4.邪神の子
それは、
【タカマガハラ】直轄の機関【カグヤ】からは【一級指定邪教】と認定され、過去カグヤが何度か支部への強制執行を行うものの、幹部の尻尾は掴めずじまいであり、大司教については影も形も掴めない。
ただ、それが男だとわかるのみで、大司教の子を孕んだとされる信者たちですらも、誰一人その詳細を知らず、どのような者か話すこともなかった。
姿の見えぬ大司教、故に、その罪を贖わせることもままならない。
だからこそ……異常だった。
「いやぁ、こんな機会滅多にない、存分に親睦を深めるとしましょう!」
檀上で、初老の男がそう言いながら手に持ったワイングラスを掲げる。
その大広間にはテーブルいくつも並べられており、その上には見目麗しい彩り豊かな料理が置かれていた。
総勢50人を超える男女は
檀上にいた男はすでにそこから降りて、周囲に数人の女性が集まる。
やはりここも男女比で言うと女性の方が多いのだが、男性もそれほど少なくはないが、別に関係もないことだ。
問題は、教団幹部たちがこぞって集まりこんな派手な宴を開いていることにある。
今まで息を顰め、カグヤから隠れて教団を肥大化させてきたというのに、ここにきてこんなことをしている理由は───【シュブ=ニグラス】にあった。
そもそも、彼らはかの邪神を崇拝・信仰などしていない。
ただ、邪教が金になるという話を聞き及び、その流れに則り元々あった
既に最初の狂信的大司教は姿を晦まし、今では金と欲の亡者たる現大司教が教団を導く立場に収まっている。
魔術的なもので邪神を呼び出そうとする下の者たちもいるが、それらにも別に興味はない。
ただ、邪神の名の元に金や若い男女を集めたいだけだ。
だがつい最近、問題が発生した。
……シュブ=ニグラスの降臨に成功したという噂話である。
それは、教徒がなにやら魔術的な“道具”を発見したのが発端であった。
教徒はその道具───“鍵”を用いて、タカマガハラ近郊の秘匿された教会にて儀式を行ったのだが、儀式に参加した者が誰一人として戻らず消滅したということがリークされ、代わりに現れた女がシュブ=ニグラスと名乗っていたことが判明。
さらに同時に現れた者を───厳密には違うものの【
情報がもたららされた時、大司教を含む幹部たちは大いに狼狽えた。
自分たちが侵攻していたはずの【シュブ=ニグラス】というこの世に存在しないはずの神が、他でもない“傀儡”であり“金のなる木”であったはずの信徒たちに、この世に顕現させられてしまったのだから……。
それが知れ、あまつさえシュブ=ニグラスがカグヤにいると判明し、信じられようものならば、この
だからこそ、それらが知られる前にシュブ=ニグラスを処理する必要があったのだが、戦闘力は未知数であり、第一部隊───鎮圧部隊でその力をいかんなく発揮しているともなれば、かなり手強いことは確かであり、戦闘能力が一部を除いて皆無である闇囁教会では、彼女を含めたカグヤを相手取って真っ当に処理することなど不可能に近い。
なればこそ、別方向でシュブ=ニグラスを処理する必要がある。
そして、処理こそままならなかったが“封印”はほぼ成功と言って良い結果となった。
内部に潜入した【シュブ=ニグラスへの人質】以外のカグヤの手の者はすべて捉えて“処理”か“尋問中”であり、あとは拠点を移しさえしてしまえば、再びカグヤは遠ざかる。
最悪は、新しい司教を立てて身代わりにしてしまっても良い。
ともあれ、今は一時、カグヤを退けたことに対する、シュブ=ニグラスを捕獲したことに対する歓喜の宴の時間である。
宴が始まり二時間が経った頃、酒を飲み赤らんだ顔の大司教はにんまりと笑顔を浮かべて、タマキたちが初日に出会った司教の肩を叩く。
「この大規模拠点はそろそろ破棄されることにはなるが、君には新たな教会を与えよう」
「ハッ! ありがとうございます」
「司教を適当に立てておくといい。ルートは?」
「確保してあります。みなさまがご来賓されたルートのどこからか同行させていただくつもりです。展望台から以外のルートは全て破棄してしまう予定ですので、おそらく足取りも残らないかと」
ぬかりがないと、笑う大司教。
「それも全部君のリークのおかげだね。シスターヤドリギ」
