第四十九話 マナちゃん先生

 マリーさんの説得が失敗したハンネローレさんは、研究所内で1人だけ浮いている。食事も1人でとるし、事務的な会話しかしない。けれど非協力的なのかというと、それもちょっと違う。


 魔法の使用時には食い入るように見つめてくるし、魔法がどういう特性を持っているか熱心に調べている。魔法を使うぞというと近づいてくるのだが、いざ発動すると腰が引けてしまうのがポイントだな。


 鑑定魔法を使ったデータ収集にも協力的で、何よりマップ反応が味方色(青色)なので、きっと何か考えがあるんだろう。


「ハンネローレ以外の2人は順調に魔力が伸びているわね」


「熟練度の伸びも良いですよ。座学の効果が出ているんでしょう」


 研究所での魔法の訓練方法は、何度かの変更を経て、おおむね固まってきた。


 まずは座学。これは最近判明したことで、ひたすら魔法を使うより、事前に神言の効果や組み合わせ、消費MPなどの魔法データを学んでおくことで、魔法熟練度の伸びが良くなった。


 この魔法データのことを、研究所では"ウィキ"と呼んでいる。


 違うんだ。つい口からこぼれた言葉を、何か魔法的な言葉だと勘違いされてしまって、最早訂正不可能になってしまったんだ。


 とにかく、魔法を実践する前に、ウィキを熟読し神言に対する理解を深めることで熟練度の伸びが良くなる。


 座学の次は魔法の実践だ。


 こちらは、人数がいることを活かして、魔法で出した的を魔法で攻撃することで熟練度を稼いでいる。的には主に神秘魔法で出した盾を使い、強化魔法で盾や魔法使いを強化しているので、破壊・神秘・強化魔法の3種を一度に上げられる。疲れたら回復魔法で回復し、また熟練度上げに戻るまでがルーティーンだ。


 残りの召喚魔法と変幻魔法は、まだ愚直に使い続けるくらいしかない。MFOでは都合の良い魔物相手に召喚体を戦わせたり、魔石を変幻魔法で加工して魔法陣にしたりできて、上げやすい部類だったんだが、少し勝手が変わってしまった。


「ウィキの充実は魔法の習得には必須だから、頼んだわよ」


「わかりました」


 リリーナ様の口からウィキって言葉が出ると、違和感が半端ないな。


 魔法のリストアップ自体は以前から取り組んでいたのでかなり進んでいる。あとは欠けているデータを埋めれば終わりだ。MFOをやり込んでいたのが役立ったな。


「魔力の検知はマナちゃんのおかげで進展があったし、研究所としては順調ね。あとは回復魔法の治験くらいかしら」


「根本的に、私以外から魔法習得できるのか、という問題がありますが、おおむね順調ですね。治験については、アクリティオ様が手配してくれているようです。連絡を待ちましょう」


 アクリティオ様と一緒にフィオナ夫人もカミヤワンに戻ることになったので、今までアクリティオ様に集中していた仕事を夫人と共有できるようになった。これで治験の話もスムーズに進むといいな。


「あとは魔石と魔法陣のこともあったわね。魔力検知がうまくいけば、魔法陣の規制はできそうだわ。魔石かそれに類するものを見つけるには、大規模な調査が必要だけれど、そちらは陛下に任せましょうか」


 魔法の普及と魔石や魔法陣の存在は切っても切り離せないと俺は思っている。機械では代替できない魔法陣というのもあるからだ。それには当然魔石が必要となる。


 現状は俺が持っている魔石でどうにかなるが、国全体で足りるかというと到底足りない。どこかに魔石が落ちてないかな?


