第八話 突撃、公爵様の寝室!
サイオンジ星系の居住惑星であるカミヤワンは、青と緑が輝く地球のような星だった。まあそうでなければ居住できないんだけど。
ターブラもそうだったが、居住惑星には随分と緑が多い。おそらく地球よりもずっと多い。
聞いてみれば、大地信仰や母星信仰とも呼ぶべきものがあり、居住惑星の自然はできるだけ保全するようにしているのだという。
経済的にも生物多様性を維持することは利点があるし、自然素材をブランド化することもできる。
資源惑星から資源を収集できるなら、という前提ではあるが、居住惑星の自然を保護する政策は理にかなっていそうだ。
重力制御航行で大気圏に突入し、サイオンジ家の宇宙港へ入港した。
「出迎えご苦労」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
着陸した宇宙船から傍に停まった車までレッドカーペットの道が敷かれ、リリーナ様が颯爽と歩いていく。
一方の俺は、見るからに高級そうなレッドカーペットにビビっていた。セレナさんの誘導がなければ危なかったぜ。気付いたらリリーナ様と一緒に車に乗っていた。
「マーリンには父に会ってもらいたいの」
「公爵様にですか?」
「理由は会ったときに話すわ」
家の長たる公爵様に会うことは当然の流れだと思うが、随分と性急というか焦っているというか、そんな雰囲気を感じる。理由とやらがすごく気になる。まあ後で話してくれるというのだから、今は素直に待っておこう。
宇宙港は公爵家のすぐ傍にあったようで、数分で公爵邸へ到着した。
というか、宇宙港を含めて、この辺り一帯の土地すべてが公爵家のものだった。地球の感覚で言うと、小国ひとつが公爵家の土地ってイメージだ。さすが星間国家はスケールがでかい。
そして邸宅もでかい。東〇ドーム何個分だ?
さて家に着いたら一休み、ということもなく、即座に公爵様へと面会に行くことになった。
うーむ、これはかなりの厄介ごとのようだ。
もうすぐ夕食の時間なので、ただ顔を見せるだけならその場でもいいだろう。公爵様も暇ではないのだから、夕食の時間を有効活用しましょうということだな。
それすらも待てない事情ってなんだろうか? 考えても思いつかない。
「ここよ」
「私どもは部屋の外で待機しております」
飴色の大きな扉の前でリリーナ様が立ち止まった。ずいぶん奥にある部屋で、公爵家のプライベートルームだろうか。
マリーさんとセレナさんはここで待機で、俺とリリーナ様だけが部屋へと入る。
クリーム色の壁紙に、落ち着いた色の家具が並んでいて、壁際には大きな天蓋付きベッドが置かれている。つまり寝室だ。
ベッドの上には20代に見える青年が横になっている。頬はこけ、肌艶は失われ、何らかの不調を抱えていることは一目見て明らかだった。
「やあ、あなたがマーリン殿だな。こんな状態で失礼するよ」
「お父様!」
お父様! いやリリーナ様の兄くらいにしか見えないが。若作り技術とか長寿命技術とかか? 科学ってスゲー!
「こらこらリリー。挨拶がまだじゃないか」
ベッドサイドへと一目散にかけていったリリーナ様を公爵様が窘めているが、内心では嬉しいのだろう、声には甘さが多分に含まれている。
「お父様、マーリンならきっと治せるわ。だって魔法が使えるのよ!」
「あまり無理を言っちゃダメだよ。まだ事情だって話していないのだろう?」
「リリーナ様、ご紹介いただけますか?」
「そうだったわ。マーリン、私のお父様よ。お父様、この人がマーリン。魔法が使えるのよ」
「閣下、マーリンと申します。お会いできて光栄です」
「ああ、私はアクリティオ・サイオンジ。アクリティオと呼んでくれ。マーリン殿はマーガリン魔法大国の宗主をなされていたと聞いている。世界は異なるが、どうか気楽に接してほしい」
「お気遣いありがとうございます、アクリティオ様」
「挨拶はこれでいいでしょ! マーリン、お父様を治して欲しいの!」
これは困った。アクリティオ様は病気か何かなんだろう。で、公爵家ともなれば受けられる医療も最上級であろうにもかかわらず今の状況だとすれば、科学的な治療では治らなかったということだ。
では魔法的な治療ではどうか。確かにMFOの魔法には病気を治す魔法というものがあった。ただしこれは、"魔法によって罹患した病気"を治す魔法なのだ。
ゲームとしてのMFOでは、プレイヤーが自然と病気にかかることなんてことはなかった。なので、それを治す魔法もなかった。
「そんな……。お父様は治らないの?」
「こちらの世界でどう作用するか確かめていないので、明言はできませんが、私の感覚としては魔法的な病気にしか効果がなさそうです」
「ふむ、そうか」
「ですが、一度アクリティオ様のお体がどうなっているのか、魔法的に診断してみたいと思います。もちろん許可がいただければですが」
「そうだな。やってくれるか」
「わかりました。この魔法は対象の情報を開示するというものです。まずは私で試してみましょう。オープンステータス!」
「ほう!」
MFOではステータスを見るのにも魔法が必要だった。一般に、ステータス魔法と呼ばれ、簡単なものから高度なものまで種類がある。そしてその種類によって見ることのできるステータスの詳細が異なる。
すぐに覚えることのできる簡単な魔法では、名前・HP・MP・付与効果がわかる。もう少し高度になれば、力の強さや素早さなどといった一般的なステータスが確認できるようになり、さらに高度になれば、どの程度の魔法が使えるかや弱点なども確認できる。
今はそういった詳細なステータスが必要なわけではないから、最も簡単なものでいいだろう。
魔法によって開示された俺のステータスがこれだ。
―――――――――――――――
名前:マーリン・マーガリン
HP:9,999/9,999 (現在値/最大値)
MP:99,994/99,999 (現在値/最大値)
付与効果:なし
不便のないように、MPを増やしておいたよ。
あっ、このコメントはマーリンにしか見えないから、
リリーナやアクリティオには内緒にしておくといい。
by神
―――――――――――――――
ふぁ!? 神様ー! 何してんですかー!
