4.邪なるモノ

 

 低く鈍い咆哮が月下の元、渋谷の街に響く。


 クジラを思わせる獣の鳴き声を、その白い肌でビリビリと感じながら、タマキは拳銃の銃口をしっかりとその馬のような顔に向けていた。

 獣は白い液体を口からぼたぼたと零しながら、真っ二つになった母たるエルダーコクーンを踏みつけ、その全貌を表す。


 エルダーコクーンは核すらも破壊されたのか消滅していき、周囲の者は明らかな動揺を見せ、その動揺故にショゴスに突き殺される者すらもいる。

 タマキは目の前にいる獣と、同僚が命を落とす光景に、震える手で拳銃を構え続けた。

 死なないと言っても、ここまで嫌な感覚を肌に感じて普通にしていられるわけもなければ、そもそも未知の獣を相手に死なない保障もない。

 横目でチラリとシュニスを見れば、眉を顰めていた。


「え、しゅ、シュニスさんあんた、なんなんですかその顔……」

「ん~少しマズイかなぁ~って感じかしら、私の断絶された力でどの程度できるか……」


 そう言ったシュニスの声は、どこかいつもより神妙な雰囲気で、タマキは気を引き締める。

 どちらにしろここで逃げるという選択肢はない。眼の前で刀を構える少女アオイを置いて行く選択肢など……。

 大人なのだ。少なからず目の前の少女を守らなければならないと思う程度には……。


「くそぉ、今日は厄日だっ!」

「あらぁ、それじゃ生きて変えれたら女の子の良さを一杯教えて幸せにしてあげるわねぇ」

「オレは男に戻るって言ってんでしょうがっ……!」


 そう言いながら銃口をしっかりと獣に構える。

 獣は二本の腕と、さらに肩甲骨から伸びた二本の腕、そして折り曲げた両足を使いゆっくりとそこで立ち止まるが、視線は確実にこちらを捉えていた。

 そう感じる……アオイも、シュニスも、タマキさえも……。


「っ……くるっ!」


 アオイの言葉と同時に、獣が四本の腕と二足を持って───跳ねる。


「こなクソぉっ!」


 真っ直ぐに突っ込んでくる獣を相手に、怯えながらも銃を撃つタマキ。


「当たった……!」

「───!」


 だが、銃弾を受けつつも獣はその加速を緩めなかった。

 挙句、咆哮しながら迫る獣の身体に開いた穴は、すぐに再生していく。

 ショゴス同様に、ダメージに対し躊躇の無い生物なのは間違いなく、核がどこにあるのか、そもそもあるかどうかもわからない。

 驚愕し動揺しながらも、銃を撃ち続けるタマキ。

 シュニスは触手を槍のように伸ばし獣を貫こうとし、アオイは左手を刀の背に当てて防御の構えを取る。


「下がっていろ……!」


 接近した獣が素早く右腕を振るえば、アオイはそれに対応し刀を左に向けた。

 獣の腕に備わった鋭い爪と刀がぶつかり合うも、アオイは薄緑の光を纏いながら、その場で獣の腕を受け止め───踏みとどまる。


「ぐぅっ!」

「シュニスっ!」


 槍のように放たれた十本の触手が獣を貫くが、どれも致命傷になっている様子は見えない。

 そもそもショゴスと同様ならば、ダメージが真っ当に入る相手でもないのだ。

 だからこそ、核を探すためにシュニスの触手が引き抜かれ再度獣を突き刺そうとした、その瞬間……。


「───!!」

「アリツキっ!」


 咆哮した獣が三本の腕を振るう。


「ぐぅっ!?」


 獣が左腕の爪をアオイの胸部に向けて真っ直ぐに振るうが、薄緑の光を纏ったアオイの身体がその鋭い爪を通すことはない。ただし、勢いは殺せず───吹き飛ぶ。


 ハッとするタマキの横を飛んでいくアオイ。

 だが、そこで油断するわけにもいかず、タマキはすぐにその頭部に銃弾を打ち込む。

 その一撃に獣の頭部に穴が開くも、特にダメージはなさそうだ。


「なんなんだよっ、コイツ!」


 獣の方を向きながら、地を蹴り後ろに下がると、丁度目の前を獣の右腕の爪が空ぶる。

 ゾッとして、再度地を蹴り下がろうとするが、獣の方が早い。

 肩甲骨から伸ばしだ両腕をタマキに振るう。


「ああもぉッ!」


 死にはしないはずだが、やはり痛いものは痛いので、その鋭い爪が突き刺されば体験したことのない激痛に苛まれるのは確か……やはり怖い。

 こちらの世界に来てから、再生能力を何度か使ってきはしたが、そこまで大きな怪我はしてこなかったので余計だろう。

 思わず眼を瞑るが、痛みは襲い掛かってこなかった。


「……いてっ」


 一番最初に感じた痛みは臀部で、尻もちをついてからだろう。


 恐る恐る眼を開けばそこには───。


「っ……シュニス!?」

「あらぁ、まったくもぉ……」


 伸ばされた腕二本を、シュニスが両手を使って押さえている。

 獣の手を掴むシュニスはいつも通りの声で余裕そうに言うが、ショゴスの触手と違って腕力でひねりつぶしたり捻じ切ったりしないあたり、やはり普通ではないのだろうとタマキは理解した。

