第1話:月がもたらす獣

1.非日常


「ひぃっ!?」


 転がるようにして物陰に隠れるのは、タマキ・シキモリ。

 街のど真ん中、停車されている車の背後に隠れて、彼女は肩で息をしながら、その手の“拳銃”を両手で強く握りしめる。

 フード付きのパーカーにジーンズなんていうラフな格好をしているタマキであるが……今は“仕事中”だ。


「うぅ……」


 恐る恐ると言った表情で、車の影から顔を覗かせれば、視線の先には“赤黒い肉塊”が蠢いていた。

 それに向かい銃を撃つのは、初めてこの世界に来た日にタマキとシュニスに銃を向けていた者たちと同じ格好をした【鎮圧部隊】の隊員たち。

 何度か深呼吸をして、タマキはグッと表情を引き締めて頷き、動く。


「ぐぅ……南無三っ!」


 車の影から出るなり、タマキは拳銃をその肉塊に向け、しっかりとトリガーを引く。

 反動により銃が真上を向き、タマキの一本結いにされた金髪が舞った。

 そして放たれた銃弾は、真っ直ぐにその肉塊に突き刺さり、その肉塊の内部で何かにぶつかる。


 瞬間───肉塊は爆発四散。


「よ、よっし……!」


 両手をそっと下に降ろすが、他の隊員たちは継続して銃を構え撃つ───そう、まだ終わってはいない。


 まだ五個……否、五体ほどの肉塊がずるずると体を引き摺りながら動いていた。

 顔も無ければ口も鼻もない、生物というにはあまりにも無に等しい、哀れなる落とし子。


「ま、まだ……!」

「出て来るぞ、コクーンを狙え!」


 肉塊たちの背後には、2メートルほどの赤黒い“肉でできた卵”のようなものが地面に突き刺さっているのが見える。

 その割れた先端から再び一体、肉塊が吐き出されて蠢きを始めた。

 隊員たちが銃を連射するが、肉塊は動きが徐々に素早くなっていきそこから伸びた無数の触手で銃弾を弾いていく。


「くそっ、これじゃ核が破壊できない……エージェントはまだか!」

「まだです!」

「あぁもぉ……!」


 悪態をつきながら、タマキも先ほどと同じく銃を撃つが、やはり銃弾は弾かれる。


「お肉かてぇ……」

「タマキ、それじゃ私がいくわねぇ♪」

「へ……」


 背後からひょこっと顔を出していつも通りの笑顔で言うのはシュニス。

 タマキと同じ金色の髪を靡かせながら、ロングスカートと薄いジャケットを揺らしタマキの前に出る。

 殺伐とした戦場には似合わないが、街並みには良く似合う女性らしい恰好で、ゆらゆらと動きながら肉塊に近づいていく。


「……シュニスっ!」

「大丈夫よぉタマキ、私ったら邪神ですごいんだか───」


 肉塊から伸びた触手が───シュニスの鳩尾を貫いた。


「あ……」

「……あらぁ、痛ぁ……というか、服に穴がぁ」


 呑気に言うシュニスに、タマキが顔をしかめる。

 さらに同じ個体から出た触手が迫ってくるものの、シュニスは鳩尾に刺さった触手をそのままに、迫る触手を突き刺さる直前に右手で掴み、即座に───握りつぶす。

 そのまま引きちぎり、手に付いた汚れを払うようにそこらにそれを放り投げ、さらに鳩尾に刺さっている触手を右手で掴むと、無理矢理に引き抜く。


「タマキ~やりたい?」

「いやだ! やれ! やってください!」

「んもぉ~そんなんじゃいつまでたっても慣れないわよぉ?」

「そんな慣れ方しなくていいんだよっ!」


 困ったようにそう言いながらシュニスが少しばかり力を込めて触手を自らの方へと引けば、それにより肉塊が勢いよく引き寄せられた。

 宙に浮いて迫る肉塊を前に、シュニスは左手を引き寄せ、タイミングよく突き出す。


「……しょっと!」


 それと共に、シュニスの左腕が肉塊の中に突き刺さった。


「ん~タマキぃ~意外と気持ちいいわよぉ?」

「いいから!」

「もぉ、冷たいのよねぇ最近」


 そう呟きながら、なにか悩むような表情をするシュニスだったが、ふとなにかに気づいた顔をした瞬間、“肉塊”が弾け“肉片”へと変わる。

 おそらくタマキが先ほど撃った時と同様、内部の“核”を潰したのだろう。


 だが、未だに蠢く肉塊はの数は五体───放っておけばさらに“肉の卵コクーン”から再度生まれるだろう。

 長期戦ともなれば後手後手になるのは明白。


「じゃあ、終わらせちゃいましょうかぁ……」


 シュニスは自身のスカートの端を持ち、まるで貴族の挨拶のように優雅に持ち上げる。

 ロングスカートの裾の下から覗く彼女の足元、そしてスカートの中からボトボトという音と共に、落ちる───“触手”。


「こんなナリでもそれなりにできるのよ?」


 スカートの中から伸びた赤黒い触手が、凄まじい速度で地を這うように───奔る。

 肉塊が一体につき二本ほどを伸ばすのに対し、シュニスが出現させたそれは、十本ほどであり、五体が二本ずつ伸ばしても互角であるが、そもそもシュニスのそれは速度が違う。


