2.都庁レベル100

 識守シキモリ珠輝タマキは男である……一応、念のための確認だ。

 長い金髪の、凹凸のしっかりついた身体の少女であるが、本人に問おうものならば男であると、大きな胸を張って言うだろう。

 生物学上、医者に言わせてもそれ以外に言わせても、間違いなく女性であると答えられるだろう。それでも、彼は男であると主張するのだ……“元”。


「はぁ……」


 暗い部屋。

 テレビドラマで見るお手本のような取調室にて、タマキは憂鬱そうな表情を浮かべて、深い溜息を吐く。

 相変わらずローブ一枚を羽織ったままの状態であるが、前もしっかり閉めているので“覗こうと思わない限り”そこから彼女の肌が覗くこともないだろう。

 タマキが手錠のされた両手を前に出してジッと見つめていると、視線を感じた。

 そちらに視線を向ければ、近くで立っていたスーツ姿の若い女が惚けたような表情をしており、そんな女を横目に、タマキは眉を顰め苦い顔をした。


「……えっと、それで、どうなってますか?」


 そう聞いたタマキは、横に立っている女性とは別の、向かいに座る黒いボブカットの女に視線を移す。

 横の女と同じくスーツ姿のボブカットの女は、少し悩むような表情を見せつつも、口を開く。


「いま、貴女と一緒にいた彼女にも取り調べに協力してもらっているけど……そこでの兼ね合い次第ね。貴方達があの“邪教”の信者でない保障はないし、そうでなくとも本当に貴女の言う通りなら、彼女は“現神”と同等かそれ以上の存在になるわけだから放っておくわけにはいかないでしょうし」


