第7話:脳を破壊する怪物

1.NTRもの並の導入


 朝日が差し込むリビングダイニング。

 

 その奥のキッチンにて、識守珠輝タマキ・シキモリは、今日も今日とて朝食を作っていた。

 部屋着の上からエプロンを付け、フライパンを片手に皿に朝食を盛っていく。

 流行りの歌を口遊みながら体を揺らせば、金色の髪と安産型の臀部が揺れて……。


 ……それはまぁ、邪神ホイホイであった。


「た~まきっ♪」

「ひゅえっ!?」


 素っ頓狂な声を上げるタマキの背にぴったりとくっつく邪神ことシュブ=ニグラス。

 彼女は薄らと金色の瞳を開きながら、タマキの腹に手を回してその肩口から顔を出す。至近距離にあるシュニスの顔を一目見てから、タマキは少しばかり赤い顔でその“黒い瞳”を逸らした。

 それに気づきながらも、シュニスは目をいつものように目を細める。


「おはよ♪」

「おはよ……って離れろ、朝ご飯作ってるんだから」

「タマキの御飯だいすき~」


 そう言いながらも、シュニスは手をエプロンの下に潜り込ませた。

 抗議の声を上げるようとするタマキではあったが、シュニスはそれより早くエプロンの下からタマキの豊満な乳房を鷲掴みにして持ち上げる。

 柔らかなそれは、シュニスの指に合わせて形を変えた。


「ひぁっ!」


 くすぐったいような感覚に声を上げるタマキに、シュニスはしみじみとした様子で頷く。


「……えっちね」


 顔を真っ赤に染めたタマキが、シュニスの方を向いた。

 怒りなのか羞恥なのか、どちらにしろ真っ赤な顔で、シュニスはそんなタマキを見てなぜか満足気である。

 エプロンの上からでもわかるシュニスの指がぐにぐにと動く、タマキが体をピクリと跳ねさせた。


「お、お……お、ま、え、えぇっ!?」

「あっ」


 ゴツッと、鈍い音が響く。

 シュニスが顎を押さえて数歩下がるが、タマキはそんなシュニスを真っ赤な顔と羞恥に潤んだ瞳で睨んで、ずれた肩紐を戻す。

 顎を撫でながら、シュニスは困惑した様子で首を傾げる。


「おかしいわねぇ、フレンドが教えてくれた本ではこうやってはじまってたんだけど……」


 最近、シュニスは『オンラインゲーム』にハマっていた。

 当初は眠らない彼女が暇である深夜から朝の暇つぶし程度に初めたのだが、結果的に中々に熱中しているようで、深夜はタマキが部屋に戻るなり彼女も部屋に戻り朝までプレイしているそうだ。

 彼女が今回言うフレンド、とはそのオンラインゲームで出会ったフレンドということだろう。


「ろくでもないフレンドつくってんな……!?」

「え~色々教えてくれて優しいのよぉ、女の子をしっかりリードする方法とか教えてくれて……」

「もぉ、いいから運べっ!」

「は~い……おかしいわねぇ」


 不思議そうに言いながら、シュニスはタマキの言う通り朝食の準備を手伝っていく。

 溜息をつきながらも、タマキはふと先ほどの言葉を思い出す。


「……女の子?」

「タマキ~お米はどのぐらい食べる?」

「女の、子……?」

「タマキ~?」


 シュニスの方をバッと向く。


「オレは男だっ!」


「え、今更……?」





 ルルイエ本島からの“侵攻”、コクーンオリジンの飛来……あれから一週間ほどが経った。


 あの戦いの翌日には目覚めたタマキだったが、既に怪我の再生もしっかりと済んでいたようで、怪我一つ残っていないことが判明しつつも精密検査を行い、今まで通り“ただの人間”となにも変わらないという結果が出るなり直後に帰宅。

 さらにその翌日にはカグヤ本拠のアキサメに状況報告等を終え、“異動届け”を出すなり、いつも通りの業務に戻った。


 この一週間の間、一度だけコクーンの射出・着弾はあったがそれも離島からであり、ヘルハウンドこそ出現したものの、鎮圧部隊第一機動隊により呆気なく制圧され、建造物への被害以外もないまま事なきを得、今日に至ったわけである。