 シュニスの触手四本ほどが再度獣を貫くが、同じ。


「あら、ダメねぇ……」

「こんのぉ!」


 タマキが銃を撃ちその首部分を貫くが、やはり意味をなさない。

 明確な攻略法がわからない以上、核があると信じて叩き続けるしかないという精神的に苦しい戦いではあるが、それでも時間稼ぎも兼ねてやるしかないだろう。

 増援が来ればかなり戦況は変わる。そこまで生き延びられれば……。


 シュニスの六本の触手が獣の両腕に巻き付き、万力のように絞めつける。


「あらっ、思ったより硬い……」

「くそっ!」


 だが、徐々に獣の両腕の形が歪んでいき、触手の間から赤い血が噴き出す。


「シュニスっ!」

「まぁそうなるわよねぇ」


 獣の背から生えた残り二本の副腕、その右側が下から救い上げるように振るわれ、シュニスの鳩尾部分を貫き、そのまま持ち上げる。

 宙に浮いたシュニスの背中から突き出す獣の手。

 タマキの目の前に、真っ赤な血が滝のように流れる。


「シュニスっ……!」

「ん~、大丈夫よぉタマキちゃん……」


 呑気にそう言うシュニスを、血相変えて見上げるタマキ。

 次の瞬間、もう片方の副腕が振るわれて、シュニスの腹から下が───切断された。


「あら、えほっ……これ、再生に少しかかるわねぇ」

「言ってる場合じゃ……!」


 痛みを感じていないかのようなシュニスではあるが、口から血を吐き出す。

 それを見てタマキは次の手を考えようとするが、どうしようもないことに気づかされそうなので深すぎる思考は放棄する。

 まずは下がる必要があるだろうと、尻もちをついたままでいられないので震える脚を叩いて無理矢理立ち上がり再度拳銃を構えた。

 手や胸部は散々シュニスの触手が貫き、頭には銃弾を撃ち込んだ。

 ならば、胸部から下が怪しと踏み、その腹部に銃口を向ける。


「───!!」


 獣は咆哮し、両腕に突き刺さったシュニスの触手を無理矢理に引きちぎった。

 シュニスの触手によりダメージを追っていた腕は徐々に再生していく。


「う゛ぅ゛……!」


 タマキは歯を食いしばりながら、恐怖に耐えつつトリガーを引こうとするが、獣はシュニスを突き刺した右副腕を───盾にする。


「へ……?」


 まさかの行動に困惑しながらも、タマキはトリガーを引けない。

 それがシュニスであれば、トリガーを引いて銃弾を貫通させても問題はないはずなのだが、極々一般人であった彼女の真っ当な常識力がそれをさせない。

 だからこそ止まるが、そんなタマキの左側から獣の左副腕が迫る。


「シキモリっ!」


 少女の声に反射的に後ろに下がれば、目の前を通り過ぎていく獣の鋭い爪。

 眼前を横切る鈍い輝きに、思わず息を飲みつつ……片足を後ろに出して、再度尻もちをつくことだけは凌ぐ。

 そしてそれと同時に、タマキの隣を薄緑の光が奔った。


紫電一閃アクセラレイトッ!」


 薄緑に輝く光───それを纏うアオイは刀を斜めに振るい、左副腕を斬り落とす。


「───!」


 痛みなどないだろうに、それでも咆哮を上げる獣に顔をしかめつつアオイは、返す刃で再度獣を斬り裂こうとする。

 だが、それより早く獣の左腕が振るわれた。

 その左腕の爪が真っ直ぐにアオイへと迫っていく瞬間、薄緑の光が輝きを増す。


 そして、その爪が貫くのは───アオイの上着のみ。


「変わり身っ!?」

「空蝉だ!」


 声の聞こえた方向に視線を持ち上げるタマキが見たアオイは、既に獣の頭より上の後方……既に重力に従い自由落下を始めている。

 彼女の纏っていた薄緑の光が、その両手に握る刀に移動していく。

