3.新しいモノ
ブリーフィングルームでの会議を終えてから二時間ほどしてから、タマキとシュニスは待機の指示を受け、別の拠点───渋谷へと移動。
同じ地点の防衛には他にも先ほどの“本部”から五人と、現地の鎮圧部隊隊員、二十名。
未知の状況ということで、既に都内全域と近辺に“地下シェルター”への退避を勧告。
逃げ遅れた市民等の確認や誘導は警察の仕事であり、忙しそうではあるも戦闘には参加しないということで……タマキはそれを指を咥えて羨ましがった。
仕方のないことなのだが、どうにも納得できかねる。
「はぁ、でもまぁ……くるとも限らないしな」
待機を続けて、なんやかんやと時刻は午後7時。
その間、昼食をとったり部隊員と雑談をしたり等諸々とありつつも、すっかり周囲は暗くなってきていた。
空には時折雲に隠れつつも満月が見える。
攻略部隊があの射出装置を破壊してくれようものなら、この状況も徒労に終わってくれるというものだ。
それ以外にも、ここの周囲にさえ落ちてこなければ自分たちが動く必要もないだろう。
タマキ的にはそうなってくれるとありがたい。
「ではシェルターを封鎖しますので」
「はい! 【カグヤ】の皆様もお気をつけて……!」
地下シェルター代わりとなっている地下鉄の入り口のシャッターが閉まると、地下へと格納されていく。
最後まで敬礼をしていた警官を見ると、タマキは肩が重くなるような感覚に気分が沈む。
「はぁ……」
停められている鎮圧部隊の大型バンによりかかりながら、缶コーヒーを飲むタマキ。
視線の先には、五差路となっているスクランブル交差点の真ん中で、ロングスカートを翻しながらクルクルと回る楽しそうなシュニス。
微笑ましげに見ている隊員もいれば、訝しげな表情をしている隊員もいる。それもそうだろう、あれが邪神だと知っていれば後者の方が正しいのだ……。
タマキはコーヒー缶に口をつけて再度傾ける。
「シキモリ」
「ふべっ! げほっごほっ!」
突然思わぬ方向から思わぬ相手に話しかけられてコーヒーを拭きだす。
「ちょ、だ、大丈夫かっ?」
「けほっ、あっいえ、だ、だいじょうぶでひゅっ、えほっ」
口元を手で拭うと、隣にやってきた自分と同じぐらいの背丈の少女に視線を向ける。
「ど、どうしました、アリツキさん……」
青い髪を三つ編みにした日本刀を携える少女、アオイ・アリツキは学生服姿でそこに立っていた。
いつも通りの鋭い眼付きではあるのだが、元来そういうものなのか、少し眉が下がっているところを見ると多少なりとも、心配はしてくれているようで……嫌われているものだと思っていたが、そうでもないようでタマキは少し安心する。
落ち着いたタマキを見るなり、アオイは少しばかり顔をしかめて視線をシュニスの方へと移した。
安心はしたが、かと言って気軽に話しかけられる距離感でもないし、そもそも話題がない。
無理にひりだした話題で地雷を踏み抜きたくはないし、シュニス関係のことだとまたなんらかの怒りを再燃させかねないだろう。
ともなれば黙ってコーヒーを飲むしかないのだ。
「その、シキモリの元の世界は、ルルイエ事変がなかったと聞くが……」
意外にも、最初に切り出したのはアオイであった。
思わず眼を見開くタマキだったが、アオイはタマキの方に視線を向けていなかったので気づくことも無く、気づかれる前にと、タマキは急いで肯定する。
「あ、はい。こっちは2022年でしたけど……平和だったんだと思います。こっちで昔の記事を読む限りルルイエ事変までは、こっちもあっちと変わりなかったみたいで」
「そう、か……」
どこか物思いにふける彼女に、タマキは目を細めた。
背格好からして女子高生であるアオイは、いくら年齢が高くても十八歳……ともなれば、産まれたのは2017年ということで、ルルイエ事変後に産まれた子供だ。
ネットで色々な記事を読む限り復興にはそれなりに歳月を要したそうだし、平和だった時代を知らないのだろう。
「オレも、バイト行って帰って飯食って酒飲んで寝るみたいな生活だったし」
「ん? ああ、そうか、シキモリは
「まぁ付き合いで酒も煙草も初めてそのままずるずると……こっちに来てから煙草はやめましたけど」
簡単に辞められたのは、まったく綺麗な体になったおかげかなんなのか……男に戻っても再開とはしないだろう。
酒もめっきりだが、当初支給された資金とは別に給料も入ったことだし休日前には飲んでみようと思っていた。
その時は、礼も兼ねてアキサメかシノブ辺りに付き合ってもらいたいところだが……いや、シノブは自身を見る目がたまに怖いのでせめてシノブの時は確実に誰かも一緒にしようと心に誓う。
「……普通だな」
「へ?」
───え、なんか藪から棒にディスられた!? なぜに!?
