3.本能-ブリーディング-

 ナイアーラトテップことラトがその手を“崩壊の中心”へと翳す。


 他の者たちから見ればなんてことはない、ただそれだけの行為ではあるが、やはり神性であるシュブ=ニグラスシュニス、そしてその“魂”こそ神性でないにしろ、器に神性の一部が“混じる”識守珠輝タマキ・シキモリは、確かにそれを感じるのだろう。

 シュニスは眉を僅かに動かし、タマキは感じたことのない感覚に戸惑うような様子を見せる。


 ラトの手の先、その得体のしれないナニカを中心に、広がる異質な力。

 それはきっと宇宙から来たモノではなく、ラトが振るう力、その範囲なのだろう……視覚で捉えることはできないが、感覚的にそれらは周囲数キロを覆っていると理解できた。

 シュニスとはまた違う邪神の振るう力、その一旦を目の当たりにしたタマキ。


「崩壊が、収まってる……?」


 呟くタマキの視線の先、空間の崩壊が止まる。

 砕けた空間はそのまま残っているが、それ以上に崩壊が進む様子は見えずに、とりあず直面している危機が去ったこと自体にはホッと息をつく。

 だが、まだ終わっていない。


 崩壊の中心である“ソレ”は、そこにあるのだ。


 ふと、タマキが視線をラトへと向ける。


「えっ」

「ふふっ、どうしたのお姉ちゃ───げふぅっ」

「めっちゃ血ぃ出てるじゃん!? 余裕そうな顔してたのにぃ!」


 邪神とはいえ年端もいかない少女の容姿で、目と鼻と口から血をふきだしているのは非常に絵面がよろしくない。

 思わずツッコミを入れてしまったタマキではあるが、焦っているし、痛々しい様子に思うところがあるのも事実だ。

 故にどうしようかとシュニスを見るが、彼女はやけに冷たい“表情”をしているように感じた。


「ざまぁないのね。トリックスターを気取っておいてそれなんて」

「まぁげほっ……私も同じでこの“宇宙”に閉じ込められてる一部だし、やれることはたかが知れげぶっ、」


 立ったまま、片腕をかざしたまま、別になんてことはないという風な姿で血液を垂れ流す少女にタマキや隊員たちが怪訝な表情を浮かべる。

 だが、自分たちにそれ以上できることなどなにもありはしないのだから、今は目の前のことに意識を向けた。

 割れた“隕石のようなモノ”から、なにかが───這い出る。


 最初に“腕”のようなものが見え、それに次いでなにかがベチャリと地に産まれ落ちた。


「っ、な、なんだあれ……」

「ああ、宇宙的神秘! 瞳がっ、脳がっ、震えるっ……!」


 興奮する教徒を誰も意識していないのは、やはり眼前の“生物”のせいなのだろう。

 タマキもそれが尋常ならざる生物であることは本能的に理解している。

 存在するだけで“三次元世界この世界”を崩壊させる異次元のモノこそが目の前のソレだ。


「ひ、人型……?」

「そういう生き物なのか、それともこちらに合わせる生体なのか……まぁどちらにしろやることは一緒だわ。ナイアーラトテップが限界を迎える前にアレを消すわよ。今なら触れても問題ないはず……よね?」