 刀の背は肩につけており、既に技の構え。


夜雲やぐも一刀流“凶星”が崩し……!」


 上空にて加速。

 振り返った獣が同時に左腕を突きだす。

 鋭い爪がアオイへと向けて振るわれるも、アオイはそのまま体を一回転させた。


流星メテオライトッ!」


 さらに落下の勢いそのままにアオイは獣の腕を───爪ごと斬り裂く。

 腕を斬り裂いていき、最終的に肩から先を斬り飛ばす。

 そしてアオイはそのまま、タマキの前へと着地。


「ハァ、ハァッ……ッ!」

「───!」


 獣の方向、振り返ったアオイへとぶつけられるのは───シュニスの上半身。


 それをまともに受け止めるアオイに、口とその断面から血をダラダラと流しつつも、困ったように笑うシュニス。

 諸共に斬り裂いても問題なかったろうに、とも思うが仕方あるまい。彼女はまだ少女子供だ。


「あら、ごめんなさいね」

「くっ……!」


 振るわれた獣の右腕の爪が、シュニスごとアオイを斬り裂こうとした瞬間───二人が前へと押し出され、倒れる。

 ハッとしたアオイが振り返れば、眼前を横切る獣の右腕。

 そしてそれが振るわれ終わった時に、宙を舞うのは───タマキの左腕。


「あ゛あっ!」

「シキモリっ!」


 アオイを押したタマキの左腕が、上腕の半分ほどまでしかなくなっている。

 彼女の左腕の断面は爪にて抉り跳ねられ、勢いよくその真紅の液体を撒き散らす。

 涙を浮かべ歯を食いしばるタマキを見て、アオイはシュニスを降ろして刀を振りかぶる。


「ぐっ……!」


 そしてアオイは、苦々しく顔をしかめつつ、薄緑の光をその刀に集めて振るう。

 最初の時と比べればずいぶん淡いその光は刃となり、獣の振るった右腕を斬り落とした。

 再度咆哮する獣に気圧されることなく、アオイが両手で刀を握るが、薄緑の光は徐々にその輝きを失ってきている。


「あおい! 腹ぁ!」

「ッ……これで、最後だぞッ!」


 タマキの声に、両手で力強く刀を握り、左に振りかぶり思い切り振るう。


 薄緑の光が光刃となって獣の腹部を───薄く斬り裂いた。


「浅いっ!」


 斬り裂かれた獣の腹が開けば、そこに赤黒い核が見える。

 絶えず咆哮する獣の左右の副腕が、振りかぶられるのが見えた。


「く……うっ!」


 回避しようとするも、アオイの膝がガクリと崩れ落ちる。

 薄緑の光を纏う“アレ”も、それなりに体力を持っていかれるということだろう。それにダメージも無いわけではない。

 仰向けに倒れている上半身だけのシュニスが両腕を真上に付きだせば、その腕の先から太い触手が二本現れ、獣の腕を押さえた。


「っ!」

「あら、これまずいわねぇ……」


 だがそれも、僅かな時間だ。


 タマキは、アオイに振るわれる獣の両腕を見て、左腕を前に出すが、その先など無い。

 真っ当な腕を生やすほどの再生はしたことがないのだから、どの程度時間が掛かるかもわからなかった。

 ならばどうするか……。


「オレが、シュニスと同じならっ……!」


 瞬間、タマキの左腕の断面から伸びる───触手。


「なっ!?」


 驚愕するアオイの前を走る赤黒い触手が計五本。それらが、獣の腕を再度拘束。

 シュニスでさえも僅かな時間だったのだから、その腕を止めていられるのは一瞬なのだろう。


「一瞬で十分っ!」


 まだ残っている右腕、その手に握った拳銃を怪物へと向ける。

 その黒い瞳の中に、金色の光を宿し、タマキは獣の核をハッキリと捉え、迷わず引き鉄を引く。

 それと共に放たれた弾丸、反動により上へと跳ね上がるタマキの腕……そして、その一撃が───核を貫く。