「……ふ、普通ですが」
「あ、ああいや、別に貶めたりとかそういうわけではなく、アキサメさんに言われてな。別に外の神や邪神云々を抜きにしても、シキモリは“普通”だと……」
「い、いや、あんま普通じゃないつもりなんですけど」
なんだかんだ言いながら、さすがに“普通”扱いは不に落ちないタマキ。
だが、アキサメが言っているということは“そういうこと”ではないのだろうと理解しつつも、首をひねって思考するが、やはりそれ以外に普通という言葉に対する回答が思いつかない。
シュニスのおまけ程度、ということだろうかとも思うが……。
「すまない。少し警戒しすぎたようだ……」
話を聞く限りやはりアキサメがなにかを言ったようで、タマキの中でのアキサメの評価がうなぎ上りしていく。
ここに来たときやその後もそうだったのだが、彼女は頼りになる相手だ。すっかりタマキも信用しているし、シュニスもそれなりに気に入っている。
「さすが【カグヤ】の総長だよなぁ……」
「現場に出すぎるのが玉に瑕だそうだがな」
「あ~確かに、偉い人が出すぎちゃまずいのか……」
とは言いつつも、アキサメがいれば現場が引き締まるのは確かで、彼女も見ている限り現場の方が肌に合っているのだろうとタマキは納得した。
「……だがシキモリ」
「え、はい」
少しばかり低くなった声に、内心気が気でない状態でそちらを見れば、その視線はやはりクルクルと回って楽しそうにしているシュニス。
明かり代わりに信号機もビルに設置された大型街頭モニターも点いており、その光を反射し彼女の金髪は輝いている。
そしてそんな彼女を、アオイは鋭い瞳で見ていた。
「シュブ=ニグラスには、警戒を怠るつもりはない」
「いやまぁ、当然ですよね。はい」
苦笑しながら、コーヒーをまた一口飲む。
シュニスのことはともかく、少しばかり話しやすくなったのは確かで、タマキは少しばかりの勇気を振り絞って自分から話しかけに行く。
「そういえばアリツキさんって幾つなんですか? 落ち着いた雰囲気ですけど」
「ん、ああ、そういえば……十七だ。今年の九月で十八になる」
年齢差は三歳ほどだが、職場の先輩だし別に敬語を使うこともタメ口で話されることも気にはならないのでそのまま続ける。
そして、ふと数時間前に見た雪のような白銀の後ろ姿を思い出した。
仲が悪そうではあったが、それの確認も含めて……。
「じゃあシロナさんもそのぐらいか……」
「あいつは私の一つ上で十八歳だ。今年で十九歳と言っていたが……」
普通に受け答えをしたあたり、別に仲が悪いわけではないのだろう。
再度、缶コーヒーを飲んで、軽く息を吐く。
視線の先、くるくると回っていたシュニスが止まり、空を見上げた。
「ん……?」
それに少しばかりの違和感を感じるタマキとアオイ。
直後、首にかけていた無線式の小型インカムからオペレーターの声が聞こえる
『攻略部隊から報告! 射出装置の破壊を確認!』
ホッと一息を吐くタマキではあったが、隣のアオイが刀の柄に手を伸ばしているのが横目に見えて、反射的に腰のホルダーにつけた拳銃に手を伸ばす。
日頃の訓練の成果といったところだが、それを素直に喜べる心情でもない。
『だがコクーンの射出を確認! 奇形コクーンの着弾地点を現在計算中……速いっ! 迎撃システム、間に合いません!』
「各員警戒しつつ移動を素早く行えるように!」
周囲に命令を出すアオイを余所に、タマキはシュニスの元へと走る。
他でもない、シュニスの少し神妙な顔を見たからというのと……タマキ自身、妙な悪寒を肌で感じたからだ。
その体を作ったのが“
『着弾予測地点……渋谷方面! 各部隊、渋谷方面へと移動開始!』
「あぁ~、そうなっちゃうよなぁ……」
「タマキ、嫌なのがくるわよ」
シュニスが指差した方向を見れば、雲間から見える満月に黒い点が見えた。
つまりは、そういうことなのだろうと理解し、シュニスの手を取って走り出す。
もちろん方向はアオイがいる方、つまりバンの方だ。
「やだタマキったら情熱的なんだからぁ、お姉さんときめいちゃうわぁ」
「言ってる場合か!?」