 何を言っているのかさっぱり理解できないタマキではあったが、先ほど取り調べを受けて有り体を話た相手も同じようなものだったのだろうと苦笑する。

 話が合うはずもない。彼女たちの話を聞いている限り、ここはやはり異世界。

 下手に“元いた世界”と似ているだけに余計に話がかみ合わないのでさらに厄介。


「もうわけがわからないよ」


 そう言うタマキに、目の前の女性も深く頷いた。

 この建物に車で護送されてくる際、真っ黒なバンの窓から外を見ていたが、整備された道路と立ち並ぶ高層ビルにはもはや未来感さえ感じた。

 現代知識無双なんていうものもあの石扉を開くまでは想像したりもしたが、ここでは下手すりゃ世間知らずのお嬢様扱いである。


「へっ、男なのにお嬢様扱いとは参るねこりゃ」


 タマキは少し、心という器にヒビが入りかけていたが……仕方のないことだ。

 素直にその容姿になったことを喜べる性格であればどれほど良かったか。


「あの、素朴な疑問なんだけど……いえ、話は聞いた上で、本当に……貴女、男性だったの? いえ、所々の所作は男性っぽいところはあるんだけどね、座り方とか」


 その言葉に嬉しさを感じたのか、タマキの口角が僅かながら上がる。


「だけどその、容姿からして女性そのものだし、一緒だった彼女、シュニスさんにも似てるし……ってなると、姉妹か親子にしか思えないのだけれど」

「まったく無関係、なんですよ。さっきも言ったけど全然違うんですよ! 元の容姿と!」


 だが、その前の容姿を証明するものなど無い。

 ともなればやはり、タマキが男であると証明するものは何一つとしてないのだから、女性として扱われて当然。タマキもそれを頭では理解している。

 いかんせん、それでも自分は男であると証明したい理由がある……わけでもないが、やはり男であると認められたいし、早く戻りたい。

 なぜなら、ここは異世界、そして眼に入るのは美女ばかり……。


「ラブコメしてぇ……」

「え、なんて?」

「なんでもないです」


 邪な欲望から余計なことを口走るところであった。いや口走った。運よく聞こえなかっただけである。

 ハーレム形成して奴隷とか助けちゃって、ついでにチート能力とか生えちゃって、ギルドに加入してみんなからスゲーされたいという願望がタマキにもあった。

 スローライフでも良かったが、こんな発展した世界でスローライフなんぞかつてと変わりないにもほどがある。

 結果として、ハーレムなんて許されないだろうし奴隷なんていないだろうしチート能力やギルドなどないだろうしで、前提からして間違っていたわけだが……。


「って違う……とりあえず、本当に男だったんです! ついてたんですよこれでも、立派なアレが!」

「貴女に、ついてた……アレが……貴女に、アレが……」


 ───なに赤くなってんだコイツ……。


 目の前の女は歪んでいた……具体的には性癖が。


「……い、一応ね?」


 一体なにが“一応”なのか……とも思ったが聞かないでおくぐらいの心遣いがタマキにもあった。

 微妙な空気感、顔を赤らめているスーツの女が二人。

 光景だけを見ればタマキ的には悪くもないのだが……いかんせん前後がよろしくないし、今の自分の身体は女である。まぁ男であった場合、目の前の二人も男なのだろうが……。


「べ、別にやらしいことなんて考えてませんから! 勘違いしないでくださいよ!?」


 ボブカットの女がテーブルを叩きながら勢いよく立ち上がって言うが……直後に顔を真っ赤にしながら、壊れたおもちゃのようにパクパクと口を開閉させてなにも言わない。

 なにか弁明したいが、もはやどうしようもない。語るに落ちるとはこのことである。

 タマキがジトーッとした目で見ているが、その道の人間にはそれはそれでご褒美。


 瞬間、扉がノックされた。


「は、はい! どうぞぉ!?」


 裏返った声でそう言う女、扉が開けばそこには新たな女性。

 また女かと思いつつも、タマキとしても男よりは良いので安心する。

 ローブ一枚を纏っただけなのだから当然であるのだが、そこでふと気づいて顔をしかめた。


 ───安心って……? え、いやいや男でも別によくない!? だってオレ男だし!?


「すまない、シノブ……」

「い、いえ! 問題ありません!」


 驚いた様子で敬礼をするボブカットの女ことシノブ。

 入ってきたのは長い紫色の髪をポニーテールにした切れ長の眼をした女性、年齢は20代後半ほどだろうか……雰囲気からしてシノブの上司的な立ち位置であることは間違いないのだろう。

 スーツではなく黒い“軍服”に身を包んでいるということも、彼女の特別感をいっそう引き立たせていた。


「神子様の元へ連れて行く」

「こ、こんな得体のしれない者をですか!?」


 その得体のしれない二人の内の一人に邪な感情を持った者のする発言ではないが、シノブはそんなことは無かったことにしたいので良いのである。もう一人いたスーツの女が軽蔑の視線を送ってくるが、そいつもまた同じ穴のムジナなので気にしない。

 ともあれ、食ってかかるシノブに、軍服の女は首を横に振って片手を出し彼女を諌める。


「神子様の方からの提案でな。ご神託があったのだろう……丁重に、とのお達しだ」

「……でも、ただの移動にわざわざアキサメさんが動くあたり、普通ではありませんよね」

「普通ではないだろうな……道中聞いた話によれば、異常事態だからな。イレギュラー二人の話を“事実と仮定して”まとめると、神の如き所業が行われたということになるだろう。儀式を行った痕跡はあるにも関わらず信者たちは“解けて消えた”かのように見当たらず、出口は一つだったのに出てきたのは二人だけ、しかもデータバンクに存在しない人間……となればな」


 軍服の女、アキサメの言葉にシノブは頷く。


「……だが、しかしまぁ」


 アキサメのその鋭い瞳がタマキの方へと向けられるのだが、彼女はどこか困惑しているように眉を顰める。

 それもそうだろう。別段、何かを聞きだしたとかいう話はないし、シノブの態度からして新たな情報もないようなのだ。

 つまり、なにもなかった。それにも関わらず……。


「なんであんな絶望に打ちひしがれた顔してるんだ?」

「さぁ?」





 再度の移動、タマキは正気を取り戻していた。

 タマキは軍服の女こと『アキサメ・タカナシ』と名乗る女と、先ほどの取り調べを担当していた『シノブ・ケイラ』に連れられて再び車にて移動……そこでこの世界の名前の在り方を知り、とりあえず自分は『タマキ・シキモリ』になるんだな……などと少しばかり感慨深い気分に浸ったりもしたが、どうでも良いことであろう。

 目下の問題、というより疑問はそこに到着する直前であった。


「……えぇ~」


 思わずドン引いた声を出してしまうのも仕方がないというものであろう。

 片側三車線の道路が真っ直ぐ伸びている先には、所謂“東京都庁舎”が見えたのだが、タマキの知っている都庁舎とは些か違っていた……いや、些かで片付けるにはあまりに“派手”に違っている。

 二つのビルが合体しているかのような、一つのビルが途中で別れているような、そんなところは変わっていないのだがその真上……二又に別れていた部分が再び一つになり、その頂上には……。


「神社じゃん……」


 神社があった……そう、都庁の頂上に。


「なにがあったらこんな進化すんだよ……育成失敗だろこれ」


 呟くような彼女の独り言に、隣に座っていたシノブは首を傾げた。

 そして、先ほど合流した反対側に座っていた“シェニス”は感心したようにほぉー、と声をあげる。


「素敵ねぇ、かつて天高くそびえた塔は神の怒りをかったそうだけれど……そこに住まうのが神性なのだから、それは信仰心なのかしら? 私もああいうところで信仰されてみたいわねぇタマキちゃん」

