第二十六話 風雲急を告げる

 カエデが小石を曲げられるようになってから、セレナさんとリリーナ様も新しい神言を覚えた。


『声』を覚えたセレナさんは、視界の範囲内に声を届けることができるようになった。これにより、ストッパーとしての能力が微増した、かもしれない。


 リリーナ様が覚えたのは『従う』。召喚体に簡易的な命令を出せる神言だ。虫に命令してもできることは限られているが、熟練度を上げるには役に立つ。『従え』! 『従え』! と連呼するリリーナ様が研究所の日常に追加された。


 そんな日常にひとつの影が差す。


「サーレ神聖王国から、非公式の会談が希望されている、ですか?」


 朝食を終えた後、アクリティオ様から話があると引き止められた。その話というのがこれだ。


「そうだ。端的に言えば、私やオランティスの件についての釈明があるということだ」


「釈明というと?」


「過激派が勝手にやったことで、サーレとしては本意ではない。下手人を差し出すので、事情を説明したい。とな」


「……トカゲの尻尾切り、ですよね」


「まあそうだろうな」


 どう考えても、はいそうですかと納得できる話ではない。この短期間で下手人を捕らえ、状況を説明できるほどに話がまとまるなら、少なくとも過激派とやらが何をやっているかを把握していたはずだ。それでも放置していたということは、その時点で国の方針に適っていたのだろう。


「非公式ということは、この件はサイオンジ家が主導するということですか? アクリティオ様の方針をお聞きしても?」


「その理解で問題ない。私としては、この話、受けてみようと思う」


 サーレから来るのは、首都惑星の大司教の1人。大司教って何?という俺のためにリリーナ様が説明してくれた。


 以前はサーレ神聖王国の概要だけを簡単に教わったので、詳しいところは知らない。俺も、あの一件で終わり、という感覚だったので特に優先して知っておこうという気もなかった。


 リリーナ様によると、サーレ神聖王国は、首都惑星にいる12人の大司教による合議制をとっている。今回暴走したのはその内の1人で、下手人として差し出される予定の者でもある。残りの11人は関与を否定し、説明のために代表者1人がサイオンジ星系へやってくる、というのがサーレ側の提案だ。


「ここまでは表向きの説明ね」


「表があるということは裏があるということですか?」


「そうよ。サーレについてクレイトス帝国しか知らないことがあるわ」


 クレイトス帝国とサーレ神聖王国は、元はひとつの国であった。帝国が生まれた最初期に、統治方法を巡って決別し、2つの国に分かれたのだ。


 確認はされていないが、真にサーレ神聖王国を統治しているのは、その頃から生きている存在だとクレイトス帝国は考えている。12人の大司教はその存在の傀儡に過ぎない。


「その存在とは人間なんですか?」


「記録によると、"元は"人間よ。存在を維持するために多大なエネルギーが必要なの。改造惑星や人工コロニーは、環境を調整するために同じく多大なエネルギーが必要よ。安定的な存在のために、エネルギー消費の少ない居住可能惑星を求めているの」


 エル・サーレ教とはそのために作られた宗教だ。


 元々あった大地信仰や母星信仰をベースとして、都合の良い神を少々定義してやればエル・サーレ教の完成というわけだ。


「ということは、非公式の会談もその存在の計画ということですか」


「そうとも言い切れん。傀儡と言っても大司教は生きた人間だ。個人の思惑もあれば、欲もある。それを確かめる意味でも、今回の件は良い機会だ」


 アクリティオ様は、会談に臨むことで大司教の思惑を知ろうという考えだ。


「サイオンジ家を排除しようとしていた国です。当然なんらかの策を用意していることでしょう。可能であれば私も同席させてください」


「それはこちらからお願いしようとしていたことだよ。もらった指輪もあるが、マーリン殿がいれば何の憂いもない」


 期待がこそばゆいが、こと魔法に関して言えば、俺がいて対処できないことはないだろう。事前にバフ魔法を特盛にしておけば、デバフ魔法なんて全く意味がないし、なんなら反射したっていい。直接的な攻撃にも、シールド魔法があるので、問題はない。