 シュニスの言葉に、ナイアーラトテップは笑顔を浮かべながら頷く。


「ま、頑張ってよね。一部ったって私だって消滅するのは癪だしね」

「とのことよ。おそらく生物の範疇を出る存在でないわ。ならやることはいつも通り……」

「え、ふ、普通に倒せるのか、あれっ」

「ええ、別の宇宙の生物で、生物であることに変わりはないわ……まぁもっとも、哺乳類だとかいう類に納めるにはあんまりだけれど」


 立ち上がった“人型”の生物が、ゆらりゆらりと上半身を揺らしながら歩き出す。


「本能的に私達が敵だと理解しているのかしら、自身の生命を脅かす者だと……でも呼ばれて舞い込んだのはアレのほうよ。遠慮することはないわ」

「っ……やる!」


 タマキは両手で拳銃を握り、銃口を真っ直ぐ揺れる生物へと向ける。

 隊員たちも銃を構え、教徒たちも攻撃の構えを取り、しっかりと眼前の生物へと己が力を向けた。

 どのようなことをしてくるかもわからない生物を前に、タマキは固唾を飲んでその生物を観察してみる。


 濃い青の人型、その頭部らしき部分には的当てを思い出させる赤い丸の模様が描かれていて、胸部からは触手のようなものが何本も生えていた。


「攻撃、開始しますッ!」


 悍ましき生物を前に、タマキは宣言と共に引き鉄を───引く。


 放たれた弾丸が真っ直ぐに“生物”の……目の前で弾かれる。


「なんだ、シールド!?」

「あ~、あんなのゾス星系にいたなぁ……えっと、産まれたてだと外部からの危険を凌ぐために、そういう膜があるってやつ、まぁ破れたら終わりな、はず?」


 ナイアーラトテップの言葉に、つまりそれがシールドだかフィールドだかの役割を果たしていることを理解した面々、そしてそれが破れれば攻撃が通ると言うことも……。

 自身らの現状の力でそれがやれる確信などどこにもないが、やるしかないのだ。

 やれると信じないで、この異常な状況を正気で抜けられるはずもない。


「各員、攻撃を集中しろ、あの異次元生物を排除する!」

「了解!」

「私達も神子様とシュブ=ニグラス様の障害を排除するわよ!」


 タマキも含めた猛攻……弾丸と火球が放たれていく。


 シュニスも触手をスカートの中から出現させると、地を滑らせて攻撃の隙を伺っている。

 手足がしっかりつかめるならば引きちぎるという選択肢も取れるが、現状では遠距離攻撃の方が良いという判断の元、シュニスは右手を前に突き出す。

 その掌に集まるのは“風”であり、シュニスはそのまま風を前方へと“放つ”。


 教徒たちの火球然り、それは魔術の類なのだろう。真っ直ぐに奔るそれは異次元生物───その膜に弾かれる。


「やはりこの程度じゃ、もっと連続して……」

「あ、ショゴスが!」


 残っていたショゴスが動きを見せた。

 別に“同種の生物”でないせいだろう。ショゴスが“異次元生物”へと触手を伸ばしていき、異次元生物を中心に円形になっているらしい“膜”で阻まれる。

 だが、ショゴスが伸ばす何本もの触手により、その膜が異次元生物の半径1メートルほどを覆っているのだと目視で確認できた。


 ありがたいことだが、心境は複雑である。


 このまま相打ちをしてくれるのを期待したいところであるし、一端攻撃の手を緩めておく。


「タマキちゃん、シュニスさん、自分は少し下がって“電波が届く場所”で増援要請を!」

「あ、了解です。お願いします!」

「ええ、シロナかアキサメあたりが来てくれるとありがたいのだけど……」


 シュニスの言葉に頷き、隊員がタマキとシュニスに背を向けて走り出す。


 だが、次の瞬間───咆哮が響く。


「ぐっ!!?」

「るさっ……!」

「ひっ、な、なんだこの声っ、異次元生物のものっ!?」


 タマキとシュニスも、隊員たちも教徒たちも攻撃の手を止めていたが、すぐに次の攻撃の準備に入る。

