5.捕食者-プレデター-

 

 タマキとシュニスの二人を横目で見ていたナイアーラトテップは、口や鼻から血を流したまま異次元生物の方を向き直る。

 隊員たちや教徒たちが攻撃を続けているが、まともにダメージが入ってるようには思えない。

 先ほどのグレネードでの攻撃から、衝撃が伝わることは確かだがその武装自体、持っているのは先の兵士のみで弾数も限られているだろう。


 異次元生物へとグレネードを再度放つ負傷した隊員だったが、異次元生物はそれを腕で弾いて離れた場所で爆発させる。

 やはりもっとひきつけて隙を突いて撃たねばまともに直撃もしまい。

 ふと、教徒の一人が火球を撃ち、“反作用”により鼻血を流しながらもタマキとシュニスの方を向く。


「待って神子様とシュブ=ニグラス様がチューしてる! えっちなやつ!」

「えっなんですって!?」

「今そんなこと言ってる場合かアホども!」


 盛り上がる教徒たちをよそに隊員が叫ぶ。尤もなことである。

 だが、仕方がないことなのだ。

 なぜなら彼女らは……。


「私達はシュブタマ派ですよ!?」

「シュブタマだろうがタマシュブだろうがどうだっていい!」

「あぁっ!? 戦争かぁっ!?」


 危機的状況というのにこのような……いや、これはこれで逆に良いのだろう。


 異次元生物が腕を伸ばして振るえば、それは地を裂き、教徒の一人、その右腕を切り飛ばした。

 歯を食いしばるその教徒は、左手に握った十字のロザリオを額に当てる。

 焼け付く様に額に十字の紋章が浮かぶ教徒は、再度ロザリオを握った左手を前に出し、異次元生物へと火球を放った。


「下がってろ邪教徒!」


 隊員の言葉に、その教徒は額から汗を流しながら笑う。


「痛覚遮断の魔術です! めっちゃ痛ぇんですけど!」

「できてないだろそれっ、さっさと下がれよ!」

「あとは根性でなんとかしろって! 主もそう言ってます!」

「お前らの“シュブ=ニグラス”はそんなこと言わねぇよ!」


 とは言いつつも、攻撃の手を緩めるわけにもいかないので戦ってくれるならばそれに越したことはない。

 銃弾と火球の雨の中、異次元生物は伸ばした腕を防御に使っている。

 やはり、あの光線のようなものを放ってから、フィールドのようなものは存在しない……先のグレネードが直撃したのも良い例だ。

 だが、銃弾は直撃しても大して意味を成さない。タマキが右腕を食われる直前に放った異次元生物の頭部を貫いた弾丸は、だが効果があった。


 つまり、内側を狙った攻撃ならダメージは通るということだろう……だが、だからといって異次元生物を簡単に倒せるかというと別の話だ……。


「腕で攻撃を弾きながら接近してくるっ!?」


 火球は腕にかき消され、銃弾は合間を縫い直撃したとしても、大したダメージは与えられないものの……回復はされていないように思った隊員は、タマキの撃った傷口から青い血液が未だ流れているのを見た。


