3.水面下

 

 昼過ぎ頃、ショッピングモールのフードコート。

 平日だというのにそこそこに賑わっているそこで、タマキとシュニスは少し遅めの昼食をとっていた。

 先ほどの“アレ”からタマキの反応が少しおかしかったりもしたのだが、シュニスにぐいぐいと手を引かれていくのみであったのでそれ以上になにかがあるわけでもなく、結局は事件の一つや二つも起こらぬままいつも通りのタマキへと戻り、今では普通に昼食を食べ終え、両手を合わせている。

 そこで地雷を踏み抜かないあたり、シュニスは邪神と言えど人間への理解が深いのだろう。


「さて、と……こっからどうするか」


 記憶の奥底に先ほどの苦い記憶を封印しつつ、タマキはシュニスにそう問うた。


「ん~色々見たけど、最初の店がいいかしらぁ」


 顎に人さし指を当てながらそう言って、シュニスは小首を傾げる。


「たまきは、欲しい服とかあった?」

「んぁ……あ~ウニクロ寄るわ。適当になんか買う。そろそろ夏だし」

「またラフ~な感じで済ますでしょぉ」


 元男、それもそれほどファッションに興味がある方ではなかった。

 どの服が良いやら似合うやらもいまいちわからず、自分のセンスも信用ならないともなれば、“無難”な服を選択するしかないのも仕方あるまい。

 だからこそ、服もカジュアルでお値段もほどほどなウニクロ。

 となれば、今日は異常なのである。シュニスの願いでもなければ着用することのなかっただろう女性らしい服装……。


「これで膝上ぐらいだろ、もっと短いのとかどういう精神状態だ」

「ん~ミニは私もねぇ……あ、でも見てる分にはかわいくて好きよ?」


 言われてみればシュニスはいつもロングスカートな気がした。

 なんなら今、タマキが着ている服だってシュニスが着ているところを見たことがない。


「これ、最初の支給された服にあったか?」

「最初に支給されたお金で買ったのよ。前にショッピング行ったでしょ?」


 言われてみれば、買い物に行った途中で近場にコクーン落下予測があり、そのまま戦闘になった時があったことを思い出す。


「でも私には似合わないかなって思ってて……かわいいでしょ?」


 着用しているのが自分でなかったら否定はしないだろう。“童貞タマキ”を殺すには十分すぎる代物だ。素体のスタイル含めて。

 ただいかんせん、それは自分であるので……。

 

「なんて難しい顔してるのぉ」

「いや、するだろ。オレ……男なんだし」


 シュニスは頬杖をついて溜め息をついた。

 なぜそんな態度を取られるのか甚だ疑問ではあるが、タマキはそっと立ち上がってテーブルの上にある食器の乗ったトレーを返しに行く。もちろん一緒にシュニスも向かい、それを返すなりフードコートを出ることにした。

 行く場所はとりあえずタマキの買い物を終わらせるためにウニクロ。


 それならばわざわざ自宅のあるマンションから離れているこのショッピングモールに来る必要もなかったのだが、それはそれ、これはこれ。


 スカートが揺れて、裾が足に触れる。

 その感覚が慣れないし、タイツを履いているといってもやはりその薄さでは、心許ないどころか普段がズボンしか履いていないタマキにとっては、脚に触れる空気や、脚に触れない感覚への違和感が拭えない。

 別にスカートが嫌、というわけでもないのだろうけれど……。


 ───さてと、さっさと買って帰るか、知り合いなんかに見られたら。


「タマキに、シュニス?」

「えぇ……」


 ───なんでこうなるの……?