 肉塊が伸ばした触手に、シュニスの触手が振るわれれば、肉塊の触手は切断され宙を舞う。

 強度も速度も手数すらも上位互換といって過言ではないシュニスの操る触手は、さらにまっすぐ伸びて肉塊を突き刺す。


「あら、外れたわね……」


 緊張感無く言うシュニスの、鳩尾に空いた穴。そこが無数の触手により再生され、元通りの健康的な肌色へと戻る。

 その間も、シュニスが出現させた触手は何度も肉塊を突き刺し、しまいにはその肉塊を弾けさせた。

 まずは一体、だがすぐにシュニスの触手は他の肉塊へと攻撃を開始する。


「はいはい、すぐに終わらせちゃいましょうねぇ……タマキが怖がるからぁ」


 その様子を見て、他の隊員たちはすぐに動き出す。


「シュブ=ニグラスを援護する!」

「了解!」

「こなくそぉ!」


 タマキも顔をしかめながら、車の影から出てシュニスの近くで拳銃を撃つ。

 隊員もタマキも狙うのは肉塊の方ではなく、コクーンの方だ。

 肉塊は次々にシュニスの触手により破壊されていき、コクーンの方は肉塊を“産む”のが間に合っていない。


「あぁもぉ、んだよこれぇ……!」


 隊員たちが前線を押し上げていくが、タマキは悪態をつきながらそのまま拳銃を撃つ。

 隣のシュニスがおかしそうに笑いながら、変わらずスカートの下から出した触手を操り、再び肉塊を四方から貫き散滅。


「まったくもう、一月以上経ってるんだから慣れないとよぉ?」


 そしてその触手は、すべての肉塊を破壊するなり、コクーンへと走り、巻きつき、ギリギリと音を立てて蛇のように絞めあげる。

 奇妙な肉と奇妙な触手、この世のものとも思えない不気味な光景だが、隊員たちは、タマキとてそれに対して今更騒ぎたてたりもしない。

 次第にコクーンは赤黒い血を吹き出しながら、徐々にその形を崩していく。


「もう少しねぇ」

「もう一つあるぞ! シキモリちゃんっ!」

「へっ!?」


 隊員の怒号が飛ぶ。

 ハッとするタマキが別方向へと視線を向ければ、そこには新たな肉塊。

 向かって正面が一つ目なら、真横……そちらにいた肉塊がタマキへと触手を伸ばす。


「ひっ……!」


 小さく悲鳴を零すタマキが身体を逸らすが、突き出された触手がタマキの左腕を斬り裂く。

 決して浅くない怪我、彼女の鮮血が宙を舞い、その痛みに顔を顰めながらも、タマキは両足をなんとか地面につけバランスを崩し倒れるのだけは回避する。

 だがその怪我すらも、シュニスと同じように即座に“直った”。


「ッ! んなもん慣れるかぁっ……!」


 涙目になりながら、両手で拳銃を持ち、数度引き鉄を引く。

 放たれた弾丸が真っ直ぐに肉塊を貫いていき、三発ほどが直撃してようやく肉塊が飛散した。

 直ったはずの左手を右手で撫でるタマキ、血を拭えばもちろんそこに傷はない。


「あら、確かにもう一つコクーン……やぁねぇ、ずいぶん衰えちゃった。感覚も」


 さらに現れる肉塊が5体。

 それらが触手を伸ばすが、シュニスは構わず一つ目のコクーンを潰す。

 だが、シュニスの触手が戻ってくるまでの時間を考えれば、その肉塊の触手はシュニスの身体を間違いなく貫くだろう───と言っても、問題もないのだが。

 だからだろうか、別段表情を変えないシュニスではあったのだが……。


「くそっ!」


 悪態をつきながら、タマキがシュニスへと飛び付く。


「きゃっ!」


 不意をつかれて驚いた声を上げるシュニスと共に、タマキはアスファルトの地面へと転がる。

 肉塊から伸ばされた触手はそのまま空を切り、再度肉塊へと戻っていく。

 顔をしかめながら起き上ったタマキが、その胸に抱いたシュニスと共に起き上がった。


「あらあらぁ、タマキったら情熱的なんだからぁ……ハスターくんを思い出すわぁ」

「そういうのいいからっ!」


 スカートから這い出るシュニスの触手はその間も動いていたのか、一番近くにいた肉塊を貫き活動を停止させる。

 彼女は体についた埃を手で軽く払い、隣のタマキの身体も軽く叩いて埃を落とすと、優しげに微笑んだ。


「私なら大丈夫なのにぃ、タマキもわかってるでしょう?」


 怪我が直る。それは“同じ”だからということだろう。

 だがタマキとて理解していても、自分らしくもないと思いながらも動いてしまうのは、やはり痛みがあるということを理解しているからだ。

 自分も先ほどの痛みが未だ残るから、らしくもなく動いてしまった。


「でも、そういうところ好きよ?」

「るっさい!」


 少しばかり赤い顔で、タマキは拳銃を撃つ。


「男の子って感じねぇ」

「よっしゃ! じゃなくてはやくっ!」




 ───最終防衛統制都市東京。2035年現在での日本では唯一の都市らしい機能をもった都市であり、それと同時に、そこは“人類”にとっての最終防衛ライン兼前哨基地の一つでもある。