 既に膜にはショゴスが張り付いていて、遠目から見ればそれは巨大なショゴスの肉塊のようにすら見えた。

 肉が蠢くその中から響く声。


 次の瞬間、ピンク色の線が“迸った”。


「タマキあぶないっ!」

「きゃっ!?」


 突如として隣のシュニスの左腕が飛び出し、タマキは突き飛ばされる。

 刹那、“ピンク色の線”が地を滑るように下から真上へと奔った。


 まるで“レーザー”のようなそれは、上空へと迸っていき、突き飛ばされたタマキは体勢を崩しながら雲が“割れる”のを見た。


「いたっ!」


 尻もちをつくタマキが、異次元生物の方へと視線を向ければ、前面───つまりタマキたちの方面、ピンク色の線が奔った場所に張り付いていたショゴスが、真っ二つに裂ける。

 目を見開いたタマキが、次にシュニスへと視線を向けた。

 彼女は眉を顰めて、いつになく低い声で呟く。


「これはまずいわね……」


 苦々しい顔をしながら言うシュニスの、タマキを突き飛ばした腕がズルりと落ちる。

 そして、タマキは最後に地に奔った線の痕を視線で追い、先ほどタマキとシュニスに増援を呼ぶ報告をしていた隊員がいることに気づく。

 その隊員は既に立ち止まっていて、背を向けたまま───縦真っ二つになって崩れ落ちる。


「う゛っ……!」


 諸々と飛び出たその姿を見て、口を押えるタマキ。

 自分やシュニスならばまだ見慣れているところがあるが、やはり生身の人間がそうして“真っ二つにされ中身を露わにする光景”は、彼女の精神を削るに余りあるものだ。

 なんとかソレを飲みこんで、タマキはすぐに起き上がって異次元生物の方へと視線を向ける。


「なに、やってんだ……?」


 異次元生物は、膜はどこへやらショゴスをその左右の腕(らしき部位)で一体ずつ掴み、振り回していた。

 それにより他のショゴスがソレへとぶつかり吹き飛んでいく。

 核を破壊されたわけではないから活動停止、とはならないが、ボロボロの体を再生するのに多少の時間は擁するだろう……。


「生まれたて、なだけありますね」

「ああ、子供か……?」

「そんな単純な生物ではない、けれど……まぁ、そうなるのかしら」


 左腕を失ったシュニスはそう言いながら、その断面から触手を伸ばして臨時的な腕を形作る。

 その間も、異次元生物はショゴスで遊んでいるようで、中には“偶然に”核を破壊されてボロボロと崩れ去るショゴスもいた。

 コクーンオリジンが異次元生物へと触手を伸ばすが、その触手は素早く掴まれる。


「膜が消えたっ!?」

「ありがたいことに、ショゴスが大量に取りついたことが功を制したわね。内側からアレで諸共に吹き飛ばしてくれたってわけでしょう」


 異次元生物が投げ飛ばしたショゴスがシュニスへ飛んでくるが、触手で形作った左腕でそれを受け止め、握りつぶす。

 前に出た教徒が火球を放ち、その影響により流れる鼻血を手の甲で拭う。


「ちょ、大丈夫!?」

「私みたいな才能無しが扱うとこうなるんですよ! 平気です! それはともかく、あのレーザーのようなものを撃たせたおかげで攻撃が通るということですね!?」

「まぁ魔術的な防御膜でも生物的な保護膜でもなく、卵の殻に近いモノだと考えればそうでしょうね」


 真っ直ぐに飛んだ火球が爆発。


「さて、ダメならわりと詰みでしょうけれど……」


 爆煙が晴れたそこには、異次元生物がいた。

 濁ったように深い青の表皮らしき外側部分に、僅かに色が違う部分ができているように見える。つまりは火傷を負った、と考えて良いだろうとタマキは判断した。

 あのような火球を受けた上で“その程度”ではあるのだが、ダメージが入っているかいないか、0か1かでは大きく違う。


 だからこそ、僅かな勝機に安堵の表情を浮かべるタマキ。