大司教の視線の先には、ユーリ・ヤドリギの姿があった。
彼女はタマキたちに向けていた笑顔とまったく別の……下卑た笑みを浮かべ、ケラケラと肩を揺らして笑う。
「いえいえ、こっちもこっちで色々と役に立つ情報ばかりで……シュブ=ニグラスをいただけるなんて、本当にありがたい限りですよ」
「こちらの施設ではあるがね」
「いえいえ、研究施設や機材までいただけるんですからありがたいことですよ」
変わらずケラケラ笑うユーリに、大司教も満足そうに笑みを浮かべて数度頷いた。
「シュブ=ニグラスの神子にしっかりと“首輪”もつけたのだろう?」
「まぁしっかりと……それが邪神に対する抑止にもなってますからねぇ。おかげで邪神を解体し放題でしたよぉ、まぁ内部構造はほぼ人間と変わりありませんでしたし、最後の方は弱ったのか再生能力も落ちて……興味があるなら映像つきの資料もお渡ししましょうか?」
「……い、いや、結構だ」
狂気的な笑顔を浮かべ言うユーリに、大司教はひきつった笑みを浮かべつつ片手を出して拒否を示す。
つまらなさそうに唇をとがらして、ユーリは司教の方を向くが、彼もまた首を左右に振るった。
並の人間が見たら卒倒するような映像……“解剖”に同席していた者は十人ほどいたが、最後まともに立っていたのは一人だけだった……ユーリを含めて。
「大司教さま……」
突然、妙齢のシスターが一人、大司教へと近づく。
ユーリと司祭、そして大司教にだけ聞こえるように、シスターは話を続ける。
「カグヤのエージェントです。展望台ルートとは別のルートで潜入してきたようです。人数は十人にも満たないのですが……」
「意外と早かったな。まぁそろそろ良い時間だな。そちらのルートに“魔術師”数人を送って足止めを、こちらはシュブ=ニグラスを確保し、そのまま“研究所”からのルートでさっさと戻ろうか」
大司教の指示に、シスターが頷いて足早に去っていく。
それを見るなり檀上へと再度上がった大司教が、両手を広げて幹部たちを見やる。
「さて、ここらでお開きとしましょう! “偽りの神”を手に入れた我々ならば、またすぐにこういう機会もありましょうぞ!
その声に、それぞれが手に持ったワイングラスを持ち上げた。
大司教は檀上から降り、その正面の入り口を見つつも、もう一つある横の扉へと数人の者たちが向かって行くのを見る。
それは先ほど報告に来たシスターと、ローブを纏う二十名ほどの信徒。
つまりカグヤに対抗する力を持つ者たちだ。
再度、ユーリと司教が大司教の近くへと寄る。
「それでは、さっさとシュブ=ニグラスを確保して行きましょう」
その言葉に、頷く大司教ではあったが、すぐにユーリの方へと視線を向けて怪訝な表情を見せた。
顎に人差し指を当てて何かを考える様子を見せる彼女が、すぐに肩を揺らし意味深に笑う。
「タマキちゃん……神子をついでに確保してきていただいていいですか? シュブ=ニグラスを確保した今、別に必要ないとお思いかもしれませんけど、やっぱ人質はいた方が良いですし」
「構わないよ。では数人をそちらに向かわせて……」
瞬間───広間の正面入り口が、開く。
展望台側に新たにカグヤの鎮圧部隊が現れた、などという報告だろうと大司教はそちらを向く。
別段、だとしても隠し通路に辿りつくこともあるまい。たとえ隠し通路に辿りついたとしても、退避ルートはその廊下に山ほどあるのだ。
だからこその余裕、だからこそのこの宴。
……だった。
「え……い、犬?」
そこには……“犬のようなもの”がいた。
大きさは一メートルほどだろう。
容姿はやはり犬、いや狼のような、だがその全身は無毛であり、その肌は青白い。
燃えるようあ紅い瞳を持ち、荒い息をする口に並ぶ無数の鋭い歯はサメのように何層にも連なっており、舌の先端は鋭い針のようですらある。
一歩、二歩、と踏み出せば、その青白い身体から滴る青い液体が、ポタポタと落ちていく。
そして同時に、その口に付着した赤い液体も床に垂れる。
誰も、一言も発せないのは……“ソレ”に目を付けられることを本能的に恐れているからだろう。
「あらぁ、大勢でお楽しみだったのねぇ」
瞬間、声が響いた。
