第十六話 仮称、魔法研究所
リリーナ様たちが魔法を覚えてから数日、魔法の訓練は比較的順調に進んでいた。
特に神秘魔法を覚えたセレナさんを含む3人は、そろそろ次の神言を覚えても良さそうである。
最初の神言以外は、熟練度の増加に伴って自然と覚える場合と、何かきっかけがあって覚える場合とがある。後者の場合でも、基本的には一定以上の熟練度が求められる。
また、きっかけにはクエストの報酬も含まれる。
MFOのゲームシステムの一部を能力として使える俺ではあるが、クエストを受領したり、発行したりはできそうにない。自由にクエストを発行できたら、いろいろと悪さができるしな。
「マーリン様、本日のステータス確認をお願いいたします」
「わかりました。順番に私の前に来てください。声をかけてもらえれば魔法をかけます」
熟練度の増加を確認するために、一日の始めにステータスを確認するようにしている。
そして俺の目には厳重に布が巻かれ、決して見えないように隠されていた。
何故そんなことになっているかというと、熟練度を確認する最上級のステータス魔法は、対象の極めて詳細な身体情報も明らかにする。当然そこには、体重やスリーサイズなども表示されているのだ。
魔法を習得した人は全員女性であるので、苦肉の策として俺に目隠しをすることになった。目隠ししても脳内に直接!とかにはならず、無事女性たちの秘密は守られた。よかったよかった。……くっ。
今日の確認の結果、神秘魔法組は熟練度が4、その他の魔法を選んだ組は熟練度が3で、召喚魔法組だけは熟練度が2だった。
これは熟練度が増加する仕組みに原因がある。魔法はただ発動していれば熟練度が上がるというわけではない。
効果的な場面で効果的な使い方をすると熟練度はより多く増加する。神秘魔法の『光』だと、暗闇で周囲を照らすように使うと上がりやすい。
破壊魔法の『火』は物を燃やさなければいけないし、強化魔法の『補助』は次の動作がある程度難しくないといけないなど条件が厳しい。召喚魔法の『虫』に至っては、召喚された虫単体では効率的な運用はできず、感覚を共有する魔法や強化魔法などと併用しなければならない。
神秘魔法が初心者向けと言われる所以は、熟練度が上がりやすいところにもあるのだ。
「召喚魔法の熟練度が全然上がらないじゃない」
「召喚魔法の序盤は特に上がりづらいですからね。いくつか神言を覚えていけば、効率よくなりますよ」
ちなみに、MFOでの最も効率のいい召喚魔法の上げ方は、強化魔法をもりもりに盛った召喚体を敵に突撃させて自爆させるというヤバい方法だった。
これはリリーナ様には言えないな。
熟練度の確認が終わった俺たちは、アクリティオ様が呼んでいるとの連絡を受けて話を聞きに行くことに。
俺やリリーナ様を含めて、魔法を覚えた全員が呼ばれていることから、魔法関連の話があるのだろう。
「仮称、魔法研究所の設備と要員が決まったので通達する」
予想通り、魔法の検証と魔法使いの育成に関する組織――仮称、魔法研究所――についてだった。俺が顧問につく予定だったあれだな。
組織トップの所長にはリリーナ様が就いた。副所長には、サイオンジ家の別の研究所から人を招くという。これは後で顔合わせをして、その時に俺のマップ反応を確認してからの決定になる。
魔法に関わる職員は、ひとまずここにいる人たちのみ。警備や設備のメンテナンスに専門の職員は配備されるが、情報的にはクリーンにし、機密を保護する。
「魔法を覚えた人は全員リリーナ様付きですが、アクリティオ様の方から人員を出さなくても良いのですか?」
「ああ、今はまだそれでかまわない。私の周囲を動かすと、それだけ目立つことになる。マーリン殿には今の人員に注力してもらいたい」
「わかりました」
「お父様は、魔法を覚えた後で私の護衛を引き抜くつもりね。そんなの許さないんだから」
「そんなつもりはないさ。ただ、リリーやマーリン殿が動くよりは、目立たないかもね」
「やっぱり!」
これは、魔法研究所は敵の目を集めるためのエサの役割もあるのかな? 防御魔法の検証を優先したのも、これが理由だったのか。
「副所長に就く女性には別室で待機してもらっている。私は予定があって同席できないから、リリー、所長として頼んだぞ。……マーリン殿、リリーナのことお願いいたす」
最後だけは父親としての顔でアクリティオ様がお願いしてきた。安心してほしい、宇宙船が襲ってきても防ぎきれますから。
部屋を退出して、副所長へ会いに行く。応接室のひとつに副所長となる女性が待機しているらしい。
「ここが副所長が待機している部屋ね」
俺のマップには青色(味方)の反応が確認できた。
「大丈夫です。味方の反応です」
「そう。第一段階はクリアね。油断しないように、行くわよ!」
まるで戦いに行くかのように、勇ましくリリーナ様が応接室へと入っていく。ぞろぞろと護衛を引き連れて、圧迫面接でもする気なのかな?
