第十話 証拠の品はこちらです

 異世界三日目の朝だ。


 公爵邸での俺の扱いは、文字通りヒーロー。アクリティオ様を治療――正確にはデバフ魔法の解除――をしたので、リリーナ様の客人っぽい何かから、公爵家の正式な客人として認められた。


 その結果、お世話に大量の侍女さんがやってきたので、丁重に辞退して、セレナさんだけを付けてもらった。


 セレナさんはそこのところ柔軟で、適度に俺を尊重し、適度に畏まってくれる。本当にありがたい。


「おはようございます、マーリン様」


「セレナさん。おはようございます。朝食の時間ですか?」


「はい。食堂にご案内いたしますね」


 食堂は貴族の家としては小ぢんまりとした大きさだ。権威を見せつけるための大食堂は別にあって、こちらはいわゆる身内用というやつ。すでにリリーナ様とアクリティオ様が座っている。


「おはようございます」


「マーリン、おはよう」


「マーリン殿、おはよう」


 昨日の夕食のときは、アクリティオ様は挨拶だけで食事をとらなかったが、今日の朝食は一緒にとるようだ。まだ若干やつれているものの、昨日に比べてずいぶん顔色がいい。


「アクリティオ様、顔色が良くなったようで安心しました」


「うむ。マーリン殿のおかげだな」


「回復が早いようですが、何か特殊な治療をされたのですか?」


「いや、貴族というのは元々回復力や身体能力に優れているのだ。昨日までのように寝込んでいるのは実に退屈だったよ」


 ほう。これは初耳だ。貴族と一般人では何が違うんだろうか。


「興味深いですね。私のいた世界にも貴族はいましたが、肉体的には一般人と変わりありませんでした」


「まだ帝国が生まれる前の時代になるのだが、熱心な遺伝子操作が流行ってな。帝国貴族にはその影響が色濃く残っているのだ」


 遺伝子操作とは実にSFっぽい。


 容姿の美化から身体能力の強化まで、幅広く操作が行われたんだとか。そのせいで出生率が低下して問題になりかけたり色々あったようだ。メリットだけの技術など、そうそうないんだろうな。


 そしてアクリティオ様の年齢が判明した。42歳だった。どうみても20代にしか見えないのに。


「そういえば、マーリンが何歳か聞いてなかったわね」


「私ですか? 私は30歳ですよ」


「え? 私と同じくらいだと思ってたわ……」


 地球での年齢は30歳だった。MFOでもフレーバー的に年齢を設定できるのだが、地球と同じ年齢を登録していた。ショタ爺賢者だったのだ。


「一国の宗主をやられていたわけだからな。それを考えれば随分と若いというものだ。ときにマーリン殿、マーリン殿がいた世界の結婚観を教えてもらえないだろうか?」


「結婚観ですか? そうですね。基本的には一夫一妻ですが、権力を持つものは一夫多妻、あるいは、一妻多夫もありえる、といったところでしょうか」


「帝国とほとんど差はなさそうだな。ありがとう、参考になったよ」


「お話はそれくらいにして、朝食にしましょ。ほら、お父様も」


「そうだな。久しぶりのちゃんとした食事だ」



    ◇    ◇    ◇



 朝食を終えた後、俺とリリーナ様がやってきたのは、サイオンジ家の研究所エリアだ。


 小国ほどの規模の土地を所有しているサイオンジ家には、ほとんどの産業設備が揃っている。研究所エリアもそのひとつで、特に優秀な人材を集めて、帝国内での競争力を確保しているんだな。


 そんな研究所エリアの一角に、通信を遮断できる施設があった。


「それではマーリン様、こちらに回収した無人機を出していただけますか?」


「ええ、わかりました。……はい。これでいいですね。リリーナ様、襲撃してきた宇宙船から回収した物品もあるんですが、それはどうしたらいいですか?」


「えっ、どういうこと? 聞いてないわよ? それに宇宙船は全部燃えたわよね?」


「気付いたのは今朝だったので、隠していたわけではないんです」


 ゲームによくある、倒した敵からアイテムを得る、"ドロップアイテム"というやつだ。MFOにももちろんあった。


 このゲームシステムもマーリンの能力として実装されていたようで、倒した宇宙船からのドロップアイテムが自動でインベントリに放り込まれていた。


 気付いたのは今日の朝だ。


 起きた後、朝食まで暇だったのでインベントリを確認していたところ、見慣れないアイテムがあった。明らかにSFチックなアイテムだったので、宇宙船を撃破したときのドロップアイテムだとピンときた。


 幸いにも、人間を倒したことによるドロップ品らしきものはなかったので、少しほっとした。いや『人間の○○』とかあったら発狂ものだよ。


 インベントリにあったドロップアイテムは以下の通りだ。


――――――――――

スクラップ×18

メインスラスター×7

軽装甲板×6

二連装重ビームレーザー×5

ミサイルパック(24発)×4

シールドセル×4

反重力コア×2

AIセル×2

――――――――――


 実際には、アイテム名に型番っぽいものがずらずらと並んでいるんだが、そこは省略した。


「まったく、消失した宇宙船からどうやってこんなに回収したのかしら」


「これは私の特殊技能のようなものですから。魔法による再現も難しいですね」


 実際どういう原理かまったくわからない。神様パワーというやつだ。再現出来たら面白いだろうが、消失したものからドロップするとか、現実になると意味がわからないな。


「特殊すぎるわよ! もう!」


「はははっ。それで、これはどうすればいいですか?」


「まったくもう……、セレナ、どうしたらいい?」


「そうですね。AIセルはここに出していただいてかまいません。その他の物品に関しては、騎士団の工廠で出していただくのがよいかと」


「わかりました。では、AIセルを出しますね」


「ありがとうございます。状態は調べてみなければわかりませんが、機能を保持していれば襲撃の情報が得られると思います」


 取り出したAIセルは、それなりの大きさの箱型で、それ単体で動作するんだとか。


 使い捨てにする場合は、自壊コードなどが仕込まれていて、得られる情報は少ない。ただ今回は、ドロップアイテムとして回収されているので、そこら辺がどう動作をしているか調べてみないとわからない。


「何か情報が得られるといいですね」


「はい。ありがとうございます」


「さっ、あとは研究員たちにまかせて、騎士団のところへ行くわよ」


 騎士団の工廠でもドロップアイテムを出したのだが、ぽんぽんと10メートル級のメインスラスターを出すものだから、リリーナ様に呆れられてしまった。


 出すだけならすぐ終わると思ったけれど、テキトーに積んでいくわけにもいかず、検品しながら、移動させながらの作業は昼までかかってしまった。


 最初は恐縮していた騎士団の人たちも、次第に呆れ顔になって、最後には曖昧な笑顔だけが残った。


「マーリンの非常識さが際立っていたわね」


「さすがマーリン様です」


「うふふ、そうですね」


 マリーさんはなんだか斜め上で、セレナさんは困ったさんを見るような目に……。


 アイテムドロップとインベントリは神様パワーなので、俺のせいではない。だから俺は非常識な存在ではない。ちょっとステータスの高い、ごく一般的な魔法使いなのだ。

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