「よし、やるぞ……!」


 そう言った瞬間、タマキの隣を“ナニカ”が高速で横切った。


「へ……?」


 振り返れば、エルダーコクーンの欠片が、隊員の一人に直撃している。

 隊員は既に物言わぬ肉塊と化し、タマキは無言で前を向く。

 先ほどと同じぐらいにグロテスクな光景ではあったのだが、理解が追いついていないのかタマキはそのまま、真っ直ぐに“それをやった生物”に視線を移した。


 腕を振り下ろした格好で固まっていた異次元生物が、鳴き声を発す。


「うぁッ……!」


 響く鳴き声は先ほど以上のもので、思わず耳を押さえ目を瞑るタマキであったが、僅かに眼を開いたときには、既に遅かった。

 視線の先、異次元生物が───走り出す。


 ハッとして耳から手を離し、銃口をそちらへと向けて引き鉄を引く。


「攻撃開始! タマキさんを守れ!」

「神子様を守るわよ!」

「え、私は?」


 シュニスのぼやき。隊員たちはともかく、自身を信仰しているはずの教徒たちもその認識であれば、そう言いたくもなるだろう。


 真っ直ぐに奔ってくる異次元生物は先ほどまでの“遊び”を感じさせない。

 両腕をバタバタと動かし、身体を前のめりにして、まるで獣のようにタマキたちへと走る。

 一歩一歩の踏込みの勢い故か、脚の動きはともかく跳ねるように、凄まじい勢いで接近するソレへと銃弾の雨が飛び交うが、まるで気にする様子もなく突撃を続けていた。


 皮膚は堅いわけでもなさそうだが、柔らかいわけでもなさそうで、銃弾は真っ直ぐにぶつかり、そのまま僅かに表皮をへこませるも、逸らされていく。

 ともなれば、このまま無暗に銃撃をしていても話にはならなさそうだ。


「どうなってんだよコイツっ……!」

「タマキっ!」


 シュニスの呼ぶ声と共に、異次元生物が跳びあがる。

 視覚があるのかもわからない。目に相当する器官が見当たらない故に……だがタマキは理解していた。

 その生物が“自らを見て”いることに……。


「ひっ……!」


 怯えながらも、タマキは銃口を跳びあがった異次元生物へ向け、撃つ。

 放たれた弾丸は、真っ直ぐに異次元生物の頭部へと命中するが……その表皮にぶつかった瞬間に、その表皮を押しつぶしながらも、逸れていく。

 シュニスが左腕の触手を空中で無防備にいる相手へと伸ばしつつ、叫ぶ。


「フラン、ベルナ!」


 自らの親に呼ばれた二匹のティンダロスの魔犬が跳びかかるものの、その爪牙を突き立てるよりも早く、異次元生物の腕が“伸び”て、二匹を掴まえる。

 タマキがハッとした表情を浮かべるも、二匹はそのまま放り投げられ、そのパワー故にかなり遠くへと飛ばされてしまう。

 次いで襲い掛かるシュニスの触手を、体をくねらせ回避。


「初見の攻撃を避けるっ!?」

「初見じゃないでしょう!」


 隊員の驚愕に、教徒が答える。

 先ほどから、何度も触手による攻撃を受けている異次元生物はしっかりと、それが攻撃だと学習した。恐るべき成長速度、それも“邪悪の末裔異次元の生物”ということだろう。

 異次元生物が着地するなり、シュニスはスカートの下から触手を伸ばしつつ左腕の触手を回収するが、地を蹴り、勢いよく跳ねた異次元生物はそのままシュニスの正面で───口を開く。


「なッ!?」


 顔の中央の赤い円の中が開き、そこにびっしりと牙の生えた空洞が現れる。


 それがシュニスの眼前へと迫るも───横からの衝撃。


「シュニスっ!」

「タマキ!?」


 突如、横からタマキがシュニスに跳びかかり間一髪で異次元生物の牙を回避。

 噛みつきなどと言うレベルで済まされない致命的な一撃を食らいかねない攻撃。死なないとはいえ回復の時間を考えれば受けるわけにはいかないし、頭部を持っていかれてはさすがに戦闘を続けることもできなかっただろう。