いつも通りのノリのシュニスに即座にツッコミを入れつつも、タマキはバンのすぐ傍で止まり、アオイは二人の前に出る。
なんだかんだとシュニスごといる自分を守ってくれる彼女に頼もしさを感じつつ、タマキは拳銃のセーフティーを解除し、シュニスの手を離し両手で握った。
月からの影は徐々に大きくなっていき、そのまま地上へと落下。
どういう原理なのか速度は接近時よりずいぶん落ちており、そのまま下部が地面に僅かに突き刺さる程度。
多少の振動が地面から伝わるが、通常の二メートル弱ほどのコクーンと違い、その全長五メートル弱のコクーンが高々度から落ちたにしては弱い。
歪な卵型の巨大コクーン……それほど見慣れてないタマキだけでなく、アオイの目から見ても、そのコクーンは異常だった。
多少の個体差はあれど、それほど変化のあるものは見たいことが無いのだろう。
誰もが、一瞬固まるほどの“
「っ……攻撃開始!」
その号令と共に各箇所に配置されていた隊員が各々の銃をコクーンへと向けるが、同時に勢いよくコクーンの上部が十字型に開く。
花弁のように開いたそこから、通常ならばショゴスがずるりと這い出るのだが、そのコクーンは違った。
その頂部の開いた部分から、ショゴスが───勢いよく放たれる。
『以後、奇形コクーンをエルダーコクーンと呼称!』
上空数メートルの地点まで舞い上がったショゴスが、次々に落とされていく。
それも狙ったように配置された隊員たちのすぐ近くに、だ……いや、実際に狙っているのだろう。
まともな知性体と思われなかったそれらだが、考えを改める必要があるのだろうと、アオイは顔をしかめつつ刀を抜いて両手で持ち、切っ先を上空に放たれたショゴスに向けて腰を落とす。
五メートルほどのエルダーコクーンから一メートル強のショゴスが次々に射出されていく。
「どういう質量してんだよっ!」
「今更言うことじゃなくなぁい?」
「言いたくもなんの!」
余裕があるんだかないんだか、タマキとシュニスの会話を聞いて少しだけ落ち着くアオイ。
「フツヌシ……!」
薄緑の光を纏うアオイは、片手をインカムに添えてスイッチを押すなり、再度両手で刀を持って、地を蹴り───跳ぶ。
その脚力故かアスファルトが破壊されるが、今更誰が気にしようものか。
「こちらカグヤ第一機動隊、第一小隊! エルダーコクーンと交戦を開始!」
『了解しました! 各員は第一小隊と合流を!』
オペレーターの声に返すこともなく、落下してくるショゴスに向けて刀を振るう。
「ハアァッ!」
緑色の光を宿した刀が振るわれれば、その刀身が光により延長され、ショゴスを一刀両断。
内部の核を斬り裂き、両断されたショゴスはそのまま熔けるように消滅。
「もう、一撃っ……!」
次いで近くを通りすぎようとするショゴスにも、そのまま光の刃を振るう。
核ごと斬り裂くとはいかずにそのままに分割されたショゴスの肉塊同士が糸のように肉を伸ばしてくっつき再生しようとするが、僅かにその断面にコアが見える。
瞬間、真下から飛んできた銃弾がそのコアを貫き、ショゴスを四散させた。
「シキモリかっ!」
下に視線を向ければ、タマキが拳銃を構えている。
それに成功したタマキはというと、少しばかり口角を上げて安心したように肩を落とした。
「やった……!」
「タマキ、気を付けないと……ほら周りにもぉ」
「へっ、うわ!」
触手に引っ張られたことにより痛みを覚悟したものの、それはシュニスが相変わらずスカートの下から伸ばしたもので、眼前を槍の如く伸ばされた触手が横切る。
ハッとして、すぐにそちらを見れば、ショゴスがシュニスの触手に八つ裂きにされ、爆発四散。
シュニスの傍に尻もちをつくものの、すぐに立ち上がるタマキ。
「あ、ありがとな……」
「ううん、いいの……タマキだって私が痛そうになったら助けてくれるでしょ?」
「え、あ、そ、そりゃまぁ……」
彼女の遠慮しない物言いに、少しばかり気恥ずかしくなりながらも拳銃を握りしめるタマキ。
その間も、周囲に落ちるショゴスをシュニスの触手が貫いており、隊員たちも善戦しているが……こうも分断されては犠牲者ゼロともいかないだろう。
