第二十話 洗脳魔法
『洗脳だと!?』
尋常でないステータスに、アクリティオ様が思わず声を上げた。それでもグループチャット内だけで収めているのだから、大した精神力だ。
効果は高いが、持続時間の短いタイプのデバフ魔法であったのだが、魔法抵抗力がゼロのこの世界では、とんでもなく厄介な魔法になっている。
『ここでも魔法抵抗力の弊害か。マーリン殿からいただいた魔法防御の指輪で解除できると思うか?』
以前アクリティオ様に渡しておいた、【魔法防御力 +200】の効果が付与された指輪を、この機会にオランティス様へ渡す予定だった。
基本的に魔法というのは、発動した時点でのステータスを基準として効果が決まる。後から威力が変わるとなると、発動時は効果時間や範囲を増やす装備にしておいて、発動後に威力重視の装備に変える、なんてことができてしまう。
バフ・デバフ魔法も同様で、あとから魔法防御力を上げたからと言って、効果量や残り時間が変化したりはしない。
唯一の例外は、継続的にMPを消費するタイプの魔法で、これは常に発動状態にあるのでステータスが変わった時点で効果も変化する。
『ダメか。それなら私にしたように解除魔法でなら、オランの洗脳を解除できるか?』
『お父様、落ち着いて。副官の2人も敵の反応なのよ? 洗脳を解除することで、むしろ伯父様が危険な状態になる可能性もあるわ。マーリン、副官は洗脳されていないの?』
副官2人の付与効果の項目には、特に何もなかった。自分の意思で敵対しているのだろう。
『そう、洗脳されていないのね。伯父様の洗脳を解くとなると、2人が邪魔になるわね……。マーリン、洗脳魔法による後遺症などはある?』
『後遺症は聞いたことがありません。しかしそれは、魔法防御力がゼロでない、私がいた世界でのことです。アクリティオ様の例もありますし、思わぬ効果があるかもしれません』
チェンジ オブ マインドの魔法は、対象を一定時間だけ術者の味方ユニットにするという効果を持つ。その際に、記憶を書き換えるだとか、記憶を消すだとか、そういう効果は一切ない。
しかしこの世界でもそうとは限らない。アクリティオ様にかかっていたウィーク バイタリティという例もあるので油断は一切できない。
『このままオランを放置するという選択肢はない。問題はどうやって洗脳魔法を解除するかだが』
『その前に副官の所属を確認してもらえますか? クレイトス帝国ではない国名になっていて、サーレ神聖王国とあります』
『むっ、あそこか……』
時間もあまりないので概要だけ教えてもらったところによると、サーレ神聖王国は、クレイトス帝国のお隣さんで宗教国家である。国の規模はクレイトス帝国の4分の1以下。
国教はエル・サーレ教といって、改造なしに人類が居住可能な惑星は神の恩寵であり、神の信託を受けたサーレ神聖王国がそのすべてを管理してこそ人類は幸福になれるという教義をもつ。
アクリティオ様が渋い顔になるのも納得な教義だ。
クレイトス帝国には改造なしに居住可能な惑星が2つあり、サーレ神聖王国に近いのが、ここカミヤワンである。
『能力はわかりませんが、ここを狙う意思はあってもおかしくはないということですね』
これで敵の姿がはっきりした。まさか相手も、ステータス魔法一発で所属がバレるとは思っていないだろう。
あとはアクリティオ様が言ったように、どうやって洗脳魔法を解除するかだ。
『副官を排除するような魔法はないのかしら?』
『排除といっても生きたままですよね?』
『もちろんだ。生きたままの方が色々と使い道がある』
うーむ生々しい。何人もスパイを捕まえているから今更なんだけど、具体的な使い道についてはあまり知りたくはないな。
『それなら、眠らせる、麻痺させる、気絶させる、行動不能にする、魔法の鎖で縛る、動けないほどの重力をかける――』
『ちょっと待ちなさい。多すぎない?』
『これでも国一番の魔法使いでしたので』
『さすがマーリン殿だな。では一番穏便で、副官に情報を与えない方法で排除してほしい。その後、オランの洗脳を解除し、様子を見る』
『わかりました。では副官2名を眠らせた後、オランティス様の洗脳魔法を解除しますね。はい、終わりました』
副官2名が効果範囲に入るように、範囲睡眠魔法のスリープクラウドを発動し、睡眠の付与効果が付いた瞬間オランティス様の洗脳魔法も解除した。
これくらいなら、一瞬ですむ。
副官が眠って倒れるより早く洗脳を解除されたオランティス様は、即座に立ち上がり、倒れる副官へ向かって殴りかかった。
「おのれ! 地獄に送ってやる!」
「オラン、落ち着け! オラン!」
「止めるなアクリ! 俺はこやつらを許すわけにはいかん!」
