2.第四の力

 

 先ほどと変わらず道場、先ほどと変わらず面と向かって座るタマキとアオイの二人。


 そして、凛とした空気を纏うアオイの隣には───ゴミ箱。


 その中には大量のティッシュ。

 やましいことはなにもない───ただの鼻血である。


「で、具体的にはどうありたい?」

「え、あ、うん」

「なんだ突然」


 タマキ的には、お前の方がなんだ突然。と言いたいところではあったのだが、そこはグッと堪えた。


 ここで話の腰を折っても仕方がないし、それ以前に彼女に聞きたいこともまだまだあるのだ。

 話を戻そう、ということだと理解してタマキも冷静に物事を整理して、伝えるべきことを伝えるために、まずは簡潔に要点を離すべきだと考えた。


「最終的にはその、ただ単純に、素直に……強く、なりたいんだけど……」

「ほう……」


 アオイはそれを意外に思ったが、当然だろう。

 当初のタマキを見ていた者としては、彼女の第一の目的は男に戻りたい、であって“強さ”など求めていなかったように思える。

 むしろシュニスに力を取り戻させて目的を達成したらカグヤとは縁を切るぐらいの勢いだったように見えていたから……だからこそ、彼女の心境の変化が気にもなるが───わかりきったことだろう。


 ヘルハウンドの時然り、先日の闇囁あんしょう教会のこと然り、だ。


「そ、その……他の人を守ったりとかできれば、お、男らしく見えるかなぁって……」

「ずいぶんと古い固定観念で物を言う」


 溜息をつくアオイだが、確かにその通りだ。

 男と女の相対比を考えれば、今では戦場だって女の立つ場所であり、必然的に男は少なく、そうなれば力を持つ者も数でいえば女の方が多い。

 ともなれば、男性だ女性だ言っているタマキのソレは旧世代の負の概念である。


 アオイの言葉でそれを理解したからこそ、タマキは苦しげに唸った。


「いや、まぁ他の人を守るという発想は良いんだがな……」


 年下の女の子に説教じみたことをされて、肩身の狭い思いをするタマキに、アオイはすかさずフォローを入れる。

 まさかそんなことをするとは二月も前には思いもしなかっただろう。

 だが、そうなってしまったのだから仕方も無い。


「アオイのえっと、あの“フツヌシ”だっけ、あれって……」

「あぁ、神の力を一時的に他の場所から引き出すにすぎないぞ。それにあれは……素質と神子様からその権限を借用しているものだし」

「え、あのタカマガハラのサクラさ……ま、から?」


 小首を傾げるタマキに、アオイは頷く。


「詳しいことはわからないがアマテラス様が神子様に神託を下げ、選別された者にその力を借りる権利を貸し出す、と言った形だな」

「力を借用する許可を貰う、かぁ……」

「例外はあるが、基本的にはカグヤに所属してる者のみにしか権限は下りない」


 そりゃそうだ、とタマキは苦笑を零す。

 得体のしれない存在にそんな大きな力を与えるわけにはいかないだろうと、納得し、だがそれ故に自分には一生縁のないものだと理解した。

 そもそも声がかからないのもそうだが、自分は今は【邪神シュブ=ニグラス】の神子、という扱いだし、その身体はシュブ=ニグラスが構築したものであり、純粋な人間というには些か歪だ。


 だが、しかし……。


 ───フツヌシ! とか叫ぶの、ちょっと憧れちゃうよなぁ。


「ふふんっ、オレもまだまだ男の子ってことだなぁ」


 腕を組んで頷くタマキではあるが、正面のアオイにその言葉は届いていない。

 正面に座るアオイには、タマキがその豊満な胸を寄せて上げて、かわいらしいドヤ顔を浮かべているということしか入っていないのである。

 恐るべきはシュブ=ニグラスではない……タマキ・シキモリだ。


 それを心に刻みながら、アオイは口元を綻ばし、目を伏せた。


「かわいい」

「へ、なんて?」


 結果としてタマキは……なんの成果も得られなかった。





 一方その頃、カグヤ本拠地、つまりは同じビル内にてシュニスは休憩所のベンチに座っていた。

 手に持った紙コップに入ったカフェ・オレを啜りながら、斜め上に設置されているモニターに映るテレビを見ているが、報道する内容はどれもこれも変わり映え無いことばかりだ。