 ───めくれあがったアスファルトに、ポツポツと染みができる。


 巻き散らかされた赤い液体のせいだけでなく、天から降る雫のせいだろう。


 湿気臭さに顔をしかめるタマキの頬にも、雨粒が落ちる。


 倒れているタマキ、右腕は頭の方を向いていて、握った銃が離れない。

 左腕の断面からは血が流れており、そこから伸びた触手がタマキの左腕の先を拾ってズルズルと戻ってくる。

 徐々に痛みが増してくるのは興奮状態が徐々に収まってきているからだろう。


「はぁっ、はぁっ……」


 荒い呼吸、雨の音に混じって、周囲の状況を徐々に把握していく。

 声を聞く限り、エルダーコクーンから吐き出されたショゴスの殲滅は完了したらしい。

 被害も少なくはないだろうが、山場は乗り切った。


 新たな車の音なども聞こえてくるあたり、増援も無事に来てくれたと考えて良い。


「……シキモリっ!」

「ぁっ……はぃ」


 呼ぶ声に応える自身の声は、掠れるようで……体力的にも精神的にも限界が伺える。

 それもそうだろう。今までしてきた中で最も過酷であり、最も痛みを受けた。

 左腕になにかがくっつく感触、徐々に左腕の感覚が戻ってくるが痛みは残っているようだ。


「無事か……?」


 見慣れていないアオイの顔が真上に現れて、なんとか頷けば彼女は安堵するような表情を浮かべた。

 別の意味で見慣れないそんな彼女に、少しばかり頬が緩む。


「なんで、笑ってる……?」

「いや、その、なんか、ね……」


 どう言い訳をしようか悩んでいると、瞼が徐々に重くなっていくのを感じる。

 死ではない、とは思う。思いたい。

 体の痛みが徐々に引いてきたところで、視界に映るアオイの傍に、その金髪の一部を赤く染めたシュニスが映る。


「タマキ、平気?」


 お前の方が平気か、と聞きたいところだが眼だけを動かして確認すればしっかりと綺麗な足が見えた。

 切断された下半身や血みどろの上半身より綺麗な、おそらく新しく“生成された”下半身。

 どんどんと瞼が落ちていく。


「あの、さ……」

「ん、どうしたの?」

「……なんか、履け」


 それだけを伝えると、タマキの意識は暗闇の中に沈む。





 最終防衛統制都市東京、その中心であるタカマガハラの頂上の神社に、天照大御神の神子たる女、サクラはいた。

 拝殿の台座にて座す彼女は、目の前で正座をするアキサメ・タカナシからの報告を受けて目を細める。


 2012年から23年、ここにきて明らかな変化。

 今まで無かったことが不思議な“新種”の出現。


「原因はやはりシュブ=ニグラスであると……我が神はお考えのようだ」

「……アマテラス様はなんと?」


 溜息を吐きながらサクラが微笑を浮かべる。


「新たな外の神の眷属を散滅したのならばそれで良し、と」

「よし、ですか……」

「それにシュブ=ニグラスの程度も知れた。いざとなれば、こちらの戦力でどうとでもなろう……と思う。今のあやつであれば、であるが……」


 いまいち確信めかない話し方だが、そうなのだろう。

 シュニスから滲み出る神性としての力はそれほどのものなのだろうから……と、アキサメは納得しておく。

 だがアキサメ自身とて確信がある。シュニスは、少なからずタマキがいる限りこちらを裏切るような真似をすることはないだろうと……。


「ふむ、あの二人についてはもう少し考慮の余地があるな」

「ではこれまで通りこちらで……」

「ん、我が神もそれを望んでおる。いずれ去る存在であれば、その時まではその力をりよ……借りようというお考えである。どちらにしろ、シュブ=ニグラスは死なぬからな」