「微力を尽くします」


「ありがとう。サーレの者がやってくるのは一週間後だ。会談はカミヤツーの軌道上にある交易ステーションで行う。移動はこちらで手配しておく」


「わかりました」


「当然リリーナはついてこられないからな」


「わかっているわよ、もう。私はカミヤでお父様の留守を守っているわ」


 リリーナ様はカミヤワンにお留守番だ。さすがにトップ2人が集まるのはリスクがでかい。


「留守はまかせたぞ」



 そんなわけで、一週間後の会談が決定した。


 決定したと言っても、当日までは特にすることはない。アクリティオ様は、情報の整理や警備の確認、こちらから要求する項目の順位付けなどで忙しいようだ。


「私がついていかなくてよろしいのですか?」


 俺付きの侍女になっているセレナさんが訪ねてきた。俺の立場を考えれば、侍女(または侍従)が付くのが普通だが、今回の会談では俺は文官の1人として出席する。したがってセレナさんが付く訳にはいかないのだ。


「そういう理由ですか。わかりました。会談の間はお嬢様に付いています」


 セレナさんがリリーナ様に付いていてくれるなら、かなり安心できる。リリーナ様が精鋭と評したように、セレナさんは戦い方が非常に巧い。


 また、魔法への理解も柔軟で、魔力の伸びが良い。さらに魔力の上がる腕輪と武器にもなる短杖を装備すれば、魔法に対する抵抗力はかなりのものだ。


「何があるかわかりませんし、私の持っている装備を放出していましましょう」


 先日装備を選んでもらったばかりだが、あのときは1つだけという条件だった。そうしないと、カエデがすべてを奪っていく勢いだったから仕様がない。


 この際なので、フル装備になるよう選んでもらおう。


「いいじゃない。魔法騎士団らしくなってきたわ」


「魔法騎士団ですか?」


「そうよ。安直だけど、魔法を使う騎士団だから魔法騎士団よ」


 リリーナ様直属の騎士の人たちは、いつの間にか新設された魔法騎士団の所属になっていた。そこから魔法研究所にも出向しているという形だ。


「魔法のローブと杖を標準装備にしましょう。下にはカエデの特製パワードスーツを着ればいいわ」


「いいねいいね! パワードスーツを増産しておかないと!」


 あの体にぴっっったりとフィットしたボディスーツが標準装備になるだと? そしてその上には魔法使い然としたローブか。ふむ……、いいね!


「パワードスーツを着るとなると、装備には腕輪やアンクレットが良さそうですね。手袋は二重になって少し微妙でしょう。ベルトは短杖のホルスターとしても使えます。レッグホルスタータイプもあります。翼装備は皆さんが装備できる熟練度に達していないので今は諦めましょう。行く行くは装備してもらいたいですが、材料がネックですね」


「どうしたのマーリン君、急に早口だよ?」


 おっと、あまりにロマン性能の高い標準装備に少々興奮してしまった。


「興奮したカエデと同じみたいだったわよ?」


「うっ」


「マーリン君が私と同じなんて当然のことだよ! そうじゃなきゃ、魔法研究所の顧問なんてやってないでしょ!」


「それもそうね」


 おいおい、納得されてしまったぞ。俺はカエデほどははっちゃけていない。


 ちょっと演習場で地面を爆散させたり、テレポートで敵対者を制圧したり、突きひとつで周囲の空気を吹っ飛ばしたくらいの、ごく一般的な魔法使いだ。


 神様のおかげで魔力や筋力が限界まで上昇しているが、それは些細なことだ。


「私は自分が特別だってちゃんと理解してるよ? マーリン君の方がひどいんじゃない?」


「……微妙なところね。頻度でいえばカエデ、規模でいえばマーリン。どっちもどっちよ。エミリはどう?」


「カエデ様は可愛らしいので特に苦ではありませんよ」


「ほら! 私の方がマーリン君よりましだって!」


 エミリさん、それは答えているようで答えていませんよ? カエデもドヤ顔しない。


 いや待てよ、ここは平等に、俺もセレナさんに聞いてみるのはどうだろうか。俺付きの侍女として公平なジャッジをしてもらおう。どうなんですか、セレナさん!


「ふふっ」


 実に曖昧な笑顔だ! それはどちらにとったらいいんですか!


「マーリンの負けね」


 負けでした……。

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