2.崩壊-コラプス-

 

 空に広がるは宇宙ソラ


 星の煌めきこそあるものの、やはりそれは広大な暗黒である。


 そしてそれは、並の人間の脳で理解できぬ神秘。


「宇宙……宇宙だ……」

「空に、宇宙が?」


 隊員たちはショゴスへの銃撃を続けながらも視線をそちらに向けるが、神秘を信仰した闇囁あんしょう教会の修道女たちは既に攻撃の手を止めてしまっている。

 元々訓練された兵隊でもないのだから当然と言っていいだろう。


「ぼ、ぼうっとしてるとやられるぞ!」


 焦ったように叫ぶタマキに、教徒たちはハッと我に返った。


「あ……は、はい! 神子様!」


 再度、教徒たちがショゴスへの攻撃を再開するのを見ながら、タマキは背の凍るような感覚に表情を歪めながら、唸るように姿勢を低くするフランとベルナを撫でて、シュニスへと視線を向ける。

 視線の先の彼女は開いていない目をそのままに、空にある宇宙を見つめていた。

 コクーンオリジンへと視線を移すが、そちらはそれ以上動く様子もなく、タマキは接近するショゴスがいないことを確認するなり再度宇宙へと視線を向け───気づく。


「塞がる……シュニス、あれって……」


 膨張した宇宙が、徐々に縮小している。

 変わらずそちらを向いたまま、シュニスは独り言のように呟く。


「暗黒の、ゾス星系……」


 星々の大海の彼方、タマキはそれに黒き惑星ほしを見る。


「ひっ!」


 怯えるように小さく悲鳴を零し、脳に奔った妙な感覚に顔をしかめた。

 名状し難き異様な感覚、そして痛みに似たなにか。

 人としての脳がそれの理解を拒む。


 そして、縮小していく宇宙が完全に閉じる最中、その瞬間───ナニカが来たる。


「そう、それが目的なわけね」

「シュニスっ、説明しろって!」

「次元を超えた宇宙ソラより引き寄せたのね。外宇宙の邪悪なる末裔を」


 わけがわからない。それはいつものことではあるが、あまりに不条理な状況。

 宇宙より来たりた“隕石のようなモノ”は、コクーンオリジンの正面に落ちた。

 爆発音と共に、その衝撃が僅かに地を揺らす。


「一時後退! 闇囁教会の教徒たちも!」

「りょ、了解!」

「神子様をお守りしなさい!」


 無関心に進行を続けるショゴスへの攻撃を続けながらも、双方がタマキたちの近くまで下がる。

 タマキは荒く呼吸を続けつつ、額を伝う冷や汗を袖で拭いシュニスの隣に立ちその腕を掴む。

 彼女は眉を顰めたまま、未だ煙が上がる“隕石のようなモノ”の落下地点を見やる。


「シュニスっ、なにか来た!」

「外宇宙の生命体……どんな不条理な存在が現れるかわからないわ。場合によっては存在するだけで“三次元世界の理”そのものを崩壊させるようなのもいる。他次元の存在がこの三次元世界においてアポトーシスを発生させ、時空そのものを破壊していく……」

