3.邪神

 タマキ曰く『都庁レベル100』こと、タカマガハラ。

 その最上階にある神社の拝殿、その畳の上に正座しているタマキ、その両隣では同じく正座をするアキサメ、そしてシュニス。

 向かって正面には簾のかけられた台座があり、その奥には人影。

 そして、台座の左右には白い……いや、白銀の髪の少女と、青髪の少女、シンプルに少女らしい私服を纏う二人。


 厳かな雰囲気に、緊張した面持ちのタマキが正座している脚をもぞもぞと動かす。


「タマキちゃんタマキちゃん」


 だというのに緊張感の無い声。

 顔を顰めながら声のする方を向けばそこにはもちろんシュニス。

 いつもと変わらずニコニコとしたままだったが、ハッとして眉を困ったように下げて両手を合わせる。


「あ、『くん』よね?」


 顔を顰めている理由はそっちではないが、まぁそっちも注意したかったので丁度良いこととする。

 ともかく黙っていて欲しいのだが、それを素直に言えるほどの関係を築いたつもりもないので、タマキは耳をそちらに傾けた。

 それに静かにしろ。ということだと察したのか、シュニスは口元に手をそえてコソコソとタマキに“ソレ”を問う。


「……タマキくんはどっちの娘が好み?」

「それ今聞くこと!?」


 思わず大声を出してしまったのだが、それもまた仕方ないということである。

 あっ、と声を出してアキサメの方を見れば、彼女は呆れたように溜息をついており、タマキは羞恥に顔を赤らめながら黙り込む。

 シュニスはそれを見て不思議そうに首を傾げると、素直に黙って前を向いた。


「たく……」


 赤い顔のまま正面を向き直す。

 ふと視界の端に入った白銀の髪を持つ少女と目が合えば、彼女はセミロングの髪を揺らしながら、口元に軽く握った拳を当てておかしそうに笑っており、その滲み出る上品さにこっちに来てから味わっていなかったような独特の感動を得る。

 異世界で初めて得た感動がそれもちょっとどうなのかと思うが、仕方もあるまい。街並みとて元居た世界よりちょっと発展しているなという以外の感想も出なかったし、ここタカマガハラに関しては都庁が暗黒進化したもの、としか見れなかったのでさもありなん。


「ひっ……!」


 ふと、肌に突き刺さるような視線を感じて反対側に視線を向ければ、青い髪を三つ編みにした少女。

 アキサメも鋭い眼付きではあったが、それ以上に鋭い眼付きであり、完全に自身を“睨んでいる”と理解したタマキは背筋が凍るような感覚に身を竦め、その鋭い碧眼から視線を逸らす。


 ───綺麗だしおっぱい大きいのにこえぇ……。


 余計なことを思考しつつ、タマキは正面の簾に視線を戻した。

 そうしていると、ふと簾の向こうから咳払いが聞こえる。

 さすがに相手が“偉い人”なのは間違いがないので、タマキはシャキッと背を伸ばしながら、少しシュニスの方へと視線を向ければ、のほほんとした表情で変わらず正面を向いていた。

 逆にそうしてくれていた方がありがたいが、睨んでくる少女もいるので気は休まらない。


「待たせたな」


 凛とした女の声が響く。

 隣のアキサメが目を閉じて軽く頭を下げていたので、それにならってタマキも軽く頭を下げた。

 簾の向こうで、視線が自身に向けられているのを感じるタマキ。そこに突き刺さるような感覚もないことから悪意がないのは確か、なんだと曖昧ながらも感じる。

 そもそも、そんな他人の視線に敏感だった記憶もないのだが、その身体の影響なのだと納得。


「我は天照大御神の寵愛を受けし神子、サクラである」


 ───日本代表の鑑みたいな名前……てか名前で選んでんじゃないのアマテラス。


 もれなく不敬な思考である。


「天より降りた災厄により、この世の神々が衰退して久しくもあるが……新たな神格と我が主から聞き及び汝らを此度、この我が社に案内させた次第である。双方とも神性の気配を感じたが、そちらの方だな……先ほどアキサメ経緯で汝らの経緯等は聞き及んだが、汝は何者ぞ。あの天災により神々は力の大半を封じる羽目となり、現界など遠の昔にはできなくなっているというに、なぜ貴様はそのまま、そこにいる?」


 簾の向こうの女の言葉に、シュニスはそっと頷いて、タマキの方を向く。


「……え、私?」

「いやお前だよお前しかいないよお前であれよ」


 思わず出た言葉だったが、タマキは取り消すことも無かった。もうそう言っても仕方ないし言われても仕方ないと思った。実際そう。

 その言葉に、溜息をついてシュニスは人差し指を顎に当てて考えるような仕草を見せる。

 タマキは青髪の少女の方をちらっと見れば、その表情には怒りが滲み出ており、“腰に携えた刀”の柄を持ちプルプルと震えていた。


 ───早め! 早めにぃ!