 だからこそ、タマキのした行動には強い意味があるが……。


「きゃっ!」

「うっ!」


 勢い故に転がるシュニスとタマキだが、シュニスはと言えばしっかりタマキを抱きかかえて守っている。

 すぐに起き上がろうとシュニスが目を覚ますが、次の瞬間に視界に異次元生物が映った。

 ハッとするなり身を翻し、タマキを下にする形で自身を盾にしたシュニス。


「あっ、まず……あぐぅっ」

「シュニスっ!?」


 タマキが目を空ければ、倒れている自分の上に重なったシュニスが眉を顰めて苦痛に顔を歪めている姿だった。

 彼女がそんな表情をするのが珍しく感じるのは、彼女が腹を貫かれたりしても飄々としているのを見ているからだろう。

 だが、今回は違った。


 シュニスの背に、異次元生物の手、その“六本の指”が突き刺さる。


「この痛みっ、まさか私が……?」

「痛っ!」

「タマキ……」


 顔を顰めたタマキの、右肩が僅かに負傷していた。

 シュニスをかばった時に異次元生物の牙が掠ったかなにかしたのだろうと察するシュニスは、そう考えながらもスカートの下から伸ばした触手で異次元生物の脚を掴む。

 そのまま遠くへと放り投げるつもりだったのだが、遅かった。


「あ……!」

「シュニスっ!?」


 タマキの上から、シュニスが消える。

 異次元生物の脚を掴んでいた触手が、逆に異次元生物に掴まれそのまま勢いよくシュニスは投げ飛ばされた。

 脚を掴んでいた触手も引きちぎれ、そのままシュニスは数メートル離れた地へと叩きつけられ転がる。


「え、あ……っ!」


 つまり、その場にはタマキと異次元生物。

 それがどのような状況か理解し、タマキが右手に持つ拳銃を異次元生物に構えるが、次の瞬間に異次元生物の顔の赤い丸の色が黄色に変化したのを見る。

 今までにない反応に僅かに動揺しながらも、開かれた口に自らの着ていたパーカーの一部が入っていることに戦慄し、引き鉄を引いた。


「だめっ……!」


 放たれた弾丸はやはり意味をなさずそれて飛んでいく。

 異次元生物の前でいつまでも倒れているわけにはいかず、タマキが起き上がり距離を取ろうとするが───遅い。


「ひっ!?」


 逃げようとするタマキの両足を、異次元生物の胴体に生えていた触手が伸びて絡め取る。

 軟体的な触手により掴まれた脚だが、それは筋肉の塊かのようにがっしりと力強くタマキを逃がすことなく掴まえた。

 膝を折って、タマキの脚の間で座り込む異次元生物。


「くんなっ、こいつっ! ひぅ、消えろぉっ……!」


 何発も銃を撃つ、その反動は右肩の怪我に響くが、今のタマキにそれを感じる余裕もない。

 そんなことをしていれば弾ももちろんなくなるわけで、弾丸の入っていない銃の引き鉄を二度ほど引いてから、弾倉を取り換える。

 そこでふと、タマキが中々痛みを感じないことに気づく。


 別に肩の痛みと同じ理由で、というわけではない。純粋に、異次元生物が攻撃する仕草を見せないのだ。


「な、んで……?」


 素直に疑問を口にするタマキの脚の間で、異次元生物はその顔の黄色の模様を赤と黄色に“点滅”させた。


 離れた場所で、ナイアーラトテップの表情が歪む。

 他の隊員も教徒たちも、タマキの近くにいる異次元生物を攻撃できないので、じりじりと接近を試みいる。

 そうしてタマキ救出を考えながらも、現状攻撃する様子の見えない異次元生物を刺激しないように、としているのだろう。


 だが、ナイアーラトテップは生まれたばかりの、本能だけで行動する生物のそんな様子に疑問を感じた。

 だからだろう、その生物に対して知識が無いながらも“ゾス星系の生物”に対し知見のあるナイアーラトテップはそれを理解し、ハッとした表情で倒れているシュニスと、シュニスの無事を確認しようと近くにいる教徒に向かって叫ぶ。

