第四十三話 グウェンとのお茶会 開始即呼び出し

「マーリンは大人しくしているのよ」


 お茶会に出かけていくリリーナ様が俺にかけた言葉だ。


「マナちゃんはもうすぐお姉さんになるから、ちゃんとお留守番できるわよね」


「うん!」


 そしてこっちが、フィオナ夫人がマナちゃんにかけた言葉だ。この差はいったい……。


「セレナ、家のことは頼んだわね」


「かしこまりました。いつも以上に目を光らせておきます」


「どうして2人でこちらを見るんですか?」


 どうして?


「こほんっ。おそらく通信はできないだろうから、予定通りマーリン殿には魔法での会話の補助を頼む」


「わかりました。アクリティオ様、フィオナ夫人、リリーナ様、セレナさんに繋げておきますね」


 元から予定していたことで、お茶会に行く3人とグループチャットを組んでおく。お茶会の開催場所は皇居の一角で、セキュリティが厳重なため通信などで外部との連絡をとることができない。


 アクリティオ様は物騒なことにはならないと言っていたが、何かが起こることは確信しているようだ。それはそうだろう。公爵一家をお茶会に呼んでおいて、「最近、調子どう?」なんてどうでもいい話になるわけがない。


 そのためのグループチャットだ。何かあったときに迅速に情報共有するためグループチャットを利用する。


 ついでに、姿を隠したフローティングアイのアイちゃんもこっそり同行させておこう。アイちゃんがいれば、対応速度が段違いだからな。


「いってらっしゃい、リリーナお姉ちゃん。んー!」


「ありがとう、マナちゃん。いってくるわね」


「えへへ。フィオナお姉ちゃんもいってらっしゃい。んー! アクリティオおじ様も、んー!」


「おお、ありがとう、マナちゃん。いってくるよ」


 マナちゃんによるほっぺた同士を合わせるいってらっしゃいが終わり、3人は皇居へと出かけて行った。お茶会参加組はこれからが本番だが、居残り組は一仕事終わったようなもので、あとは参加組の結果を待つのみ。


 マナちゃんを召喚してから、怒涛のように日々が過ぎていき、新しく得た神言『機械』についてまったく検証が進んでいないので、どのような魔法に使えそうか今日はじっくりと考えよう。


「マナちゃんは1人でお勉強できる?」


「うん! だからママはお仕事がんばってね」


「良い子ね。次は一緒にお勉強しましょうね。パパ、こちらのことはお願いします」


「ええ、まかせてください」


 セレナさんは家のことがあるので行ってしまった。公爵家ともなると、ただ日常を過ごすだけでも大量の雑務が発生する。他家とのやり取りもあるし、決定権のあるセレナさんは忙しくなるだろう。


 そうすると、俺だけのほほんと魔法の研究をしているのが申し訳なく感じられるな。別に悪いことをしているわけではないんだが、今日はマナちゃんについて一緒に勉強でもしようか。


「パパと一緒に勉強しようね。今日は何をやるの?」


「今日はね、計算ドリルをやるの。カエデちゃんが作ってくれたんだよ」


 ほう、カエデのお手製か。どんな内容なのかいっちょ確かめてみよう。


「なになに、『ハイパーレーン支持構造体A、B、C及びDにおける張力分布が11次元空間中に拡散する速度vを求めよ』……。?」


 あれ、目がおかしくなってしまったかな?