「エージェント、現着します!」


 隊員の声が響くと共に、真上にヘリ。

 そこから影が二つ飛び出すなり、銃弾の雨が降る。

 その弾丸の雨が肉塊二体を一瞬で消滅させるのと同時に、二つの影が降り立つ。


「アキサメさんっ!」


 タマキの声に、着地した二つの影の内の一つ、アキサメが笑みを浮かべタマキの方を向く。

 両手に持った拳銃を正面に向けて、残りの肉塊二体と、たった今コクーンから這い出た一体を確認。

 そしてもう一人、腰に刀を携えた少女、アオイはその碧眼を細める。


「二人も必要だったか?」

「タマキがいるならば必要もなかっただろうさ、だが被害が出る前に仕留めるには……な」


 そう言いながらアキサメが再び両手に持った拳銃を撃つ。

 タマキがいるなら、というよりはシュブ=ニグラスがいるなら、という話ではあるのだがすっかりあの二人はセットであるのだから、変わらないのだろう。

 アオイは刀を抜くなり腰を落とす。学生服でスカートではあるが、下には黒いスパッツを履いている。


「……フツヌシ!」


 瞬間、アオイは体に薄緑の何かを纏う。

 残った肉塊が触手を伸ばそうとするが、それより早くアオイが地を蹴り───加速。

 その踏みしめた足の勢いにアスファルトが削れるが……必要経費なのだろう。


「ハァアッ!」


 跳ぶ様に加速したアオイが肉塊の一つへと接近し、刀を振るい両断。

 続いて数度斬ると、バラバラになった肉塊の隙間から紫色の珠───核が見えたが、既に両断されており爆発四散。

 しかしアオイは、既に次の肉塊へと接近し再度刀を振るう。

 今度は一撃で核を仕留めたのか、さらに地を蹴り次の肉塊へと加速。


夜雲やぐも一刀流“刹那”が崩し……!」


 アオイの刀に薄緑の光が宿り、まるで刀身を延長させるかのように伸びる。

 肉塊へと近づくなり、その正面にて止まったアオイは、柄を両手で握り、刀の背を右肩に当て構える。


 眼前の少女を貫こうと肉塊が触手をその体から隆起させるが───遅い。


紫電一閃アクセラレイト……ッ!」


 光を纏った刀で肉塊を袈裟斬りすれば、その光刃は面前の肉塊はおろかその後方のコクーンも諸共に斬り裂いた。

 純粋な刀で切った時よりも太いその斬撃に、肉塊の核は切断ではなく消滅させられる。


「二連ッ……!」


 さらに地を蹴り、アオイが肉塊の横を加速。

 コクーンに向かって接近するなり、身体に回転を加え、そのままコクーンを通りすぎて一メートルほど先で、地を滑りながらも停止。

 その背後、十字に斬り裂かれたコクーンがずるりと音を立てて崩れるなり、肉塊と同じく徐々に消失していくのだった……。


 それを離れた場所から見ていたタマキは、シュニスの横で深く息を吐く。


「お、終わったぁ……」




 ───2012年、正体不明の“物質”が太平洋に落下。


 周辺の国や島は、その余波による津波などで大きな被害を被ることとなり、何の因果があるかは不明なものの、同時多発的に世界各地であらゆる災害が発生した。

 その後、“物質”が落下した地点の海底深く沈んでいた“島と遺跡”が浮上、後に【ルルイエ】と呼ばれるその島の周囲にもまた、複数の島が浮上した。


 当初はただの隕石の落下と地殻変動かと思われたものの、ルルイエより“狂気の生物”が現れてより状況は変わる。

 理由も目的もわからぬまま、ただ人々を殺す───生物かもわからない生物。


 太平洋に新たに次々に浮上する島、そこより放たれるコクーン、それよりでる肉塊───ショゴス。


 強いられる生存競争、理由なき侵略、追い詰められた人類。


 だが、その存在すら忘れ去られていたはずの“人類の神々”は、その力をこの世にもたらし、人類を救った。


 それが現在、2035年で言う【ルルイエ事変】と【救誕】である。