「回復能力がないならっ」

「でも銃弾も無限じゃぁないです!」

「こちらも、無限に放てるものではありませんよ魔術って!」


 このままではこちらがやられると、ハッキリとは言わないが皆が理解したのだろう。

 だからこそ顔をしかめながら、隊員は“なにか”をしていたタマキとシュニスの方へと視線を向け、固まる。

 攻撃の手が止まるのも致し方ないのだろう。


 そこには───タマキが立っていた。


 まるで“映像”を戻しでもしたかと錯覚するのは、右腕こそ無いが、やはり泣き別れした上半身と下半身が戻っているせいだろう。

 だが、確かにその腹部は確かに斬り裂かれ、服も破れ白い綺麗な肌が見えていた。

 覗くその臍に、そういうファッションなのかと錯覚しそうなほどだが、やはりズボンにもシャツにも赤黒い血がべっとりと付着している。


「たま、き……?」

「神子様が復活した! 今日を祝日とします!」

「なんだこいつらさっきからハイだぞ!」


 信徒たちは瞳にハートを浮かべながら“シュブタマーズハイ”に陥り歓喜の声を上げた。


 立っているタマキの隣で、横になっているシュニス。

 異次元生物はタマキを確認するなり、地を蹴り走り出す。

 腕と腹部から伸びる触手を振るいながら猛突進する異次元生物を眼前に、タマキの“金色の瞳”が開かれた。


 それと共に、タマキの真下にできている血の池が───拡がる。


 そんな光景を見て、ナイアーラトテップは笑みを零した。

 眉を顰め、どこか見下すように、それでいてどこか忌々しいものを見るように、喉から鬱屈とした笑声を零す。

 彼女の金色の瞳が、金色の瞳を持つタマキを見つめる。


「闇より産まれ、生と地をつかさどる存在、その寵愛ね」


 広がった“血の池生命の泉”の上に異次元生物が踏み出し侵入した───瞬間、から伸びるのは“樹木”。


「寵愛どころか一部を貰い受けちゃったわけか……器の力の一端、千匹の仔、森の黒山羊……」


 先端が鋭く尖った樹木は異次元生物の四肢と身体を突き貫く。

 宙に浮く形で、標本のように拘束された異次元生物がその身体を暴れさせようとするが、強靭な樹木はせいぜい揺れる程度で、折れる気配はない。

 それもそうだろう。それはシュニスやタマキが出現させる触手どころではない。


 もっと“純度の高い”神性を纏ろうものだ。


「───ッ!」


「ぐっ、またあの咆哮!」

「タマキさん!」

「神子さまぁ!」


 その声に、タマキは隊員たちや教徒たちの方を向き、聖女のような笑みを向ける。

 声こそ出ていないが、口だけで『大丈夫』と言い、タマキは異次元生物の方へと向き直った。


 異次元生物が先ほどと同じように咆哮。

 口を開き、その先から放つのは、ピンク色の光線だ。

 先ほどよりも赤が濃く、その元々の絶大な切断力と射程距離から、ナイアーラトテップを除いて誰も気づくことはないだろうが、威力は僅かに落ちているし、射程距離もまた然り。