穏やかであるが、ゾッとするようなナニカ感じさせるその声は、その犬のようなモノの後ろ、扉の向こうからであった。
開かれた扉、真っ暗な廊下の向こうから現れるのは金糸の如き明るい髪をなびかせる───邪神“シュブ=ニグラス”である。
修道服を纏い、笑みを浮かべるシュニス。
「ん~あの女はいないのねぇ」
明るい雰囲気でそう言う彼女の横にいるのはタマキ・シキモリ。
同じ金色の髪を持つ彼女は、シュニスに寄り掛かるように体を預けていて、シュニスもまた片手でタマキを抱き寄せて支えている。
やけに疲労した表情で、その場にいる者を強く睨みつける“
「な、ぜ……や、ヤドリギ……っ」
小声で隣のユーリを呼ぶが、彼女は既にいなかった。
視線をさらに動かせば、部屋のもう一つの扉が揺れているのが見え、彼女がそちらから出たのだとわかる。
カグヤの者が向かってきている方に行ったということは、彼女はそちらに向かう方が利口だと判断したのだろう。
「ちっ……!」
舌打ちを打つ大司教。
「みなさま!」
そして同時に、即座に一人のシスターが動き出す。
その手にロザリオを握り手を前に出せば、その足元に光輝く魔法陣が広がる。
ずいぶんと
「お逃げくださ───」
「逃がすわけないでしょう?」
犬のようなモノが、その四足で地を蹴り、シスターの方へと跳ねる。
尋常ではない速度でそのシスターの前に跳んだ犬は、その前足を振るってそのシスターを爪で斬り裂く。
犬が着地すると同時に、シスターは縦三つに分割され、真っ赤な血を流しながら地に伏した。
瞬間……。
「……いやあぁっ!?」
「に、逃げろっ!」
「早くっ! 早くぅ!」
悲鳴を上げ、
だが、シュニスの背後にある扉と違い、そちらは数人が一斉に通れるものでもない。
「お、落ち着け!」
大司教が叫ぶが、今更どうしようもないだろう。
「ほら、私達の“ティンダロスの魔犬”からただの肥えた肉塊が逃げられるわけもないわよぉ?」
シュニスの声と共に、犬のようなモノ───ティンダロスの魔犬が跳ねる。
「あぁああっ!?」
集まった大勢の幹部たちが集まっていた出入り口から離れようとするが、周囲に押し付けられてそうもいかない。
扉の前に集まった数名をその爪で先のシスターのように斬り裂き、さらに喉元に噛みつき引きちぎる。
青白い身体が真っ赤に濡れるものの、すぐに青い液体がそれを洗い落とす。
そちらの出口の前は、ものの数秒で肉の山が連なった。
「あら、半分も殺せなかったわねぇ」
ティンダロスの魔犬は、そのまま肉の山の上に立ち、距離を取る幹部たちを選別するように見定める。
逆側の壁へとじりじりと後ずさっていく幹部たち。
大司教は、シュニスを睨みつける。
「き、さまっ……なぜ、どうやって逃げ出し……そもそも、神子もなぜこちらを……」
大司教がどうにか言葉を口にするが、シュニスは閉じられた瞳をそのままに笑うのみ。
「さぁ、“愉快犯”でもいたんじゃないかしら、最低最悪の類の愉快犯が」
そう言うシュニスに、大司教は焦るような表情を浮かべた。
六人のシスターが大司教と司教を取り囲むように立つが、先ほどのあれを見る限り役に立つものでもないだろう。
いや、だがと大司教は脳内で状況を整理する。
魔犬、と呼ばれるアレはおそらく一匹だけであり、ユーリ・ヤドリギの言葉を信じるならばシュブ=ニグラスは度重なる“
再生能力も最後の方は衰えはじめたと言っていた。
ならば、他の幹部たちを囮にして逃げ切ることも可能ではないか、と……。
それをシスターたちに伝えると、彼女たちは静かに頷き、先のシスターと同様にロザリオを握りしめた。
状況は膠着しているものの、シュニスは次の一手に移ろうとする。
魔犬は想像を超える能力を発揮しているものの、さすがに手数も足りず、多少逃がすことすら想定していたのだが、出口が背後の扉以外に一つしかないのは運が良かった。
戦闘要員らしい“魔術”を使えるシスターが数人いることは気になるが、魔犬をそちらに回せば多少は逃がしても大司教と司教、そして“
だと言いたいところだが、ユーリの姿はない。
「逃げられたわねぇ、解体してやるつもりだったんだけど……ん?」
ふと、シュニスは隣のタマキに引かれることに気づいた。
「どうしたのタマキ?」
