2.それぞれの今日


 カグヤ本拠───灰色の部屋。


 椅子に座すのはアキサメ・タカナシ、そして対面で椅子に“拘束”されているのはユーリ・ヤドリギである。

 他にもアキサメの隣に二人、立っている隊員がいた。


 ユーリは拘束衣の上からさらなる拘束。尋問でもない限りは聴覚と視覚まで塞がれるありさまだで、邪教徒でもこうまでして拘束されることはそうはない。

 アキサメがいかに目の前の“生物人間”を危険視しているか見て取れる。


 だが、その危険視されているユーリはと言えば、ケラケラとおかしそうに笑うのみ。


「あ~アキサメさん。しばらく誰も来ないから忘れられてるのかと思っちゃいましたよぉ……で、本日はどのようなご用件で?」


 軽い口調でそう言うユーリに、アキサメは軽く溜息を吐きながらも、視線は彼女の一挙一動を見逃さぬように逸らさない。


「ところでだが、お前は“誰”だ?」

「え~ユーリ・ヤドリギですよ。ご存知でしょぉ、昔からいたじゃないですかぁ」

「そうだな……ユーリ・ヤドリギ、28歳……ルルイエ事変後に数多出た“孤児”の一人。そうだな、あれ以降は色々と有耶無耶になっていることも多いし、“新しい人間”を作るには丁度良い時期だったろう。そこでお前は新しい戸籍を作ったといったところだろう?」


 アキサメの“仮説”を黙って聞くユーリは、やはり笑顔だ。


「育った施設は既になくなっているし、なんなら施設が閉園になった原因は入所者や職員の変死、狂死、行方不明……その後、残った者たちはバラバラに別の施設に送られたわけだが……足取りを追えば、その者たちも“お前を除いて”一人残らず、変死、狂死、行方不明……怪しい部分しかなかったな、調べてみれば」

「真っ当なヒントをさしあげたってわけですよ、ってことで釈放とかありません?」

「勘違いするな、お前に人権はない」

「ひどぉ」


 ケラケラ笑うユーリに、アキサメは眉を顰める。


「……お前がやったのか?」

「えぇ~なんのことですかぁ?」


 とぼけたような表情と声音で言うユーリに、アキサメは目を鋭くした。

 彼女に恨みがある者、その中でも最たる憎悪を抱く者に尋問させても良いと、そこまで思いもするが、やはりそこは理性で踏みとどまる。

 そうなれば尋問でなく拷問に変わってしまう。そうであってはならない。


「そうだな、便宜上“犠牲者”と呼ぶが……彼らの遺品、ほとんどが処理されていたが、残している施設もあったようでな……それを確認したところ、犠牲者のメモや日記のようなものが見つかった」

「それは興味深いですねぇ」

「どれも支離滅裂なものだったよ。意味もわからないし、文字も書き殴ったようなものがほとんどだ。まぁ狂死するような者たちだ、それも当然だろうが……」


 そう言いながら、アキサメは隣に立っていた隊員からファイルを受け取ると、脚を組んでその上に資料のまとめられたファイルを開きながら、相も変わらずニコニコと笑顔を浮かべているユーリを見やった。

 散々と気味の悪い生物を見てきたが、それらとはまた違った気味の悪さを感じる。

 まるで人間ではないなにかと話をしているような錯覚に陥りかけ、思い出すのは出会ったばかりの頃のシュニス。


「んん~? そんな熱い眼差しで見られたら好きになっちゃうじゃないですかぁ~、あの人気のアキサメさんが私に惚れるなんてぇ~ファンに殺されちゃいますねぇ! まぁ死なないんですけどぉ!」


 ふざけたことを言ってまたケラケラと笑うユーリを余所に、アキサメは話を続ける。


「さて、その犠牲者たちが書き残したものだが、どれもまともな文章にもなっていないにも関わらず、いくつかの“単語”だけが共通して残されていた……『アノ子』『外』『空』『海』『アノ色』……さて、お前はこれらの単語に覚えはあるか?」