 自嘲するように笑うサクラに、アキサメは頷く。


「タマキ・シキモリには世話をかける。労ってやってくれ」

「ハッ……!」


 短く返事をし、アキサメは頭を下げた。

 嫌がる彼女を戦わせるのは非常に不本意ではあるのだが、それもまた護国の神からの神託。

 そして“彼女”の選択でもあるのだ……。





 ふと、目を覚ませば緑色が視界一杯に広がった。

 なにかしら声に出そうとして、思考するもいまいち考えがまとまらない。

 微振動を感じつつも黙っていると、ふと……緑色のソレが下に下がり、視界に映るのは見慣れた顔。


「おはよう……?」

「……おはよう」


 閉ざされた瞳を持つ女、シュニスの間延びするような能天気な声にそう返すタマキ。


「ここ、どこだ……?」

「装甲車の後部座席よ。タマキったら三十分も寝てるんだもの……身体は全部再生したはずなのにぃ」

「そだな……」


 タマキ自身、そんな精神的理由で倒れるなぞ初めてなもので、理解が及ばない。

 ただ純粋に眠気が襲い、瞼が持ちあがらなかったという以外に特になにも感じなかった。

 横向きに寝ていた体を起こして、胸の重みに顔をしかめつつも、シュニスの方を向いてぽけーっとした様子で口を開く。


「……下、履いてる」

「だってタマキが言うから……」 


 シュニスは下半身に緑色の布を纏っていた。

 本当に布をただ巻き付けただけだが、タマキには一瞬だけ本当にスカートに見えたのだから、そうも言おう。

 上体だけを起こして、椅子に腰かければ向かいに座っているシュニスの横に───アオイがいる。


 鞘に納刀された刀を右手で持ち、そこに座していた。


「あ、えと……」


 少し思い出してみると、ついつい呼び捨てにしてしまったり、押してしまったりと色々とやった気がする。

 自分の方が歳上であるが、アオイは自分たちより先輩だ。

 バツが悪い、という言葉が相応しい。


「起きたか、その……助けられたなタマキ・シキモリ」

「いやまぁ、当然ですよ。アリツキさんは、その……」

「タメ口で良い、上司ではないし……年下だ。それに先ほどは呼び捨てだったろう」


 しっかり覚えられていたが、アオイが穏やかな表情でそう言うので、タマキはコクリと頷いた。


「此度の借りも返したいしな……これからも頼む、タマキ」

「……んっ、わかりま、じゃないや、うん、よろしく……アオイっ」


 疲れて気怠い身体ではあるが、それでもタマキは笑顔を浮かべてアオイの方を向く。


 そうすると、ポカンと口を開けて固まるアオイ。

 タマキは小首を傾げるものの、ふとアオイが我に返った。

 口に刀を持っていない方の左手を当てて、咳払い。


「……ん゛ん゛っ、ああ、頼む」

「あらぁ~アオイちゃんったらタマキがかわいくて見惚れちゃったぁ~?」

「黙れ邪神、斬るぞ」

「えぇ~タマキと仲良くするってことは私とも仲良くするってことよぉ~?」


 なぜそうなるのか。


「仲良くするとまでは言ってない……!」

「でもタマキかわいいでしょぉ? 仲良くしたいでしょぉ?」

「くっ、コイツをなんとかしろっ、お前の仕事だろっ」


 なぜだか変な仕事を押し付けられてしまったが、致し方ない。

 だが、とりあえずこれだけは言っておきたいタマキ。

 軽く咳払いをして二人の視線を集める。


「オレ、男なんで『かわいい』はちょっと……」


 シュニスとアオイ、二人は同時に首を傾げた。



 ───なんで?


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