「うぅっ、シュニスぅ……ま、またっ、またはじまったっ……こ、これっ、“さっきと同じ”ッ……!」
「え、うそ……!?」
不安そうにシュニスに縋りつくタマキを見て、シュニスはどこか嬉しそうに驚く。
「ほ、ほんとにっ、さっきのやつ、またっ……うぅっ、おなか、へんでっ……」
「ああ、タマキ、タマキ、やっぱり貴女は最高よぉ……! あははっ、嬉しぃ、タマキと私はこんなにもっ……」
「しゅにすぅ……」
抑えきれぬ笑顔をそのままに、ギュッとタマキを抱きしめてから、すぐに力を緩めて彼女の後ろに移動して背後から彼女の身体に腕を回して支えるようにして抱きしめる。
シュニスのスカートの中から六本の触手が伸び、タマキの身体をその両腕と同じように優しく抱きしめるように、巻きついていく。
両足に一本ずつ、両腕に一本ずつ、胴体に一本、そして最後の一本はタマキの頬を優しく撫でるように……。
「大丈夫、こわくない。“さっきと一緒”よ……」
「こわいっ、これっ……」
「大丈夫、私がいるから……ね?」
タマキの両腕がなにかに縋るように伸びるものの、腕に纏わりついた触手はその両腕を背後のシュニスの後頭部へと誘導し、自身を手に握らせる。
さらに足に伸びた触手はタマキの両足を肩幅より少し広めに広げ、胴の触手は彼女を支えるように強く、それでいて優しく……。
大司教は混乱する様子でそれを見やる。
そのような悍ましい光景を、官能的で美しい光景だと認識する自身の脳が信じられずに……。
そんな彼を取り囲むシスターたちもまた、その光景に眼を奪われ、顔を赤く染める。
「しゅにすっ、くるっ……さっきの、ひぁっ……」
「ギュッとしてるから、大丈夫、私がいるわ。タマキ……」
タマキを抱いていた両腕、その片手をそっと下腹部へと降ろしていき、タマキのスカートを引いて裾をあげた。
広げられた両足、その膝下部分ほどまでが露出すれば、その両足の間から青い液体がポタポタと垂れており、その足元に青い液体が広がっていく。
愛おしそうにタマキを背後から抱くシュニスを、タマキが横目で見やる。
その瞳は、今にも涙を零しそうなほど潤んでいた。
「こわいっ、しゅにすっ、んんっ、ひっ、ん゛ぃっ……」
「大丈夫、痛くない、でしょ?」
諭すように言うシュニスに、タマキは頭を左右に振る。
「い、いたくなくてっ、で、でもっ」
「むしろ“キモチイイ”はずよ。さっきもそうだったでしょ……?」
「だ、だからっ、こわいっ……も、戻れなくなり、そうでっ、ひっ、あぁあっ……っ」
なんとか抑え込むも、タマキの口から漏れる嬌声、喘ぐような荒い呼吸。
とうとう零れた涙が
「んあ゛ぁ゛っ!? あっ、くるっ、だ、だめっ、シュニスっ、これっ、ん゛~っ……ひぁっ、はっ、あっ」
「あぁ、またなのね。かわいい私のタマキ、うん、うん……大好きよ。本当に」
「い゛ぃっ……あ゛っ、んぐっ」
顔を撫でていた触手がタマキの食いしばろうとする歯を守るためか、その腹を口に当てた。
歯を立てたところで、そのぶにぶにとした触手が彼女を守るだろう。
震えるタマキを優しく力強く抱きしめ、閉じようとする足を触手が押さえる。
「私のお嫁さん……」
「ん゛ん゛っ~!!」
瞬間、タマキの足元にビシャッ、と勢いよく青い液体が迸った。
脱力したタマキを、シュニスは両腕と触手を使って支える。
背後から彼女を抱いたまま、シュニスは正面を見やって、笑みを浮かべた。
タマキの足元に広がる青い液体が、不自然に流動し、タマキの前に水たまりを作る。
「やったわね。タマキ……」
恍惚とした表情で、愛おしく言うシュニスに、脱力したタマキは未だ涙が浮かぶその瞳を僅かに動かす。
青い液体はコポコポと沸騰したように泡立つ。
独特の甘い匂いを漂わせ、その液体の中から───頭が出現する。
それは見紛うこと無き“ティンダロスの魔犬”のもので、頭からその姿を現す。
いや───産まれる。という表現の方が正しいのだろう。
「……“二人目”よ」
産まれた出でた魔犬は、その四足でしっかりと立ち、燃えるような赤い瞳で“自らの親”の敵───獲物を捉える。
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