「……ふぅん」


 僅かだが、先ほどまでと違う反応を見せたユーリを見て、アキサメは少し息を吐く。

 別に珍しい言葉ではないが、狂った者たちがすべて別の場所で同じ単語を書き綴り、ユーリが今までと違う反応を見せただけで十分、アキサメとしてはそれを調査した価値については見いだせた。

 つまり、これらが彼女について、彼女の“カラダ”についてのヒントになりえるのだろう。


「……総長、そろそろお時間が」

「あらぁ、ケツカッチンですかぁ、私に会いに来るならちゃんと時間を取ってきてくださいよぉ~」


 いつも通りの雰囲気でユーリがそう言えば、アキサメは溜息をついて立ち上がる。


「まぁあまり根を詰めても仕方あるまい。色々と整理したいこともあるし、次回だ」

「了解で~す。アキサメさんの名探偵っぷりを期待してますねぇ~」


 そんな軽口にまともに取り合ってもいられないと、アキサメは黙って隣にいた隊員にファイルを渡せば、もう一人の隊員が部屋の扉近くへと寄り、壁にあるパネルを操作。

 拘束されているユーリの頭部に装着された装置が彼女の視覚と聴覚を遮断する。

 踵を返し、部屋を去ろうとするアキサメ。


 だが……。


「あ~アキサメさん」


 立ち止まる。


「……見たことの無い“色”って、見たことあります?」


 そんな支離滅裂な言葉……。


 だが、アキサメにとってそれは、狂言として切り捨てるには、あまりにも真に迫っているように思えたのだ。





 一方、仕事に追われるアキサメと違い、シュニスとアオイの二人はただの私情に突っ走っていた。

 二人の視線の先、十数メートルは離れた位置にタマキと件の女、並んで会話しているようで、和やかな雰囲気が漂っているのが遠目からでも十分にわかる。

 タマキより頭一つ分は身長が高く、ノースリーブのシャツから出ている腕は筋肉質で、ジーンズを履いているが脚も筋肉故か太い。


「あの筋肉モブ、タマキの体目当てのアバズレよ……!」

「どこで覚えてくるそんな言葉」

「ネット!」

「取り上げた方が良いぞ、タマキ」


 そう言いながらも、正面のタマキたちから目は逸らさない。

 仕方もあるまい、アオイもまた“彼女”に脳を焼かれた者の一人……出会った頃の彼女はどこへやら、タマキがデート(暫定)と聞いてこんなことをしている。

 アオイ自身、自分でも少しおかしくなっている自覚はあるものの、自覚したところでどうにかなるものではない。


「フッ、私も変わったな……」

「なに浸ってんの、行くわよ。一体どういう手を使って、いえ弱みを握ってタマキを雌にしたのか……調べないと!」


 言い方を多少ツッコミたい気がしたが、アオイは黙ってシュニスと共に、一定の距離を保ちつつ、二人を見失わないように付いていく。


「タマキの表情からして弱みを握られているという雰囲気でもないだろう」

「じゃあなんでタマキが私が頼んでも嫌がる女の子な恰好して、あんなモブと出かけてるのよぉ」

「いやそれはその、た、助けられた故に……?」


 自分で言っていて、その可能性を考慮しそれが事実であれば、一つの疑問が生まれる。


「いや待て、危ないところを助けられた程度で好きになっちゃうようなチョロインであれば、私の方が先に好かれるはずでは……?」

「あなた初見で刀振ってきたの忘れてないわよ」

「ぐっ……」


 邪神にも関わらず小さいことを気にする。と思いもしたが、やはりそこは自分が悪いところがあるので黙って少し反省。

 すぐに思考を切り替えつつ、タマキと女を見ていれば、ふと気づく。


「ちゃんと車道側を歩いているのは好感高いな」

「私だってタマキと出かける時はやるわよ。荷物だって半分こしたように見えて重い方を持つし!」


 隣のシュニスがドヤ顔で言う。


「いや、それはとうぜ……いやまてお前、邪神としてそれはそれでどうなんだ」

「今更なに言ってるの?」

「くっ、なぜ私がおかしいみたいな顔できるんだコイツ……!」


 目を瞑り、今まで感じたことのない当て所のないなにかモヤモヤとした気分に顔をしかめるアオイ、突如二の腕を叩かれる。

 誰かなど考える必要もなく勿論シュニスなのだが、勢いよくそれを何度も繰り返すので、さすがに少し痛みを感じ、変わらずしかめっ面のままシュニスの方を見れば、彼女は二人の方を指差すしていた。

 少し目を離した内になにかあるのかと思えば、入る場所はどうやらステーキハウスのようだ。


「ん、あれは……」

「知ってるのアオイ!?」

「いや、シロナがデートで来たときにすごく気に入ったとかなんとか」

「デート!!??」


 かつてこれほどまでにシュニスが動揺していたことがあったろうか、否、ない。少なからずアオイは見たことが無いし、そこに邪神感はミリも存在しなかった。

 溜息をつきながら、周囲を見渡すと、ふと道路を挟んで向かいにカフェを見つける。

 おあつらえ向きにテラス席まであるし、そこも空いてた。


「あっちのテラス席に行くぞ、二階からなら十分出入り口は見えるし、自然と視界に入る位置でもない。バレても最悪はたまたまで済むし、その後追うにしても左右に脇道はない」