「カエデが魔力検知を実用化したらすぐに動けるように、グウェンにお願いしておきましょう」


「それはいいのだけど……、陛下を愛称で呼んでいるのに、私は様付けなのがすごく居心地が悪いわね」


「愛称で呼ぶように言われましたからね。今更グウェン様というのも違和感があります」


「グウェネス様でしょう……、いえ、そもそも名前を呼ぶのも恐れ多いというのに」


「最初の、魔法がかけられた可哀そうな少女、という印象が抜けきっていないんですよね。羽をくしゃくしゃ触る様子も子供のようですし。リリーナ様も触ってみますか?」


 片側だけ出した翼に手を伸ばすも、最後の一歩が踏み出せない様子のリリーナ様。


「そういえば、セレナも羽が気持ち良いと言っていたわね。気にはなるけれど、怖い気もするわ」


 この世界の人たちは、もふもふと触れ合う機会がほとんどなく、もふもふ耐性が無さすぎるため、もふもふに魅了されるのを恐れているようだ。


 あのアクリティオ様でさえ、肩に乗せたカーバンクルのクルちゃんにメロメロだしな。


「あー! パパが羽を出してる!」


 そんな俺たちの元へ、何故かハンネローレさんと手をつないだマナちゃんがやってきた。2人の後ろには、少し困り顔のセレナさんもいる。


「あら、マナちゃん。ハンネローレと一緒にいるのね」


 今回はマナちゃんのおかげでもふもふの魅力に打ち勝てたな。ところでどうしてハンネローレさんと一緒にいるんだろう。


「うん! 私、ハンネちゃんの先生になったの!」


「先生? セレナ、どういうこと?」


「はい、お嬢様。マナちゃんがパパのごっこ遊びをしていたところから始まります」


 今日のマナちゃんは、魔法を教える俺の役をやっていた。数日前にタティアナさんとイヴァンカさんに教えていた時の再現だ。


 セレナさんは同じ侍女ということでイヴァンカさん役。そうするとタティアナさん役が足りない。そこを通りかかったのがハンネローレさん。


 魔法に対して若干不信感がある彼女でも、子供のマナちゃんの頼みは断れなかったようで、タティアナさん役としてごっこ遊びに参加。


 マナちゃん先生、強化魔法を授けてください。うむ、あたしが授けてあげましょう!


「というわけで、ハンネローレが無事強化魔法を習得しました」


 まだ生まれたばかりなのに人に魔法を教えられるなんて、うちの娘は天才か?


「すごいね、マナちゃん。上手に先生ができたんだね」


「うん!」


「はあ、親子だからってそういうところまで似なくていいのに……」


 リリーナ様が頭を抱えている。このポーズも見慣れてきたな。


「前向きに考えましょうか。ハンネローレが魔法を習得できたのはひとつ前進ね。それでハンネローレは魔法を覚えてみてどう?」


「はい、リリーナ様。事ここに至っては魔法の存在を否定することはできません。くっ、私の負けです」


「勝ち負けの話はしていないのだけど……」


 これで新人3人は全員魔法を習得できた。ハンネローレさんが少し出遅れてしまったが、こんなのは熟練度が上がっていけば誤差だよ誤差。


「ハンネローレさん、もう魔法は使ってみましたか?」


「いえ。初めてなのでマーリン様がいるときの方が良い、とセレナさんに助言をもらいました」


「はいはい! あたしが先生だから、あたしが教えてあげる!」


「マナちゃん、どうやるかわかるの?」


「大丈夫だよママ! パパがやってるのを見てたから!」


 やはりうちの娘は天才だった。


「それじゃあパパの代わりにハンネローレさんに教えてみようね」


「うん! ハンネちゃん、しっかり聞いてね!」


「私もマナちゃんの方が気が楽です。他意はないんですが、その……、マリーさんの説得で少し苦手意識が」


「マリーは一体何をしたのよ」


 俺も知りたい。


「ハンネちゃんはここに座って、あたしはこっちね」


「はい、マナちゃん先生」


「まずはえっと、強化魔法の最初の神言は『補助』だよ。次の行動に一定の補正?がかかって、望んだ結果になりやすくなるよ」


「補正とはどのように効果を発揮するんですか?」


「えっと……、あっ、これだ。無意識に体の動きを最適化することで、動作の補助を行う、ってグウェンお姉ちゃんのデータコアに書いてある」


 グウェンはグウェンで、いろいろと魔法のことについて調べているのは知っていたが、お茶会の時にもらったデータコアにそんなことまで書いてあったのか。


 ふむふむ。サイコロで50連続で1を出したと……。それはグウェンが凄すぎるからというのも含まれていそうだ。


「グウェンお姉ちゃん?」


「先日、リリーナ様と一緒にグウェンのお茶会に招待されまして、その時に仲良くなったんです。ね、マナちゃん」


「うん! グウェンお姉ちゃんがいつでも遊びに来てもいいって!」


「勘違いのないように言っておくけど、この親子が言っているのは、皇帝陛下のことよ」


「皇帝陛下を、呼び捨て? 一体何者なんですか?」


「魔法研究所顧問のただの魔法使いですよ」


「補足しておくと、陛下に魔法の指導もしている魔法使いね」


「陛下も魔法を習得されているのですか!?」


「あら。知らなかったの? そうよ。あなたと同じ、強化魔法を習得しているわ」


 イヴァンカさんは知っていたようだし、新人の間で情報共有とかしていなかったのか。魔法が受け入れられるかの試金石的な意味があるとのことだったし、余計な先入観を生まないためにあえてそうしていたとか?


「ということは、怪しい研究所の調査任務ではなかったのですね……」


「そんなこと考えていたの? そんな任務が近衛騎士団にいくわけないじゃない。そういうのは、イヴァンカのような陛下直属の調査部隊がやるものよ」


「イヴァンカは調査部隊の一員だったのですか!?」


「あなた、自己紹介を聞いていなかったのね」


「お、お化けのことで頭がいっぱいで……、申し訳ありません」

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