第二十四話 つかの間の平穏?

 オランティス様との手合わせ、という名の騎士団への教練が無事終わって、俺に平穏が戻ってきた。


 たまにアクリティオ様の頼みでマップ能力の敵味方判定をするくらいで、魔法研究所の皆と一緒に、ああでもないこうでもないと魔法を使っている。


 熟練度の成長が著しいのはリリーナ様とカエデとセレナさんだ。今朝のステータス確認では、リリーナ様が熟練度8、カエデとセレナさんは熟練度9だった。熟練度が10になれば、また新たな神言を覚えられる。


 リリーナ様はアリスを召喚したくて頑張っている。カエデは研究者の気質と、研究所に泊まり込んでの魔法漬けでひたすら魔法を使っているせいだろう。セレナさんは一番魔法に目を光らせているからかな? 主に俺が何かやらかさないかの監視という意味で。


 リリーナ様がターブラへ戻るまでまだ3週間ある。これだけあれば小妖精を召喚できるくらいには熟練度が上がるだろう。


「もうすぐ私のアリスに会えるのね!」


「熟練度が15になれば、『小妖精』の神言を覚えられると思います。そうすれば触れ合う程度はできますね。ただし、アリスが召喚に答えてくれるかはわかりませんが」


 基本的に、召喚魔法で呼び出される召喚体は、能力に差はないが見た目はランダムであった。


 例えばウサギ型の小妖精を召喚する場合、体毛の長さ、体毛の色、耳の長さや形など、召喚するたびにランダムに変化する。こだわる人は、好みの見た目になるまでひたすらに召喚と送還を繰り返す。


 そうガチャだね。


 初級レベル、つまり熟練度15以上になれば、呼び出した召喚体を1体登録できるようになり、次回からは同じ召喚体を呼べるようになる。お気に入り登録みたいなものだ。


 ちなみに、『小妖精』を覚えた直後では、ウサギ型を呼べるかどうかもランダムだ。つまり二重のガチャだ。リリーナ様にはがんばってもらいたい。


「本日はどうされますか?」


「そうですね……。直近でやらなければいけないことは、すべてやり終わったんですよね」


 魔法の検証は一通り終わり、オランティス様の来訪から始まったサーレ神聖王国の問題も俺が関わるところは落ち着いた。


 魔法の検証の被験者はどうしたって? 騎士団に入り込んだサーレの者への、"善意の治療"で解決した。あくまでも善意の治療だ。ついでにデータを取ったりするけどそれは気にしないで欲しい。


 さすがにひどい結果になりそうだったら俺も躊躇したが、動物実験である程度の効果は確かめてあるし、最終確認的な意味合いでやった。一時的に力が強くなったり、健康になったりで、文句を言うやつもいないだろう。


 そういうわけで、あとは経過観察するのみ。それなら俺がやらなくても問題はない。監視も兼ねて騎士団がしっかりとやってくれている。


「少しゆっくりされてはどうですか? サイオンジ家へ来てから、忙しくされていましたし」


「そんなつもりはなかったんですが、確かにゆっくりするのもいいかもしれません」


 好きな魔法のことだったので、あまり忙しくしているつもりはなかった。感覚としてはゲームをしているのに近い。というかやっていることはMFOとほぼ同じだ。


 MFOといえば、ついこの間、騎士団への教練で使った金属杖。あれはMFOと同じ性能なのだろうか?


 リアル魔法を楽しむことにかまけて装備の確認がおろそかになってしまっていた。今後、命を預けることになるかもしれない装備類への理解がその程度では少し不安かもしれない。


 この機会に、インベントリにある装備類の確認をしっかりしておくのもいいな。


「魔法の装備、ですか。それは私も興味がありますね。おそらく皆も興味があるかと」


「そうですか? カエデはわかりますが、他の人もですか」


「ええ。研究所へ移動した後、一緒に確認するか提案してみましょう」



 研究所でみんなに話してみた。


「面白そうね。どんな装備があるのかしら」


「魔法の装備! 当然私も確認するよ! 端っこを少しもらっちゃダメ?」


「ご利益がありそうです。ご神体として祀りましょう」


「装備とあれば騎士としても気になります」


 というわけでみんなで一緒に装備を確認することになった。あとマリーさんはどこに行こうとしているの? サーレの一件以降、エル・サーレ教に対抗するように俺を神聖視しだした。変な宗教とかやめてね?