「え、小慣れすぎてて怖いんだけど、あなたってストーキングの趣味でも嗜んでる感じ?」


 少し距離を取って自分の身を抱くシュニス。


「お前が連れてきたんだろうがっ……! というより私は尾行や闇討ちに関して色々と学んでいただけでっ!」


 抗議をかけるが、シュニスは首を傾げた。


「……やっぱニンジャの方が向いてるんじゃないの」

「私はサムライだ!」

「だからそれはそれでどうなのよ」





 カグヤ本拠、地上数十階の位置にある第一機動隊のオフィス……から少し離れた廊下の端に、第四機動隊のオフィスは存在する。

 今日も今日とて、そこには他部隊と比べて十分の一にも満たない人数の隊員たち、そしてカケラもやる気を感じさせない隊長ことライカ・コシヤ。


「あ゛ー……タバコ吸ってこよっかなぁ」

「仕事しろよ仕事」


 文句を言うのは、ライカのデスクの正面に立ち書類を置くその場に似つかわしくない少年、ユウキ・アシヤ。


 男というだけで珍しいのだが、それ以上に若いを通り越して幼い彼、しかしそんなユウキにも一定のファンのようなものはいる。なんなら所謂ガチ恋勢もいた。

 まぁそう言うファンやガチ恋勢なら別にアキサメやらタマキにもいるわけだが、そちらと違いこちらの場合は手を出せばもれなく犯罪である。

 だが、そんな彼を任されているだけあり、ライカは微塵もユウキには興味ないような様子で、総長のアキサメとしてはそこには安心して任しているわけだが……。


 ダラダラとやる気なさ気に椅子にもたれていたライカが、ぽけっと気を抜いた笑みを浮かべたまま手を振る。


「終わってるよぉ~ゆーきは心配性だなぁ」

「とか言ってたまに抜けてるんだよお前は、確認しとけよ」

「わかってるってぇ~」


 そう言いながらシャツのボタンを上から数個開けてはたはたと内側に風を入れた。


「はしたないっ……!」

「んだよぉ、おねーさんのおっぱい気になる? あ、ブラ見えちゃうかこれ」

「うっさいばばぁ」


 少しばかり赤い顔でそう言うなり、ユウキは自分のデスクに戻っていく。

 からかい甲斐のある少年に、ケラケラと笑みを浮かべるライカであったが、ドサッと置かれた書類にビクッと跳ねる。

 そちらに視線を向ければ、白い髪の少女───シロナ・レメディア。


「あ~シロナ、どした?」

「ライカさん“そういうの”は、お姉さまがいないときだけにしてくださいね?」

「……あ、おう」


 笑顔だが少しばかり圧を感じ、素直に返事を返す。


「あ、そういやねーちゃん非番だったっけ」

「ええ、ですから大目に見ますが……というよりエアコンの温度下げれば良いだけでは……」


 そう言いながら壁に設置してあるエアコンのコントロールパネルへと歩いていくシロナ。

 その後ろ姿を見ながら、ライカは再度椅子にもたれかかりシャツをはたはたとなびかせる。

 椅子を回転させて背後の窓、カーテンをそっと開いて、差し込む光に顔を顰めた。


「……ビールうめぇだろなぁ」

「仕事中はダメですわよ?」

「わかってるよぉ……」