 だがまぁ、人を殺すには十分すぎる代物だ。


 異次元生物が真っ直ぐタマキの方を向いて放った光線は、そのままタマキの腹部を突き貫く。


「ッ!」


 僅かに顔を顰めるタマキに、離れた場所からそれを見ていたラトは笑みを浮かべた。


「優しいねぇ、おねーちゃん」


 そのまま異次元生物の頭が振るわれれば、光線によってタマキの身体は再度切断されるだろうが……。


「一瞬で、十分っ……!」

「───ッ!」


 咆哮を上げる異次元生物の頭が、素早く伸びた樹木に貫かれた。

 固定された頭は動かすこともできず、光線は止まったままでそれ以上のなにができるわけでもない。タマキはおろか、ヒト一人殺すこともできないだろう。

 咆哮はそのままに、光線が収まるなり、タマキは残った左腕を振るった。


 さらに地から伸びた太い樹木が異次元生物の───頭を切断。


 それにより咆哮は止まり、同時に暴れていた異次元生物の行動も止まる。


「お、わった、の……?」

「神子様……!」


 立ったまま、警戒を緩めない隊員たちと、安堵したように脱力する教徒たち。


 樹木はゆっくりとへと還り、異次元生物の体も地に伏す。


 タマキはと言えば、口元に笑みを浮かべるなり、目を閉じて体をふらつかせる。

 全員が危ないと思った時には、タマキの体は“支えられていた”。

 誰かなど考える必要もあるまい。


 タマキと同じ色の金色を持つ者───シュニス。


「……ありがとうね。タマキ」


 そう言うと、脱力したタマキの体をそっと寝かせる。

 金色の髪と瞳、彼女はタマキの額にキスを零してから立ち上がり、倒れて動かぬはず・・の異次元生物の体へと視線を向けた。

 だが、別次元の生物は、その体だけで這うように動き出す。


 真っ当な人と比べるからこそ、それが異常に感じるが、頭を切られても神経だけで動く虫がいるのと同様、そういう生物なのだろう。

 手足を使って這うように、青い血を流しながらタマキとシュニスの方から離れるようにして動く異次元生物の動きが───突如止まる。

 いや、手を動かそうとしているが、体は“後ろに引かれる”のだ。


 その脚には、シュニスのスカートの下から伸びる触手が巻きついている。


「本当は、凄く嫌なのだけれど……まぁ、背に腹は代えられないわよね。良い機会でも、あるし」


 眉を顰めながら、忌々しげにそう言うと、シュニスの触手は異次元生物を掴んだままスカートの下へと戻っていく。

 ゆっくりと動いていた異次元生物であったが、本能が危険を察知したのか、必死な様子で手で地を掴むが、意味もないようで徐々にその体はシュニスの方へと引かれていく。


 青い血を垂れ流し、地を掴み、だが引き摺られるように真上を向き、表情の見えないシュニスの元へ……。


「タマキが寝ててよかったわぁ」


 呑気そうに言うシュニスのスカートの中に、異次元生物の脚が引きこまれる。


 瞬間───なにかを粉砕するような音が響く。


 バリバリと音が響き、シュニスの足元に青い飛沫。

 さらに伸びる触手が異次元生物の胴体やら肩に伸びてその身体をどんどんと引きこみ、粉砕機のように徐々にその身体を“削って”いく。

 スカートは青に濡れて、天を仰ぐシュニスの体だけが時折、びくりと跳ねる。


 そして異次元生物の手が脱力したように動かなくなれば、程なくしてその手もシュニスの中に消えた。


 粉砕するような音が聞こえなくなり、最後にシュニスの足元に、少しばかり多量の青い血が零れる。


「……っはぁ……」


 息を吐くなり、シュニスは顔を降ろす。


「……まっず」


 吐き捨てるようにそう言ったシュニスの金色の瞳には、楽しそうに近寄ってくるナイアーラトテップが映った。





 ふと、“彼女”の意識が覚醒する。


 視界一杯の闇……だが、不安を感じさせるものでないと思うのは、彼女の意識が変わったのか、その闇が別なのか……。


 そんな闇の中、白銀の髪の少女を見た。


「ラト、ちゃん……あ、いや、ナイアーラトテップ……ちゃん?」


 金色の瞳は“彼女タマキ”の方を向いている。


「いやラトで良いよ。私もこの姿以外でおねーちゃんと会う気はないしね」

「そっか……」


 良くわからないが、納得しておく。


「お疲れ様、今回はおねーちゃんのおかげもあって“この器わたし”も死なずに終えれたよ。せっかくだししっかり本体に今回のことは共有しておきたいんだよね」

「えっと、よくわかんないんだけど、ラトちゃんは、帰るってこと?」

「今は未だって感じだね。還る時があるとすれば、シュブ=ニグラスと同時になるし……つまりまぁ、ルルイエの旧支配者を殺してからだから、しばらくはおねーちゃんとは付き合うことになりそうだね。それと……シュブ=ニグラスとも」


 ふと、タマキは首を傾げた。


「仲悪いの、二人って」

「別に、ただあっちが私のこと嫌いだからね……私は全部を等しく“格下”として扱ってるだけなんだけどねぇ。実際に順序なんて“あの方”、私、それ以下だし……アレだってそれぐらいは理解してそうなもんだけど……ってタマキちゃんには関係ない話か」