 立ち止まったタマキがギギギ、と音を立てて首をそちらへと向ける。


「あら、アキサメにシノブ」


 立っているのはシュニスの言う通り、アキサメ・タカナシとシノブ・ケイラの二人であり、眼を見開いて驚いた表情を浮かべる二人の視線の先には、タマキ。

 二人で出かけるというのは聞いていたモノの、タマキがまさか“そんな恰好”をしているなどとは夢にも思ってなかった故なのだろう。

 急に立ち止まった影響で、タマキのスカートとハーフアップにされた金髪がふわっと揺れる。


「……そ、そのっ、あ、アキサメさん、これはっ」


 真っ先にアキサメの名を出したのは、きっとタマキにとって彼女が頼れる相手であり、その姿を見られて一番羞恥を感じる相手だからなのだろう。

 なんとか弁明しようと思うも、焦ったタマキにできるわけもなく……そもそも弁明もなにもありはしない。

 ハッと我に返るアキサメと、息を荒くするシノブ。


「き、聞いてくださいっ、これはシュニスが勝手にっ……お、オレの意思じゃなくってぇ……」

「あー、なるほど。なるほどな……」


 数度頷くアキサメに、タマキはホッと息をつく。


「いや、だがまぁ、うん、似合ってるぞタマキ。本当に……」

「え、あ……そ、そうです、か?」

「ああ、凄く、そのだな……かわいい」


 褒められてタマキも嫌な気分はしないだろうと、アキサメは笑みを浮かべつつ、思ったことを口にする。

 安心させるように、そっと頭を撫でながらそう言われ……タマキはといえば、一瞬驚いたような表情を浮かべた後に、少し俯きながら、両手の指を胸の前で合わせて、らしくもなく肩を竦めつつ、照れた赤い顔でアキサメを見上げた。

 後ろのシノブが、なにか呻くような声を出しながら胸を押さえつつ片膝をつく。


「あ、ありがとう、ござい、ます……っ」


 これはいけない、とアキサメはタマキを撫でていた手を下げ、もう片手で自身の眉間をつまみながら真上を見上げた。


「え、えっと、アキサメ、さん?」

「ん、ああいや……う゛っ」


 視線を下げたアキサメの視界に入るタマキは、不安そうな顔で首を傾げていて、それがまたアキサメの胸にギュンッ、となにかを訴える。

 保護欲を超えた余計な“ナニカ”に目覚める前に、アキサメは鍛え上げた精神力をもってして自身を抑えようとした。

 だがしかし、上手く言葉が出ない……首相やら神の寵愛を受けた者たちと相対し言葉を紡いできたアキサメが、言葉が出ない。


「タマキぃ~私がカワイイって言った時と反応違いすぎない?」

「は、はぁ!? べ、別に普通だろっ」

「いま女の子の顔してた! 憧れの人を前にしてついつい緩んじゃう系の乙女の顔してた! ……これが、寝取られ……!?」

「し、してねぇよ……! 俗物みたいな思考してるなこの邪神っ……!」


 声をあげるシュニスに、片膝をついていたシノブが深々と頷く。

 真っ赤な顔で抗議の声をあげるタマキであったが、説得力は欠片も存在しない。

 だが、実際のところアキサメは頼りになる女性であるのだろうし、男の感覚としても憧れて当然なのだろう……まぁ“カッコいい”ところに憧れていて、そんな彼女に照れているのだから“そう”とられても仕方ないことなのだが……。


 ともあれ、アキサメとしては冷静になれる時間をもらったので、シュニスには少し感謝をしながら少し後ろにいたシノブを立ち上がらせる。


「さて、せっかくの休日のデートの邪魔をしてすまなかったな二人とも」

「あ、いやデートとかじゃないんで!」

「え~タマキったら冷たい~カワイイ服着てくれたのにぃ~」


 アキサメの言葉を瞬時に否定するタマキに文句を垂れるシュニスだが、タマキはスルー。


「えっと、二人はなんでここに?」

「ああ、近くで事件があってな……その調査と対処を済まして、昼食でもと思ったらたまたま、な?」


 そんな言葉に、タマキは少し冷静になったのか目を細めつつ、片手を胸の下に回してもう片手を顎に当ててなにか考える動作をする。

 そんなことをすれば胸が下から持ち上げられるしで、シノブからすれば非常にアレなのだが、少し仕事モードに入っている故なのか、理性的に視線を少し上げて対処。


「カグヤが出張るってことは、邪教関係ですか……」


 緊急警報等が無いともなれば、ルルイエ関係以外……それ以外で<カグヤ>が出動しているということはそういうことだろうと、タマキは理解していた。

 件のルルイエ事変、そして『救誕』以降に突如として“発生”した<邪教>は、超常的な力を扱うことができる者がいるらしく、それをもってして徐々に信者を増やし、勢力を広げ……テロリズム的な行為を起こすことも珍しくない。