 たった一度の襲撃程度であれば、大騒ぎすることでもない。“この地球”の人間にとってはそれは日常茶飯事で……こうして翌日にはいつも通りの営みが繰り返される。


 この世界で散々と生きていれば、それは“平和”と言えるのだろう。




「そういえばタマキも、明後日の出勤からは第四機動隊、だっけ?」

「ん、そう言ってた。思ったより早かったけど……」


 朝食を食べ終えてソファに座るシュニスがそう聞けば、タマキはキッチンで洗い物をしながら答えた。


 裏ではタマキも第四機動隊に遅れてでも編成する前提で動いていたのだから当然だったりもするのだが、タマキが望んでそういう申請を出したものだから、わざわざ言う必要もあるまいとアキサメは考え、なにも言わずにおいた。

 それ関係でシュニスとタマキの二人が少しばかり拗れたのをシノブから聞いていたこともあり、余計なことはあえて伏せておいたわけである。


 洗い物を済ましてタオルで手を拭くと、タマキはシュニスの方へと向かう。


「まぁ、早いに越したことないけどさ、仕事なら一緒の方が良いし」

「ん、たぶん第三機動隊に協力することも増えるかもって……闇囁あんしょう教会なら私達の方があっさりことが済む可能性もあるし、って」


 実際、教徒の大多数はすっかり“シュブタマ派シュニス傘下”と言っても過言ではない状態であるからに、それは当然の判断であった。

 前回の戦闘で協力した教徒たちが良い例だ。

 平和的に終わるならばそれに越したことはないということだ。


「ん、ああ、でも第二機動隊にもいくことにはなるらしいってアキサメさんが言ってたぞ。まぁどこの部隊に派遣されるにしろオレとシュニスは基本セットだし……初回は誰かしらつけるって」

「まぁシロナなら問題なさそうだけれど……」


 意外そうに、タマキがシュニスの方を向けば、その視線を感じて、シュニスは小首を傾げた。


「一番頼りになるでしょう?」


 そんな言葉に、明確にではないが、タマキは同意する。

 優劣をつけるわけではないが、やはり安心感であればアキサメとシロナのツートップといったところだろうか……とタマキは思考しつつ、シュニスにしては妙に信頼が厚いな、と少しばかりの関心を抱く。