「えっと、シュニスのことなら関係なくはないっていうか……」


 そんなタマキの言葉に、ラトはおかしそうに笑う。

 彼女の金色の瞳が細められ、白銀の髪が揺れる。

 かわいらしい少女であるがその本質はもっと悍ましいなにかであるのは確かで、もっと傲慢なモノだ。


「かわいいなぁ、おねーちゃんは」

「かわっ……い、いや、そう言われるのあんまり……」


 何度も言われているだろうに、言われ慣れないタマキは視線を左右に泳がせる。


「ま、なんでも良いけどとりあえず……あ、そろそろ“目覚める”時間かな」

「へ、目覚めるって」

「夢に干渉してたんだけど、バレたみたい。アイツ、独占欲も人並みだなぁ」


 ケラケラと笑いながら、ラトはタマキへと近づく。

 地面もなにもないだろう闇の中、ラトの体ががふわっと浮くと、顔がタマキの眼前へと迫る。

 吸い込まれそうな金色の瞳は、やはり“外の神”のモノだ。


「アイツ、おねーちゃん盗られたらどんな顔すんだろうね」


 少女の容姿に似つかわしくない意地の悪い笑みを浮かべてそう言うラトに、タマキが首を傾げる。

 ふと、ラトの顔が近づくなり、唇に柔らかな感触。

 それがソレだと気づくのに時間は掛からず、思わずタマキは後ずさった。


「なぁっ!? ななっ、なにしてっ!? にゃ、にゃんで!?」

「あはっあはははっ♪ はぁ~おねーちゃんはかわいぃなぁ……アイツにゃ勿体ないわぁ」


 そう言いながら、ラトはお腹を抱えておかしそうに笑う。

 無重力かのように闇の中で身体を丸めて笑う神性を前に、タマキは動揺を隠せない。


「い、いやそのっ、アイツにはとかっ、そういうつもり……て、てかおねーちゃんじゃなくておにーちゃんって呼んでほしいっていうかっ」


 顔が熱くなっているのを感じながら抗議するが、ラトはまともに聞いてはいないだろう。

 ふと、おかしそうに笑いながらも、ラトはその瞳をしっかりとタマキに向ける。

 おかしそうに、愉快そうにこちらを見ているラトが、僅かにブレた……否、空間そのものが歪む。


「目覚める前に最後に一つ。それなりに覚悟はしときなね」

「へ、覚悟……?」


 突然そんなことを言いだすものだから、タマキはわけもわからず聞き返す。


「どちらにしろ、最後はロクなもんにならないだろうからさ……“おねーちゃん”と“アイツ”」

「そ、それってどういう」

「さて、その時になってからの“お愉しみ”って感じだねぇ♪」


 それを最後に、ブツリと意識が途切れる。





 視界が開ければ───どえらい美女がいた。


 なのに、見慣れてるせいか、酷く安心したようにタマキは息を吐く。

 そして美女ことシュニスもホッとしたように息を吐き、その“目を細めたまま”、口元に笑みを浮かべる。

 タマキの上から退いたシュニスは、タマキが上体を起こすのに手を貸した。


「おはよう、タマキ……」

「ん、おはよう、シュニス……」


 上体を起こしたタマキはそう返事を返して、自分の左手から点滴が伸びていることに気づく。


「どんぐらい経った?」

「まだ一日経ってないぐらい、かしら……アレが出てきたのは私たちのとこを含めて二ヶ所だけだったみたいだけど、そっちもわりとすぐに片付いたみたいで、コクーンオリジンも全部数時間内には処理終了、大きな被害は出てないって」


 そう言うシュニスの言葉に頷いて、タマキは自分の体がやけに軽いことに気づいた。

 軽い、というよりは前より妙な“全能感”を感じる、と言ったほうが正しいかもしれない。

 可能性を感じる……に近いだろう。


 シュニスは『人の輪』から少しばかり自身が外れると言っていたことを思い出し、その後に自身が振るった能力についても僅かに思考する。

 つまりは、やはり人外のものに近づいたことなのだろう。

 だが、その後にシュニスが言っていた言葉と、行為は……。


「……っ」

「え、タマキなんだか顔が赤……」


 タマキの顔を覗き込むシュニス。

 そんな彼女の唇に視線を向け、さらに彼女の言葉を思い出し、タマキの顔は赤く染まっていく。


「あっ!? アイツね! 夢に干渉してたでしょ!?」

「へっ、あ、ら、ラトちゃんのことっ!?」

「そんな風に呼ばなくて良いわよ! あんな性悪のことっ!」


 否定はできないが、そこまで嫌わなくても、と思わないでもない。

 だがやはり、それに関してはやはり彼女にされたことを思い出して、ふと唇を押さえてしまう。

 シュニスの瞳が僅かに開かれた。


「あいつ……殺す」

「へっ、ちょ、ちょっと待てシュニスっ、な、なんもされてない! されてないから!」

「無理があるわよタマキ」


 あきらかな動揺、唇を押さえる仕草、シュニスでなくてもわかることだ。


「い、いやそのっ、と、とりあえずいいからっ」

「私がよくないのだけど……!?」

「こ、この話はまた今度っ」


 必死でそう言うと、シュニスは不満そうにベッド脇の椅子に座る。

 薄い冊子のようなものを片手に、腕を組んで座るシュニスの、寄せて上げられた胸にチラリと視線を向けてすぐ逸らすなり、タマキはふと気づく。

 その大きな胸の中から妙な多幸感。


「ふふっ、オレはまだ男なんだな……!」


 小声で呟くタマキだが、シュニスはそれを聞いていなかったようだ。

 シュニスは軽くその手に持った冊子に気づき、ハッとした表情でタマキの方を向く。

 先ほど開いていた目を再度細めつつ、それを両手で持って前に出す。


「ん、なんだそれ……」

「私の信者、事情聴取ってことで捕まっちゃったのね? あ、まぁ協力してくれたから色々と好待遇ではあったそうなんだけど、その時に色々と押収もしたみたいで、その中にあったものなんだけど、危険性は一切ないからってことで借りてきて」

「いいのかそれ……」


 ともあれ、どうせ信者が持っているということは経典かなにかなのだろうとタマキは推測。

 まぁそれにしてはやけに薄いのが気になる。

 実は違ったりするのかもしれないと、タマキは聞く。


「で、なにそれ」


「これね───私とタマキの同人誌! 薄い本ってやつね!」



 タマキはめのまえが、まっくらになった。


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