3.危険物取扱法違反

 

 ───第四、機動隊……?


 自慢げな表情で胸を張る少年───ユウキ・アシヤを前に、タマキは背を伸ばして顎に手を当て思考する。


 そういうものが存在すると聞いたことがあったような無かったような、記憶を掘り起こそうとするも、どうにもハッキリとしない。

 そもそも、目の前の“子供”がカグヤのような危険と隣り合わせの組織にいること自体に納得しかねる。

 色々とあった世界なので、そういう可能性も無くはないと思いもするが……。


「ん~」


 それに先ほどわざわざ付けていた“あの”と言う言葉も気になる。


 ───有名なのか?


「……え、本当に知らないの?」

「あ、え~っと……」


 キョトンとした顔で言う少年を見て、タマキは本当に知らないことが異常なのかと思えてきてしまう。


「あんた、入局何年?」

「わりと最近で……」

「ってことは俺を知らないってことも納得だな……ん、最近?」


 少年ことユウキもなにか思い出そうとしたが、それを勘違いしたタマキが両手を胸の前で振る。


「あ、別に信じてないとかじゃなくってね?」

「いや、そこは気にしてないけど……」


 タマキもまた記憶を掘り起こそうとはしてみるが、やはその少年の言う話など聞いたことも無く、だからこそ腰を折って顔を近づける。

 嘘をついているように見えない、というよりタマキ自身に嘘を見抜ける力が特にあるわけでもなのだが……だからこそ、それらを“子供の言うこと”と片付けようとするものの、どこか嘘と決めつけれないところもあった。

 故に、少しばかり自分自身を疑ってしまう。

 おそらく、それも彼女の良いところでもあるのだろうが……。


 一方のユウキは……釘付けだった。


 なにか……? 簡単で単純な話しだ。


 そう、齢11歳の少年の心すらも奪う───その“おっぱい豊満”である。


 腰を折って前のめりになった彼女には、首元が心許ないシャツを着用していようと胸元を押さえる文化など存在しない。

 故に、少年の視界にはやけに整ったタマキの顔と、重力にひかれ広がったパーカーとシャツの襟から覗く……胸元。

 重力により引かれたソレは、少年にとってあまりに刺激的である。


「う、あ、あ……」

「ん、どしたの?」


 首を傾げるタマキ、もちろん揺れる。


「な、なんでも!?」


 真っ赤な顔をそのままに、少年は首を横に振った。

 どうしたものかと考えながら、タマキは真っ直ぐ立つとふと視界の端に人影が映る。

 身長は170センチはあるだろう長身の、女性……まぁ、この世界において女性以外を見ることの方が珍しいレベルではあるのだが……。


 ───え、なになに、オレは不審な人じゃねーですけど……?


 女性は眠たげな眼をタマキたちに向けており、気だるげに近づいてくる。

 警戒するタマキの視線の先、女性の後ろで雑にまとめられている紅色の髪がわずかに揺れ動く。

 相当長いのか半端にまとめられているせいか、長い前髪の束がだらりと顔の中央を通って、それから後ろにまとめられていて、タマキは『邪魔じゃないのかなー?』等とのん気に思考する。


 ふと、近づいた女性が視線をユウキの方へと向けた。


「ゆーき」

「わっ!? あ、な、なんだ……」


 ホッ、と息をつくユウキに女性は気だるげに声をかける。


「探したぞ、どこいたんだ」

「え、いや探してたのはこっちだよ。どうせ喫煙所かと思って来たらいないし」

「トイレしてた……いやぁ、強敵だったわ。最近お通じ悪かったからさぁ」

「そんなの聞きたくないんだけど」


 気兼ねなく会話をする女性と少年を見やり、タマキはホッと息をつく。

 再度腰を折ってユウキと視線を合わせるタマキに、先ほどと同じように顔を赤くするユウキではあったが、今度は気にするでもなくタマキはユウキの頭をそっと撫でた。

 それに対してももちろん羞恥があるのかユウキは不服そうな顔をするが、どこか満更でもないようにも思える。


「それじゃあ“お姉ちゃん”が来たみたいだし、私は戻るね」

「おねっ……!?」


 ───あれ、なんか変なこと言った?