 邪教関連の事件、飛来したコクーンの被害状況、政治批判、他国の動向……シュニスにとっての“おもしろみ”は何一つとしてない。

 視線を動かし、近くの喫煙室へと向ける。

 アクリル板の向こうで、紅色の髪を持つガラの悪そうな女が煙草を吸っているのが見えるが、その女はテレビの方につまらなさそうな視線を向けていた。


 シュニスが前方へと視線を向け直せば、そこに見知った少女。


「……ええと、シロナ?」

「あら、おはようございます。シュニスさん」


 白いセミロングの少女……。


「えっと、シロナ」


 指差してそう言えば、シロナは素直に頷く。


「ええ、シロナでしてよ?」

「……シロナ、シロナぁ……シロナ? シロナ・シロナ?」

「なんですのその名前、名づけ親の顔が見て見たくなりますわ」


 呆れたようにそう言うと、彼女は甘い缶コーヒーを片手にシュニスの隣に座った。

 二人の関係は友達の友達というには遠いように感じるし、近いようにも感じる。やはり“同僚”が正しいのだろう。

 会話はほとんどしたことがないし、したとしても業務連絡に近い。


 タマキと違い、彼女は特別話しかけ辛い存在であるのも確かだ。

 別にシロナがそれを気にしているわけではないが、それでもいつもタマキとセットのシュニスとの会話などそうあるものでもない。


「おひとりなんて珍しいですわね」

「まぁねぇ……」


 なんてことはない、アキサメにも話した内容を淡々とシロナにも語る。

 二回目ということで効率よく淡泊に話そうとはしていたが、シロナが相槌を打つのが上手いのか、少しばかり感情的に話すシュニス。

 やはり“ナイアーラトテップ彼女”が言うように、あまりに人間らしい。

 シロナも同じようなことを思ったのか、話を聞き終えた上で、意外そうに笑う。


「なるほど、思ったより俗な悩みですわね」

「む、バカにしてるぅ?」

「いえ、むしろ親近感を抱いてますわ。そういうことした後に距離を取られると不安になる。わかりますわ」


 フッ、と口元を綻ばせ揺れるシロナの白銀の髪、そして青い髪先が揺れる。


「……ん?」

「昨夜はあんなに可愛かったのに、とか思いますわよね。でも暴走してしまうのも人の性、うん……そういうものですわ。でもタマキさんを見ている限り、シュニスさんが避けられているという様子は見えませんし、きっと大丈夫です」

「……んん~?」


 なにか引っかかる。否、引っかかり続ける。


「顔を毎日合わせてるなら大丈夫、ヒョコッといつも通りに戻っているものですわ」

「う、うん……?」


 すっげぇことを聞いた気がするが……あまりにツッコミを入れる暇が無かったもので、シュニスは聞き流した。

 あまり深入りするタイプでもないので、どうでも良いことだ。

 タマキ以外にそれほど興味を示さないのは一貫している……いや、今では一貫していた。の方が正しい。


 だからなんだかんだと自身では思いつつも、シュニスは他人に興味を示すことが増えた。

 無意識かもしれないが……。


「そういえば、それに関係あるといえばあるのですけれど、闇囁くあんしょう教会のことですが……聞きました?」

「ん、なにが……?」

「いえ、例の現場の生き残りの方がすっかりシュニスさんとタマキさんを“真の神”と言って信仰してるようで、それに闇囁あんしょう教会の信者たちも然りだとか」


 生き残りならまだわかる。

 シュニスがタマキを懐妊させ、さらに出産させたその姿を見たのだから……“外なる神秘”を間近で遭遇したのだからそうなる可能性は十分あった。それにあそこにいた者であればシュニスを“シュブ=ニグラス”と理解しているのだからまた然り。

 だが、他の信者たちとはどういうことだろうと、シュニスは首を傾げた。


「あの映像が出回ったとか」

「……えぇ~私らが潰さなくてもなんだかんだガバガバ警備だったってことぉ?」

「いえ、大司教のアクセサリに内臓されていたカメラだそうで、捕獲できなければこうはならなかったことと思いますわ」

「んぇ、だったらなんで漏れたの?」


 その言葉に、シロナは眉を顰めて苦笑する。


「たぶん、私たちの“隊長”の仕業ですわね。効率的に、いえ“楽”に闇囁あんしょう教会を吸収しようと図ったのでしょう、らしいやり方ですわ。正直グレーどころかブラックと言っても過言ではない」