「へっ、えっ!?」


 意味はわかっていないが、尋常ならざる状況であるのは理解できた。

 ともかく、タマキは今時分がなにを成すべきなのか、どう動くべきなのか思考するが、相手の出方をみなくては動くに動けないと、今までの状況から判断する。

 しかし、シュニスの言葉が事実ならば、断片的に理解した部分を繋ぎ合わせていくならば、先に動かなければ“世界が崩壊”するのだろう。

 激しくなる動悸、乾く喉、額に滲む冷や汗。


 だからこそ、必死の表情で叫んだ。


「みんな攻撃をっ!」


 爆煙が晴れ、できあがったクレーターの中心には黒い“隕石のようなモノ”が落ちており、タマキがソレに銃口を向けると同時に全員が攻撃を開始しようとした。


 その瞬間───ピシリ、と何かがひび割れる音がする。


 今しがたヒビ割れた隕石の音だろうか……否。それもあるが、響く音は遥かに異質だ。


「なに、あれ……」

「ハズレを引いたわ。始まるわよ……崩壊が」


 隕石がヒビ割れたのと同時に、そこから“空間に亀裂”が奔る。





 時は僅かに遡り、渋谷スクランブル交差点、その五又路の中央。

 戦闘が始まってより少なくはない時間が経っているのだろうその一帯には、活動停止したショゴスはもちろん、“活動停止”したカグヤ隊員も少なくない。

 だが、そこでの戦闘が終わっているわけでもなく、ショゴスは未だその悍ましい肉体を引き摺り、銃弾は四方を飛び交う。


 瞬間───ショゴスが真っ二つに斬り裂かれ、その活動が停止する。


 地に肉を叩きつけるような嫌な音を響かせ、その体が地に伏せ脈動を止めれば、核ごとバッサリだということは明白だ。

 斬り裂いた本人は白いセミロングの髪をなびかせ、その手に持った“太刀”を振るってショゴスの“血のような液体”を払った。


「ここまで増えては被害は免れませんわね……!」


 シロナはその青と金のオッドアイを細めつつも、冷静に周囲を見回して───駆ける。

 地を蹴り跳躍するように前方へと加速するなり、直線状に存在するショゴス三体を回転斬りで薙ぎ払い、地を滑るように止まった。

 白い髪の青い毛先がふわっと浮き上がり、それを見たカグヤの隊員が僅かに息を飲む。


「あれが……」

「ぼうっとしてっと死ぬぞー」

「え、あ!?」


 そんな声と共に、隊員が近くにショゴスがいることに気づくが、横から紅色の髪を乱雑にまとめた女性が現れ、その腕を振るう。

 握られた黒いベルト、それに繋がっている“銀の箱”がショゴスを“殴り飛した”。


「だ、第四機動隊……コシヤ隊長まで……!?」


 ベルトを左肩にかけて銀の箱を背負い、ライカ・コシヤはそのまま右手で腰のホルスターから拳銃を抜き放ち、引き鉄を引く。

 放たれた五発の弾丸の内、一発が核に命中したのかショゴスは活動停止。

 ふと横目に別のショゴスが触手を伸ばしていることに気づき、そちらに銀のケースを向け、凄まじい勢いで迫る触手を凌ぐ。


「っぶねぇ」

「あ、ありがとうございます!」


 礼を言うなり隊員はライカの後ろから飛び出て、ショゴスに手に持ったアサルトライフル突撃銃にて弾丸の雨を浴びせる。

 隊員の方へと触手を伸ばそうとしたショゴスではあったが、触手は5.56mmの弾丸により獲物に辿りつくこともなく、本体の核が砕かれるなりボロボロと地に落ちていく。

 隊員がライカの方を見れば、ライカはへらっと気の抜けるような笑みを浮かべる。


「ん、さんきゅーな」

「いえ! こちらこそありがとうございます!」


 そう言いつつ、隊員は次の目標へと狙いを定め、他の隊員と合流して攻撃を開始する。

 ライカは軽く息を吐くなり、商業施設『渋谷110』へと視線を移した。

 そして、その巨大なロゴの近くに“突き刺さる”コクーンオリジン。


「地に足付けて生きてけよなぁ」


 面倒だというのを隠す気もなく表情に出しながら、左耳に装着したインターカムのボタンを押す。