「ご心配なく。サーレのような邪教とは違いますから。それより神聖な装備はマーリン様が着てこそだと思うのです。ぜひ色々な装備を装着して見せてください」


「それはいいわね。ただ装備を見るよりずっといいわ」


「かまいませんよ。では着替えてきますね」


「こっちを衝立で区切ったから、ここで着替えてね! 色々な装備を見たいからパパっと着替えてね!」


 部屋の隅に作られた着替えスペースで、まずは破壊魔法用の広域殲滅装備に着替えた。宇宙船で襲撃を受けたときに一部装備したやつだ。


 メイン武器は、紅い宝珠の付いた黒い杖、名前は【竜杖】だ。名前の由来は、竜玉と呼ばれる紅い宝珠にある。これは竜の魔石で、天然の魔力タンク兼優秀な魔法増幅器として機能する。


 装備の効果として魔法の射程と効果範囲が3倍になるので、広範囲の破壊魔法と相性が良い。


 体装備には漆黒のローブ。ちなみに名前も【漆黒のローブ】だ。こちらも竜に由来する装備で、回復魔法に特化した白銀のローブというものを竜の血で染めることで作製した。


 白銀のローブの効果が反転し、破壊魔法特化になった漆黒のローブは、破壊魔法の最終ダメージを1.25倍に増加させる。強すぎる。


 あと細々とした装備は、破壊魔法の消費MPを軽減するものと魔力を増加させるもの。こちらもほとんど黒色で、全体的に黒い。


「あのときは感じなかったけど、何か威圧感のある装備ね」


「ちょっとだけ、先っちょだけ! 先っちょだけでいいから削ってもいいかな!?」


「血……、マーリン様の血で染めれば神聖な装備に……」


「皆さん落ち着いてください。カエデ様は手を触れない。マリーはおかしな想像はやめなさい」


 魔力を感じられるようになって、この装備の凄さが分かるようになったようだ。血染めのローブにも嫌悪感はないようで、実際に触ってみて感じる魔力を確かめている。でもちょっと触りすぎじゃない?


「皆さん手を触れるのはほどほどに」


 さすがセレナさんだ。この状況を収めてくれ!


「タッチは2回までです。後ろと入れ替わってください」


 違う、そうじゃない。ぺたぺたと触るのをやめてほしかったの。


「質感は布に近いね! でも魔力のせいかハサミが全然歯が立たないよ!」


 あとそこは装備を切り取ろうとするのをやめなさい。


「能力が確認できたので次の装備に着替えます。手を放してくださいね」


「えー、もうちょっとだけ」


「あとで適当な装備をあげますから、それで我慢してください」


「本当? やったー!」


「それはカエデだけずるいのではないかしら」


 そういうリリーナ様の左手中指には、俺があげた魔法防御の指輪がはまっている。それじゃダメ? ダメですか。


 魔法の装備といえば、セレナさんたち神秘魔法組に使ってもらった魔力を上げる腕輪は、そのまま使ってもらっている。特別強い装備というわけでもないし、護衛の強化という意味でも多少は効果はある、といいな。


 俺のインベントリには使っていない装備がそれなりにある。リリーナ様の言う通りではないけど、皆に渡して使ってもらう方が有効利用になるだろう。


「わかりました。皆さんにも装備をあげますよ。既製品ですから、デザインに文句は言わないでくださいね」


 新しい装備を全員分作るには材料が足りない。生産用の素材はすべて拠点に保管していたので、この世界に来るときに持ってこられなかった。


「言ってみるものね。どんな装備がもらえるのかしら?」


「少し待ってください。今出しますから」


 これはゲーマーあるあるだと思うのだが、使わない装備でも1つは手元に置いておきたいという思いがある。どう考えてもいらないのだが、そういう装備がインベントリの肥やしとなって枠を圧迫していくのだ。