 ティンダロスの魔犬はどこに飛ばされたかわからないとなれば、現状でなんとかできるのは彼女しかいない。


「シュブ=ニグラス! マズい! アイツはタマキの血を飲んで本能的に理解した!」


 その声が響き、他の者たちもナイアーラトテップの方を向く。


「母体だ! 神の子を産めるような神性で頑丈で適応力の塊の母体っ、アイツ本能的にっ」


「きゃぁぁあっ!!?」


 瞬間、絹を裂くようなタマキの叫び声が聞こえて、ナイアーラトテップはそちらを向く。

 既にタマキの服が引き裂かれているし、さらに異次元生物はタマキへと接近している。

 ナイアーラトテップは動けない。


 内心見下していた“邪神”を頼る他ない。


「やめっ、やだっ……!」


 タマキはラトの言葉をしっかり聞いていたし、意味を理解した。

 故に、直後に異次元生物によって衣服が力任せに引き裂かれたことに恐怖し、叫ぶ。

 他の隊員や教徒たちが接近をかけようとするが、異次元生物の胴から伸ばされた触手が暴れまわり、その行く手を阻む。

 身を捩るタマキであるが、異次元生物の力強い触手がその両足、左手に巻きつき行動を阻害する。


「いやだっ、やだっ、やめっ、しゅにっ、しゅにすっ! シュニスっ!」


 叫ぶが、声は返ってこない。


「ひっ! やだっ! やだあぁっ! 助けっ、しゅにすっ!」


 胴に生えた沢山の触手の奥から、色違いの“内臓ピンク”色の触手が一本、現れた。

 タマキが叫びながら、全力で抵抗しようとするが触手がそれを許さず、決して離さない。

 異次元生物も本能的に“その番”を逃せば次がないことを理解しているのだろう。この次元の違う宇宙において、貴重な番であると……。


 タマキは眼前の悍ましいソレに涙を流しながら叫び、彼女の名を呼ぶ。


「どいてっ! あっちいってぇ!」


 右手の銃口をその顔面に向けて、トリガーを引く。

 瞬間、吐き出された弾丸は異次元生物の口内へと入り込み───後頭部を貫き、突き抜けた。

 青い血液が吹き出し、異次元生物が弱々しい咆哮を上げる。


「あ、あはっ、あははっ! や、やった!」


 タマキが笑みを浮かべながらもう一度トリガーを引こうとした瞬間、異次元生物の顔が“伸びた”。


 口がタマキの右腕の上腕の半分ほど飲み込むほどまでに伸び、そのまま───食いちぎる。


「あ……あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!?」


 異次元生物の顔が元に戻れば、その口部からはぼりぼりと音が鳴り響いた。

 タマキの腹部に白い“骨と肉の破片”、つまり“食べ零し”が落ちていく。右腕から血を流し、その黒い瞳から涙を流し、恐怖と痛みに怯え、挙句に迫るさらなる恐怖に叫ぶ。

 ピンク色の触手が、タマキへと近づいていく。


「や、だぁ……ひっ、あぁ……しゅ、にすっ……た、すけっ……」


 その先端が、タマキへと触れた。



「私のタマキに、手ぇ出してんじゃぁないわよ……下等生物が……!」


 ……瞬間、空気が震える。



 タマキの周囲から、地を破って“樹木”が突き出す。

 鋭い枝先は異次元生物の触手に突き刺さり、徐々に太くなる枝はその触手を切断するに至る。

 彼女を守る様に現れた樹木はそのまま異次元生物を僅かに突き放すが、異次元生物はさらに触手を伸ばそうとした。


「汚いのよ、それぇッ……!」


 次の瞬間には、異次元生物は横へと“吹っ飛ぶ”。


 入れ替わる様にタマキの眼前に現れるのは、金色の髪の女性……シュニスだ。


「私の綺麗なタマキに、汚物みたいな汚いもん押し付けてっ、どういうつもりでっ……!」


 地に倒れているタマキと、その上に覆いかぶさっているシュニス。


「私がッ、私がタマキを守るって言ってんでしょぉがッ!」



 いつになく激しく感情を露わにして叫ぶシュニスが、自らの真下にいるタマキを“視る”。



 タマキは、自身の上にいるシュニスの、“金色の瞳”を視た。


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