「そもそも地球の神のことはそれほど知らないわねぇ。神性の気配が薄いことには明確に気づいたけれど、別次元に隔離されてた状態だったし……私の信徒たちがこっちに呼び戻してくれたのだけど、タマキちゃん……あ、タマキくんが巻き込まれちゃったみたいだったから、なんとかしてあげようかなって身体を再構築してあげて」


 今は言い直さなくても良いと思ったが、黙っておく。


「元の容姿とか知らないから、おまけで私似の美少女に構築したんだけれど」


 ───余計なことしてくれたな!


「もうよい」


 サクラ、と名乗った少女の一喝により口を紡ぐシュニス。

 タマキも黙ってサクラの方を見て、次の言葉を待つ。

 嫌な予感はしているが、実際ここで何も知らない自分が口を挟んでもしょうがないので黙っていることとする……なによりも、余計なことを言って青髪の少女の逆鱗に触れたくない。


「無名の神であればそれでも善し、だがそうではなかろう……汝は“誰”だ……」


 タマキもシュニスとしか聞いていない。

 明らかに偽名ではあったが、彼女がそう名乗ったのだからそういうものだと受け入れたのだが、まぁ確かに“神が存在する世界”で“神”だと言うなら、それが誰かぐらいは知りたいのは当然。

 タマキ自身、共に行動することになって、彼女がいなければ元の姿には戻れないというのだからそれもまた然り。

 だからこそ息を飲んで、彼女の言葉を待つ。


「あ、そういえば名乗ってなかった」

「偽名は聞いた。浅ましい企みがあるとわからば……陽の力で燃やし尽くす」

「へ? ああいえいえ、勘違いさせちゃってごめんなさいね。偽名のつもりなんてなくって……この身体には似つかわしくない“可愛くない名前”だから、ちょっと略しただけよ?」