 実際のところ、シュニスはシロナに並みならぬ信頼を置いているのは確かである。そこには“なんらかの理由”があるのだろうが、純粋な強さか、それとも……。


 だがまぁ、最もわかりやすくシュニスがシロナに信頼を置いているところと言えば……。


「……絶対、タマキに“やられない”しねぇ」

「へ、なにが?」

「ううん、なんでもないわ」


 クスッと笑みを零してそう答えるシュニスは、自身に対してどこか感慨深ささえも覚えた。


「シロナさんと言えばお姉さんがめっちゃ頼りになって優秀らしいな」

「ん、私もシロナから聞いたことあるわよ。そうなると頼れるのは二人といったところかしら……」


 言いながらも、シロナが絶賛するほどの姉がタマキに惚れてしまった時のことを考えると、どこか危機感も覚える。

 唸るシュニスを余所に、タマキは思い出したかのように拳の底で手の平をポンとたたく。

 その思い出し方にどこか“昭和昔々”の気配を感じながら、シュニスは首を傾げた。


「そういえばシュニス、今日オレ、出かけるから」


 ふとタマキが零したそんな言葉に、シュニスは頷く。


「あら、買い物なら一緒に」

「あ~そうじゃなくってさ……一人でちょっと出かけてくる、から」


 少しばかり赤い顔で、はにかみながらそういうタマキに、シュニスは自身の心が激しい警報を鳴らしているのを感じた。

 まさかまさかの展開であり、まるで警戒していなかっただけに動揺は凄まじい。

 だが、それをおくびにも出さずシュニスはいつも通りを徹底してみせる。


「そ、それでちょっと頼みがあって……」


 そんな気配はまるでなかったし、それらしい相手もいなかったはずだ。とシュニスは思考を巡らせていく。


「お、オシャレして出かけたいからその……手伝って、ほしくってさ」

「うん、任せてタマキ」


 赤らんだ顔でそんな風に“可愛く”言われては、首を横に触れるはずもない。

 シュニスは即答で肯定的な返事を返した。


 この邪神、すっかり俗物であるがそれもまた仕方のないことである。否、それが正しいのである。


 その器を得た時から、既にかの邪神は“人間ホモサピエンス”であるから……。


「あ、その前にちょっと……」


 立ち上がったタマキがリビングダイニングを出て行く。

 その瞬間、即座にシュニスは自身の携帯端末を取り出して数少ない連絡先から、見知った名前を見つけるなり通話をかける。

 数度のコールの後に、目当ての人物が出たのか、シュニスは閉じられていた瞳を僅かに開き、金色の瞳で通話する端末の方に視線を向けながら、口を開く。


「とんでもないことになったわ。いえ、大真面目……休みなのはわかってるわよ。わかってるから連絡したの」


 通話先からは、どうやら否定的というか拒絶的な対応をされたようだが……。


「そう、ならタマキのことと言ったら?」


 雰囲気が変わる。


「……決まりね。おって連絡するわ」


 それだけを言うと、シュニスは通話を切った。

 天井を仰ぐシュニスは、再度思考する。

 本当にシュニスの推測通り、出かける理由が“デート”または“気になる相手と出かける”のであれば、可愛くしすぎれば問題が出るかもしれない。

 だが、タマキをいじっていて、着せ替えていて、自身が冷静でいられる自信がないのも確かである。


 絶対、ノリノリで可愛くしようとしてしまうことだろう。


「まぁ、それはそれで……むしろそのまま食べっちゃうっていうのも、アリ……?」


 しかしまぁ、邪神も脳を破壊されかければ多少おかしくなって然るべきものなのだろう。





 街は活気よく、空は青天───絶好のデート日和である。


「否、断じて否よ……」


 ……絶好のストーキング日和である。


 コンビニエンスストアのガラス張りになっている窓側に、邪神シュブ=ニグラスはいた。

 その金色の髪をまとめ、被っているキャスケットの中にしまいこみ、サングラスをしてできうる限り違和感のないように素性を隠す。

 雑誌を立ち読みするふりをしている彼女の格好はいつもしているようなものでもなくやけにラフな格好で、そんな彼女の視線の先、正面の二車線道路を挟んで向かいには……タマキがいた。


 駅の出口、“待ち合わせ場所”としてはわかりやすいそこに立つタマキは、人一倍視線を集めている。

 そりゃそうだろう、とシュニスは納得もした。

 彼女が“自分に似て”美人なのは間違いないし、なによりも今日はさらに気合の入った衣装で、薄らと化粧までしている……結局シュニスは、タマキになんやかんやとする過程が楽しくなってしまいこの始末。

 敵に塩を送るどころではない。敵が敵であれば、敵にタマキを送ってしまっている。


「くっ、不覚……いや、でもかわいいわよタマキ……」


 10メートルは先にいるであろうタマキを、その金色の瞳を見開いて見やるシュニス。

 四六時中一緒にいる彼女ではあるが、それでもそんなタマキを見るのは新鮮で、時折その恰好に羞恥心を感じるのか顔を赤らめ自らを見て周囲を見渡したり、そわそわとしたり、やはりそれを間近で見れないことに歯痒さを感じる。

 風が吹けば、結っていない長い金髪が揺れ、同時に膝丈ほどのスカートの裾も揺れていた。


「こんな夏の日にタマキを待たせるなんてロクな人間じゃないわっ……!」

「シュニス」

「っ!?」


 ビクッと跳ねるシュニスが横に視線を向ければ、そこには───アオイ・アリツキ。

 いつもは三つ編みにしている髪をシニヨンにしてノースリーブのブラウスにスキニージーンズと、彼女は彼女でかなりラフな格好。まぁそれも、先ほどシュニスが電話で『いつもと違う恰好で来い』と言ったことが理由ではあるが……。

 アオイはシュニスの横に立ったまま首を傾げる。


「よく来てくれたわね」

「まったく、なぜ私がお前なんかの……」


 そう言いながら、彼女は溜息をついた。


「電話でも言ったでしょ、タマキがデートよデート……女の子歴が半年もないんだから、騙されてる可能性もあるし、あなたしか頼りになりそうなのがいなかったのよ」

「非番という意味でなら今日はシノブさんも」

「あなたしか頼りになりそうなのがいなかったのよ」

「……そうか」


 これ以上なにを言っても無駄であろうと理解し、アオイはかけていた伊達眼鏡の位置を整える。

 確かにシノブがいても暴走する結末しか見えないし……最近は働きっぱなしなところを見ているので休ませてやらねば気の毒だ。

 知れば絶対にすべてに優先される事項であるからに……。


「で、タマキは?」

「向かいの道路を挟んだ歩道の、駅前のあそこ……」

「ん……むっ」


 妙な声を出して、アオイは固まった。

 

