第十九話 公爵様の兄?
「アクリティオ様の兄君が、私に会いに来る、ですか?」
リリーナ様が新しい神言を覚えたその日の夜、俺はアクリティオ様に呼び出されていた。魔法関連ではないのでリリーナ様は一緒ではない。
用件は、アクリティオ様の兄が俺に会いに公爵邸へやって来るというもの。
アクリティオ様の兄は、サイオンジ公爵騎士団の総隊、その司令官に就いている。騎士団の実質的なトップと言っていいな。
そんな人が一体俺に何の用だろうか?
「どういった理由で会いに来るか、わかりますか?」
「表向きの理由は、リリーナへの襲撃を防いだ件の感謝を伝えにだな。裏の理由はマーリン殿の実力を確認したいのだろう。あれはそういう性格だからな」
なるほど、好戦的な性格なのだな。俺と戦え!みたいなことになるとしたら、正直言って面倒くさい。
「なんとか避けられませんか?」
「マーリン殿が本来の身分を明かせば避けられるだろう。その場合、別の面倒事がやってくるが」
本来の身分というと、リリーナ様に作ってもらったカミヤワンの星民としてではなく、マーガリン魔法大国の宗主としての身分ということだ。
今の俺の身分は、あくまでもサイオンジ家の客人にして魔法研究所顧問の星民だ。それなりの立場にあることは確かだが、一般人であることには変わりない。
アクリティオ様の兄は伯爵家を継いでいるらしいので、真正面から断るのはいらぬ軋轢を生むだろう。
だからといって、マーガリン魔法大国の宗主であると身分を明かせば、アクリティオ様が言うように別の面倒がある。
それは、俺の扱いが国に移るということだ。
もちろん、俺が大嘘を言っているという可能性はあるが、それが嘘だと判明するまでは、相応の対応を取らざるを得ない。
目の届く範囲において、監視をつけて、情報を収集する。普通の国ならば、万が一のリスクを考えてそうする。デメリットもほとんどないしな。
ちなみにアクリティオ様も俺に監視を付けている。当然だな。俺のマップ能力はアクリティオ様に伝えてあるので、形式的以上の意味はない。むしろ忖度なしにやることをやる姿勢をとることで、誠意を見せているのかも。
話を戻すと、神様チョイスのリリーナ様もいることだし、俺はサイオンジ家に残りたい。サイオンジ家としては魔法という特殊技能を取り込みたい。
ということで、マーガリン魔法大国の身分を明らかにするのは問題がある。
「一戦することは避けられないとして、あとはどれだけマーリン殿の力を示すかだな。おそらく近接格闘戦になると思われるが、力を見せすぎてもな」
一戦って言っちゃったよ。
「私が負けるとは思わないんですか?」
「ははは、戦闘機の襲撃を返り討ちにできるのに、負けるなんてありえないよ」
「そう言われるとそうですが、兄君を燃やすわけにはいきませんからね」
魔法防御力がゼロのこの世界の人たちには、気軽に破壊魔法を使えない。ちょっとした攻撃のつもりが致命傷とかになったら笑えないぞ。
「多少の怪我なら文句も出ないだろう。適度に痛めつけてやってくれ」
「できるだけ怪我はないようにやってみます」
「ちなみに明日の昼にやってくる。そういう性格だからな」
やっぱりちょっとは怪我させてもいいかも。
◇ ◇ ◇
次の日。
「こんな面白そうな話を内緒にしておくなんて、どういうつもりよ」
アクリティオ様の兄と一戦交えることが、リリーナ様にばれた。別に隠していたわけではなく、特に言う必要性を感じていなかっただけなんだが、リリーナ様はご不満なようだ。
「伯父様はちょっと、あれなのよね。だから遠慮はいらないわ。魔法も使ってやっちゃって」
「いえ、魔法を使う予定はありませんよ」
「えっ、そうなの?」
「はい」
攻撃用の魔法はいわずもがなだが、アクリティオ様と相談して、からめ手の魔法も見せないことにした。その方が、アクリティオ様の兄への精神的ダメージがでかいという判断だ。
「それで、大丈夫なの? 伯父様はあれだけど、それなりに強いわよ?」
「私も腕に覚えがありますからね。セレナさんにも確認してもらいましたし。そうですよね?」
「はい。お嬢様、マーリン様が負けることは万に一つもないでしょう」
いくらMFOが魔法に重きを置いたゲームと言っても近接戦闘術は存在しており、俺はその中で杖術をとっていた。
魔法と同じように熟練度があって、一応最大の100まで上げるくらいには使い込んである。それに加えて、オール9,999のインチキステータスがあるので、むしろどう手加減をするかに苦心することになった。
セレナさんに確認してもらいながら、なんとか人を破壊しないレベルにまでの手加減を覚えた。コツはやさしく杖を握ること。そして相手を敵と思わないこと。
敵と戦闘だ!という意識になると、俺の出番だと言わんばかりにステータスが仕事をしだすのだ。標的の人形に向かって軽く杖を突いただけで穴が開いたときには、セレナさんの顔を見れなかった。
「それは楽しみね! ああ、事前に戦うのは今回だけと約束しておかないと、ひどいことになるわよ?」
「すでにアクリティオ様から重々説明を受けています」
契約書まで準備してある。俺とアクリティオ様の署名は記入済みだ。
結局いつものメンバーでアクリティオ様の兄を迎えることになった。応接室でお出迎え、なんてことはせず、最初から騎士団の演習場で会う。
襲撃防いだ感謝を伝えるという建前はどこに行ったの?