 警察では対処できない範疇のそれ、故に邪教への対処はカグヤの管轄である。


 ……タマキとシュニスはそちらへの対処で動いたことは無いのだが。


「でも邪教は第三機動隊の仕事ですよね、なんでシノブさんも?」

「今回は少し特殊で第一機動隊の出動要請もな、実際……行って確かめてみて正解だったが」


 そんなアキサメの言葉に、なるほど、と頷くタマキ。

 そこでハッとしたアキサメがタマキの隣のシュニスを見るが、少しばかり怖い雰囲気を纏い始めたことに気づき苦笑を零して頷く。

 すっかり仕事モードになってしまったが、自分たちはともかく……。


「タマキ、今は考えなくて良いさ……明日には色々と話すこともあるだろうしな」

「あ、はい。すみません、昼休憩中に」

「いえいえ、おかげでいいもの見れましたから!」

「シノブ……」


 ともかくだ、このままだと完全に二人を、いやタマキを仕事に巻き込むことになってしまうとアキサメはここで切り上げることとした。

 タマキの方は別段構わないのかそのまま考察を進めそうな勢いではあったが、件のシュニスの機嫌を損ねるのもよろしくはない。

 アキサメがシュニスの方を向いて眉を顰めつつ笑みを浮かべると、シュニスは不満そうではあるが、とりあえず納得したという風に頷く。


「それじゃあタマキさん、シュニスさん、また明日」

「はい、お疲れ様です」

「お仕事がんばってねぇ~」


 タマキとシュニスを見送って、アキサメは軽く溜息を吐いた。


「……タマキ、なかなかな威力だったな」

「わかります!!」


 クソデカ大声で同意するシノブを見て、再度溜息をつきながら、アキサメはとりあえず近くの空いている席に腰を降ろす。

 興奮気味に先ほどのタマキの話をしてくる向かいの部下。

 実際、このご時世に女同士の恋愛というのは珍しいものではないのだが……いかんせんアキサメはそっちの気はないものと思っていたし、今まで実際になかったのだが……。

 先ほどのタマキにギュンと未知の情動を感じたのもの確かだ。


「……まずいな」

「おいしそうの間違いでは?」


 アキサメはタマキを目の前の女の部下にしておいて良いのか、真剣に悩んだ。





 夕方───電車に揺られるタマキとシュニス。

 乗客も疎らで、ラッシュに巻き込まれる前に帰れたことに安堵しながらも、洋服の入った紙袋を抱えているタマキは、隣に座るシュニスに少し視線を向けた。

 来たときよりも楽しそうでないともなれば、気にもなるだろう。

 その長椅子に座るのは二人のみで、タマキはシュニスに小声で話しかける。


「……どした?」

「ん、どうしたって?」

「ああいや、なんか来たときよりテンション低いだろ。服買ってる時は楽しそうだったけど……いやでも帰り道にセンチメンタルになるタイプってイメージもないし、なんかあったかな~って」


 そう言うタマキに、シュニスは微笑を向けた。


「あらぁ、意外と私のこと見てるのねぇタマキって」

「いやっ、そういうんじゃなくてなぁ……」


 からかうように笑うシュニスに、タマキは不満そうな表情を浮かべる。


「ん~少し考えるところがあって、ほらあそこ」

「んぇ、ああ電車内にあるよなああいうニュース紹介みたいなの……あ」


 ドアの真上にある小型モニタに映る今日のニュース紹介で『邪教の儀式か?』というトピックスが見えた。


「ほらぁ、邪教も一枚岩じゃないそうだけれど、“私”を崇拝してる信徒たちもいるから……その子たちが迷惑かけてるかもしれないって気になるじゃない? タマキには勿論だけれど、シノブやアキサメにもねぇ。私が出て行って片付く話でもないでしょうし、今の私が『貴方達の神です』って言って信じてくれるか怪しいし」