アクリティオ様の制止も聞かず、殴り続けるオランティス様だが、俺がシールドを張っているので副官には届いていない。
それに気付かないほど激昂しているのは少し問題だが、身体機能や記憶に問題はなさそうで安心した。いや、倒れた人にマウントとってタコ殴りにしてる人に安心するのはどうかと思うが。
隣にいるリリーナ様も最初こそ驚いていたが、今はタコ殴りにするオランティス様にドン引きしている。
たっぷり10分は殴り続け、ようやくオランティス様が落ち着きを取り戻すころには、俺とリリーナ様と、あとアクリティオ様も、お茶を飲んでゆっくりする余裕があった。
「オラン、落ち着いたか?」
「うむ。ダメだとわかっていても、この性格はどうにもならん。マーリン殿、恥ずかしい姿をお見せした」
「いえ。なんとなく事情はわかりますから。それより、体や記憶に違和感はありませんか?」
「ああ。すべて覚えている。こやつらの悪行もな」
苦々しく顔をゆがめたオランティス様が、ついでとばかりに副官を蹴りつけた。解除してなくてよかったシールド魔法。
「伯父様、いい加減落ち着いてください。そして洗いざらい説明してください」
「う、うむ。わかった」
事の起こりは2年前、今は副官に収まっている2人に、偶然出会ったことから始まる。
顔を合わせた瞬間から、オランティスは2人の味方となった。
サイオンジ星系、ひいてはクレイトス帝国のための騎士団は、じわじわとサーレ神聖王国に浸食され、1年後には2人は副官になり、そこから様々な策略を巡らせていたという。
「俺はただ許可を出すだけだった。アンチフィールドジャマーの使用に許可を出したのも俺だ。マーリン殿がいなければ今頃……」
オランティス様は計画に加わることはなく、あくまで騎士団の司令としての立場を利用されていた。
「ということは、伯父様はこの人たちの詳しい計画は知らないということなのね」
「そうだ。俺のように、仲間にしたやつの扱いに慣れているのかもしれない」
「この2人を調べていけば、何かわかるだろう」
「アクリ、取り調べは俺にまかせてくれないか? お礼もたっぷりしたいしな」
「ふうむ。信仰が厚いサーレの信者は口を割らせるのも一苦労だぞ」
「もっと効率良くやりましょう。マーリン、あなた洗脳魔法は使える?」
「もちろん使えますよ」
洗脳のさらに上、隷属魔法も使える。これは禁止魔法に指定されていた魔法で、相手の体に魔法陣を刻むことで自身の魔力を使用して永続して洗脳魔法をかけ続けるというもの。
マーガリン魔法大国では、主に犯罪者に刑罰の一種として使われていた。
「じゃあ、副官の1人にかけてみてちょうだい。それでぺらぺらとしゃべってくれるでしょ」
「わかりました。予め言っておきますが、私は気軽に洗脳魔法を使うつもりはありませんからね?」
「当然だろう。むしろそうした慎重さをマーリン殿が持っているから、私たちも冷静になれるというものだ」
行く先々で洗脳しまくる魔法使いとか、完全に闇の魔法使いだよ。そんな存在に俺はなりたくない。リリーナ様やアクリティオ様にお願いされて、俺が納得出来たら使うくらいでいい。
「年齢が上の、この人にかけましょう。はい、かけました」
「これで私たちの味方になったの?」
「そうです。記憶に変化はないので、与える情報には注意してください」
「よし、俺が話をしよう」
代表でオランティス様が話をする。俺たちが話すより、不本意だが付き合いの長いオランティス様の方が適任だ。一応、もしもの時のために、シールド魔法の準備だけはしておこう。
「まず、サーレ神聖王国での所属と任務を述べろ」
「はい。自分はサーレ神聖王国第3神聖軍、対外伝道局に所属しています。現在の任務は、サイオンジ星系――特にカミヤツーでの影響力工作です」
対外伝道局というのは、サーレ神聖王国の外で布教活動を行う部局だ。国外で活動する性格上、特に信仰に厚い者が所属している。
「影響力工作の最終目標と、達成するための具体的な手段を説明しろ」
「最終目標はカミヤワンの奪還、そのためにサイオンジ公爵家を排除し、ショウトクジ伯爵家の血筋と偽った対外伝道局局員をカミヤワンに送り込みます」
予想通り殴りかかったオランティス様の拳はシールドで止めた。
「オランティス様の手をかりずとも、死ねと命じていただければ自分の手で実行します」
感情の起伏のない副官の発言は、それが事実であると嫌でも感じさせる。狂信者という言葉が浮かぶ。
これほどまでの信仰を持っていたとしても、洗脳魔法によって容易に鞍替えさせられる。これ洗脳を解いたら、自責の念で壊れちゃうんじゃないか?
「命じるまでは死ぬな。それより洗いざらい吐いてもらうぞ」
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