 本気で言っていそうという信頼感がある。いや、信頼感というかなんというか……タマキは首をひねった。

 そんなタマキに気づくでもなく、シュニスは一呼吸を置き、正座した状態でしゃんと背を伸ばす。

 その神聖な雰囲気に、一瞬だけ飲まれそうになるタマキだが、すぐに首を振って我に返る。


 片手を胸に当てて、彼女は閉じた目を開かぬままに、フッと聖母のような笑みを浮かべた。


「黒き仔山羊たちの母、闇からでし者……“シュブ=ニグラス”と申します」


 瞬間、タマキの視界に───銀色の輝きが奔った。


「ひっ!」


 小さな悲鳴と共に、バランスを崩して後ろに倒れそうになるタマキ。

 そんな彼女の背に手を当ててバランスを崩さぬように支えるのは、先ほどと違いのほほんとした笑みを浮かべたシュニス───シュブ=ニグラスである。

 色々なことを思考するより先に、飛びこんでくる情報量によりタマキは混乱した。

 とりあえず、視界に入る“刀を振るう青髪の少女”と“その刀を太刀で受け止める白銀の少女”で頭は一杯だ。


「くっ……貴様っ!」

「早とちりはいけませんわね?」


 どうやら、切りかかった青髪の少女を白銀の少女が止めているようだった。

 そのまま状況をいまいち理解できずに固まるタマキを余所に、シュニスはバランスを崩しかけたタマキをそっと起こす。

 眼の前でつば競り合う少女二人に、やはり思考は追いつかない。


「それは邪神だぞ! 邪教が崇拝していた神格だ!」

「……それがなにか?」

宇宙ソラより来る者だぞシロナ……!」


 白銀の少女───シロナが軽く手を返して青い少女の刀を受け流すと、素早く蹴りを打ち込んで吹き飛ばす。

 二メートルほど離れた場所に着地した青い少女が、両手で刀を持ち切っ先をシュニスの方へと向けて腰を落とす。

 パンツスタイルでなかったら下着が見えているところであった。


「おしい……」

「タマキくんったら、男の子ねぇ」

「っし!」


 衝撃の連続にタマキのネジが少し緩んでしまったやもしれない。まぁそれも仕方のないことであろう、普通に過ごしていた人間にはあんまりな状況である。

 だが、それを気にもしないまま、シロナは太刀を両手で持って“次の襲撃”に備えた。

 重い空気、アキサメは両手を腰の後ろの銃に手を伸ばす。


「敵対していないなら好都合では? 場合によってはわたくしのため、いえお姉さまのためになりますわ」

「相も変わらずこのシスコンが……!」


 青髪の少女が動こうとした瞬間、パンッと乾いた音が響く。

 音がしたのはサクラのいる方向で、おそらく手を叩いたりしたのだろうと、我に返ったタマキは黙って理解する。

 時が止まったように動かなくなる面々の中、サクラが簾の向こうで口を開く。


「止まれアオイ。シロナも収めよ」


 青い少女ことアオイが刀を腰の鞘に納めると、シロナも太刀を背中の鞘に器用に納める。

 状況が収集したことにホッ、と息をついて正座を崩すタマキがシュニスの方を向けば、彼女はおかしそうに笑ってタマキの方を向く。

 原因が一番緊張感がないという事実に溜息を吐きたくもなるが、タマキ自身も一瞬緊張感がなかったのであまり責めることもできない。


 二人の少女が再び元の位置に戻る。


「……して、シュブ=ニグラスよ。汝の目的は?」

「タマキちゃんくんをとりあえず男の子に戻してあげることかしら、まぁ戻ることを望むならだけれど……」


 ───望んでる。すっごい望んでる。


「それで元の世界に帰してあげることも、ついでに?」


 ───帰りたいかって言われたら微妙だけどなぁ……男に戻れたらこっちの世界でラブコメしたいオレもいる。


「でも、とりあえず私も神性としての力は大きく減退してしまったから、力が戻るまではこっちで、この姿で生きなきゃいけないし……タマキちゃんを守ってあげるのが当面の目的かしらぁ」

「邪神が人間に入れ込むとは珍しいな」

「ん~私の信徒がご迷惑をかけてしまったわけだし、望まない女の子にしてしまった責任もあるし……ね?」


 その通りであると、タマキは深く頷く。

 だが、神と称される者に『守ってもらう』というのは非常に心強い。

 そこで『守る』という言葉に少しばかり違和感を抱くが、まぁ問題もないだろう。先ほどから違和感はずっと感じているが、別世界故の常識の違いや、神が身近に存在するこの世界のせいだろうと、とりあえず手近な理由を見つけて納得しておく。


「敵対せぬならよし……しかし、この世界で生きる上で、データバンクに身元の無い汝らでは、生きる上で諸々と厄介ごとが付きまとうだろう。そこでどうだ……こちらが汝らに援助をする代わりに、汝らの目的が達成されるまでの間、こちらに助力願いたい」

「ん~……タマキちゃんくんはどう思う?」


 その『ちゃんくん』というぐらいなら呼び捨てで良いのだが、とりあえずここで突っ込むべきではない案件なので放置しておく。

 聞かれているのはシュニスだろうに、と考えて返答は彼女に任せたいところではあるが、いかんせん人間の常識が通じているんだかいないんだか怪しいところがあるので、やはり自分がするべきだろうとタマキは頷く。

 そもそも、この問答に意味はない……答えなど、YES以外は無いのだ。


 ……この世界で生きていく上で、彼女らの手を借りないわけにもいかない。


 それに、彼女らに協力と言っても、自分ができることなどたかが知れているし……重い役回りや危ない目には合わないだろう。

 シュニスに全て任せる気でいるタマキは素直に頷いた。

 といってもある程度は手伝う気でいるのではあるが、どの程度役に立てるかもわからない。なにをするかもわからない。とあってはどちらにしろ邪神頼りするしかないのである。


「はい、是非……こちらも願ったりかなったりです、ので……」


 瞬間、簾が上がりサクラが姿を現す。

 桜色の長い髪をワンサイドアップにした女性が、金色の瞳を輝かせ、右手に持っていた扇子を真っ直ぐにタマキへと向ける───そう、シュブ=ニグラスではなく、タマキに向けたのだ。