「ああ、うん、そう……あと『くん』な」

「またやっちゃった。でも“私に似て”カワイイからつい、ね?」


 笑顔を浮かべながらも相変わらず意味の解らないことを言うシュニスに、タマキは顔をしかめながら適当に相槌を打つ。

 わけのわからないことを言う真隣の女に対する問題よりも、さしあたって問題は今後のことである……いや、本当はタマキとて理解しているのだ。

 シュニスという女が人ならざる者であるということを……生物としての格がまるで違う存在であるということも。

 そもそも、異世界───並行世界パラレルワールドを受け入れて“神”を受け入れない道理はない。


「う~ん、都庁が進化しすぎている……究極体すぎる……」

「あれ、タカマガハラの旧名を知っているなんて博識ですね。あれ、でも来たばかりで……んん~?」


 シノブが顎に手を当てて何か考え込むが、それを隣で見るタマキは乾いた笑いを零す。

 都庁改めタカマガハラに近づいてきたせいで、もう神社はおろか上階の方も見えやしない。

 窓の外を嬉々として眺めるシュニスに、少しばかり疑いの目で見て来るシノブ、そして運転席で右折に苦戦しているアキサメ。


「こっからワンチャン、あんのかなぁ……」


 もうなにがなんだかわからないが、とりあえずなるようになれだ。

 タマキは諦めるように深く息をついて、右折に成功して一人でドヤ顔を決めるアキサメをバックミラーで見やりながら、深く息を吐いた。





 都庁こと『タカマガハラ』の地下駐車場からエレベーターに乗り、最上階までは一直線。

 非常に心許ない恰好である故に、タマキはアキサメとシノブに抗議しようとも思ったが、誰にも会わないしとりあえずそれで我慢してくれと言われれば肯定的な返事を返すしかなかった。

 ローブ以下は何も着用していないので空気を直に感じて非常に落ち着かない。(元)男のタマキには足だけでも十分慣れないのにそれどころではないのだから余計に、だ。


 最上階で降りれば、視界一杯に広がるのは───和風庭園。


「綺麗……こういう造形美はこの体でないとわからないものねぇ」

「うぉ、すげぇ……」


 思わず感嘆の声を出しながらも、アキサメに先導され歩き出すタマキと、その横を歩くシュニス。

 手錠はしていないし、貸してもらったサンダルもあるのである程度の自由はあるのだが、この状態で逃げたりする選択肢を取れるほど神経も図太くできていなし、状況が見えていなくもないので大人しく彼女の後を追従していく。

 川や橋まである辺りかなりの規模であり、下から見えた巨大な鳥居と拝殿はどうやっても視界に入る。


「こちらへ」


 案内され促されるままに拝殿へと辿りつき───中へと通された。

 脱いだ下足を整えて、アキサメと共に中に入るがシノブは待機のようでその場で立ち止まっている。

 しかしてタマキにそれを気にする余裕もなく、緊張した面持ちでローブをギュッと握りながら恐る恐るといった様子でアキサメの後を歩いていく。

 そんなタマキにアキサメは少しばかりの加護欲のようなものを刺激されるのだが、その横で好奇心旺盛に堂々と歩きキョロキョロ辺りを見回すシュニスを見て顔をしかめる。


 ある程度部屋の中央に行くなり、アキサメは片膝と片手を畳に付いて頭を下げ跪く。


「神子さま、ご案内いたしました」


 アキサメの言葉に、タマキはその部屋の奥、簾の向こうに誰かが座っていることに気づき、アキサメと同じようにした方がいいのかと狼狽える。

 横のシュニスを見ればまるでタマキの緊張が伝わっていないかのようにニコニコしながらすだれの向こうの相手に手を振っているものだから余計に狼狽えた。

 もう一度簾の方を見てみると、その前、両脇に二人の少女がいることに気づく。

 白い髪の少女と、青い髪の少女、そして中央の簾の向こうには影。


「タマキちゃんくん……大丈夫?」

「ああいや……」


 シュニスのそんな言葉に返す余裕もないものの、タマキはどうにか表情を引き締めて真面目な雰囲気作りに協力する。

 どちらにしろ、アキサメからどうするか聞かなければ動くこともままならない。

 だが、せめてもの抵抗としてタマキは心の中で精一杯の悪態をつく。


 ───くそぉ、初っ端から情報詰め込むのは駄作のお手本って言うだろうが!


 もちろん諸説あり。

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