「はははっ、おねーちゃんだってさ。ゆーき」

「お前がとかゾッとする……!」


 背を伸ばしたタマキが、女性とユウキを交互に見やる。


「え、あれ、な、なんか変なこと言っちゃいました?」

「ん? あ~いやいや、なんでもない気にすんな」


 タマキの言葉に、女性は片手を軽く振って問題ないと示す。

 視線を落としてユウキを見ればやはり不服そうに女性の方を見ていて、これは本当に“お姉ちゃん”ではなかったんだなと思い、言うならば“お姉さん”だったなとどうでも良いことを考える。

 ともかく、保護者は来たのだから自分はもう用はないはずだ。

 さっさと去ろうと考えていると、ユウキと目があった。


「あ、あの……」

「ん? どうしたのアシヤくん」

「名前、教えてくんないかな……って」


 別に問題もないだろう。

 それに、保護者の方はおそらく名前を聞けば自分が誰かもわかるし安心だろうと、タマキは素直に頷いた。


「ん、タマキ・シキモリです」

「タマキ、さん……」


 ボソリと呟く少年に頷くタマキ。

 ふと、少年の目から光が消えたように感じる。


「ん?」


 視線をそっと女性の方に向ければ、ピンとはきていないがなにか思考するような表情をしているあたり聞いたことはありそうだ。

 むしろ、“カグヤここ”にいて知らないことの方がないので、明らかにピンと来ない方がおかしいのではあるが……。


「そちらのお姉さんも、たぶん知ってそうですけど……」

「あ、タマキ・シキモリか……シュブ=ニグラスと一緒の」


 一緒、と言われるとなんだか違う気もするが、とりあえずそれで良いと頷いておく。


「そういえば金髪美少女って聞いてたわ」

「その、オレは男です……」

「あ、うんそう言うってのも聞いてた」


 ───なら男扱いで良いんじゃないの!?


