第二十一話 系外文明の魔法陣
おおまかな情報を確認した後、2人目の副官も洗脳魔法で仲間にした。
そちらには、サーレ神聖帝国の情報を文書にすることを命じてある。特に、系外文明の品についての情報だ。
「誰でも信仰に目覚める"神の瞳"に、代償となる"神の涙"か」
オランティス様に洗脳魔法をかけたのは、サーレ神聖王国が持つ系外文明の品だった。副官たちは頑なに神の品だと言い張っているけど。
状況的には、神の瞳というものが魔法陣を組み込んだ品で、神の涙は魔法陣を起動するための魔石だろう。魔力を扱えないこの世界の人では、使い捨ての魔石を使わなければ魔法陣を起動できないからな。
「それで、それらの品はどこにあるのだ?」
「我々が搭乗してきた旗艦に乗せて、カミヤワンの宇宙港に持ってきています」
「ふむ。確保しておくべきだな。アクリ、あとで……、いや、今すぐ確保に向かう」
「まあ待て。この2人がサーレの者だったのだ、他にも仲間がいるかもしれない」
まだ俺のマップ能力のことはオランティス様に伝えていない。だからアクリティオ様も可能性を示す程度にとどめている。
「マーリン、ハイパーレーンでの襲撃の後、無人機を回収したあの魔法あったでしょ」
オランティス様たちがいつ回収にいくのか話し合う横で、リリーナ様がこっそり話しかけてきた。
「ええ、アポートの魔法ですね」
「それで神の瞳とやらを回収できないかしら?」
「魔法的な防護がされているとは思えませんし、おそらく可能でしょう」
「それじゃあこっそり回収しちゃって」
「わかりました。それらしい物を回収してしまいましょう」
神の瞳のことはわからないが、神の涙はおそらく魔石だと思われる。それならここからでも大体の位置は調べられる。
あとは無人機を回収したときのように、フローティングアイを召喚して、目視確認しながらそれらしい物を回収すればいい。
「回収できました。あとで確認しましょう」
「そう。やっぱり魔法はすごいわね」
「このアポートの使い方は、召喚魔法を鍛えていけばできるようになりますよ」
「召喚魔法を選んだのは間違いなかったようね。アリスもかわいいし」
確かにたれ耳ウサギ型の小妖精であるアリスはかわいい。でも慣れてくると、フローティングアイもかわいいんですよ? ふわふわと浮きながらちょこちょこと動く様子は愛嬌があるし、体――ほとんどが目だが――を目いっぱい使った感情表現とか。目を目いっぱい……、ふふっ。
まあそれは置いておいて、神の瞳っぽいものを回収したと、グループチャットでアクリティオ様に伝えた。あれだけ感情を抑える術をもったアクリティオ様が、ジトっとした目をしている!
「あー、オラン。ひとまず公爵邸へ行こう。副官はこちらで預かっておく」
「そうだな。話をするにも落ち着いた場所がいいか。こいつたちはまかせた。俺がつれてきた者は味方かわからないからな」
副官はカミヤワンの騎士団で取り調べの続きをする。ここの騎士団はちゃんと味方だ。
洗脳魔法にかかっているとはいえ、本来は敵の副官の前ではできない話もある。その辺りをオランティス様に説明するために公爵邸へ移動するのだな。
公爵邸への移動の最中、すでに神の瞳らしきものを回収したと伝えると、オランティス様の目が目いっぱい開かれた。目が目いっぱい、あ、もういいですか。
「なんと! そんなこともできるのか!」
そんなこともできるんです。そう、魔法ならね。
騎士団に伝わる俺の情報とは、なんらかの超技術によって襲撃を退けた身元不明の不審者、といった感じだ。報告には魔法という言葉は入っていない。
やったことは明確だが、どうやってそれを引き起こしたかと問われても、説明しようがない。魔力が云々とか、神言が云々とか説明しても報告書としての信頼性に疑問がでてしまう。なのでそれらを丸っと超技術の結果とした。
したがって、俺の超技術――魔法――で何ができるのかということは、かなり曖昧な状態だ。それを確認するのも、オランティス様がきた表の理由の一つなんだろう。
「技術的なことはわからんが、有用性は考えるべくもないな」
「有効なだけ防ぐ方法も確立されているのですが、ここに来てからは見かけたことはないですね」
「ふむ。技術体系が全く異なるということか。現場は困るが、研究者が喜びそうなものだ」
脳裏に浮かぶのは狂喜乱舞するカエデの姿だ。全く知られていない技術で、それが異なる世界の魔法となればな。
「アクリティオ様に紹介されたカエデ・ミナミデさんもすごい喜びようでした」
「ぬう。カエデだと」
「オランティス様もご存じなんですか?」
「ああ、マーリン殿。オランとカエデは同期みたいなものなんだよ。ターブラでの基礎教育課程へ行く前に、ここカミヤワンで一緒に教育を受けていたんだ」
俺の疑問に答えたのは、顔をしかめたオランティス様ではなく、苦笑を浮かべたアクリティオ様だった。
「あやつは今も変わっておらんのか」
「姿も言動もいつもの通り。だからマーリン殿へと紹介したのだ」
聞けば、カエデは昔から研究者気質で、何か気になることがあれば徹底的に調べないと気が済まなかったんだとか。
幼い姿も相まって、子供のなぜなぜ期のようなものだ。ただ、質問の内容が本職の研究者も裸足で逃げ出すようなものばかりだったので、一部では恐れられていた。
「一日として大人しくしていた日などない。マーリン殿の技術を目にしたことを考えれば、今隣にいないのが不思議なくらいだ」
斜め方向へのカエデの信頼感が半端ないな。
おそらく、カエデに魔法を教えたことが良かったのだ。自分の感覚と科学的知見のすり合わせが終わるまでは、俺に付きまとう暇はないだろう。
というか、それよりもずっと気になるのが、カエデとオランティス様が同期という点だ。アクリティオ様が42歳で、オランティス様は当然それより年上で、そうなるとカエデの年齢は少なくとも40歳は超えていることになる。
まじで? あの容姿で? 魔法よりもよっぽど不思議だろ!