「すまなかったなタマキ、休暇中だったのに……だが助かった」

「いえ、近くにいたんでたまたまですよ。それにオレ、なにもしなかったんで」


 アキサメの言葉にそう答えたタマキは、ベンチに座ったまま背を逸らして空を見上げた。

 視界に入る曇り空にさらに気が滅入りそうになり、溜息をつきつつ首を左右に振って前、アキサメの方を向く。

 変わらず軍服のようなものを身に纏って、腰部後ろには拳銃が二挺、ホルスターに納められていた。


「そんなことないさ、君がいてくれたおかげで被害も最小限なのだろうし……」


 シュニスのおかげ、と言いたいところではあるがそれを言うのは癪なので黙っておく。

 こうして“仕事”をするのも四回目ほどではあるが、不意に訪れるのはやはり慣れないし、拳銃や痛みとてまた然り。


「自信を持て、鎮圧部隊でも君の評判は良いよ。一月足らずでよくやっている」

「……それはその、ありがとうございます」


 褒められるのは素直に嬉しいのか、タマキははにかみながら笑う。

 アキサメはそれに対して頷くと、そっとその頭を撫でる。

 羞恥心からか、タマキが少し俯いていると、アキサメはハッとして手を降ろす。


「あ~、すまない。不躾だったな」

「い、いえそのっ……」


 なにかを返そうとした瞬間、首にぴとっと冷たい何かが当てられた。


「ひぇひゃっ!?」


 飛び跳ねるようにしてベンチから立ち上がるタマキが、自身のその悲鳴に対しての羞恥やら怒りやらで顔を真っ赤にしつつ涙目で背後の“犯人”を睨む。

 その犯人は金色の髪を揺らしながら、相も変わらず閉じた瞳をそのままに、おかしそうに笑っていた。

 両手にはキンキンに冷えた缶ジュースが二つ。


「タマキが雌顔してるから、つい、ね?」

「だ、誰がッ……オレは男だっ!」


 そんな二人の姿もアキサメにはすっかり見慣れたもので、腕を組んでフッと口元を綻ばす。


「それにしてもすみません、シュブ=ニグラス」

「だからシュニスでいいってばぁ、かわいくないでしょうそっち」


 邪神がそれでいいのだろうか……いいのである。


「んんっ、慣れないもので……」

「まぁ慣れて行ってくれればいいわよぉ……で、どうしたの? 色女さん」


 聞きなれない言葉にタマキは顔をしかめた。

 だが、そういう言葉を耳にするのが珍しくないこともまた確かなのは、男女比が狂っていることにあるのだろう。この現場が、ではなく世界的に、という話である。

 ルルイエ事変後に男性出生率はなんの理由があるのか著しく下がった……“人類を滅ぼす未知なる力の一端”であるとかいう陰謀論に近いものまであるが、それも否定はできない。

 挙句、こういう“戦い”が増えたが、まだ戦い方が確立される前の戦いで命を落とすのは圧倒的に男が多かったのもその理由だろう。

 故に、男はこの世界ではそれなりに希少である。


 だからこそタマキはガッカリした。早く男に戻りたい。そしてラブコメしたい。


「いえ、二人のデートの邪魔をしたかと」

「い、いやアキサメさんのせいじゃないですしアレは! てかデートとかじゃないですから!」


 邪神とデートなどSAN値がいくらあっても足りない。


「ホントよぉ、ショッピングの最中だったのにぃ」


 邪神側はデートのつもりだったようで。


「タマキに似合いそうなカワイイ服を見つけたのにぃ」

「やめろよぉ、あんま女の子しすぎると戻れなくなるんだろ?」


 タマキにとって目下の最大の目的は【男に戻ること】である。


「大丈夫よぉ、タマキちゃんが自分で自分のことをハッキリと“女の子だって”思いすぎなきゃ……それだって一回や二回で確定するものじゃないからね。逆に自分が“男の子だって”思えることがあれば、魂の天秤はそっちに傾くし……私はそれを見れるわけだから。任せてほしいなぁ♪」