 幸いにも、MFOのインベントリにはかなりの量が入ったので、それで活動に支障をきたすということはなかった。また、タブ機能が付いていたので、使わない装備を【その他】タブにまとめて放り込んでおけた。


 何が言いたいかというと、俺にもどんな装備が入っているかわからないってこと。


「これは、布の服と同程度の防御力のローブですね。こっちは、何の補正もない樫の杖です」


「それは、ただの服と木の棒とどういう違いがあるのかしら?」


「ほぼ同じですね。……すべてがこのレベルではないですよ?」


「本当かしら……」


「これなんてどうでしょう。邪神官の堕落ローブです。デバフの効果が増加しますよ」


「これを着るの?」


「……しまっておきましょう」


 同じ黒色でも、漆黒のローブとは違い禍々しさを感じる。これを着るのは俺でも嫌だ。


「ただの服と見た目が変なものは除外しましょう」


「そうですね。無難なものだと、短杖、ローブ、手袋、グリモワール、宝珠、あとは腕輪ですね」


 効果が高いものは見た目も奇抜なものが多い。そういうのは弾いて、無難な効果なものを取り出した。


「これはどういう効果があるの?」


「見た目は違いますが、基本的には魔力を増やす効果があります。セレナさんの持っている腕輪と同じようなものです」


 性能は同じようなものなので、あとは見た目で選んでもらえばいいだろう。最初からこうしていれば良かったな。


「そうなの……、ってこの宝珠、浮いているわよ?」


「そういうものです」


「へえ」


「そういうものじゃないよ! どうして浮いているの! あとこっちの本も浮いているし! どういう原理なの!」


 原理とか言われても困る。武器装備の本や宝珠は、勝手にキャラクターの前で浮遊するものだった。そういうものなのだ。あと装飾品になると周囲を飛び回ったりもする。


 思い思いに装備を選んでもらおう。ため込んだ装備品は種類だけはある。


「私はこの純白のローブにします。マーリン様の神聖さを表しています」


「この短杖は武器にもなりそうですね。私はこれにいたしましょう」


「手のふさがらない宝珠や本は便利そうですね。騎士用の装備と併用もできそうです」


 マリーさんは白のローブにしたようだ。神聖さとか意味が分からないが、回復魔法を使うマリーさんにはぴったりだ。


 セレナさんと騎士の人たちは、実戦重視の装備を選んでいる。手をふさがないものや武器として使えるもの、手袋なんかもいいな。銃や特殊警棒を構えてみて違和感がないか確認している。


 さて、先ほどから騒がしいカエデだが。


「おおぅ、本と宝珠が同時に使えない! どっちかしか浮かない! どうして!」


 浮遊する装備に夢中になっている。どうしてと聞かれても、そういう設定だ、としか言うことがない。本は浮く、これ魔法使いの常識ね。


 最後は言い出しっぺのリリーナ様だ。


「どう? このローブは似合うかしら?」


「落ち着いた赤色に髪色が映えてお似合いかと」


「そう、これもいいわね」


 装備をとっかえひっかえして俺に意見を求めるのはやめてほしい。


 服装を品評するような感性は俺には備わっていない。なんとか言葉をひねり出して褒めているが、限界は近い。


 これが地球ではついぞ縁のなかった、女性の買い物に付き合うというやつか。テキトーに装備を出して選んでもらえば楽ができる、と思ったのはどうやら間違いだったようだ。


「これはどうかしら?」


 正直、リリーナ様は元がいいのだ。だからどんな服装でも似合う。それこそダサTシャツを着てても、なんかそういうオシャレなんだなと納得できるだろう。


「こっちはどう?」


 お綺麗です。だからもう開放してくれ!

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