20代にしか見えないアクリティオ様もそうだが、遺伝子操作の結果だとしたらすごすぎるな。なお、10代後半にしか見えない俺の容姿については、神様製なので考慮しないものとする。
そうこうしているうちに公爵邸へと到着した。
「マーリン君! 何かあやしいものを回収したって聞いたよ!」
なぜかカエデが玄関ホールにいた。
「私が呼んだわ」
リリーナ様が胸を張っている。
「お父様は伯父様に話があるから、その間私たちは神の瞳とやらを調べておきましょう」
「わかりました。アクリティオ様、よろしいですか?」
「ああ。そちらはマーリン殿にお任せする」
「うむ。私はアクリと話があるからな」
「オラン君には後で話を聞きに行くからね! 洗脳されている間どういう感覚だったのか、すっごく気になるよ!」
残念ながら、オランティス様に逃げ場はなかったようだ。
苦虫を嚙み潰したような顔のオランティス様を残して、俺たちは別室へと移動した。
「さて、始めましょうか」
今回主に作業するのは俺の役割だ。俺にしかできないとも言う。助手にはカエデがつく。
魔法研究所のメンバーは全員集合して、オブザーバーという名の見学だ。少しでも意見があれば、その場、後で問わずに収集する。
「瞳という感じではないわね。どういうセンスなのかしら」
リリーナ様の言う通り、取り出した神の瞳の見た目は、鏡の付いた卓上用の鏡台だ。台の部分はただの木製で、魔法の効果をもつのは鏡の部分だろう。
鏡の大きさは、長軸60センチ、短軸30センチほどの楕円形。歪みはそれなりにあるが使えないほどではない。
「工業製品じゃないね。手作りなのかな? 魔法が工業に与える影響も気になるね!」
鏡台の方は丸っとカエデ行き。後で存分に調べてもらおう。
「それでは鏡に取り掛かります。ここが魔法陣のキモですね」
「ふむふむ。魔力は感じられないね」
「常時発動型ではない魔法陣はほとんど魔力を含みません」
魔法陣は、魔力の導体となる特殊インクで描かれるのが一般的だ。魔力との親和性は高いが、それ自体は魔力を持たない。
「それだと魔力を感知できても、魔法陣の場所はわからないってこと?」
「何もしなければそうです。ですが、魔力との親和性が高いということは、少しの魔力でも反応するということです。一般的には、周囲に薄く魔力を広げることで、魔法陣の反応を探ることができます」
これはソナーをイメージしてもらえればいいだろう。少しの魔力でも反応するので、意外とわかりやすい。実際にやってみせると、全員がなんらかの反応を感知できたようだ。
「へー、こんな感じでわかるんだね」
「探知を防ぐ方法もあります。例えば、魔力を通さない物で覆う、魔力を打ち消すなどですね」
「考え方自体は科学的にもわかるけど、魔力的にどうやるかさっぱり見当もつかないね!」
「高等技術ですからね」
魔力的なステルスというのは実際すごく難しい。小さな魔法陣を隠すにも、屋敷ひとつ分くらいの設備が必要になったりする。はっきり言ってコストに見合わない。
「魔法陣の場所がわかったので、分解していきましょう。これにはトラップはないようです」
「中身を知られるのを防ぐためのトラップかな? そういう考えはどこも同じなんだね」
「今回は楽ができますね。鏡を枠から外します。魔法陣は木枠に描かれているこれです」
「うわぁ、思ったよりも複雑な形だ。これって手書き?」
「おそらく手書きでしょう。私の知識と照らし合わせると、これはチェンジ オブ マインドの魔法陣とみて間違いなさそうです」
パッと見では洗脳魔法の魔法陣で間違いなさそうである。
神言がある程度の幅を持って魔法としての効果を発揮するのと同じように、魔法陣にもある程度の幅がある。
したがって、同じ魔法であっても、形や文様が異なることもある。
魔法陣から受ける印象は、やや洗練さに欠ける習作といった感じだ。トラップが付いていないことからも、その印象が強い。
「洗脳魔法が量産されたらたまったものじゃないわね」
リリーナ様の懸念は俺の世界では問題にならなかった。なんせ効果時間が10秒とかそこらだったからだ。魔法防御力が高ければもっと短くなる。
しかも、洗脳したからといって何でも命令できるというわけでもなく、対象の精神性によるところが大きい。
総じて、一見有用そうに見えて使いづらい、というのが洗脳魔法の評価だった。
「特定の人にしか解除できない認証を突破される懸念もあります。解除する瞬間だけ味方であればいいわけですから」
「契約の場でも使われたくないわね。科学では魔法の有無を検知できないし」
なるほどと思った。
ゲームではなく、実社会だとそういう使い方もあるのだな。
「魔法陣を量産できるかは気になるところだね。他にもいっぱい気になるところがあるから、マーリン君、よろしくね」
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23/08/29 軽微な修正
7段落目 「搭乗してきた宇宙船」 ⇒ 「搭乗してきた旗艦」
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