通常のコクーンが相手ならば、ショゴスが来る方向も一方向なので分断などそうはされないのだが……。
「く……!」
二人の前に、ショゴスを斬り裂き滅しながらアオイが降りた。
「イチャついている場合か!」
「い、いやイチャついてねぇし!」
思わずタメ口で返すが、お互いに気にしていられる状況でもないのかすぐに自らの得物を構えた。
「一気にコクーンを斬滅する! 援護はお前たちに任せる!」
他の隊員たちも自分たちのことで手一杯だ。任せるしかない……の方が正しい。
それを理解しつつも、タマキは頷きながら拳銃を構えた。
「はい!」
「ん~タマキを怖がらせた子の言うこと聞くのもなぁ~」
「シュニスっ」
「わかってるわよぉ、でも意外と数が多くて……ね!」
伸びた十本の触手がエルダーコクーンとアオイの間のショゴスを突き刺していく。
核の場所が個体ごとに違うせいか、一体頭の撃破にかなり時間の差異が生まれるが、それは全員そうなのだから仕方あるまい。
タマキも手慣れた様子でマガジンを変えると援護射撃を開始する。と言っても、周囲に気を配りながらなのでそれも、かなりままならないものだが……。
アオイは両手を顔の真横に寄せ、肩に刀の背を当てると、エルダーコクーンを睨みつける。
「それほど悠長に使えるものではないが……!」
薄緑の光を纏うアオイが、再度地を蹴り加速。
「
エルダーコクーンとアオイの間にいるのは残り一体だが……横を走る銃弾がその一体の核を貫き、退路はできた。
そのまま真っ直ぐに加速するアオイであったが、エルダーコクーンへと刀を振るう直前、異変が起こる。
「ッ!」
エルダーコクーンが、内側から引き裂かれた。
真っ赤な血のような液体を拭きだしながら真っ二つに割られたエルダーコクーンの内部から、“ナニか”が現れる。
だが、アオイは目を細めつつも構わず肩に添えた刀を一直線に振るう。
「
だが、その一撃は───止まった。
「これはッ!」
真っ二つになったエルダーコクーンの内部から出てきた“ソレ”が光の刃を止めていた。
刃を止めた“腕”とは別の腕が振るわれるも、光の刃を即座に四散させ、防御するように刀を構える。
右手で柄を持ち、左手で背を支えてその一撃を受けるが、勢いは殺し切れずにそのまま吹き飛ばされた。
「くぅっ……!」
その力強い一撃により一気に数メートルを離されるが、両足を地に付いて滑りながらも、止まる。
結果的にアオイとシュニスの前まで戻る羽目になるが、近づいていても不利なだけなので丁度良いだろう。
エルダーコクーンが噴出していた血飛沫が収まると、満月が雲に隠れても……中から現れたそれの正体が理解できた。
いや、理解した気になっただけだ。
そもそも理解などできない。そういう“生物”なのだ。
「ッ……!」
それは獣だった。いや、おそらく獣なのだろう。
体毛一本生えていない赤い肉に覆われた体、腰を落とすように曲げている両足、異様に長い両腕、そして人間で言う肩甲骨部分から生えているもう二本の腕。
顔は馬面と言うに相応しいが、その“口部”には人間のような歯が不揃いに生えており、顔についた赤い眼のようなものは四つ。
口部分からは白い液体がボタボタと垂れている。
「ひっ……」
思わず小さく悲鳴を上げたのはタマキだったが、すぐに怯えながらも拳銃を構えた。
発狂しそうなほど恐ろしいものは既に“視ている”のだ。それがなかったら耐えられなかったかもしれないが……。
だが、見慣れたアオイとてそれには生理的嫌悪が尽きないのか、顔を苦々しく顰めた。
他の隊員はまだそれを見れていないから良いが、見たら半狂乱になるものも少なくないだろう。
「うっ……」
タマキとしても、女性ばかりの隊員たちの悲鳴や発狂の声など聴きたくはないが、それも避けられない。
そもそも、現として悲鳴が聞こえないわけではないのだ。
慣れ親しみたくもない慣れ親しんだポピュラーなショゴスでも、こんな出現のされ方をされれば被害は免れない。
雲の切れ間、満月が再度現れる。
「───!!!!」
月下の元、獣は鈍く低い音を響かせ───咆哮した。
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