパーレーンからはじき出された後だ。


 そこから急いでハイパーレーンを出て、超スピードで戻ってきたというわけ。


 そして、護衛が合流したら、さあハイパーレーンに乗って再出発!とはならない。通常動力航行でサイオンジ星系に向かいながらも、敵の目的とこちらのとれる対策について話し合われていた。


 しかし話し合いはすぐに暗礁に乗り上げる。というのも――、


「マーリン様が敵機を残らず消滅させてしまいましたので……」


 何も残っていないため手掛かりがゼロなのだ。


 おそらく無人機であろう宇宙船であったが、少しでも残骸があれば、そこから手掛かりは得られるものである。もちろん証拠隠滅はされているだろうが、それでも残滓やそもそもの証拠隠滅の方法というのも手掛かりになりえる。


 そしてもう一つの大きな問題は、再度アンチフィールドジャマーに狙われた場合、どうするかということだ。


 アンチフィールドジャマーは軍や騎士団でなければ利用できないが、軍や騎士団であれば無制限に利用できるというものでもない。しかるべき申請と審査があって、始めて利用できる。


 それが使われたということは、敵の規模、あるいは権力の大きさが伺える。安易に助けを求めても、それが味方だとは限らないということだ。


 現状、明確な対策はなし、という結論にいたったのは自然なことだ。


「けれど、マーリンがいれば、どうとでもなる気もするのよね」


「お嬢様のおっしゃる通りかと」


 ということで、最大限警戒しつつ臨機応変に状況へ対応する、という作戦――作戦なのかこれ?――が決定され、俺たちは再度ハイパーレーンへと戻った。


「といっても、もう襲撃はないでしょうね」


「何かあってもお守りしますよ」


「マーリン様がいらっしゃれば安心です」


 うんうん、とリリーナ様以外の人たちが同意を示している。


 うーむ。尊敬の眼差しがびしばしと体に突き刺さる。これまでも丁寧に接されてきたが、宇宙船を守ったことで一段上にあがったようだ。あまり畏まられ過ぎると、元小市民としては気が休まらない。ほどほどが一番である。


 襲撃は退けたが、厄介ごとはまだ終わってはいなかった。俺は視界の隅に映る赤点を見ながら、リリーナ様へとウィスパー(個人チャット)を送った。


『リリーナ様、聞こえますか?』


『!? これは、マーリンなの!?』


 驚きの反応が返ってくるが、実際のリリーナ様は実に平然としたすまし顔のままだ。すごい。


『そうです。できればこのまま反応せずに聞いてください』


『わかったわ、何か理由があるのね』


『ええ。私には周囲に敵がいるのかわかる魔法があるのですが、戻ってきた護衛艦の中に、敵の反応があります』


『それは……』


『いえ、人ではありません。ゴーレム、こちらでいうところの小型の無人機とでも言うのでしょうか。そういったものが紛れ込んでいるようです』


 リリーナ様へこっそり報告した理由がこれだ。


 俺がこちらの世界にくる際に願ったことは、マーリンの能力を引き継ぐことだったわけだが、ゲームシステムの一部もその能力に含まれていたようだ。


 マップと敵の識別もその能力だな。


 もともとはゲームシステムとしてのマップ表示と、敵の表示だったんだと思う。あのオンラインゲームでありがちなやつ。


 気付いたきっかけは、本気で魔法を使うと決めた時の装備セット切り替えだ。これはゲームシステムにあった機能で、あらかじめ設定しておいた装備セットがインベントリにあれば、瞬時に装備を変更できるというもの。


 気付いてしまえば慣れたもので、マップを確認することも、装備をインベントリにしまうことも、ウィスパー(個人チャット)を送ることも自然とできた。


『小型の無人機……、偵察、監視、破壊工作、色々考えられるけれど、情報が足りないわね』


『実物を見てみますか?』


『そんなことができるの? ああ、魔法に対しては無駄な質問だったわね。そういうことならマリーとセレナにもこの通信を繋げられる?』


『この通信は問題なく繋げられると思います。混乱されると思うので、リリーナ様からお二人に説明をお願いします。……はい、どうぞ』


 チャット機能も問題なく使えている。ウィスパー(個人チャット)にグループチャット(特定人物だけのチャット)、ワールドチャット(国全体へのチャット)も使える気がするがこれはちょっと危険な香りがする。