 人差し指を顎に当てて、シュニスは斜め上を見て思考した。

 先ほどまでの引っかかりはどこかへやって、とりあえず目の前の引っかかりを解消しようと考えて、シロナの方を向く。

 シロナから見れば、シュニスは眼を閉じているので視線が向いたかどうかは感覚で理解するしかないのだが……。


「貴女って、第何機動隊だったかしら?」


 紙コップに唇をつけてカフェ・オレをコクリと上品に飲むと、シロナはそっとポケットからハンカチを取り出し、口元を拭く。

 コホン、と可愛らしく咳払いをすると、シュニスの方を向いた。


 第一部隊っぽかったり、それでいて会議にいなかったりと不思議な立ち回りである。

 デスクに座っているところも見たことがない、とタマキが言っていた記憶があり、だからこそ素朴な質問のつもりでしたのだが、謎が謎を呼ぶ。

 タマキであればモヤモヤしっぱなしだったことだろう。


「では、改めまして」


 立ち上がったシロナが、片手を胸に当てて、おっとりとほほ笑む。


「“第四機動隊”、全隊対象独立個人派遣部隊所属……シロナ・レメディアですわ」





 タマキは自身の頭を軽く撫でながら、廊下を歩いていた。


 その理由はといえば、剣を中々教えようとしないアオイへとタマキが竹刀にて無理矢理襲い掛かったからである。

 もちろん、アオイならば止めてくれるだろうという信頼の上でそうしたわけだが、それどころか一発もらうとは思いもせず……アオイにしては相当手加減はしたのだろうが、痛いものは痛い。

 タマキは涙目になってアオイに抗議したが、アオイはなぜか満足気であった。


 不満そうに頬を膨らせて歩くタマキを、すれ違うカグヤの隊員や所員たちが『かわいい』だとか『愛らしい』だとか『持ち帰りたい』等と呟いていたりするが、それに気づくタマキでもない。

 そしてふと、休憩所の前で止まった。

 喉も乾いたことだしと、自動販売機で缶コーヒーを買おうとしつつ視線を少し上げてテレビを見るが、話題は変わらずコクーン被害だとか邪教関係の事件だとか、アクセルとブレーキを踏み間違えただとか、ばかりだ。


 ふと生前の癖で喫煙室に視線を送るが、誰もそこにはいなかった。


「ん、あ……」


 自動販売機の前に“子供”がいる。

 身長は130センチほどで金髪、後ろ姿から性別はわからないものの、確かに子供だった。

 背を伸ばして、一番上のボタンを何とか押せば、落ちて出てくるのはブラックコーヒーの缶。


「あ……」


 タマキが横からそっと覗きこめば、その子供は少しばかり苦々しい表情をしていた。


「えっと、君?」

「ん?」


 思わず声をかければ、子供はタマキの方へと顔を向ける。

 サラッとした薄紫の髪が靡き、少女を思わせたがタマキは本能的に直感した。目の前にいるのは少年であると……。

 やはり中性的で少女のようにも見えるのだが、少年であることは間違いないのだろう。


 少し鋭い眼付きが気になるも、タマキはお姉さんとして優しく笑顔を浮かべる。


 ───いやいやいや、オレはお兄さん、お兄さん!


 自らに言い聞かせつつ、腰を折って少年と顔の位置を合わせた。

 タマキの首後ろで一本結びされた金色の髪がスルッと落ちてルーズサイドテールのようにタマキの首の横から垂れる。

 少年は、どこかポケーッとした表情を浮かべているが、タマキは気づくこともない。


「ん、それさ、間違って買っちゃったのかなって思ってね?」

「え、あ……い、いやこのぐらい飲める!」


 ハッとした少年は、そのブラックコーヒーの缶を握って半歩後ろに下がる。

 おそらく強がっているのだろうと察し、タマキは変わらずそのまま優しく笑顔を浮かべた。


「オレは……」

「おれ……?」


 ───ぐっ、致し方ないっ!


「わ、私はさ、ソレ好きだから、今から私が買う奴と交換しよっか?」

「……い、いいけど」

「ありがとね」


 そう言って、そっと少年の頭を撫でるなりタマキは自動販売機を向き合う。

 どれが良いかと視線と指で聞いてみれば、ペットボトルの緑茶を指差すので、意外と大人なものだな、なんて思いつつも素直にそれを押す。

 ガコン、と音が鳴ってそれが出てくるなり、タマキは自動販売機の口からそれを取り出し、今度は膝を折ってしゃがむと、少年の前にソレを差し出す。


「はい、どうぞ」

「……ん、あ、ありがとう」


 素直にお礼を言う少年に笑顔を浮かべつつ、お互いの手にある飲み物を交換する。

 すぐに緑茶の蓋を捻って開け飲む少年を見て、ふとタマキは周囲を軽く見るが、どうやら“それらしい人物”は見当たらない。

 少年はペットボトルの口を離すと、怪訝な表情でタマキを見やる。


「な、なんだよ……」

「えっと、お父さんかお母さんと一緒、だったのかな……? どこにいるのかなーって……」

「なっ、こ、子供扱いするなよ……!」


 そんな言葉に、少年はムッとした表情を見せ抗議する。

 なにか余計な地雷を踏んだかと思いつつも、少年の言葉を待つタマキ。

 少年はわざとらしい咳払いをして、胸を張りドヤ顔を見せる。



「ただの子供じゃないっ。俺があの第四機動隊、ユウキ・アシヤだ……!」



 ───なにのなんて?


 首を傾げたタマキの金色の髪が、彼女の豊満な胸の前で揺れた。


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