「あっ、ここからは構造力学なんだ。やったー! ふんふんふーん」


 三角形やらぐるぐるした記号やらよくわかんない文字をさらさらと"計算ドリル"に書き込んでいくマナちゃん。


 なるほどな。


「パパの専門とはちょっと違ったみたい」


 計算ドリルなんていう易しい呼び名とは段違いの難易度になっていて、マナちゃんと一緒に勉強するのは無理そうだ。


「パパは魔法の専門家だもんね。あたしが機械のことを勉強すれば、それだけパパの役に立つってカエデちゃんが言ってた」


 そんなことを話し合っていたのか。まだ小さなマナちゃんがこれだけ頑張っているんだから、俺も苦手だ苦手だと言って勉強を避け続けるのは良くないよな。


 カエデにでも相談して、少し真面目に勉強してみるか。ただし難易度は計算ドリルよりも圧倒的に下げてもらわないとな。


 そうしてマナちゃんの勉強を横で見ていると、グループチャットに皇居への到着を知らせる連絡がきた。


『今到着したわ。しばらく待機したらお茶会が始まると思うわ』


『わかりました』


『いや待て、すでに準備ができているようだ』


『あら、珍しいわね。以前はもっと時間がかかっていたのに』


『もうなの? まだ心の準備が』


『大丈夫よリリー。陛下はお優しいから安心して』


『ふう、そうね』


 リリーナ様でも緊張とかするんだな。俺がグウェンと会ったときは、ただの少女だと思っていたので、緊張とか全くしなかった。いや、正体を明かされた後も緊張とは無縁だったから、最初から皇帝と分かっていても同じか?


『アイちゃんもついていますし、安心してくださいね』


『それでは行こうか。陛下を待たせるわけにはいかないからな』


 お茶会の部屋はグウェンの私室と似たような雰囲気で、落ち着いた色の家具が並んでいる。アイちゃんを通して様子を確認していると、すぐにグウェンがやってきた。当然だが、魔法の指導をしているときよりも豪奢なドレスで、宝飾品ももりもりだ。


「突然の茶会で戸惑っておるだろう。だが……、ふむ、予想は当たったようだな。サイオンジ家で世話をしておるマーリンという者がいるだろう。そやつをここに連れてこい。ああ、取って食ったりはせぬ。到着するまで茶でも飲んでいよう」


 何故かアイちゃん越しにグウェンと目があった気がする。アイちゃんは透明になっているので見つかったわけではないはず。


『これは、どうしたらいいですか?』


『公式にはマーリン殿はサイオンジ星系にいることになっている。だが、陛下の言いようではターブラにいることを確信しているようだな。あるいは移動手段があると考えているのか』


「ああ、連絡手段がないのか。そうだな。アイちゃん、ギデオンに知らせるがいい。それか、私の知らない連絡手段があるならそれでもよい」


 いやアイちゃんがバレているぞ。ギデオンがマーリンと同一人物というのもバレているのか? もしかして全部バレてる?


『陛下には正体がバレていないという話だったのだが、違ったのか?』


『私にもわかりません。アイちゃんについてもグウェンに教えたことはありません』


『ここまで言われては断ることはできない。すまないが、すぐに来てもらえるか』


『わかりました。テレポートで部屋の中に直接向かいます。一応グウェンに知らせて許可をとってもらえますか?』


『うむ。わかった』


 使徒姿であるギデオンの時にさんざんテレポートを見せているので、今更部屋の中に現れても驚きはしないだろう。


『許可がでた。準備ができ次第こちらに来てくれ』


『わかりました』


 無事に許可が出た。こちらの準備としては、アクリティオ様と一緒に決めたスーツに着替えるだけだ。あまりアクセサリーを付ける習慣がなかったので、宝飾品はカフスボタンとラペルピンのみ。俺でもすぐに準備できる。


「マナちゃん。パパはちょっとリリーナ様に呼ばれて、お茶会に行かないとダメになっちゃった」


「え、そうなんだ……。大丈夫、あたしちゃんとお留守番できるよ」


「ごめんね、一緒にいられなくて。ロップとクルちゃんが一緒にいてくれるから、寂しくなったら言うんだよ?」


「うん」


 小妖精のロップと、アクリティオ様にずっとついていたカーバンクルのクルちゃんをマナちゃんの相手に残していこう。フィーネはカエデと何かをしていてこの場にはいない。一応フィーネにもマナちゃんのことを伝えておこう。


「マーリン様、準備は進んでいますか?」


「セレナさん」


 忙しいだろうにセレナさんが俺の様子を確認しに来てくれた。正直とてもありがたい。


「来て正解でした。こちらのハンカチーフを胸ポケットに。はい、いいですね」


「少し不安だったので助かりました」


「気を付けて行ってきてくださいね」


「ええ、わかりました。いってきます」


 すでに習慣となったチークキスをセレナさんと交わし、マナちゃんともチークキスをして、すぐにテレポートでお茶会の現場へと移動した。

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