アクリティオ様とも合流し、しばらく待っていると時間通りにアクリティオ様の兄一行がやってきた。
んー? なんだかおかしなことになってそうだ。
副官2人と共にやってきたのは、筋肉をなくせばアクリティオ様と似ているような気もする美丈夫――、いや正直に言えば筋肉ダルマだ。体積がアクリティオ様の2倍くらいありそう。
「アクリティオ様、本日はお時間を取っていただき感謝いたします」
「よい。オランティスが興味を持つのもわかる。こちらがリリーナを救ったマーリン殿だ。マーリン殿、これがオランティス・ショウトクジ伯爵、私の兄だ」
「初めましてショウトクジ卿。ご紹介に与かりましたマーリンと申します」
「アクリティオ様のご客人ならば、オランティスと呼んでくれ。リリーナ様への襲撃を防いでいただき感謝申し上げる。騎士団で防げなかったこと、汗顔の至りだ」
挨拶と同時にがっちりと握手した手は大きく、礼を告げる態度は真摯だ。特におかしな点がないことがおかしいと感じる。
まあ何が気になっているかというと、オランティス様も副官の2人も、マップ反応が"真っ赤な敵反応"なんだよな。
これは一体どういうことだろうか。
今の俺はサイオンジ家所属と言っていいので、俺への敵意だけでなくサイオンジ家への敵意でもマップ反応は赤色(敵)になる。
ちなみに、嫌いだとか、馬が合わないだとか、話もしたくないだとか、そんなことでは赤色にはならない。明確な害意があって始めて赤色になる。
マップ反応が赤色になっているということは、この3人は俺かサイオンジ家に明確な害意があるということだ。
とりあえずアクリティオ様とリリーナ様にグループチャットを利用して報告しておく。こういうのは、すぐに共有するに限る。当事者になりそうな人には特にだ。
もうちょっと様子をみてからだとか、俺への害意だろうという決めつけだとか、そういう意味のない報告遅れは対応の遅れにつながる。
マリーさんやセレナさんにも別のグループチャットで報告済みだ。もちろん伝える内容は微妙に変えてだが。
『マーリン殿の敵味方判定の正確さは何度も目の当たりにしてきたが、オランもそうだというのか……』
『間違いではないのよね? 正直に言うと、伯父様がそうだというのは、にわかには信じられないわ』
『確かに敵を示す赤色です』
俺のマップ能力を使って、何人かのスパイを捕らえているので、その正確さはアクリティオ様も知るところだ。
『周囲に他の敵反応はあるか?』
『宇宙港辺りに敵反応が増えているようです。他の地点は変化がなさそうです』
マップの範囲は百キロメートルを超えるが、そこまで見る範囲を広げてしまうと、反応が多すぎて細かい敵味方がわからない。味方の青が濃いとか、ちょっと赤っぽいとかそういう色合いを大雑把に確認する感じだ。
普段の色合いと比較すると、宇宙港がわずかに赤色を増している。
『ここの敵反応が少数なのは幸いか』
『まだ、私にだけ害意を持っている可能性もありますよ』
『マーリン殿、それはつまりサイオンジ家に害意を持っていることと同義だよ』
『問題はどう対応するかよ。素直に取り調べを受けるとも思えないし、騎士団員を捕縛するには証拠がないわ』
マップで見たら赤色だったので逮捕しました!なんていうのは、標準の手順を考えれば正当性にかけるだろう。スパイを捕らえる際にも、しっかりと調査はしている。
かと言って、騎士団のトップと副官2名を放置するというのも、扱う武力を考えれば問題だ。口には出さないが、リリーナ様の襲撃に関わっている可能性もある。
あれは騎士団でも容易に使用できないアンチフィールドジャマーによって、ハイパーレーンを通過中に襲撃を受けたわけだが、騎士団のトップであれば実行可能だ。
『ひとまずスパイのときと同じように、ステータス魔法で能力を把握しておきましょう』
敵を知り云々というやつだ。最上級のステータス魔法で能力を把握するとともに、どんな組織に所属しているかも明らかにできる。スパイ相手には、これ以上ないほど有用だった。
グループチャットに共有したオランティス様のステータスに、無視できない項目がひとつあった。
アクリティオ様にもあった付与効果の項目。そこに表示されていたのは――、
―――――――――――――――
名前:オランティス・ショウトクジ
付与効果:チェンジ オブ マインド(残り効果時間:■■秒)
―――――――――――――――
相手を洗脳し、味方に引き込むデバフ魔法であった。
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