「任せれないんだよなぁ……」

「でも、せっかくそんなに可愛くなれたんだから少しは楽しまないと損よぉ?」


 タマキとて言いたいことはわからないわけではない。

 服を着る楽しみというのがこの体になって確かにあるのだが、それでも中性的でラフな格好を選んでいるのはいざ本当に楽しくなって“戻れなくなってしまう”危険を危惧しているからである。

 髪も長いと女性の身体だという自覚が芽生えすぎそうで切ろうとしたのだが……シュニスとシノブに本気で駄々をこねられて流石に止めた。


 悩み唸っているタマキに、アキサメが苦笑を零した。


「なに、その程度でタマキが自身のアイデンティティを失うわけでもないだろう?」

「まぁ、そうですけど……」

「少しは付き合ってさしあげたらどうだ。シュブ……シュニスに助けていただいてるのも事実だろう」


 別に強要をしているわけではない。

 彼女はタマキが内心で本気で嫌がっているわけではないのを察しての言葉だ。後押しがなければ楽しめないという難儀なことになってしまったタマキに、僅かながら同情もしている。

 それに、二人が仲良くやってくれなければ色々と困るという打算もあるのだが……。


「アキサメさんがそう言うなら……まぁそれに、シュニスの言いたいことがわからないわけじゃ、ないけど……」


 その言葉に、シュニスはパァッと表情を明るくして、笑顔を浮かべてタマキの腕に自身の腕を絡ませる。

 その豊満な胸の感触に、自身の顔が熱くなるのを感じたタマキは少しの安堵感と昂揚感、そして照れ隠しに顔を顰めた。


「それじゃ決定~いきましょタマキ~」

「わかったから、でもあんま短いスカートとか勘弁してよなぁ」

「えぇ~」


 歩いていく二人を見やりながら、腕を組んで困ったように笑うアキサメ。

 そんな彼女の隣に歩いてやってくるのは、アオイだった。

 相も変わらず腰の刀に手を添えて、鋭い瞳でシュブ=ニグラスの背を睨む。


「アオイ、少しは信用したらどうだ……? いつまで経ってもそれでは疲れてしまうだろう」

「いえ、自分はサクラ様の刃であります故、警戒しすぎるぐらいが丁度良いんです。いざという時に奴らを斬れなくなる方が問題ですから……」


 再度、アキサメは困ったように笑う。


「私には人畜無害に見えるよ。タマキがいる限りは……かもしれないが」

「人畜無害そうに見えるからこそ警戒しているのです。奴が外の神であり邪神であることは変わりないのですから」

「……アオイは優秀だけど、柔軟性が足りんな」


 そう言いながら、アキサメはアオイの頭をポンポンと軽く叩くようにして撫でる。

 そんな彼女の行いに、一瞬だけ眼を見開いて驚いた表情を見せたアオイではあったが、すぐに先と同じ鋭い眼付きに戻るのだが……少しばかり顔は赤いし視線はアキサメの方を向いてはいない。

 鎮圧部隊は徐々に撤収準備を始めていて、自分たちの方を見ていないことに安心する。


「子供扱いは、やめてください……」

「ん、ああ、すまない」


 手を降ろしたアキサメが、既に小さくなっているタマキとシュニスの方を向く。


「なに、タマキは“普通”だよ。普通すぎて少し心配になるぐらいだ……」

「邪神と一緒にいて、邪神の寵愛を受けてる者が普通、ですか……?」


 なんならタマキは人間を逸脱しているようにも思えるアオイ。

 彼女が一瞬で怪我やらを“直す”のを知っているからだろう……決して浅くない傷を一瞬で直すなど、一端ではあるものの“神の力”を借りている状態の自分ですら不可能なことだ。

 それをわざわざ“口上や儀式や契約”もなくやってみせるのだから、タマキは異常に他ならない……というのがアオイの見解である。

 だが、アキサメは彼女を“普通”というのだ。


「ははっ、そんな疑った顔をするな。私が嘘を言ったことがあるか?」

「割と」

「……手痛いな」

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