 返事を返すなり元に戻してデスクの上のモニターに映されている報告書を確認して、沈黙……。


「ミス、見つけたみたいだな」

「しかもあの顔、致命的なやつですわね」


 ユウキとシロナの言葉を聞いているんだかいないんだか、ライカは二人の方へと視線を向けた。


「……ちょっとだけ飲んできて」

「ダメです」

「……おう」





 カフェの二階、テラス席にてシュニスとアオイがテーブルを挟んで正面に座る。

 美女二人、もちろん絵になるようで最初の方は視線を集めたりもしたが、すっかりそのようなこともなく、むしろ独特の雰囲気に他の客は席を一つ以上は離していた。

 それもそうだろう、デート的な雰囲気かと思いきや、少しピリついた様子で二人揃って正面の相手ではなく、ずっと道路の方へと視線を向けているのだから……。


「一時間経ったわよ……!」

「いやまぁ、普通だろう。ゆっくり昼食、デザートも食べればこんなもので」

「実は飲食店の皮を被ったやらしいことできる店だったり……!」

「失礼だぞ」


 そう言いながら、視線は逸らさない。


「あ、出てきたわよっ……!」

「本当だな。む、さっきよりも打ち解けた雰囲気……」


 共にテーブルを囲んで食事をしたのだから、慣れて当初の初々しい雰囲気も無くなり距離感は近づいていて当然。

 同じ状態だというのにシュニスとアオイの二人とは大違いである。

 相変わらず窓の外を食い入るように見るという奇行に走る美女二人に、周囲の客はだいぶ引いている。


「あ、タマキがこけそ……」


 視線の先、店の出口のちょっとした段差に躓いたタマキを、女が腕を伸ばして抱き留めて支えた。

 身体を密着させて赤い顔で見つめ合うタマキと女を、シュニスとアオイの二人の二人はその眼でしっかりと捉える。

 そして直後、シュニスがテーブルに頭を打ちつけた。


「ね、寝取られ……!」

「まだ寝てないからセーフだろ……」


 アオイの視線の先、バッと離れた二人が照れたようになにか言葉を交わし、お互い笑いあうなり歩き出す。

 立ち上がったアオイに次いで、シュニスも弱々しく立ち上がる。


 急いカフェを出るなり、すぐにタマキたちを視界に捉えて、再び一定の距離を離しながら歩くアオイとシュニス。


「だがまぁ、なんだ。シュニス……」

「ん、なによぉ?」


 落ち込んだ様子のシュニスだが、アオイとしてはまだまだお前の方に分があるだろ、とは思っても口には出さない。

 そんなことより伝えたいことがあった。

 たぶん先ほどのことでアオイもそれなりに脳にダメージを受けていて、だからそんなことを言おうと思ったのだろう。

 そういうこととしておく。


「……肩掛けバック、タマキのその、いいな。胸がこう、強調されて」


 シュニスが黙る。


 アオイもふと我に返ってなに言ってんだろうと思ったが、吐いた言葉は飲み込めない。


「あなた……シノブに似てきたわね」

「なぁっ!!?」


 アオイはガクリと、膝から崩れ落ちた。

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