 良いわけがないのだが……タマキは心の中で叫ぶ。


「も、も、もと、男……」


 ボソボソと呟くユウキ。

 仕方もあるまい、一目惚れに近い形で少し憧れをもった年上のお姉さんがまさかの“元男”ともなれば、まだ若い彼の心、そして情緒はぐちゃぐちゃである。

 しかも残念なことに、ユウキは彼女の胸に多少なりとも邪な感情を抱いてしまっていた。元男の胸に、だ。


「あっ、ゆ、ユウキくんごめんね? だますつもりは……」

「あ~まぁ気にしないどいてくれ。ちょっと壊れただけだ」

「壊れたって!?」


 思わず強めにツッコミを入れるが女性は気にした様子もなく、ユウキの頭をポンポンと叩いている。


「おうおうかわいそうに、そりゃぁそうなるわなぁ……まぁ大人になるってのはそういうことだ」

「どういうことかわかんないけど絶対違う気がする」


 壊した本人が言うことでもないが、本人に自覚もないので言う。


「えっと、それじゃわた……オレはこれで」

「ん、そんじゃあねシキモリちゃん」

「……ちゃん付けなら呼び捨てで良いです」


 その言葉に、少し驚いたような表情も見せるも、すぐに納得して頷く女性。


「シキモリね。おっけーおっけー……あ」

「なんです?」

「一応私、第四機動隊のライカ・コシヤ。今後ともよろしく」


 片手を上げて言う女性に、タマキは軽く会釈で返す。


「あ、はい、こちらこそ……どうも御丁寧に」

「仕事で一緒んなったらよろしくなー」


 そう言うなり、ライカはユウキを小脇に抱えて去っていく。

 力持ちだとかなんだとかではなく、普通に豪快でここで会ったことないタイプだったので戸惑いながらも、タマキは踵を返して歩き出した。

 第四機動隊、よくはわからないが実際にあるらしいが……。


「なにする部隊なんだろ」


 いまいち予測がつかないが、誰かしらに聞けば良い言である。

 そんなことより気になるのはユウキのことだった。


「……なにが壊れたんだろ」


 無論、純粋無垢であったはずの少年のなんの罪もない───“性癖”である。





 タカマガハラ頂上の神社、その拝殿に天照大御神の神子であるサクラが座している。


 そして、その正面に正座しているのはアキサメ・タカナシ、シロナ・レメディアの二人。


 厳かな雰囲気を纏うサクラは、スッと眼を細めた。


「……ということです」

「なるほど、シュブ=ニグラスを……」

「はい」


 サクラも勿論、先日の任務でのことは聞いているし頭に入っているし、あの映像も“自室”で“食い入るように”見た。

 基本的に神子として祭事をするわけでもなく、時折降りてくる神からの天啓をカグヤの者に伝えたり、アオイのように神の力を扱う“権限を与える”ことをするぐらいで、彼女は普段から暇である。

 なので、“刺激的”なことに飢えている彼女がとても涜神的で背徳的なそれを“使って”しまうこともまぁ仕方のないことなのだ。


 ……ともかく、“ソレ”を見たからにアキサメの言ったことは納得できることではある。


「確かに、ヤツが第四機動隊に異動するなれば……色々とやりやすくはなるか、こちらもアチラも」

「はい、それにシュブ=ニグラスとタマキの話によれば邪神“ナイアーラトテップ”の存在も確認されたので、任務中はなるべく自由に動ける者を近くに配置しようとなるとやはり第四機動隊が適任と思われます」


 アキサメの言葉に、サクラは頷いた。


「タマキ・シキモリの方は?」

「アオイかシノブ、最悪は私が傍にいればある程度はどうにかなるかと……あくまで任務中は、ですが」

「まぁプライベートの護衛であれば他の者を行かせてもいい、か」


 今度はアキサメがサクラの言葉に同意し、頷いてみせる。

 だが、サクラはすぐに難しい表情を浮かべた。それもまた、アキサメとシロナは理解できているのか、何を言うでもなく、サクラの言葉を待つ。

 今回、この会議を設けた理由はシュニスがシロナに第四部隊配置を望んだ故のことだ。


「だが、ルルイエの“旧支配者”を下すためには、致し方なきこと、か」


 息を吐くサクラが懸念するのは、いい意味でも悪い意味でも“切り札”に近いモノになるであろうシュブ=ニグラスのことである。

 メリットもデメリットも非常に大きい。今まで第二機動隊にルルイエの離島を“攻略制圧”にいかせていたのとはわけが違ってくるような非常に大きな理由が……。


 だからこそ、サクラは悩む様子を見せる。


「お姉さまもいますし、大丈夫だとは思いますが……」

「……シロナ、相変わらず姉に絶対の信頼を寄せているようだな」

「はい、“わたくしのお姉さま”ですから」


 首をかしげて、さも当然のようにいう彼女に、サクラは息を吐いて頷く。


「アマテラス様に言伝をしよう。あとは天啓を待つ。良いな?」

「……かしこまりましたわ」

「では、そのように」


 二人は返事をするなり、立ち上がり一礼をして去っていった。

 彼女らが部屋を出るなり、サクラが近くにある肘かけについているボタンを押し、天幕を降ろす。


 そして拝殿の台座の上、彼女は勢いよく肘掛けに……頭を打ちつける。


「うぅ~どうするよぉ、旧支配者をどうにかすることでシュブ=ニグラスの力が戻るならば良いが、逆の場合だ。シュブ=ニグラスが旧支配者に“食われる”可能性……本体でなく、分断された器であるからこその危険……」


