第二十八話 三席の任意同行

「それで、マスターのことは何とお呼びすれば良いのかしら?」


 召喚した風の大精霊であるシルフが、女性の姿に変装した俺に問いかけた。


 妖精以上の召喚体はしっかりとした自我を持ち、大精霊ともなると言語も普通に使える。もっとも、使える言語は術者次第ではあるが。


「そうですね。マーリン……、マー、リン。リンにしましょう。リンと呼んでください」


「わかりましたわ、リン様」


 安直だって? 仕様がないだろ。ちなみにシルフは、自分で自分の名前を付けた。名前はフィーネだ。


 俺が付けるとしたら……、ルフとか? まあいい。


 アクリティオ様が別に用意した部屋には、俺とフィーネの2人だけだ。アクリティオ様へはグループチャットで情報共有する。


『マーリン殿。リンという名前は、マーリンから連想しやすい。別の名前にしてくれ』


『……はい』


『仕様がないマスターですわね。マスターの名前はシャロンにしますわ』


『うむ。それならばいいだろう』


 どうも、リン改めシャロンです。リン……、短い間だったな。


 さて、気を取り直して三席の拉致、もとい任意同行を進めていこう。


 今の三席は、何者かによる洗脳状態にある。まずはこれを解除し、すぐさま俺の魔法によってもう一度洗脳をする。言葉にするとめちゃくちゃだな。幸いにして後遺症はないようだし、敵対したのはそちら側だから許してほしい。


「三席を連れてきますので、フィーネは風の防壁を張ってください」


「わかりましたわ」


 風の防壁は遠距離攻撃を防ぐシールドのようなものだ。副次効果として防壁をかけられた対象が視認しづらくなる効果もある。変装したからといって、馬鹿正直に姿をさらす必要もない。


「アイちゃんは残って監視をしていてください。キャンセル マジック、チェンジ オブ マインド、ショートテレポート!」


「なんだ! ここは一体!?」


「落ち着いてください。私たちは神の使徒です」


「使徒様!? し、失礼いたしました!」


 ここで、俺たちの設定について説明しておこう。


 いくら俺の容姿をごまかしたとしても、このタイミングで接触したとなれば、サイオンジ家の関係者であることは容易に想像できるだろう。


 そこで神の使徒だ。


 エル・サーレ教では神の使いとして、使徒という存在を設定している。姿形もしっかりと設定されており、今の俺とフィーネの姿はその設定に則ったものだ。


 すなわち、金の髪、白い服と白い羽、そして天使の輪っかだ。風の防壁で視認しづらくなっているが、それが逆に神秘性を増している。


 あとは部屋をシールドで覆って発光させ、神秘的な場所を演出。三席の反応を見れば、演出の効果は上々といった感じだ。


「ここに呼ばれた理由はわかりますね?」


「そ、それは……」


 まずはジャブだ。圧倒的格上の存在から、わかりますね?、なんて言われたら、わかります!以外言えることはないだろう。


 人間生きていればやましいことの1つや2つはあるもので、ましてや三席は他国への影響力工作をしていたのだ。きっと脳内では色々な考えがぐるぐると渦巻いてまともな思考ができていないだろう。


 こうして冷静さを奪えば、多少俺が変なことをしても気付けないはずだ。


「おお、おおおっ! やはりっ、やはり私がお役目を果たせなかったことをお怒りなのですね! 聖なる母星に蔓延る害虫どもを排除できなかった私のなんと無力なことか! かくなる上はこの身を犠牲にしてでも害虫を排除しようとやってきましたが、それでは十分ではなかった! 害虫は根絶やしにしなければならない!」


 えっ、こわっ……。


 何? 何これ? えっ、ちょっと誰か説明して?