「おーっす、そっち大丈夫? あ~、オッケー適当にやってりゃ後で合流もできらぁ」


 彼女はやる気なさげにインカムで繋がった相手と会話をしながら、自身へと近づくヘルハウンドを見やる。

 別になんのアクションも起こさないまま、それを視界に入れつつも会話を続け、適当な部分で切った。

 勢いよく駆けてくるヘルハウンドへ、武器を構えることもない。


「ゆーきの方も上手くやってるみたいだな」


 大した反応をしないのは、無問題であるというのを理解しているからであろう。


「な、ん、で……私とお姉さまを別にしましたの!?」


 珍しく悪態をつきながら、シロナが迫るヘルハウンドへと、刃に輝きを宿した太刀を振るう。


「そりゃお前……」


 その一撃は迫るヘルハウンドの腕を薙ぎ払い、彼女は間髪入れずにもう一振り。

 太刀の切っ先よりも伸びた光の刃によりヘルハウンドを肩から脇までばっさりと袈裟斬り。


「戦力的にそりゃねーよ」


 ヘルハウンドが右肩から左脇より上部を副腕ごと無くすのだが、構わぬ様子で右腕を振り上げる。


「私とお姉さまは」


 シロナはそんなヘルハウンドの右腕が振り下ろされるより早く、脚に輝きを宿しそのまま回し蹴りを打ち込む。

 それを受けたヘルハウンドは、衝撃と共に吹き飛び渋谷110の三階ほどの部分えhと叩きつけられた。

 シロナは全身に淡い青の光を宿して、地を蹴る。


「常勝無敗ですわ……!」


 凄まじい勢いで加速したシロニカは、真っ直ぐ渋谷110へと向かい、正面で真上へと跳び上がり、その壁面を駆けあがっていく。

 ライカはそれを見ながら、近くのショゴスを拳銃で数発撃ち倒すなり、苦笑を浮かべた。

 彼女の戦い方に“世界観の違い”を感じざるをえない、と言ったところだろう。


「知ってっから別なんだよなぁ」


 シロナはビルの壁面を駆け、三階部分にめりこんでいたヘルハウンドを一閃し、さらに駆けあがっていく。

 ヘルハウンドの残った右腕が宙を舞う。

 それに構わず駆けるシロナの視線の先には、コクーンオリジン。


「新種ですが……!」


 コクーンオリジンが触手を伸ばすも、シロナは太刀をまるで木の枝を振るうが如き軽やかさで古い斬り裂いていく。

 時たま横に移動し、さらに壁を蹴り上昇、まだ横へと移動し、上昇。

 それらを繰り返し近づいていくも、コクーンオリジンの眼前でシロナは壁を一際大きく蹴って、コクーンオリジンを飛び越えさらに渋谷110の看板へと脚をつけた。


 先ほどまでシロナがいた場所には、ヘルハウンド。

 胴体の切れ目から大きな腕だけを生やした歪な再生をしたかの生物が、その巨腕をシロナがいた場所へと突き立てていた。

 だが、それに眉一つ動かさぬまま、シロナは自身が重力に従うよりも早く、左手で背中の鞘を抜き、右手の太刀を納刀。


「ハッ……!」


 瞬間───加速。白い閃光が迸る。


 一筋の光は真っ直ぐに渋谷110正面へと延び、消失していく。


 僅か数秒のこと、閃光の先で、シロナは刀を“振り終えて”いた。

 体勢を低くしていた彼女はそっと立ち上がるなり、抜刀されていたた刀をクルクルと回してから、左手の鞘に、納める。

 それと共に、ビルの壁面にあったコクーンオリジン、そしてヘルハウンドは複数の肉片へと切断され、そのまま地へと落ちていく。

 歩き出すシロナの背後へとボトボトと落ちていく肉片。


「ライカさん、行きましょう。次のコクーンオリジンを破壊して早々にお姉さまと」


 足早に車両の方へと向かうシロナに、ライカは相変わらずダラッとした様子で遅れながらついていく。


「そんなねーちゃんが心配かぁ? つえーし問題ないと思うんだけど」


 瞬間、ピタッと足を止めたシロナに、ライカは余計なことを言ったか、とも考えた。

 実際彼女の中でも“シロナの姉”の評価は悪いものではないし、他の一般隊員からしてみてもそれは然りなのだが……。