MFOでの能力値の限界は9,999だった。それなのにMPだけ10倍になっちゃった。あとHPも限界まで増えてるね。バフなしだと5,000くらいだったはずなのにおかしいね。
というか、神様今見てるの? それとも未来予知的な何かなの? 神様ってスゲー!
「魔法とは不思議なものだな。この数字には何の意味があるのだ?」
「HPというのは、言わば体力のようなものです。MPは魔法を使うためのエネルギーの総量を表しています」
「ほうほう、実に興味深い……」
「お父様! そんなことよりもお父様の病気です! マーリン、やってちょうだい!」
「わかりました、わかりましたから落ち着いてくださいリリーナ様。アクリティオ様、よろしいですか?」
「やってくれ」
「では、オープンステータス!」
―――――――――――――――
名前:アクリティオ・サイオンジ
HP:310/1,029 (現在値/最大値)
MP:50/50 (現在値/最大値)
付与効果:ウィークバイタリティ(残り効果時間:■■秒)
―――――――――――――――
「これが私のステータスか」
「付与効果の項目に、何かありますわ!」
「これは、似た魔法に覚えがあります」
"ウィークバイタリティ"、同名の魔法を知っている。強化魔法に分類されるデバフ魔法のひとつで、対象の最大HPを低下させる効果がある。
基本の効果時間は10秒で、抵抗されると減少する。効果が切れた後も現在HPは回復しないため、一種の攻撃魔法としても使える。ただし、現在HPが低下しているところへ使っても、最大HPを低下させるだけの効果しかないため、有用な場面は限定的な魔法だ。
さて、アクリティオ様にかけられているウィークバイタリティであるが、俺が知っている魔法と同じだとすると、妙な部分が二つある。
一つ目は効果時間。この部屋に来てから、優に10秒は経過しているというのに、デバフがかかったままである。もちろん、新たにアクリティオ様にかけられたというのなら、俺が気付く。
二つ目は効果。なんと、HPの最大値がさらに減少していっている。ステータスを開示した直後は、1,029だった最大HPが、今は1,028になっている。たまたま下がる瞬間を確認できたようで、それからは下がっていないが、明らかにおかしい。
「違う魔法なのか、この世界特有の現象なのかわかりませんが、魔法的な効果なのは確かです」
どちらにせよ、魔法的なデバフであるということは感じられる。
「つまり、私は魔法的な攻撃を受けていたことになるかね」
「明確な意思があったかはわかりません」
「魔法なのでしたら、治りますわよね! マーリン、どうなの!」
「ええ。魔法の効果を打ち消す魔法があります。ほとんどの場合、それでことたりるでしょう」
「うむ。もとより治る見込みがなかったのだ、やってくれるか」
「わかりました。ディスペルマジック!」
白い光がアクリティオ様の体に降りかかり、俺の目にはデバフが消える様子がはっきりと見えた。
ステータスの付与効果の項目にあったウィークバイタリティは消え去り、最大HPも元に戻ったようだ。今のアクリティオ様のステータスはこれだ。
―――――――――――――――
名前:アクリティオ・サイオンジ
HP:310/4,512 (現在値/最大値)
MP:50/50 (現在値/最大値)
付与効果:なし
―――――――――――――――
なかなかの最大HPだ。体調不良を感じてから一か月ほどだというから、この最大HPの高さがなければ、かなり危なかっただろう。
「マーリン! お父様は治ったのね!」
「ひとまず魔法は打ち消せましたよ。あとはゆっくり休めば回復するはずです」
「お父様、よかった! 私、心配で……」
「驚くほど楽になったよ。ほらリリー、おいで」
感動の親子の時間というやつだな。アクリティオ様には目だけで挨拶して部屋をでる。
ふっ、マーリンはクールに去るぜ。
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