 その僅かだが大きな違いに……気づかないタマキ。

 そんなことよりタマキは、片膝を立てて座る巫女服を纏うサクラの、その豊満な胸に視線が釘付けである。


「よい! ではどれほどかはわからぬが、よろしく頼んだぞ……タマキ・シキモリよ!」


 笑みを浮かべるサクラに、タマキは少しばかり緊張しながらも、素直に頷いた。





 拝殿、既にそこにはサクラ一人であった。

 タマキとシュブ=ニグラスを宿舎に案内するようにとアキサメに指示し、シロナとアオイを見送りに出し、一人残ったサクラ。

 持っていた扇子を広げて不敵な笑みを浮かべ扇いでいる。


「フッ、フフフッ……シュブ=ニグラス、外なる神、邪神か……」


 瞬間、持っていた扇子が畳の上へと落ちた。


「こ、こわぁ~! めっちゃこわぁっ……! あれで力が落ちてるってなんだあれ!?」


 うつ伏せになって涙目で声を殺しながら言う。

 冷や汗は止まらないが、面々がいなくなるまで止めてたのは流石と言わざるを得ない。

 途中からはシュブ=ニグラスの顔も見れなかったのだが、とりあえず笑みを浮かべて誤魔化しつつ尊大な態度でどうにかなったが……。


「これ主演女優賞もらえるやつ……っ!」


 言えばもらえるぐらいにヨイショはされている。

 だが、それほどの力を持った邪神は放置できない、敵にまわりでもすれば最悪どうにもならないだろう。ともなれば、彼女の目的の要であるタマキ・シキモリを先に落とさざるを得なかった。

 将を射るには馬からと言うが、馬が強すぎたので先に将を射ったわけである。パワーバランスが崩れているがそれで良い。手綱を引いてくれるのだから……たぶん。


「……た、頼んだぞタマキ・シキモリ……お前に全てがかかっている……!」


 起き上がったサクラが、お腹を撫でる。


「うぅ、胃が痛い……胃がぁ……」





 一方、タマキたちは行きに使っていた車に乗っていた。

 運転席にはシノブ、助手席にはアキサメが乗っており、後部座席にタマキとシュニスの二人。

 タカマガハラの地下駐車場でシロナとアオイとは別れて、これでようやく息が付けるというものでタマキは深く息を吐いた。

 未だに緊張していないわけではないが、あの独特の緊張感からは開放されて安心したのか、尿意を感じる。


「うっ、トイレいきたい……」

「宿舎は近くですから、少し我慢してくださいね」

「あ、はい……」


 そう応えてから、ふと気づく。


「……女じゃん、オレ」

「女の子の身体でトイレ、しっかり行ける?」

「ち、知識としてぐらい知ってるから放っといてくれ……」


 赤い顔でそう言うタマキの頭を、シュニスが撫でる。


「かわいいわねぇ、タマキちゃんは……あ、くん」

「慣れろよぉ……」


 そう言いながら、別に振り払わない辺り嫌ではないのだろう。

 とりあえず、衣食住はなんとかなりそうで、職もあるので世話にばかりなっている引け目はなさそうで一安心だ。

 一体、この平和そうな世界でどんな物騒なことが起きればあんな刀やらが必要になるのか、不安ではあるのだが……考えるのは後で良いだろう。

 目下の問題は、どうすればシュニスの力が戻り自分が男に戻れるか、だ……。


「あ、そういえば私が力を取り戻すまでの間、気を付けてねタマキくん」


 そんな言葉に、タマキはシュニスの方を向く。


「ん、なんだよ改まって……」

「タマキくんの魂、まだ男性としても女性としても確定はしてないんだけど……ヘタをすると女の子のまま固定されちゃうのよぉ」

「……え?」


 思わず茫然とするタマキだが、仕方ないことなのだろう。


「さらに条件を満たしちゃうと両方の性質が出てしまって、女の子の身体だけど男性機能が残ったりと中途半端なことになりかねないっていう……まぁ男の子成分がちょっと帰ってくるから少しはマシかしらぁ」


 それを聞いていた運転席のシノブが妄想の世界にトリップするが、瞬時に助手席のアキサメからビンタが飛び冷静に戻る。


「だから、タマキくんも頑張らないと本当にタマキちゃんになっちゃうから、ね?」

「……ひぇ」


 ちょっと漏れた。



 こうして始まったのだ。【最終防衛統制都市東京】での“彼女”と“邪神彼女”の、あらゆる人々、あらゆる種族、あらゆる立場の者たちを巻き込んでの、非常に壮大で非常に矮小な、名伏し難き冒涜的な神話が……。

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