勢いに負けて一番最後に部屋へ入った俺が見たのは、リリーナ様たちに囲まれたソファにちょこんと座った幼女だった。
足は床についておらずぷらぷらしていて、手には鮮やかなグリーンの液体が入ったグラス。もちろんストローが刺さっている。驚きに広がる口の端にグリーンの液体が垂れているのはご愛敬だろうか。
勢い込んで幼女を囲ったリリーナ様たちからは、困惑がひしひしと伝わってくる。
「あー、お嬢さん? ひとりでここに来たの? ご両親は?」
「ひとりで来たよ。……って私は子供じゃないよ!?」
「まあそうでしょうね。お約束として必要かなと」
「むむむっ、君、やるね! そう、私こそが、若さを忘れない天才こと、カエデ・ミナミデです! どうぞよろしく!」
「危ないからソファから降りなさい。あとグラスはテーブルに置いて」
「あっ、ごめんなさい」
大丈夫かこの子? 俺の心配をよそに、自己紹介を受けたリリーナ様たちはどこか納得した様子だ。
「まさかあの天才がこんな容姿だったなんて……」
「噂は聞いたことがありますが、誇張されているものとばかり……」
「幼女なのに私より大きい……」
といった反応の通り、優秀な研究者であることは間違いないようだ。
「私はマーリンといいます。魔法研究所の顧問です。カエデさんは魔法研究所の副所長に就任するということでいいんですよね?」
「カエデでいいですよ。はい、私が魔法研究所の副所長を勝ち取りました! あのときの第二研究所の所長の顔といったら……、ぷぷぷっ」
「カエデは特に優秀な研究者よ。第二研究所の所長に内定していたはずだけど……、魔法研究所になったのね。セレナが着ていた特製パワードスーツもカエデの設計なのよ」
あのぴっっったりフィットのボディスーツがこの幼女作だと? ありがとうございます。
「魔法なんていう面白い研究対象を逃すなんてありえませんからね! まだ内定段階だったので、なんとかなりました!」
見た目が幼女とはいえ、優秀な研究者だというのなら俺に否はない。マップの反応も味方だしな。
リリーナ様も認めたので、カエデは正式に副所長に就任した。
就任が決まった瞬間、「早く魔法を見せてください! もう待ちきれません!」とカエデが騒ぐものだから、早速俺たちは新しい研究所に向かった。
到着したのは、今まで使うことのあった研究所よりも大きく、セキュリティが厳重なエリアに新設された研究所だ。
「それでは魔法を使ってみますね」
「ちょ、ちょっと待ってください! 記録を取りますので、こっち、こっちで使ってください!」
研究所に準備された様々な検出器が俺に向けられた。この世界に来た直後に、首都惑星ターブラで行われたものよりも格段に物々しい。
使う魔法はわかりやすさを重視して、レビテーションでいいか。
「ふおおお! 浮いてます! 浮いてます! どういう原理なんですか! 重力が弱まっているのですか!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて驚きを表現するのは見た目通りの反応で大変愛らしいが、一方で手元の端末を恐るべき速度で操作するのはちょっと怖い。
「計器には反応がありません! これは体験してみないと! とうっ! わわっ、私にかかる重力が弱まっています!」
カエデが俺の腕の中に飛び込んできた。むむっ、この腕に感じる柔らかさは……、D! いや、そう断じるのは早計というもの。より詳細な検証が――、
「セレナ」
「はい、お嬢様」
「はわっ! 私の無重力が!」
リリーナ様の一言により、セレナさんがカエデの首根っこをつかんで回収した。
「マーリン」
「はい」
はいしか言えねぇ……。
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カエデのイメージ絵を近況ノートに掲載しています。
興味があればご覧ください。
https://kakuyomu.jp/users/kanikurabu/news/16817330662236249552
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