「かわいいでしょ」

「かわい……ん、オホン、とりあえずあれだ……あれはお前が?」

「当然、タマキを可愛くするのに私の右に出る者はいないわ」


 自信満々と言った様子でいう“邪神シュニス”に、アオイは眉を顰めて苦笑。

 すぐに視線をタマキへと向けて、表情を引き締るなり、アオイは今やるべきことを再確認する……そう、“ストーキング尾行”だ。

 あの“意地でも男を自称するタマキ”があのような“女らしい”恰好をして出かけて会う相手、それなりに興味はあるし……。


「ろくでもない相手ならば、斬る……!」

「物騒なこと言わないの」

「……」

「なんで不満そうなのよ」


 邪神に常識を説かれればそうもなろう。


「ていうか貴女、手ぶら?」

「肩掛けカバン一つのお前とあまり変わらないだろう。財布とスマホだけあれば問題もない。あとはちょっとしたものをいくつか隠し持っている」

「隠し持ってるって……忍者かなにかなの?」


 最近、オンラインゲームで得た知識から忍者とはそういうものとシュニスは認識していた。


「誰が忍者だ……!?」

「なんか強めに否定する」

「私は……侍だ!」

「あ、文句言う方向はそっちなのね」


 そう言いながら、シュニスは手に取っていた雑誌を売り場に戻してタマキへと視線を戻す。

 アオイと二人でそちらを見やり、ふとそんなタマキに誰かが近づくのが見えたが……どうやら女性のようで、それがタマキの待ち人かと、アオイは視線を鋭くし、シュニスは瞳を閉じたまま眉を顰める。


 だが、タマキは少しばかり困った様子で、バックを持つ左手をそのままに、右手を胸の前で左右に振っていた。つまり……。


「ナンパね……」

「ナンパだな。まぁ当然か……」

「くっ、タマキがいくらかわいいからって、まぁそりゃそうなのだけれど……くっ、あのホモサピエンス……というよりタマキを待たせてなにやってるのよ“相手”はっ!」

「落ち着け、なにはともあれまずそうなら助けに……ん?」


 視線の先のタマキの傍に、さらにもう一人、女性が近づいた。

 長身でクリーム色のショートポニーの女は、そのままタマキの隣に立ち、笑顔を浮かべてなにかをナンパしてきた女性に言ったようで、相手は肩をすくめて去っていく。

 スマート対応、すぐに女はタマキの方を向き、なにか言葉をかけたようで……タマキは赤い顔で俯きながらも、女に視線を合わせて会話する。

 一方で長身の女も、少し頬を赤らめながら笑顔でタマキと話していた。


「の、脳が、脳が破壊されていくわ……」

「お前なら再生されるだろう」

「心という器はヒビが入れば二度とは……」


 珍しいシュニスの絶望した様子を見て、アオイはクスッと笑みを零したものの、すぐに冷静に状況を判断する。

 どうにもおかしいが、ふと思い出す。


「ああ、あの人は確か……」

「知ってるのアオイ……!?」


 食いつくシュニスに、新鮮さを覚えながらも顔をしかめる。


「前回の戦闘で助けられたんだろう? あの化け物を相手にしたとき」

「……え?」

「マジで言ってるのかお前」


 ポカンとするシュニスが思考を巡らせ、ふと思い出す。


「グレネード女……!」

「言い方」


 シュニスは口を半開きにし、再びタマキたちへと視線を向ける。

 二人は顔を少し赤らめながらも、にこやかに会話をして、並んで歩き出す。

 わなわなと震えながらも、シュニスはアオイへと顔を向けた。


「ね、寝取られ……?」

「寝てから言……てるな。いやまぁそれはともかくお前……シノブさんに似てきたな」


「ッ!!!??」


 シュニスはガクリと、膝から崩れ落ちた。


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