『理解できました。それならセレナが役立てると思います』


『はい。基本的な無人機であれば、どのような用途かわかります。特殊なものでも、おおよその推測であれば可能かと』


『マーリン、やってもらえる?』


『わかりました。偵察用の召喚魔法で無人機を撮影します。おそらく、皆さんの脳裏に映像が浮かんでくると思うので、驚かないようにお願いします』


 こっそりと魔法を発動し、件の無人機の傍にフローティングアイを召喚した。


 フローティングアイはその名の通り、空を飛ぶ目玉のような姿をしている。また、上位のフローティングアイであれば、透明になったり透視できたりと偵察としての能力がかなり高い。


 ただ、フローティングアイによる偵察は魔法障壁によって簡単に防がれてしまう。対抗手段がはっきりとしているわけだな。


 まあここはMFOの世界ではないので、のぞき放題だろう。……変なことには使わないよ?


『映像を映します』


『はい。まあっ……、とても不思議な感覚です。』


 フローティングアイを通して得られた映像には、ボディからケーブルを伸ばす無人機の姿が映っている。大きさは20cm四方くらいで、自立移動はできないっぽいが、確信は持てない。ケーブルの先端は何かのコンソールにつながっている。


『これは、通信を傍受するタイプの無人機のようです。発信のみで受信は無し、与えられた指令を実行するものです』


『あら、それなら今がチャンスということね』


『はい。ハイパーレーン内なら通信が漏れることはありません。マーリン様、この無人機を無傷で回収する魔法はありませんか?』


『回収はできると思います。ただ、繋がっているケーブルは、どこかで切断されてしまうかもしれませんね』


『その程度であれば問題ありません。できるだけコンソール側で切断していただいて、残りは搭乗員に回収してもらいましょう』


『そういうことであれば、私の亜空間に回収しておきましょう』


 ぱぱっと神秘魔法で回収した。使ったのはアポートという引き寄せの魔法。視線の先の物体を引き寄せる魔法で、本来なら手元に出現するまでがセットであるが、途中で魔法を保留することで物体を亜空間に保持できる。


 こういう魔法の使い方は一般的で、例えば火の玉を敵に向けて射出するファイアーボールの魔法では、周囲に火の玉を浮かべておいて、隙を見て撃つ、とかができる。


 この魔法の使い方を、マジックディレイ、あるいは単にディレイと呼ばれる。ディレイできる魔法は一度にひとつだけだが、ディレイ中にも他の魔法は問題なく使える。このディレイの駆け引きが魔法戦の醍醐味の一つでもあるんだ。


『ずいぶん簡単に回収したわね』


『さすがはマーリン様です』


『回収した無人機は、公爵家に到着してから解析いたしましょう』


 リリーナ様は呆れて、マリーさんはなんか拝みそうで、セレナさんは冷静だった。


 残りのケーブルはリリーナ様の一声で回収されて、通信を遮断する効果もあるというでかい箱にぽつんと入れられた。念のためというやつだ。


 なんやかんやで対処をしつつ、俺たち一行はハイパーレーンの出口へとたどり着いた。


「周囲には敵はいませんね」


「ハイパーレーンの出入口は、帝国でも特に重要な拠点だからね。ここを守るのは皇帝直属の騎士団よ。騒ぎを起こそうものなら……、ね」


 おおう。リリーナ様の笑顔が黒い黒い。


 だが、たしかに言われてみればハイパーレーンというのは交通の超々要衝である。必然的に罰則が厳しくなるのも当然か。


「カミヤまでは10分ほどで到着いたします」


「無事にたどり着けたわね」


「マーリン様のおかげですね」


「いえいえ。私も皆さんにお世話になっていますからね。右も左もわからない世界なので、助けられた度合いで言えば、私の方が助かっていますよ」


「ふふっ、魔法でも戸籍はどうにもならないのかしら」


「そういうことです。戸籍の無い無職の魔法使いにはなりたくありません」


「あら。それなら私が雇ってあげましょうか」


「ぜひとお願いしたいところですが、契約を確認してからですね」


「しっかりしているのね。悪くないわ」


 やったぜ。職をゲットできそうだ。

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