 下手に知識があるからこそ、下手な不安が押し寄せてくる。


「押し寄せてくるのはハチャメチャだけで良いだろうにぃ……うぅ、胃がっ、胃が痛いっ……!」





 カグヤ本部である高層ビル。


 エレベーターを降り、エントランスへと出たのはシュブ=ニグラスことシュニス。

 外から差し込む夕日をその金髪に浴び、薄黄色のロングスカート揺らしながら歩く。


 作りモノのように美しい容姿に、すれ違う人々が振り返るのは、不思議なことでもないだろう。

 慣れている者もそれなりに増えてはきたが、それでもやはり彼女に目を奪われる者も少なくはない。


 目が見えているんだか見えていないんだかな瞑られた瞳に変化はなく、だがそれでも眉は僅かに下がっている。


「ん、ここらへんで……」


 歩いてエントランスを出ると、シュニスと同じように人々に二度見される女性がそこにはいた。

 柱に寄り掛かって、誰かを待つように手を後ろでに組んで、入り口とは逆方向の街の方を向いている。


 夕日を浴びる“彼女タマキ”を視て、シュニスは少しばかり立ち止まった。


 似た容姿ではあるのだが、それでも彼女には普通の人間に見えないモノも視える。


 歩き出したシュニスに、タマキはなぜか気づいたようで視線をシュニスの方へと向けた。


「お待たせタマキ」


 どこかぎこちない表情を見せるタマキであったが、片手で頬を掻くと、次に両手で軽く自身の頬を叩いた。

 それがどういうことかわからず、小首を傾げるシュニスではあったが、タマキはすぐに───屈託ない笑顔を浮かべる。


「ん、こっちこそお待たせ」


 シュニスが口を半開きにして呆けたような表情を浮かべるので、タマキは眉を顰めて首を傾げた。


「……え、オレ、なんか変だった?」

「あ、いえ、全然……“いつも通り”かしら」


 どうやらアキサメの語っていたことは本当だったようだと、少しばかり安心して息を吐く。

 タマキの方はどこかいつもと違う様子の、戸惑うようなシュニスに小首を傾げる。


 そんな彼女の様子が、妙に“愛らしく”見えてしまう自分自身に、シュニスはどこか混乱した。


 ナイアーラトテップラトが言っていた通り、シュブ=ニグラスは“彼女”になると、どこまでも“ホモサピエンス人間”ということだろう。


「そんじゃ、帰ろっか」

「……ええ、帰りましょうか」


 茜色に染まる歩道を、並んで歩くタマキとシュニス。

 タマキの一本に結われた髪と、シュニスの長いロングストレートの髪、二人の金色が風に揺れて、触れあう。

 そしてサラリと離れ、また触れ合う……それを繰り返す。

 

「ねぇタマキ」

「ん、どした?」


 歩きながら呼ばれ、タマキはシュニスに視線を向けるが……彼女はまたいつも通りだ。


「……タマキって、いいお嫁さんよね」


 クスッと微笑を零しながら歩くシュニスに、タマキは瞬き一つをして、軽く息をつく。


 そして、クワッと表情を変えた。


「オレは男だ!」

「えぇ~まだ言う~?」

「一生言う!」





 カグヤ本部の、どこかのオフィス。


 白銀の髪をなびかせてそこへと入るのはシロナ。

 デスクの数は第一機動隊と比べて半分もなく、しかもその部屋にいる人数すらも少ない。

 窓際部署と言われても十分信憑性のあろうそこの一際大きなデスクに座しているのは紅髪の女性……ライカ・コシヤである。


「戻りましたわ」

「おかえり~」


 気怠そうに帰るライカをよそに、シロナはキョロキョロと周囲を見渡す。


「お姉さまは?」

「まだ」

「そうですか……で、ユウキさんになにかありました?」


 デスクの一つに突っ伏しているのはユウキ・アシヤ。

 他のデスクの椅子に比べても、やけに椅子が高いのは幼い彼の身長にに合わせてなのだろうということは推測できる。

 デスクに突っ伏して、ユウキがボソボソとなにか呟いていた。


「男、いやでも綺麗で、む、むねも……い、いやでも、お、おとこ……おとこに、……俺は……」


 眉を顰めて、シロナはライカの方を向く。


「なにがありましたの?」

「んー……壊れたのさ」

「なにが?」

「性癖」


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