 そっと振り返ったシロナは、ほんのりと赤らんだ顔で照れたように笑みを浮かべる。


「その、わ、私がお姉さまのお顔を早く見たいだけ、です……」


 仕事熱心な彼女のことなので、それが私的なことであるという思考はあるのだろう。

 だからこそこうして、羞恥を感じているわけであるし、いじらしく両手を胸の前でいじる姿はライカとしても『あ~絵になるなぁ』なんて思うわけだ。

 だがしかし、ある一つの事実が、一瞬ばかり見惚れたライカを正気に戻す。


「お姉さまのことですっ、無自覚にみなさんを蠱惑していたら、なんて思うと……! 私いてもたってもいられませんわっ……!」


 ───これでイカれたシスコンじゃなけりゃぁな。





 新宿駅前、コクーンオリジンが呼んだ“隕石のようなナニカ”に奔った亀裂。

 そしてその亀裂を起点とし、さらに“空間そのもの”に奔る亀裂のようなもの……。

 それらに対して銃弾はまで意味を成さず、火球とてまた然り。


 隊員たちも闇囁教会の教徒たちも、タマキとシュニスすら術を持たない。


「なんだよあれっ……!」

「炎も銃弾も、あの傍に寄れば“かき消され”ます。シキモリさん! ここは下がりましょう。我々の今の装備では危険で……!」

「あっ! 神子様の得点稼ぎなんてずるいですよ!」

「違うよ! こんな時になに言っちゃってんの!?」


 タマキの前に出る隊員と教徒たちだが、攻撃の術を持たなくてはどうしようもない。

 亀裂は広がっていき、聞いたことの無い音と共に、空間が硝子のように砕ける。


 そこには、ただ“無”が在った。


「しゅ、シュニス!」


 タマキが横にいたシュニスの方を向くが、彼女は静かに首を横に振った。

 諦めモードなのは、彼女がしっかりとなにが起こっているか理解しているからであり、“現在”の自身の力ではどうにもならないことを悟っているからだ。

 フランとベルナも唸るだけで動かない。


「無理よ。今の私では多次元の存在を三次元世界に適応させるような力はないわ……あるいは“ルルイエ”の旧支配者であれば可能でしょうけど、ここが破壊される方がよほど早い」

「じゃ、じゃあ対処法はっ!?」

「……そうね」


 そう言いながら、シュニスが一歩前に踏み出す。


「シュニス……?」

「タマキ、私が……」


 困ったように眉を顰めるシュニスに、妙に心がざわつく。

 タマキは軽く駆けてシュニスの腕をがっしりと掴む。

 少し驚きを顔に出しながらも、シュニスはそんなタマキの手に自らの手を添えて……。


「まったく、しょうがないなぁ」


 瞬間、周囲の者たちの知らない声が響く。

 タマキとシュニスにとっては、久方ぶりの声……黒いボロ切れを纏う、黒い肌の少女は、金色の瞳を二人へと向けていた。

 驚いた表情で、タマキはその少女を見やる。


「な、君っ……ラトちゃんっ!?」

「やっほーお姉ちゃん、相変わらずかわいいね。“あの時”以来かな……?」

「なっ……!?」


 それが“どの時”か、そして彼女の意地の悪そうな笑みから察して、タマキが顔を赤く染めた。

 すぐにそんな場合ではないと頭を振るうなり、タマキは疑念を宿した目を向ける、少女───ナイアーラトテップを見たシュニスはタマキの腰へと手を回して引き寄せる。

 そんなことをするものだから、せっかく冷静になろうとしたタマキがすぐに顔を赤くするも、シュニスはそちらに気を割くこともなく、ナイアーラトテップことラトに顔を向けていた。


「なんのつもり……?」

「そんな“怖い顔”しないでよぉ」


 ケラケラと笑うラトが、視線を“崩壊の中心”へと向ける。


「手伝ってあげる。このままゲームオーバーは、ちょっちおもしろくないし?」


 そう言うなり、ラトは邪神に似つかわしくない“無邪気”な笑顔を浮かべた。


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