「まずはすぐにでも害虫どもをまとめる男を排除してご覧に入れましょう! 体内に聖なる火を宿した者が待機しております! この火を開放すれば、交易ステーションを必ずや破壊できます! もちろんその後は害虫どもの策略であるとして、聖なる母星を奪還するために聖騎士たちがやってきます!」


 うわぁ……。完全に目が逝っちゃってるし、話している内容が物騒過ぎるし、めちゃくちゃ怖い。これが狂信者ってやつかぁ……。


「まったく、偽りの信託に従うとは、神はお怒りですわ」


「え?」


 俺が三席の勢いにびびってる間に、フィーネが会話を試みていた。


「神はそんなことを望んではいないと言っているのですわ。それを望んでいるのは、偽りの信託であなた方を操っている者ですわ」


「な、ななな……、なんと!?」


 うっわ……。逝っちゃってた目が、今度は憤怒に染まっている。あと顔色が真っ赤だよ。


「あなたは利用されたのですわ。だから私たちが来ることになったのです。神はあなたたちの行いに、ひどく失望しておりますのよ」


「……」


 おおっと、今度は衝撃的な言葉に白目をむいて気絶しかかっているぞ。興奮したり怒ったり気絶したり忙しい男だな。


『ちょっとマスター。私だけにやらせないで、少しは働いてくださいまし』


『すみません。あまりにもすごい勢いだったものだから、少し困惑してしまいました』


『見てわかると思いますが、穏便な解決は望めませんわ。ここまできたら宗教を乗っ取るしかありません。新たな教義に塗り替えるのですわ』


『そんなことできますか?』


『やらなければずっと干渉され続けますわよ』


『それは、嫌ですね……』


『別に広域魔法で殲滅するでもなし、教義が変わって困るのは、今まで好き勝手してきた誰かさんだけですわ』


『そうですね。暴力的な教義が平和なものになるんですから、良いことのはずです。やっちゃいましょう』


『この人間の記憶を覗いた情報を共有しておきますわ』


 さらっと三席の記憶を覗いていたフィーネ。容赦ないな。


 何々、あーこいつがリリーナ様の説明にあった"元人間"の存在ってやつか。脳を摘出して存在を維持しようとしてたんだけど限界がきて、少しずつ機械に置き換えて、そのうちにすべてが機械になってしまったんだな。テセウスの船っぽい。


 "元人間"の統治方法というのは、すべてを管理する管理社会だ。そのリソースを確保するために機械の脳は拡張を続け、それを維持するために大量のエネルギーが必要になったと。


 というか、すでに管理社会は機械の脳の処理限界を超えていて、一刻も早くエネルギーが必要になっている。これがサイオンジ星系を狙って強硬策に出た理由か。


『ついでにその脳を破壊すれば、エネルギー問題も解決ですわね』


 やっぱ容赦ないな。


 破壊とまではいかなくとも、無茶な拡張とすべてを管理しようとしなければ、サイオンジ星系を狙う理由はなくなる。狙いとしては悪くないな。


『あとはどう実行するかですが』


『そんなもの、マスターが大司教全員とついでに機械の脳にも洗脳魔法をかければ解決ですわ。一度教義が変わってしまえば、魔法が解けてもどうすることもできませんわ』


『うーん、洗脳魔法はあまり多用したくないんですよね』


『洗脳だと思うからですわ。性格は変わらないのですから、敵意が消える友愛魔法とでも思ってくださいまし』


 一理あるな。それに友愛魔法の方が耳触りが良い。これからは友愛魔法と呼ぼう。


 俺とフィーネが相談している間に、三席が意識を取り戻した。


「はっ! 使徒様、大変失礼いたしました!」


 また激昂したり気絶されたりしてはたまらないので、三席にカームマインドをかけておく。これで冷静な会話ができるといいな。


「落ち着いてください。あなたには、歪んだ教義を正すという大切な役目を任せます」


「そのようなお役目を任せていただけるとは! この命に替えてでも果たしてみせます!」


「そのような言いようはおやめなさい。神はすべての命を慈しんでいますわ」


「なんと慈悲深い!」


 カームマインドが効いていてもこの様子。つまりこれで冷静な状態だということだ。怖すぎるでしょ。


 この調子で会話を続けていると精神にダメージを受けそうなので、早く終わらせてしまいたい。


 大司教たちをまとめて洗脳――、じゃなかった、友愛魔法で仲良くなって、暴力的な教義を改めさせる。"元人間"の拡張をやめさせる。やることは明確だから、さっさと終わらせよう。

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