「意外と、色々考えてるのな」

「意外ってことはないでしょぉ? もぉ、タマキったら私のことなんだと思ってるのかしら」


 腕を組んで頬を膨らますシュニスを見て、タマキはおかしそうに笑う。

 さまざまな事件を起こす邪教が崇拝する邪神が目の前のどこか抜けている女なのだから、そりゃおかしくもなるだろう。

 挙句に迷惑のかかるようなことをする自身の名を使う者たちに、少しでも悩んでいるのだから微笑ましくもなる。


「なんとかなれば良いのだけれど、せめて私の信徒たちぐらい大人しくさせておきたいのよね……それに、色々とわかることも増えるかもしれないでしょう?」

「まぁそうなったらアキサメさんたちも楽か」


 そう言って頷くタマキを見て、今度はシュニスがどこか嬉しそうにほほ笑んだ。


「ん、なんだよ?」

「ううん……なんだかんだ、タマキは優しいなぁって」


 夕日を浴びて笑うシュニスを横目で見て、タマキは気恥ずかしそうに持っていた紙袋で口元を隠す。横から見ればそれほど隠れていないのだが……。


「オレはいつも優しいし……」


 照れ隠しでそう言うタマキに、シュニスは二度ほど頷く。


「そうよね。私のために色々してくれてるものね……かわいい服も着てくれたし」

「もう着ねぇ」

「えぇ、せっかくタマキの服、また買ったのにぃ!」

「なんでオレの買ってんの……」


 不満そうな声を上げるシュニスに抗議するタマキ。


「え~アキサメからも好評だったじゃない、シノブなんて大興奮だったわよ」

「こわいよシノブさん」


 別に嫌いではないが、たまに視線があぶねぇ時があるのも事実であった。


「かわいいわよタマキ」

「いや聞いてねぇし……やめろし」


 再度、口元を紙袋で隠すタマキに、シュニスは笑みを浮かべてその身体を寄せる。

 揺れる電車、夕日の中、周辺には二人だけ。

 同じ色の金の髪が触れ合う。


「また、付き合ってくれる?」

「ん、まぁ……暇だし」


 そう言うタマキの方を見ないまま、シュニスが向かいの窓の外の景色に視線を向ける。

 タマキもそれに合わせるように正面を向いていれば、電車は川を渡る橋に差し掛かったところであり、夕日に照らされた川や河川敷がやけに幻想的に見えた。

 元の世界よりも酷い状態に晒されている世界ではあるが、こういうところはきっと変わりないのだろうと、どこか感慨深さを抱く。


 静かに息をついて、タマキは火照る顔を覚まそうと両手で顔に触れる。


 ───あれ、普通に体温高い気がする……。


「ん~……?」

「どうしたのタマキ?」

「ああいや、さっさと帰って寝ようと思って……晩飯はなんか惣菜でも買ってくか」

「あ、あれ食べたいわ! ハンバーガー!」


 ジャンクフードを食べたいと笑顔で言うシュニスに、どこかお嬢様っぽさを感じて笑いを零す。


「じゃ、そうするか」

「やったぁ~」

「別に金が無いわけじゃないんだからいつでも食べれるだろ」


 そんな言葉に、シュニスは顎に指を当てて悩むような仕草をしてから、首を横に振る。


「だってタマキが作ってくれる御飯、好きだもの」

「……そっか」


 やっぱり自分で御飯を作ろうかなとも悩んだタマキではあったが、身体の倦怠感に負けて大手ハンバーガーチェーン店に今日のところは任せることとした。

 たまにはこういうのも悪くはないだろうと思いつつ、紙袋の中を覗く。


 そこには昼前の店で見たワンピースが入っていて、思わず笑みを零す。


「いや、なに笑とんねん……!」

「え、どうしたのタマキ?」


 わりと本気で心配をされた。

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